【本編・前編】三位一体のハイグレ洗脳 〜TOG最終決戦if〜



  ――コツっ コツっ コツっ

 大地を踏みしめ、細かな砂粒を蹴り上げる靴音が静寂を破る。その不揃いな六つの足音は真にこの世界エフィネアの果てと呼ぶに相応しい場所へ、ガルディアシャフトの最終到達点である最後の浮島へ辿り着く。

「あそこに見えるのが、星の核(ラスタリア)?」

 視線を上げ呟くパスカルの声に応えるのは緊張、不安、誇りに泰然、そして平静……。ソフィが、シェリアが、ヒューバートにマリク、そしてアスベルがその瞬間思い描いた感情を素直な表情として吐露する中、眼前の発光体では紫色に変色したおびただしい原素(エレス)が渦巻いていた。



  [――よく来たね、アスベル]
  《――来たか、プロトス1(ヘイス)》
  【――よく来たわね、坊や達】



 そんな彼らに反応し、上空から耳障りな不協和音が届けられる。遠目には青白く透き通って見えた星の核(ラスタリア)も、ここまで近付いてしまえばただの白い塊に過ぎない。まさに第二の太陽とでも言うべき発光体の表面を這い回っていたエネルギーの流れは不意に打ち切られ、輝きから分離した何者かが人の世へ舞い降りる。

  ――コツっ コツっ コツっ

 その存在が歩む道は、核と浮島との間に広がる虚空の上。濃密な原素が形成する不可視の大地を踏みしめ、ゆっくりとアスベル達の下へ距離を詰めていく。

「お前……。リチャード、なのか?」

 誰何するアスベルの声が思わず裏返ってしまうのも無理はない。歩み寄るそれは、まさに異形。辛うじて人の形は保っているものの、その姿は予想を上回る異質な存在としか言い様がなかった。
 とはいえアスベル達も、ある程度の変化は覚悟していた。この旅を通じてリチャードとラムダが同化していく過程はずっと目の当たりにしてきたし、つい先日ガルディアシャフトの入口で戦った際の完全なる融合体、褐色の裸体に黒い装甲を纏った堕天使の如き姿は記憶に新しい。
 しかし今は、その一度目の変化すら面影にない程までに更なる変貌を遂げている。体の大部分は漆黒のマントに覆われていて詳しく伺えないが、何と言ってもその肌の青さ! 唯一素肌を晒す顔面は余分な装飾が取れむしろ平時のリチャードに近付いたものの、非人間的な青さに戦慄する。それは体調が悪くて青ざめているといった生理現象の次元ではなく、色素から根本的に異なる別の生物かのよう。そして更なる奇抜さを生み出しているのが、セミロングの頭髪。ラムダとの融合で金髪から禍々しき白銀へと変じていたそれが、今や青肌とのコントラストが眩しい鮮赤に染め抜かれていたのだった。


[フフフ、何を言ってるんだい? 僕はリチャードだよ]
《ククク、戯れ言を。今の我はリチャードに等しき存在》
【ホホホ、面白いじゃない。リチャード以外の何に見えるのかしら♪】


「ぐっ、だが……」

 生理的嫌悪感を催す三つの折り重なった声色に否定され、言い淀むアスベル。そんな兄に代わり一歩前へ踏み出したヒューバートは、暗雲を斬り払うかの如く右腕を振るう。

「いい加減になさいっ! お前の正体は分かっています。ラムダの影に隠れてコソコソと、それでぼく達の目を欺けているとでも思ったのですか?
 ぼく達を甘く見た事、後悔するといい! 出てきなさい、桃色の介入者っ!!」


[……ふむ、どうやら感付かれているようだね]
《……やはり、我の力には見せかけられなかったか》
【……あーらら、もう気付かれちゃったのね。

  ――じゃあ、仕方ない。アタシ自ら教えてア・ゲ・ル♪】


 鋭い叱責にスーッと目を細めていると、その口から歪なハーモニーが消える。一転して朗々と響き渡る音色は、ねっとりと纏わりついてくるかの如き陰湿な高音。


【坊やの言う通り、この姿や洗脳した魔物(モンスター)をけしかけた介入者ってのはアタシの事よ。

  ――アタシの名は、ハイグレ魔王。

 この世界とは別の、遠く離れた宇宙に浮かぶハイグレ星の主にして、全宇宙を統べる支配者の名よ。これからアナタ達もアタシのものになるんですから、よぉーく覚えときなさい】


「ハイグレ、魔王……?」

 その聞き慣れない名前にアスベルは仲間達を見回す。シェリアやマリクはおろか、フォドラの事情に明るいソフィまでもが首を傾げ、頼みの綱のパスカルでさえお手上げとばかりに両手を広げる始末。

「別の宇宙って……、お前はフォドラとも違う異世界の人間なのか? その支配者とやらがどうしてリチャードの中にいて、ラムダとまで協力しているんだ?」


【ホホホっ、簡単な事よ。依り代を探していたアタシに話し掛けてきた存在がいて、相応しいと思ったから力を貸してあげたダ・ケ♪ そこに元の種族なんて関係ないワ】


「依り代、だって……!?」


【そうよ。全宇宙を支配するといっても、アタシにだって限りがある。どんなにアタシが偉大で、大勢の部下をこき使えたとしても、宇宙にはまだ手の届ききってない地域が沢山あるんだから嫌になっちゃうワ。
 だから少しでも効率を上げようと、こうして本体とは別の思念体を飛ばしてアタシの帝王学を授けるに相応しい子達を探しているってワケ。この子達はいいわぁ〜。だってハイグレの支配者になるため、一番大事な情熱を持っているですもの! きっといい世界を作ってくれるに違いないわぁ〜♪】


「そんなはずはない! だってリチャード……、いや、ラムダは、世界中の原素(エレス)を奪ってこの星を滅ぼそうと……」



  [――それは違うよ、アスベル。僕達は別に、エフィネアを滅ぼしたかった訳じゃない]



