【序章】三位一体のハイグレ洗脳 〜TOG最終決戦if〜

「これが、星の核(ラスタリア)へ通じる穴か……」

 コツ、コツと鈍い靴音が空虚な空間に響き渡る。エンジンを停止し開け放たれた乗降口を後にして、青年アスベル・ラントは感極まったとばかりにそう呟いた。
 膝上まである白いロングコートをなびかせ、左手を添えた腰の直剣にはウィンドル王国辺境に位置するラント領を治める自家の紋章が刻まれている。そんな若きラント領主は大きな瞳を目一杯見開き、眼前の光景にただ圧倒されていた。
 仄暗い闇の中、青白き輝きによって照らし出された巨大な竪穴ガルディアシャフト。そこに風穴や氷穴といった天然の洞穴に見られる風情は微塵もなく、円形に、それも寸分の狂いもなく精密な真円型に削られ下りていく側壁には隙間なく鋼板が打ち固められている。数多の形状を巧みに組み合わせた独特の幾何学模様に、等間隔で突き出た円環状の接合部からは怪しげな光が漏れ出る。そしてその突起の一つから伸び出た直径軌道を描く骨組みが縦横に走り、その全てが交差する中心部へあしらわれた花びらの如き放射状の足場こそが、今まさにアスベルが踏みしめている鋼の大地なのだった。

「なんて大きさなんだ……!?」

 確かにこの字面だけを見ればどこにでもあるトンネルや坑道のような施設を思わせるものの、その規模というものがともかく想像を絶するまでに凄まじい。足元に広がる花弁一つを取って見ても、領主である彼の屋敷程ではないにせよ一般的な住宅ならば十分立てられそうな広さを誇っているし、それぞれを繋ぐ環状の通路は亀車が通れそうな幅を持つ。
 しかしこれでもまだ入口に築かれたほんの一部分に過ぎないのだから、建造した古代人達の技術力に恐れ入る。その粋を見せつけられたのは、旅の過程で訪れた彼らの故郷である惑星フォドラにおいて。滅びから既に千年以上もの時が経っているというのに、原型を留めた街が制御装置と共に宙に浮き、各地に遺された研究施設は知識ある者が手を加えさえすれば現役で稼働させる事もできた。隆盛期には宇宙空間をも超えた移民計画が執り行われていたようで、ここガルディアシャフトもその名残だという。自分達の祖先は別の星からやってきて、ずっと大地にこんな大穴を隠していた。実際その痕跡を目の前にした今でも信じられないような話ばかりだが、そんな彼らの頑張りを知った今、改めて自分達はそんな沢山の人々が前を向き歩き続けた歴史に守られているのだと気付かされる。



「今度こそ、決着をつけなければ……!」

 そんな感傷に浸っていると、背後より決意に満ちた声色が届けられる。掻き鳴らす軍靴にピッタリとした青緑のインナー、はためく外套に映えるのは共和国の紋章。隣国ストラタへ養子で出てしまったものの今一度絆を確かめ合った実弟ヒューバート・オスヴェルを筆頭に、仲間達が次々と惑星間航行船シャトルより歩み出てくる。
 幼馴染であり治癒術の名手シェリア・バーンズに、騎士学校時代からの恩師で豊富な人生経験を元に一行を教え導いてくれる教官ことマリク・シザーズ。猫のような瞳で興味津々とばかりに遺構を見つめ回しているのは、古代文明の一翼を担った技術者集団アンマルチアの末裔、女技師パスカル。
 そして記憶喪失だと思っていた少女は、フォドラからやってきたヒューマノイドだった……。幼き日に出会い、アスベルを始めヒューバートやシェリア、そしてリチャードといった幼馴染の面々と親交を深めていった大切な「ともだち」の一人。しかしある事件によって喪われ彼らの心に大きな傷を遺して逝ったのかと思いきや、数奇な再会を経てアスベルに目を逸らし続けてきた過去と向き合う機会を、そして守る強さを教えてくれる事となる。そんな花の名を冠す少女ソフィは緊張が隠せないといった面持ちで、しかし自信に満ちた優美な佇まいで一行の輪の中へ躍り出た。