 その声に思わずハッとする。目の前から流れてくる柔和な声色、それは紛う事なきリチャード自身の物だった。

「リチャード! リチャードなのかっ!? お願いだ、俺の話を聞いてくれっ!」



  《――無駄だ。この者……、いや、我らにお前の話へ耳を傾ける意思はない》



「その声……、ラムダァっ!!」

 反射的に吠えたソフィの声に、緊張が一気に高まる。正体を現したハイグレ魔王の印象が大き過ぎて忘れがちだが、あの体には仇敵ラムダも宿っている。敵意とまでは言えないが拒絶を示したその存在を前に、仲間達も一様に身構える。そして――、

「待て、ソフィ!」
「っ!? 放して、アスベル!?」

 手甲を手に飛び掛からんばかりのソフィを、アスベルが懸命に押し留める。

「戦う前にどうしても確認しておきたい事がある。言っただろう? 自分独りだけで何とかしようとするなって」
「…………」

 一応納得したのか、腕を押し退けようとする力が弱まる。それを確認していつもの様にポンと頭を一撫でしてやると、再びハイグレ魔王の支配下へ堕ちたラムダリチャードと相対す。

「俺の話を聞いてすぐに考えを改めろと言うつもりはない。でも教えてくれ。お前はラムダと一つになって、一体何をしようとしているんだ?」


[……知れた事。僕らは星の核(ラスタリア)と一つになって、この世界を作り変えようとしていたんだ]
《……知れた事。我らは星の核(ラスタリア)と一つになり、この世界を作り変えようとしていたのだ》


 その秘めたる思いを口にした瞬間、漆黒の瞳が僅かに赤く輝いた気がした。


[僕達がエフィネアそのものになれば、醜い争いの元凶を消し去る事ができる。争いの元凶……、それは、人間の存在だ]
《我らがエフィネアそのものとなれば、醜い争いの元凶を消し去る事ができる。争いの元凶……、それは、人間の存在だ》


「人間の、存在……!?」


[そうだ。人は己の欲のために、際限なく争いを起こす。争い、奪い、破壊し、そして争う相手がいなくなれば自ら生み出してでも他を犠牲にし続ける。そんな醜い存在は存在している事自体が罪であり、間違いなんだ。だから、世界となった僕らが罰を与える。こんな僕らに優しくない世界なんてみんな、なくなってしまえばいい……!]
《そうだ。人は己の欲のために、際限なく争いを起こす。争い、奪い、破壊し、そして争う相手がいなければ自ら生み出してでも他を犠牲にし続ける。そんな醜い存在など存在している事自体が罪であり、間違いなのだ。故に、世界となった我らが罰を与える。いたずらに我らを虐げる世界など跡形もなく、消し去ってくれる……!》


「待てよっ……! そんな事をして一体、何になるって言うんだ!?
 人間を滅ぼす事で、争いをなくす? そうしたらお前はどうするって言うんだ!? たった一人になって、話し相手さえいなくなって……。そうなってしまえば、お前はきっと――」



  【――そう、後悔する事になるわよねぇ。だって、こんな素晴らしい資源をみすみす浪費しちゃうんですもの♪】



 血相を変え訴えるアスベルの後を継ぎ、耳障りな高音が顔を覗かせる。これまで静謐を保っていたハイグレ魔王は一転して口元の主導権を奪い取り、率直な感想を述べる。自分に向けて発せられた問い掛けを先回りして、自分自身へとぶつける姿は異様としか言い様がない。しかしながら三位一体となった青肌の魔王は、不敵にほくそ笑んでいた。


【この子達の強い思いは、融合のため使われていた原素(エレス)の流れに乗って方々へ飛び散っていたワ。それはもちろん、遠い宇宙の彼方で瞑想に耽っていたこのアタシの所にも。『みんないなくなってしまえばいい』、『争う事のない一つになってしまいたい』……。その迸る情熱にアタシは心動かされ、願いを叶えるための力を貸し与えずにはいられなかったってワケ】


[最初は融合の最中だったから、エフィネアの意思が聞こえてきたのかとも思った。でも話を聞くうちにハイグレ魔王の人となりが分かって、僕らの境遇に心から同情してくれていると感じたんだ。
 人間は存在するだけで価値のある素晴らしい生き物だけど、少しだけ愚かなんだ。だから野放しにするんじゃなくて、普遍的な価値観の下恒久的に導いてあげればいい……。僕らはそんな彼の思想に共鳴し、この世界を一緒に変えていく道を選んだんだ]


《我の、リチャードの……。そして魔王の目的はただ一つ、世界をハイグレで洗脳する事。価値観の相違から争いが生まれるのであれば、皆が等しくハイグレ人間となればよい。
 一つになる事で争いをなくす。それは生まれながらにして虐げられてきた我らにとって、ようやく得る事のできる安息の地なのだっ……!》


 代わる代わる語る彼らは誰しも自信に満ち溢れていた。自らの判断に迷いがなく、何としてもやり遂げるんだという気概は温和なリチャードにはやや不足していたと思われる王の器を感じさせる。しかしながら同時に滲み出てくるのは、独善的な狂気。アスベルの目には好ましい為政者というよりもむしろ、危うげな独裁者として映っていた。

「ハイグレ人間……? それは俺達普通の人間とは別の、何か違った種族なのか……?
 いや、今はそれより。洗脳する事でみんなを一つにする、だって……? そんなの、さっき言ってた滅ぼすのと同じじゃないかっ!?
 確かに考え方が違えばぶつかり合う事もあるし、感情がすれ違ってしまえばお互い意地を張って中々歩み寄るのすら難しい。でもだからこそこうして分かり合えた時は嬉しいし、一人ひとり違う考えを持っているからこそ新しい物も生まれるんじゃないか! 俺はお前と初めて分かり合えて、友情の誓いを交わしたあの夜の出来事がとても嬉しかった。お前はそんな一人ひとりが持つ大切な個性までも、一つに塗り潰そうというのか?」


[黙れっ!]
《黙れっ!》
【黙りなさいっ!】


 まるで迷いを振り払うかの如く、リチャードはマントの継ぎ目から突き出した右腕を振るう。


[僕がその程度の言葉で、揺らぐと思ったのかっ!? ハイグレは決して個性を奪わない。ただ僕らの下僕として生まれ変わって、忠実に生きてもらうだけだ。僕の命令一つあれば、争いなんて瞬く間に解決する。それに何の不満があると言うんだい?]
《我がその程度の言葉で、揺らぐと思ったのかっ!? ハイグレは決して個性を奪わぬ。ただ我らの下僕として生まれ変わり、忠実に生きてもらうに過ぎない。我の命令一つあれば、争いなど瞬く間に解決する。それの何に不満があると言うのだ?》
【アタシがその程度の言葉で、揺らぐと思ったのかしら? ハイグレは別に個性を奪わない。ただアタシの下僕として生まれ変わって、忠実に生きてもらうだけよ。アタシの命令一つあれば、瞬く間に股を開く。それに何の不満があると言うのかしら?】


「……それが、お前の本性か」

 牙を剥く魔王の言葉に、マリクは淡々と言ってのける。彼だけではない。シェリア、ヒューバート、パスカル、ここに集った勇士達は一瞬たりとも怯まない。

「結局はお前も、全てを我が物にしようとした歴史上の独裁者達と変わらん。オレの知る限り、他国から閉鎖的だと言われるフェンデルにおいても、その思想に賛同する者などおらん」
「どうしてそんな怖い事言うの……? 自分の好きに生きたいっていう思いは、あなたにもあるんじゃないの?」
「第一、そんな高度な洗脳など、施せるわけがありません。我がストラタ軍においても情報戦術の一環としてその様な研究がなされてましたが、人間の深層心理は思う以上に複雑で扱いにくい。幼児期から時間を掛けてじっくり施すならともかく、全人類を一度に洗脳するなど非論理的です。人々の心に消せない炎がある限り、お前の望む世界など訪れはしないっ!」
「え〜、そうかなぁ? あたしなら作れちゃうかもよ?」
「ぐぅっ、あなたという人は……っ!」

 若干の協調性欠如は見られるものの、根底の一体感は変わらない。たとえ相手がどんな存在であっても、自分達が生きるこの世界を守ってみせる……!


[……ふぅっ。どうやら、君達とは相容れないようだね]
《……ククっ。どうやら、お前達とは相容れぬようだな》
【……ホホっ。どうやら、アナタ達も譲れないみたいね】


「リチャード。お前ならこんな事をしなくても、その優しさで世界を変えていけるはずだ。だから頼む、今からでも――」


[いい加減にしろ、アスベル! こうなったらもう、実際に僕達の力を見てもらうしかないようだね――]
《いい加減にしろ、人間! こうなればもはや、実際に我らの力を見せつける他ないようだな――》
【いい加減におし、坊や! だったらもう、実際にアタシ達の力を見せてあげようじゃないの――】


  ――ボゥっ


 激昂した魔王はマントから出した右手を真っ直ぐに突き出し、掌を正面へ向ける。指先から爪、手相の溝までもが青いその異形を軽く握るような素振りを見せたかと思うと、爆発的な光が眩い渦と化す。

「な、何だ!?」
「物凄い気の流れだ……。いや、これは原素(エレス)の力かっ!?」
「みなさん、来ますっ!」

 戦い慣れしたマリクとヒューバートが警告する中、光のチャージは最高潮に達す。うねりが一気に収束しガラスが砕けたような音と共に炸裂した瞬間、アスベル達の視界は真っ白に染め抜かれる。
 しかし――、



  「――うっ。こ、ここは……?」



 咄嗟に防御姿勢を固め衝撃に備えるが、いつまで経ってもその時は訪れない。とはいえ未だ不意討ちも有り得る状況、安易に動く事もできない。
 静寂に包まれる場、ヒリヒリと漂う緊張感。その合間を縫って響き渡ったのは怒号でも破裂音でもなく、明朗な呟きが一つ……。

「……お、お前はっ!?」

 それはアスベル達瞬きから解放された者達のものでなければ、三者で体を同じくするリチャードが発したものでもない。その声を発した存在は、魔王の前に立つ。両腕を後ろ手に捕まれ、まるで人質の如く囚われた慎ましやかな女性のものであった。

「お前は、エメロードさん!? そんな、どうしてっ……」

 突如眼前に現れたエメラルド色の巻き髪が麗しい、グラマラスな女性の名はエメロード。かつて繁栄を極めたフォドラ文明において、生命工学の分野で名を馳せた若き研究者であり、星の滅亡を悟ってからはいち早く我が身をコールドスリープに処し千年という時空を飛び超えたタイムトラベラー。その献身的な計らいは遠い未来である現代に手掛かりを求めやって来たアスベル達の旅路を大いに支え、過去の威光を示してみせる。そして最後の決戦にも進んで同行したのだが、ガルディアシャフト入口で勃発した戦いの際にラムダと融合する事となり、最終的には両者間の拒絶反応によって無残にも爆死したのだった。


[フフフ。このくらい、今の僕達にとっては造作もない事だよ]
《ククク。この程度、今の我らにとれば造作もない事に過ぎぬ》
【ホホホ。このくらい、今のアタシ達にとっては造作もないコトよ♪】


【アタシが長年ハイグレ洗脳で培ってきた、生命工学技術を提供して――】


《我の中に残されている、寄生対象の生体データを呼び起こし転用すれば――》


[これまで吸収した無尽蔵の原素(エレス)があるんだ。破損したヒューマノイドの再構築くらい容易い事だよ]