「この奥へ進んでいくのは、ラムダの中へ入っていくようなものだって言ってたよね?」
「うん。ラムダは今、ここを通って星の核(ラスタリア)の側まで辿り着いてると思う。まだ融合のための準備をしている段階だけど、エフィネアは徐々に内側からラムダの侵食を受けているはずだから」

 パスカルの問いに答えるソフィの声は淡々としているものの、事態はそんな生易しいものではない。この星エフィネアは今、ラムダという原子生命体によって未曽有の危機に晒されている。生命の営みにおいて必要不可欠なエネルギー体である、原素(エレス)。世界各地にて貯蔵されているその大部分がラムダに吸収され消失してしまった上、暴星魔物(ぼうせいモンスター)と呼ばれるラムダ自身の体組織を移植された強力な魔物の襲撃が相次ぎ街の中でも安全とは言い切れない状況が続く。そして今、ラムダはこの星の心臓部である星の核(ラスタリア)と融合する事によってエフィネアという星そのものを自分の支配下に置こうとしている。
 自分達が暮らすこの星を守るため、そしてラムダに寄生され体を乗っ取られてしまった幼馴染リチャードを助けるため、アスベル達は最後の戦いに挑もうとしていた。

「この先に何が待ち受けているかは分からないが、オレ達のやる事に変わりはない」
「ソフィの力も分けてもらったし、後は自分達を信じて進むだけね」
「よし……。行くぞ、みんなっ!」

 マリクの忠告に、シェリアの決意に、アスベルは力強い言葉で応える。必ず、守ってみせる……! 七年前に抱いたその誓いを胸に、六人の勇士達は底知れぬ深淵の果てへと歩み出していった。





  ――カンっ カンっ カンっ カンっ


 上空からシャトルで確認した通り、その行程は果てしないものだった。幾重にも折り重なった機械仕掛けの階層を、転送装置や昇降機を使って一つずつ下りていく。道のりは比較的単調な一本道であるため迷う心配はなかったものの、侵入者除けの仕掛けが施されていたり、ラムダの気配に釣られ集まってきた暴星魔物達が立ち塞がったりと困難を極める。
 しかし自分を信じて、仲間を信じて、アスベル達は決して怯まない。警戒は最大限にしながらも互いに魔物を倒した後交わす勝利の軽口は絶やす事なく、仕掛けに苦戦するアスベルの隣で瞬時に正答を導き出したパスカルは「トロピカルヤッホ〜!」と奇声を上げ喜ぶ。それはいつもと変わらぬこのパーティならではのやり取り、先に待ち受ける死闘への悲壮感などとはまだ無縁であった。
 しかし――、


  『――褒められて嬉しくないのか? 嬉しい時はこうするんだ』


 そんなアスベル達が唯一足を止め、動揺を誘われたのが未知との接触だった。最初は行く手を阻む不可視の障壁が、道を塞ぐようにして天高く展開されているのかと思われた。ソフィのアドバイスを受け突破しようと手を触れたその瞬間、頭の中へ誰かの記憶が――、内容から察するにこれから戦おうと意気込む仇敵ラムダの記憶が流れ込んできたのだった。