[フフフ……。どうだい? 飼い犬に手を嚙まれ囚われてしまった今の思いは?]
《ククク……。どうだ? 己が虐げし存在に生殺与奪の権利を握られし今の思いは?》
【ホホホ……。どぉう? アンタ自身が貶めた存在に運命を握られた今の思いは?】


「最悪……、とだけ言っておきましょう。単なる研究対象に過ぎないお前に遅れを取ったなど、屈辱以外何物でもありません」

 エメロードは覗き込む青肌に怯む事なく睨み付け、紫色の口紅が眩しい唇をグッと噛み締めた。ここまでの道中で垣間見たラムダの記憶にあった通り、エメロードは千年前、ラムダ研究を強引に推し進めた張本人であり、そして彼を守ろうと奔走していた庇護者をヒューマノイドで射殺した仇敵でもある。そんな彼女へ投げかけられるラムダの言葉は他の二人にはない憎悪に彩られており、反対にかつての研究対象を見据えるエメロードの瞳も氷のように冷たい。

「エメロードさんがヒューマノイドだって……!? いや、今はそんな事は後回しだ。彼女を一体、どうするつもりだっ!?」


[アスベル、つまらない質問をするな。彼女にはさっき言った通り、僕達の力を示すための生贄になってもらう。
 僕達の力――、ハイグレ光線を浴びてエフィネア初のハイグレ人間になれるんだ。さぁ、光栄に思うと、いいっ――!]
《人間、つまらぬ質問をするな。奴には先程言った通り、我らの力を示すための贄となり果ててもらう。
 我らの力――、ハイグレ光線に呑まれエフィネア初のハイグレ人間となれるのだ。さぁ、光栄に思うが、いいっ――!》
【坊や、つまらない質問はおよし。この娘にはさっき言った通り、アタシの力を示すための生贄になってもらうの。
 アタシの力――、ハイグレ光線を浴びてエフィネア初のハイグレ人間になれるのよぉ。さぁ、光栄に思いな、さいっ――!】


「――うっ、ああぁぁぁっ!?」

 その語尾に力を籠めた瞬間、エメロードの体がビクッと跳ね上がる。手首を掴む魔王の腕から何かを感じ取ったのか、それともその言葉の意味する所を知っている故なのか……? ともかくその表情が苦痛に歪み、呻き声が漏れ出る。


[さぁ、洗脳の刻だ! ハイグレの下僕として生まれ変わるがいいっ!!]
《恐れ、おののくがいいっ! 我が下僕として生まれ変わるのだっ!!》
【ほぅら、洗脳の刻よぉ? アタシの下僕として生まれ変わりなさぁいっ!!】


「や、やめっ。ああぁぁぁっ――!?」

 先程と同じく魔王が掲げる掌の前面で、光の奔流が迸る。しかし今回は囚われたままのエメロードまでもがその流れに呑まれ、全身をすっぽりと覆う長大な光球の中で浮かぶ。その光球自体も先程の白一色とは違って、青と赤の点滅を繰り返しているのだから尋常ではない。

「エメロードさんっ!? エメロードさぁーーんっ!!」


[フハハハハっ、ハイグレになるといい――っ!!]
《クハハハハっ、ハイグレの僕となれぇ――っ!!》
【オホホホホっ、ハイグレにおなりなさぁ〜い――っ!!】


「ああぁぁぁっ――」

 魔王の高笑いが響く中、光球は激しさを増していく。青と赤の点滅は肉眼で追えぬスピードまで高まり、もはや桃色一色の輝きにしか見えない。
 直視できない光量、輝きの中に溶け込んだエメロードの体。その豊満な肉体からありったけ絞り出される悲鳴は唐突に途絶えてしまい、断末魔の如き余韻だけがアスベル達の耳に突き刺さる……。





    …………
    ……
    …





「――グレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 眩い光は弾け去り、既視感のある静寂が星の核(ラスタリア)の周囲を取り囲む。しかしそれを突き破る呟きは、似ても似つかない喘ぎ声。淡々と、それでいてはっきりと……。艶やかな声が幾度となく折り重なり、衆目を集めていく。

「ちょっ!? エメロードさんっ……!?」

 眼前の彼女に、アスベルは思わず仰け反ってしまう。振り乱されるおっぱい、あられもないがに股、そして肌に張り付くハイレグ水着……。

「これはまた、何と言うか……」
「ねぇ、シェリア。エメロードは何して――」
「ソフィ! 見ちゃダメよっ!」

 兄同様言い淀み眼鏡のブリッジを押し上げるヒューバート、純真なソフィは何が起きているのかイマイチ理解できていない。しかしその視界は瞬く間にシェリアの手によって塞がれてしまう。

「ほぅ……。いざ脱いでみるとやはり、物凄い肉付きだな」
「うひゃあ〜。あれは絶対40°切ってるよぉ! 間違いないね、うん!」

 対して大人の余裕を見せつけるマリク。そしてパスカルは指の股で指し示しながら、足刳の角度を測っていたのだった。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 しかしそんな声を受けても、エメロードは動きを止めない。日の光を知らないかの如き白肌を惜しげもなく晒し、濃紫色のハイヒールに同色のハイレグ水着姿で自分の股をキビキビと指し示し続ける。その姿は滑稽を通り越してもはや哀れ以外何物でもなく、彼女が抱えていた大いなる知性など微塵たりとも感じさせない。


[フハハハハっ! どうだい、これが僕達の力だよ。彼女はこれでハイグレ人間として生まれ変わったんだ! もう君達の声は届かないよ。
 ――さぁ、ハイグレ人間]
《クハハハハっ! どうだ、これが我らの力だ。奴はこれでハイグレ人間として生まれ変わったのだ! もはやお前達の声など届きはしない。
 ――おい、ハイグレ人間》
【オホホホホっ! どぉう、これがアタシの力よ。この娘はこれでハイグレ人間として生まれ変わったワ! もうアンタ達の声なんて届きやしない。
 ――ほぅら、ハイグレ人間】


「ハイグレっ! ハイグレっ!」

 魔王が放った尊大な一声により、鳴り響いていたコールがぴたりとやむ。


[君は誰だい? はっきりと言ってごらん]
《貴様は誰だ? はっきりと知らしめよ》
【アナタはだぁれ? はっきりと言ってごらんなさい】


「ハイグレっ! ハイグレっ! 了解しました。
 ――私は、ハイグレ人間エメロード。魔王様のお力によって新しく生まれ変わった、栄えあるハイグレ人間です。ハイグレっ! ハイグレェっ!」

  クイっ クイっ――

 傲慢な笑みを浮かべる魔王へ向き直り、きっぱりと言い切るエメロード。流暢な物言いに続いてさも世界の常識の如く水着を股間へ食い込ませるその姿にアスベル達は愕然とするばかり。


[フフフ、大成功みたいだね。これで君達にも分かっただろう! でも、まだ僕達の力を示すには何かインパクトが足りないな。うーん……]
《ククク、大成功のようだ。これでお前達にも理解できただろう。 しかし、まだ我らの力を示すには何かインパクトが足りない。うーむ……》
【ホホホ、大成功ねぇ〜。これでアナタ達にも分かったでしょう? でも、まだアタシの力を示すには何かインパクトが足りないわねぇ〜。うーん……】


[――そうだ! ハイグレ人間エメロード、まずは鼻を穿(ほじ)るんだ!]


「ハイグレっ!」

  ――ズポっ!

     グニィ……

 唐突に発せられたリチャードの思い付きに対し、エメロードは迷う素振りさえも見せずそのきめ細かい右手の人差し指を鼻の穴へと突っ込む。


《ククク、よい案を思い付くものだな、友よ。では続いてその指を、尻穴へ差し入れよ……!》


「ヒャイグレっ! ――あんっ!」

 醜く歪められた鼻っ柱から解放された指は、当然粘液に塗れている。それを今度はラムダの指示に従って、最も不浄とされる穴の中へ根元まで一気に突き入れてみせた。

「あんっ! くぅんっ……」


【ホホホ、愉快ねぇ。さぁ、感想を言ってごらんなさい】


「んっ、あ、はぁ……。キモチ、イイ……」

 がに股で尻穴を穿(ほじ)くり続けるその姿は凡そ女性が見せていい代物ではない。しかしながら彼女は恥じらうどころか恍惚とした表情で悦に入っており、魔王の言葉がなくとも自然とその発言を零していそうな有様であった。

「や、やめろっ! エメロードさん、やめるんだ!」


[フフフ、無駄だよ、無駄。彼女に君の声はもう届かないって言ってるじゃないか、アスベル]
《ククク、無駄な事を……。奴にお前の声はもはや届かぬというのが分からぬか、人間》
【ホホホ、無駄よ、無〜駄♪ この娘にアンタの声はもう届かないって言ってるじゃない、坊や】


[でも、そうだね……。確かにこれ以上、彼女にやってもらう事はもうないか……。
 ――おい、ハイグレ人間エメロード。もう尻穴を穿らなくていいから、脇に避けてハイグレでもしてるといい]
《だが、しかし……。確かにこれ以上、奴を貶め続けるには時が惜しいか……。
 ――おい、ハイグレ人間エメロード。もはや尻穴を穿る必要はない、脇に避けてハイグレでもしてるがいい》
【でも、そうねぇ……。確かにこれ以上、この娘にやってもらう事はもうないワ……。
 ――ほら、ハイグレ人間エメロード。もう尻穴穿りはオシマイよ、脇に避けてハイグレでもしてらっしゃい】


「はうぅ――っ!
 ハイグレっ! ハイグレっ! 分かりました、ハイグレ魔王様!」

 アスベルの声に耳を貸さなかったエメロードだが、一転して指を引き抜き直立姿勢。魔王に向けて敬礼のハイグレポーズを捧げたかと思うとキビキビとした足取りで一行の下を離れ、丁度リチャードが星の核(ラスタリア)との融合を試みていた地点の真下辺りへ立って自らの存在意義を示すかの如くハイグレポーズを一心不乱に繰り返す。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」


[どうだい、これで分かっただろう? 彼女はもう僕達のシモベだよ。
 ハイグレ人間には僕達への忠誠心だけでなく、ハイグレへの快楽も植え付けてある。全ての行動がハイグレに支配されている限り、誰もつまらない争いなんて起こそうとはしない]
《どうだ、これで分かっただろう? 奴はもはや我らのシモベだ。
 ハイグレ人間には我らへの忠誠心だけでない、ハイグレへの快楽も植え付けてある。全ての行動がハイグレに支配される限り、人間がつまらない争いを起こす事などもはやない》
【どぉう、これで分かったでしょう? あの娘はもうアタシのシモベよ。
 ハイグレ人間にはアタシへの忠誠心だけじゃなく、ハイグレへの快楽も植え付けてあるの。全ての行動がハイグレに支配される限り、みーんなアタシだけのモノになるの♪】


「でも、だからって……。人の心を踏みにじっていいわけないだろっ……!」
「ねぇ、リチャードはあたし達にもそのハイグレ人間ってのになってほしいんだよね? エメロードが着てるみたいな水着着せられるの?」


[あぁ、もちろんだよ。ハイグレはハイグレ人間の正装だからね]
《ククっ、もちろんだ。ハイグレはハイグレ人間の正装であるのでな》
【ホホっ、もちろんよ。ハイグレはハイグレ人間の正装なんですから】