  …
  ……
  …………
   
『見たまえ、この子を。日に日に人間らしく成長しているではないか』

 『はぁ……』

『この子は我々にとって、未来の可能性そのものなのだよ』

  …………
  ……
  …



  …
  ……
  …………

『やめたまえ! ラムダを廃棄処分にしてはいかん!』

 『ラムダが存在する限り、潜在的脅威は消えません。上層部はラムダを廃棄しない限り、納得しないでしょう』

『私が何のために、ラムダを人間として育てる事に拘ったと思うのかね?』

 『ラムダはあくまで実験の対象……。お前もそう思うわよね、ラムダ?』

  …………
  ……
  …



  …
  ……
  …………

『安心しろ、私がお前を守ってやる。何があってもっ……!』

 『彼らを捕えなさい! 抵抗するようなら、射殺しても構いません!』

『うわぁっ……!?』



  …………



『すまない……。私はどうやら、ここまでのようだ……』

 『エフィネアへ……、そして、星の核(ラスタリア)へ……』



    『生きろ……、ラムダ……!』



  …………
  ……
  …



 これがエフィネアと同化しつつあるという事なのだろうか。映し出された映像を見れば、その場所がアスベル達も訪れたフォドラの各施設である事は分かるし、一部遺構に残されていた映像媒体の情報とも一致するのだから実際に起きた出来事と見て間違いない。
 ラムダは決して、自分から望んでフォドラを滅ぼした訳ではない……。その事実はこれまでラムダの事を星を滅ぼす元凶として捉えていた一行にとって、特にアスベルにとって大きな衝撃を与えた。

(ラムダも、俺と同じように運命に翻弄されてきたのか……。利用され、裏切られ、そして唯一の理解者まで失って、お前はその後どうしていたんだ……?)

 その姿はかつて先代領主である父を喪い、そして進駐軍を率いた実弟により故郷を追われた自分自身とどうしても重なって見えてしまう。一度芽生えた疑問は回を追う毎に膨らんでいき、傍から眺めていた仲間にさえ「そんな事で悩むな」と指摘される始末。
 しかしどうしても、自分を映す合わせ鏡のように思えて仕方がない。そんな迷いを捨てきれないまま行程は進み、遂に側壁の鋼板もなくなって剥き出しの岩場ばかりが目立つ下層部において四枚目の障壁と相対する。



  …
  ……
  …………

『目標発見。攻撃開始』

 『マダ……、追ってクルノカ……! ソンナニ……、憎いノカ……!』

 そこは何処とも知れぬ、街道の一角。薄暗い夕闇が迫る中、一人の少女と一体の魔物(モンスター)が相対していた。
 見慣れない地形、違和感を持つ空の下での出来事なれど、双方とも人物には見覚えがある。魔物の方はフォドラの研究施設にて確認した、体組織ではなくラムダ本体が憑依した事によって突然変異を引き起こした異形の魔物。
 そして少女はまごう事なき、ソフィ自身。しかしそれは人の心をまだ知らない、ヒューマノイドとしての彼女。およそ千年前、エフィネアへ逃れたラムダを追って対ラムダ決戦兵器として送り込まれた戦闘用ヒューマノイド『プロトス1(ヘイス)』としての姿だった。

『はあぁっ!』

 『オオォォォっ!』

 ソフィが駆け出し、ラムダは長大な爪を振り上げてそれを迎え撃つ。戦いは一進一退を繰り返し、苛烈を極めていた。あらゆる攻撃を無効化するラムダ独自の原素錬成法『暴星バリア』によってソフィは何度も窮地に追い込まれるが、プロトス1が対ラムダ決戦兵器と言われる所以である『光子術』という、暴星バリアを打ち消す事ができる唯一の術技によってたちまち劣勢から盛り返す。

『――っ! う、うぅっ……』

 『――っ! オ、オォっ……』

 そして交錯する、必殺の一撃。その衝撃に耐えきれず、どちらからともなく同時に崩れ落ちる。

『…………』

 『…………』

 周囲は一転して静寂に包み込まれ、穿たれた大地に土埃が舞うばかり。そんな中ラムダが宿っていた魔物は細胞崩壊を起こし始め、本来の赤黒いエネルギー体へと戻ったラムダは何処かへ去っていく……。



  …………



 そして場面は変わって暗闇、何処かの洞窟にて先程の魔物が倒れていた。倒れているのはラムダだけでなく、仕立てのいい服を着た少年少女達に、深緑のシャツをおびただしい量の出血で染め上げた焦げ茶髪の少年の姿も。そこに先程と違って、ソフィの姿はない。
 もはや最近見知ったばかりの景色を思い返すまでもない。ソフィを喪い、幼馴染との絆をも失ったのだと思い込んでいた七年前のあの夜、魔物に襲われ倒れ込んだ少年期のアスベル達であった。

『アス……ベル……? ソ……フィ……? みんな……』

 そんな彼らを映していた天井から視点が切り替わり、語り掛ける少年が映し出される。流れるような金髪に、気品溢れる子供服。アスベル達と友誼を交わした幼少期のリチャードであった。

『みんな……どうしたんだ……? 誰に……やられ――ゲホっ! ゲホっ!』

 腹這いになりながらも何とか視線を上げようと踏ん張る中、不意に咳き込んでしまう。咄嗟に手をやって口元を拭ったのだが、その掌は緋色に染まっていた。

『はぁ、はぁ……。僕もこ、こまで――

  ――ジっ ジジっ

 記憶の中とは思えぬ鮮明な光景に、思わず見入ってしまう。吐血に愕然とするリチャードは鬼気迫るものを感じさせ、年齢以上の迫力が伝わってくるかのよう。
 しかしそんな中、不意に耳障りなノイズが響き始める。リチャードの声は掻き消されてしまい、怒気を帯びつつあった語尾は聞き取る事ができなかった。

『いつ……、……くに…………。ど……を……』

  ジジジジっ ジジっ ジイィィィ――

 ノイズは更にその激しさを増し、正確な発言が聞き取れないばかりか映像までもが不鮮明になっていく。元々薄暗かった洞窟内が松明を掻き消されたかの如く暗転し、空間の歪みのような波模様が目の前を行き来する。

『死にたく……

  ――りなさい……』

『……におな……

    ――にたくない……』

 灰色の嵐と化した情景の中、音声だけが響き渡る。まだ声変わりしていないリチャードの声、そしてそんな彼の発言に覆い被さるようにして中性的な音域のハーモニーが木霊する。

『生き……。い……るのだ……』

 『――りなさい……。………にお……なさい……!』

 謎の声とリチャードの声、それにラムダの声までもが呼応し頭の中を引っ掻き回す。強烈な不快感に襲われ堪らずもがき苦しんでいると、最後にあの声が叫びを轟かす。


  『――レにおなりなさいっ……!!』


  …………
  ……
  …



「……終わった、のか?」

 現実に引き戻され、アスベルは絞り出すようにして呟く。辺りには相変わらず人気はなく、ガルディアシャフトを制御する機器の動作音だけが響き渡っている。不快感に苛まれたのは仲間達も同じだったようで、皆目頭を押さえながら体を解していた。

「みんな、大丈夫か?」
「えぇ、なんとか……。でも、一体何だったの?」

 やや恐怖を感じさせる瞳で問うシェリアに対し、ヒューバートは言葉を選ぶようにしてゆっくり口を開く。

「途中から映像が乱れてましたね。フォドラで資料を探していた時、上手く再生できなかった物をパスカルさん達が『スナアラシ』と呼んでいた状態に似ていると思いましたが」
「う〜ん。でも今のは破損してたって言うより、混線したっていう感じだったかな」
「混線、ですか?」

 専門家としての知見から、即座に見解を示すパスカル。その物言いにヒューバートはキラリと眼鏡を輝かせる。

「多分別の映像がどこからか割り込んできて、元から流れてた物に被さっちゃったんだよ。だけど受取手のあたし達は一つしか処理できないから、ごっちゃになっちゃった。だからどっちつかずな状態で再生されて、頭痛くなっちゃったってとこかな、きっと」
「という事はラムダ以外にもエフィネアへ干渉し、オレ達へ記憶を見せている者がいるという事か?」
「多分ね〜」
「そんな……!」