「なっ……!? という事は、ぼく達も!?」
「おい、それはさすがにキツいな……」

 思わず想像してしまったのか、ヒューバートとマリクはお互いに見合わせ苦笑いを堪えきれない。

「ちょっと! 女でも嫌よ、そんなのっ!? しんっじられない!」
「リチャード……。前にも言ったが、力に頼って人を縛りつけるやり方では何も解決できはしない。そんなやり方で手に入れられる平和など、本当の平和ではないはずだ」


[フフフ、詭弁だね。僕達は別に、誰かを縛り付けたりはしない。ハイグレ人間は心の底から僕達の支配を……、ハイグレへの隷属を望んでいるのだから!]
《ククク、詭弁だな。我らは別に、誰かを縛り付けるつもりなどない。ハイグレ人間は心の底から我らの支配を……、ハイグレへの隷属を望んでいるのだから!》
【ホホホ、詭弁ね。アタシは別に、誰かを縛り付けたりなんかしてないワ。ハイグレ人間は心の底からアタシの支配を……、ハイグレへの隷属を望んでいるのよ!】


「……そうか。なら、仕方ない」

 そう一つ息を整え、アスベルは静かに半身を引く。僅かに腰を落としてホルダーから鞘を引き抜き、その上部に収まる剣の柄へと利き手を添えて……。一般的にはまだ刃を見せていない警告の構えなれど、殊抜刀剣士である彼においては剣先を突き付けているに等しい。
 そんな彼に続いて、仲間達も次々と得物を手に取る。手甲、両剣(ダブルセイバー)、短剣に曲刀、そして銃杖……。たった一人の異形に向けられるそれらに揺らぎはなく、皆腹は据わっていた。

「俺は今から、お前と戦う。お前の中に巣食っている魔王を倒して、必ず守ってみせる!」


[この力を見ても尚、僕と争うと言うのかい? いいだろう。だったら君達を倒し、ハイグレにしてあげるよっ!]
《この力を見ても尚、我と争うと言うのか? よかろう。ならば己の無力さを悔い、ハイグレと化せっ!》
【この力を見てもまだ、アタシと争うと言うの? いいわぁ。だったら皆纏めて、ハイグレにおなりなさぁいっ!】


  ――バサっ

 魔王もその意思を認め、マントを脱ぎ去る。露わになった肢体は肩も、腰も、そして太腿以下足元まで全てが青一色。そんな異形に対抗して映える薄紅色のハイレグ水着が細身ながらも筋肉質な肌にピッタリと張り付き、股元へ異様な膨らみをもっこり携えていた。

「よし。やるぞ、みんなっ!」

  「うんっ!」
  「はいっ!」
  「えぇっ!」
  「あぁっ!」
  「よーしっ!」

 アスベルの号令に従い、優美なるパーティが一斉に駆け出す。アスベルに続いてソフィ、ヒューバートの三人は魔王との距離を詰め、シェリア達後衛は互いに距離を取って輝術の詠唱を始める。


[来るかっ! だったら容赦はしない。――はあぁぁぁっ!!]
《来るかっ! ならば容赦はしない。――はあぁぁぁっ!!》
【来たわねっ! だったら手加減なしよ。――はあぁぁぁっ!!】


  ――ジャキンっ

 対する魔王も裂帛の気合を放ち、戦闘態勢に入る。突き出した両腕が二の腕辺りから変質し、まるで侵食でもされるかの如くどす黒い装甲に包まれていく。
 それは見紛うはずがない、先日戦った折にラムダリチャードがメインウェポンとして用いていた凶悪な黒爪。今の姿は新たに一から作り上げた物ではなく、単なる上書きされたに過ぎない。対峙する敵は入口で戦った時と同等の力を、あるいはそれ以上の力を有しているのだとアスベル達は再認識する。


【アンタ達! 戦いは任せたわよ】


[あぁ。魔王は早く、ハイグレ光線のチャージを! 前衛は僕がやる。そして――]


《術関連は我に任せろ。おおぉぉぉっ――!》


  ヒャオォォォウっ――!

 ラムダの雄叫びと共に、赤黒い原素(エレス)が地の底より湧き上がる。まるで怪鳥の金切り声の如き不快な風音が辺りに響き、彼独自の原素錬成法『暴星』が周囲をも巻き込んで広範囲に展開される。

「きゃっ!?」
「うそっ、こんなとこまでっ!?」

 その声を上げたのは前衛のアスベル達でなく、シェリア、そしてパスカルだった。これまでもラムダの侵食が進むにつれ暴星バリアを張る際の余波は徐々に広がってきたが、その効果範囲は精々周囲数m程度に過ぎない。しかし今や浮島全体を包み込まんばかりに拡張されていて、それでいて激しい。彼ら六人は等しくその荒々しい原素に体を打たれ、動きを止められていた。

「くっ……。ラムダァっ!」

  ――パリーンっ

 しかし唯一、ソフィだけが体内の原素を高めて強引に突き進み、暴星に特攻を持つ光子を宿らせた一撃を放つ。手刀による薙ぎ払い『アストラルベルト』により術は中断され、あらゆる攻撃を無効化する暴星バリアも打ち破られる。


[またしても、貴様かぁっ!?]
《またしても、貴様かぁっ!?》


「はぁっ! くっ――、うぅっ!?」

 勢いそのままに飛び掛かったソフィはリチャードと拳を交え、拮抗の末弾き合ったが、一瞬早く動いたリチャードの二の手が強烈なアッパーを叩き込み華奢な体を遥か上空へ飛ばす。

「――水影身!」
「――旋風裂駆!」

 打ち上げたソフィを眼で追い、がら空きになったその脇をラント兄弟が斬り抜ける。アスベルが水の原素を纏って右に、ヒューバートが左に風の原素を逆巻きながら……。しかし異界の魔力が宿ったハイレグ水着に阻まれ傷一つ付ける事叶わず、当のリチャードも微動だにしない。

「旋狼――」


[無駄だぁっ!]
《無駄だぁっ!》


 技を繋ぎアスベルは真空の刃で首元を狙うが、爪の斬り下ろしによって阻まれる。風を断ち迫り来る一撃を振り上げた鞘で受け止めるが、とても人間のものとは思えない剛力に圧され押し留める事さえできない。

「虎牙破斬!」
「封翼衝!」


[死ねぇっ!]
《死ねぇっ!》


 たとえ腕力で叶わずとも、そこは仲間との連携と立ち回りでカバーして……。互いの手の内を知る三人がたった数秒の間に三合、四合と斬り結んでいると――、

「――凍牙! 其は決別の剣(つるぎ)と化し、我が仇なす敵を斬り伏せよ! 蒼剣、フリジットコフィン!」
「――我が破りしは平穏なる障壁! 具現せよ、グリムシルフィ!」

 マリクとパスカルの詠唱が響き、アスベルとヒューバートは即座に退避する。先程までヒューバートが立っていたまさにその地点へ具現化した氷冷の剣が降り注ぎ、空気をも凍てつかせる冷気がリチャードの動きを止める。そしてその身に風の精を纏ったパスカルが無数の風刃を生み出し乱舞させ、リチャードの体を切り刻んでいく。


[くっ、フフっ……]
《――レストレスソード!》


 術は確かに、一定の戦果を挙げていた。しかし同化していながらも個々がはっきりと独立した自我を持つ魔王の体は、リチャードが体内の原素を高め術を受け止めていると同時にラムダからのカウンターをタイムラグなしに叩き込む。

「! なにっ!?」
「ちょっと、それはさすがにムリだってっ!?」

 術後の硬直が解けない二人は、その術を真正面から喰らうしかない。通常の物より一回り大きな魔法陣が足元に広がり、威圧の剣が雨あられと降り注いで四肢のあちこちを貫いていく。

「――痛みを忘れる癒しの光! ハートレスサークル!」

 しかしその傷は負った傍から、シェリアの治癒術によって癒される。ラムダに加えリチャードも術を重ね掛け突破を狙ったが、再び斬りかかってきたアスベルによって否応なく中断させられる。

「はあぁっ!」

  ドンっ ドンっ ガンっ

   ――キィンっ!

  バシュっ バシュっ――

 鞘による打撃に蹴り技を織り交ぜた連撃『四葬天幻』から、抜刀。そして衝撃波を伴った斬撃『幻魔衝裂破』がリチャードを襲う。しかしながら敵はその全てを尽く受け止めて見せ、逆に自らの衝撃波を以てアスベルの体勢を崩してみせる。

「くっ!?」


[切り刻まれぇ――]
《切り刻まれぇ――》


「させるかっ! ――雷牙招来!」

 腕を振り上げ大技の構えを見せたリチャードに対し、ヒューバートが飛び上がり光子の雷撃を喰らわせるがびくともしない。


[ろおぉぉぉっ――!]
《ろおぉぉぉっ――!》


「ぐわぁっ……!?」
「このままではっ……!?」

 細身の体を目一杯使ってリチャードはジャンプ一番、両腕の爪を用いた二連の縦回転斬りを見舞う。残像が茜色の弧を描く程の神速、辺りには火花と共に焦げ臭いにおいが立ち込める。受け止めた刀剣だけでは到底防ぎきれず、アスベルとヒューバートは血飛沫を散らしながら大地を転がっていく。

「ラムダァっ!!」


[くどいっ!]
《くどいっ!》


「! あぁっ!?」

 回転の弱点である側面から殴りかかったソフィ。だがその拳は呆気なく受け止められ、具現化した原素(エレス)の剣が粗雑に叩き付けられる。

「ソフィ!? ピクシーサー――」


[遅いっ!]
《遅いっ!》


  ヒャオォォォウっ――!

 その様子を窺っていたシェリアは治癒術で援護しようとしたが、大きく開いていたはずの距離を一瞬のうちに跳躍したリチャードが眼前に迫る。そして発動する、暴星バリア。凶悪な原素の流れにシェリアはなす術なく上空へ舞い上げられる。

「シェリア!? マズいぞ、おい……!」
「早く暴星を解除しないと!」

 簡素化した術であったため、彼女以外の仲間にさしたる被害はない。しかしながらこのまま暴星バリアを放置して戦えば、こちらがかなり不利になる。
 マリクもパスカルも即座に反応し、光子を孕んだ輝術の発動に向けて現在取り掛かっていた術の詠唱を一旦解除する。すると――、



  [――この瞬間を待っていたよっ……!]
  《――この瞬間を待っていたっ……!》



「ぐぅっ!?」
「うぎぎっ!?」

 身に纏っていた原素すらも解除され、がら空きになった瞬間。リチャードは一気に駆け込み二人の首根っこを引っ掴んで、その体を高々と持ち上げてみせた。


[君達がソフィの力に疎い事は、最初から分かっていたよ。暴星で誘い出せばきっと隙を見せてくれる。さぁ、まずは二人――]
《お前達がプロトス1の力に疎いと、リチャードは見抜いていた。暴星で誘い出せば安易に隙を見せるはず。さぁ、まずは二人――》



  【――ハイグレにおなりなさぁい!】



「つぐわぁぁぁんっ――!?」
「ぎゃあぁぁぁっす――!?」

  パアァァァっ――!