 驚愕の事実にアスベルは愕然とする。これまではリチャード、ひいてはラムダが星の核(ラスタリア)で待ち構えているのかと思っていたが、ここに来て未知の存在が浮上してきたのだから。これまで微塵もその存在を感じさせず、いきなり牙を剥いてきた。相手の正体が掴めない事への恐怖、それは今回の件においてラムダの存在を知らず、ずっとリチャード自身の乱心だと思って戦ってきた経験から身に染みて分かっている。

「ともかくだ。何が待ち受けていようとオレ達は進むしかない。確かに警戒を怠らない慎重さも時には重要だが、それは今じゃない。あまり時間を掛け過ぎていると星の核との融合が終わってしまい、オレ達の世界は終わりだ」
「ラムダの気配が強まってる。恐らく、そう遠くない所にいるはず」
「くっ……。進むしかないのかっ……!」

 マリクに限らず、ソフィにまで背中を押されてはどうにもならない。アスベルはラムダへの同情に加え、新たなる介入者の出現という二つ目の葛藤をも抱え込みながら眼前に見える転送装置へ乗り込んだ……。



  …………
  ……
  …



「――全てを斬り裂く! 獣破轟衝斬!」

 アスベルの叫びが薄青色に染まる虚空へと響く。抜刀を信条とする彼特有の一閃から、原素を宿らせた強烈な斬り上げが魔物(モンスター)の腹を捉える。まさに秘奥義と呼ぶに相応しい、必殺の一撃。苦戦を強いられた竜族の暴星魔物もいえどもその衝撃には耐え切れず、首元までを二つに裂かれ遂に息絶えたのだった。

「何とか、なったか……」

 原素を爆発させた凄まじい衝撃に、だらりと腕を垂らし呟くアスベル。そんな彼にソフィは淡々と言う。

「うん。教官がビームで隙を作ってくれたお陰だね」
「フっ、これくらいどうという事はない。お前も真の漢となるにはこれくらい語れんようでは話にならんぞ、アスベル」

 腕を組みわざわざ体の向きを変えてまで背中を見せつけてやったが、愛弟子からの返事はない。彼に限らず、普段なら何らかしらツッコミを入れてくれる他の仲間達からも、だ。今の魔物が手強かった事は間違いないのだが、いよいよ決戦の刻が近付いてきたという緊張感で皆一杯いっぱいといった有様であった。

「やれやれだな、まったく……」

 「――教官、少しいいですか?」

 そんな中唯一彼だけは、ヒューバートだけは無視せず話し掛けてきた。しかしそれは先程のジョークに対する返事ではない。真剣な眼差しの彼に対し思う所があり、マリクも即座に居住まいを正して答える。

「分かっている。先程の魔物についてだろう?」
「えぇ。教官も気付いているとは思いますが、白竜の姿をしたあの魔物には一ヶ所だけ、妙に目立つ桃色の鱗がありました。逆鱗、とでも言えばいいのでしょうか……? ともかくそこから流れ出る異常な原素によって、何らかの影響を受けていたのは間違いありません」
「これまでの道中で戦ったトレントの亜種や首なし騎士達に比べ、かなりタフな奴だったからな。ラムダに近付くにつれ敵が強くなるのは当然だが、それにしたって異常だ。オレも気になったから敢えて大技で隙を窺ってみたのだが、お前が鱗を撃ち抜いてくれたお陰ではっきりした」
「鱗を失った途端、並の暴星魔物まで弱体化しましたからね。やはり謎の介入者の仕業と見て間違いないでしょうか?」
「あぁ、恐らくな」

 シェリアとパスカル、彼女らと入れ替わって控え組に回った二人の間へ気まずい沈黙が流れる。

「まぁいずれにしても、だ。まだ判断を下すには情報が足りん。もう少し様子を見る事にしよう」
「分かりました。ですがこの話、いずれ兄さん達にも――」
「あぁ、今度は折を見て話そう。さすがに前回の失敗もある事だし、オレ達だけで対処できるだなんて自惚れるつもりはない。たとえ不確かな情報であっても全員で共有しておけば、何らかの備えになるかもしれんからな」
「そうですね……」

 現段階で行える限りの意思疎通を図り、二人は秘密の会話を終える。前方で勝利の決めポーズが揃わず落ち込んでいるアスベルを小突いて励まし、一行は再びゴツゴツとした岩場を歩んでいく。
 地の果てまで下りていく竪穴は既に後方へ過ぎ去り、今は地核の中心部へと足を踏み入れている。エフィネアの地核は空洞となっており、星の核(ラスタリア)から溢れ出る原素によって幻想的な雰囲気が漂う。濃淡様々に揺れる青緑色の壁面は蒼海の水面のように表情を変え、この世のものとは思えない次元の狭間か黄泉の国にでも迷い込んでしまったかのよう。あれだけ精巧に打ち固められていた古代人達の遺構はもはや転送装置しか見当たらず、天然の岩石を足場に何とか渡り歩ける道が用意されているのみ。
 まさに人知の及ばない秘境中の秘境、その中心で薄青色の球体が燦然と輝く。無限に原素を生み出し続け、命の礎を築きし星の核……。最初は巨大なガラス玉程度に見えていたそれも、今やそれ自体がもう一つの星なのではないかと思える程の圧迫感で間近に迫る……!


  「――みんな、少し待ってくれ」


 先頭を歩いていたアスベルが声を上げ、振り返りつつ立ち止まる。彼が立つ三叉路の先には、転送装置がそれぞれ一つずつ。一つは今転移してきた物、一つは真っ直ぐに星の核(ラスタリア)へと伸びる物……。そして瓦礫に埋もれるようにして据え置かれた最後の一つには、『緊急脱出用』という文言が彫り込まれていた。

「いよいよだね……」

 上層への直通路が設けられているという事は、ここが最下層である証。動作確認をしたパスカルの声からも幾分か緊張が感じられる。

「星の核に近付いて、リチャードは更なる力を手にしてると思うよ」
「これまでの戦いで手を抜いていたはずはないが……。今度こそ、リチャードも本気で来る」
「えぇ。でも私達にだって、負けられない理由があるもの!」
「わたしもアスベルとリチャード、それに皆を守る」
「あぁ! 七年前のあの時から、俺が望んできたのは『守る力』なんだっ……!」

 シェリアが、ソフィが述べる決意の言葉。そしてそれに応じるアスベルの声も次第に熱を帯びていく。

「さぁ! 気を引き締めて行こう。これが最後のたたか――」

  「――ちょっと待ってください」

「ちょっ!? ヒューバート……」

 仲間を、そして自らを鼓舞するため声を張っていた最中に遮られ、アスベルはガクッと体を傾ける。反対にヒューバートはマリクと目配せして頷き合い、意を決したとばかりに歩み出る。

「その前に今一度、皆さんに確認しておくべき事があります。例の介入者の件です」
「介入者か……。それで、何か分かったのか?」

 そういえばそんな話があったと、アスベルを始め女性陣達も表情を引き締め彼の話に耳を傾ける。

「いえ。確たる証拠は掴めませんでしたが、この先にリチャード国王やラムダとは別に、未知の存在が待ち構えているという事実だけは断定してよさそうです。地核に突入してからこれまでの道のりにおいて、戦った魔物(モンスター)の中にその者の介入を伺わせる個体が確認できました」
「それは、あの暴星バリアを破っても攻撃が効きにくかった魔物達の事か?」
「あぁ、そうだ」

 アスベルの問いに、マリクが口を挟み続ける。

「白竜の姿をした大型の魔物が典型だが、他にも何体か体の一部が桃色に変色した奴がいただろう? そいつらはみな、介入者から何らかの影響を受けたと見て間違いない」
「まるで変色した部分のお陰でパワーアップしましたぁ、って感じだったねー。あれって結局何だったの?」

 即座に頭を巡らし、パスカルも間髪なく応じていく。皆確信はなかったけれども、どことなく不穏な空気は感じ取っていたという所だろう。

「分かりません。ラムダと同じように体組織を植え付けているのか、それとも……」
「ともかく、これらの情報から察するに、介入者はラムダとはまた別の方法で他の生物へ影響を及ぼす力を持っているという事だ。その力はラムダ本体に対しても有効なのか、本当に能力上昇の効果だけなのか、もしかすると暴星魔物と同じように介入者の精神的支配下に置く事も可能なのかもしれんと、分からない事が多過ぎる。
 だが少なくとも、そんな魔物達を倒してここまで来れたんだ。確かに手強い相手だったが、今のオレ達に倒せない相手じゃない。未知の存在を相手に過信する事は危険だが、今のオレ達ならきっとやれる!」
「そうよね……。身体能力の向上だけって考えれば、ソフィの力を分けてもらった私達とおんなじなんだし」

 冷静に分析しながらも、敢えて士気を高めるべくポジティブな言葉を並べるマリク教官。そんな彼の意図を知ってか知らずか、シェリアも自分に言い聞かせるようにそう呟く。

「……まぁいいでしょう。ぼくも本気を出します、ですから負けません」

 繰り広げられる精神論、それは彼にとって信用ならない物である筈だった。しかし今は主に兄の姿を通して、その強さも知っている。ヒューバートは敢えて否定せず同調するような物言いで決意を述べると、ソフィやパスカルもそれに続く。

「みんなで力合わせて……。わたしも、一緒に戦う!」
「やっちゃお〜、アスベル!」
「よしっ! たとえ何が待ち受けていたとしても、俺が全てを守ってみせる! みんな、いくぞっ!!」

 「うんっ!」
 「はいっ!」
 「えぇっ!」
 「あぁっ!」
 「ほいほーいっ!」

 こうして再度の意思統一が図られた勇士達は、最後の転送装置へ向けて歩み出した。それぞれの想いを胸に秘め、大切な人々を守るために……。真っ直ぐに前を見据える瞳は星の核(ラスタリア)の輝きに対しても怯む事なく、希望に満ち溢れた未来への系譜を確信しているかのように揺らがない。



  ――この時ばかりはまだ、待ち構える存在の強大さを知る由もなく……。




牙蓮
2020年03月01日(日) 00時56分38秒 公開
■この作品の著作権は牙蓮さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
という事でお久しぶりです、自称「ハイグレ×テイルズSS作家」こと牙蓮です。
今回は本家に縁がある小説という事でこちらに投稿させて頂きました。

ざっと経緯を申しますと、いつも楽しませて頂いている本家チャットルームでの出来事です。
いつものようにお話していると、ハイグレファンでありテイルズファンでもある同志から「グレイセスで最終決戦敗北ハイグレ化エンドを見てみたい」とリクエスト頂き、普段お世話になっているお礼に書いてみました。
ハイグレだけでなくテイルズへの愛もひしひしと感じるリクエストでしたからね、私も動画でしっかりストーリー見直しながら書き上げました。
まだ冒頭部分だけですけど、楽しんで頂けたでしょうか?(ワクワク

――と、表題にもあります通り本作はまだほんの序章です。
ハイグレファンの皆さんすみません、ほぼほぼテイルズのノベライズ小説を読ませることになっちゃいました。
最終決戦を描く以上ある程度の事情は知っておいて頂きたいという思いもあり、テイルズファンに向けてはあのRPG一本をプレイしてきた集大成の高揚感を思い起こして頂きたく、分厚い描写でラスダンから始める事にしました。
ガルディアシャフトの攻略過程、思い出は蘇ったでしょうか?

これでようやく下準備は整いましたので、次回からハイグレ洗脳に取り掛かります。
介入者――ぶっちゃけ魔王様はどんな形で介入してくるのか、アスベル達の運命は!?(まぁハイグレ化エンドだけど
ご期待に沿えるよう頑張りますので、どうかもうしばらく本編完成までお待ちください。

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