 リチャードとラムダが作り出した絶好機に乗じ、ハイグレ魔王の魔力が唸りを上げる。マリクとパスカルの体は瞬く間に桃色の光に包まれ、断末魔だけが虚しく響く。
 詠唱の合間さえ見せない、完璧な連携。そんな人間離れした異次元の力を見せつけた魔王の作戦は今ここに、ピタリと当てはまったのだった……。





    …………
    ……
    …





「パスカル……! 教官……!」

 鉄の味が広がる口内でグレープグミを頬張るアスベルは、目の前の光景をただ見つめていた。次第に弱まっていく、桃色の光。マントをはためかせ現出するリチャードの向こう側にある人影を祈る思いで見つめるが、その希望は敢え無く絶望へとすり替わる。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ!」

 変わり果ててしまった、仲間の姿。筋骨隆々とした紙装こ――、いや、鋼の肉体に緑色のハイレグ水着を張り付かせ、やや狭苦しそうに浮き立った棒状の凹凸をこれ見よがしに指し示すマリク・シザーズ。そしてパスカルは普段着ているシャツと同じ水色のハイレグ水着姿で嬉しそうに、案外肉付きのいい胸元をブルンブルン振り乱していた。


[フフフ、呆気ないね……。どうだい、上手くいったかい?]
《ククク、呆気ないものだ。どうだ、上手くいったか?》
【ホホホ、呆気ないわねぇ〜。ほら、上手くいったでしょう?】


「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレ人間マリク、洗脳完了しました」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレ人間パスカルも洗脳完了だよ〜ん。ハイグレっていいよね、キモチイイよねぇ!」
「くっ、パスカルさん……」

 目の前で想い人が洗脳されたとあって、ヒューバートも冷静でいられない。ソフィもシェリアも、見つめるその瞳には恐怖と悲しみが宿る。


[いい返事だ。さぁ、君達もエメロードと一緒に、僕達を応援していてくれ]
《いい返事だ。では、お前達もエメロードと共に、我らを鼓舞しているがいい》
【いい返事ね。さぁ、アンタ達もあの娘と一緒に、アタシを応援してなさい】


「ハイグレっ! ハイグレっ! あぁ、任せておけ」
「ハイグレっ! ハイグレっ! りょうか〜い!」

 マリクとパスカルは新たな支配者に敬意のハイグレポーズを捧げるとエメロード同様、アスベル達には目もくれず星の核(ラスタリア)の傍まで歩んでいく。武器も防具もなしに、ハイレグ水着と同色のハイヒール姿で荒れた地面を歩く様からは先程まで死闘を演じていたとはとても思えない。白く輝く星の核を背景にエメロードを挟んで一列に並び立ち、繰り返される彼女のハイグレポーズに乗じて三人の斉唱が響き始める。

「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」
「ハイグレっ! ハイグレっ! ハイグレっ! ――」


[これで分かっただろう? 君達に勝ち目はない……]
《これで分かっただろう? お前達に勝ち目はない……》
【これで分かったでしょう? アンタ達に勝ち目はない……】


「諦めない……。俺は絶対に、諦めないぞっ……!」
「――リリジャス!」

  パリーンっ――

 吠えるアスベルの傍ら、シェリアは小規模な落雷を起こし暴星バリアを解除する。未だ絶えぬ闘志。ヒューバートもソフィも手に武器を取り、魔王との対決姿勢を露わにする。


[フフ、君たちは本当に愚かだね。もう手加減はなしだ! 一瞬でハイグレ人間にしてあげるよっ!!]
《クク、お前達は本当に愚かだ。もはや手加減はすまい! 一瞬の内にハイグレ人間としてくれるっ!!》
【ホホ、アナタ達って本当に愚かねぇ。もう手加減はなしよ! 一瞬でハイグレ人間にしてアゲルわぁっ!!】


「うおぉぉぉっ!」

 アスベルが抜刀し、リチャードと斬り結ぶ。

「衝皇震!」


[つまらんっ!]
《つまらんっ!》


 足元を薙ぐ一撃も分厚いブーツに阻まれ、凶悪な黒爪が振り下ろされる。それをアスベルはサイドステップで左に躱し、代わってヒューバートが躍り出る。

「崩爆華!」


[――ふんっ!]
《――ふんっ!》


 剣を突き立て火の原素(エレス)を宿らせた銃弾を撃ち込むも効果なし。返す手で払われた横薙ぎに今度はバックステップで回避する。

「やぁっ! 仁麗閃! 霊子障断!」

 ファーストエイドで自らの傷を回復されたソフィが戦線に復帰し、格闘術で応戦する。駆け抜け様に放つ右ストレート、壁の如く展開する闘気と共に見舞う踵落とし。その一挙手一投足全てが光子を纏っており、本来ならば大ダメージが期待されるもリチャードの動きは全く衰えない。


[邪魔だあぁぁぁっ!]
《邪魔だあぁぁぁっ!》


 ちょこまかと動き回る連携に痺れを切らしたのか、リチャードが再び縦回転斬りを放つ。しかしその予備動作も含め完全に見切っていたアスベル達は即座に反応し、アラウンドステップで散開する。

「――此処に降臨し名を示せ! 怒りではなく、赦しではなく、それは純粋なる真理! ヴァーチュアスレイ!」

 その空白を狙って、シェリアの輝術が炸裂する。光子を存分に纏った極太の光線が天より一列に降り注ぎ、行く手を阻む者を押し退けながら浄化する。
 金糸の如き輝きに包まれリチャードの体は黒影と化すが、それでもまだ倒れない。更なる連携を図ろうとソフィはブレのないフォームで飛び上がり、リチャードの頭上に迫る。

「はあぁっ! 烈孔斬め――」

 飛び蹴りで左肩を抉り、続けて反転。回転蹴りと共に光子の真空波を放つが、待ち受けるリチャードも具現化した剣を腰溜めに構えていた。


[――風神剣!]
《――風神剣!》


 剣圧と共に突き出された風の原素。それはソフィの真空波など物の数にも入れず蹴散らし、彼女の体を弾丸の如き勢いで一直線に吹き飛ばす。

「ソフィ!? ――きゃあぁっ!?」

  ドオォォォン――!

 衰え知らずの原素と共に飛来するソフィを受け止めようとシェリアは原素の障壁を生み出し構えるが、勢いを削ぐ事すら叶わず二人纏めて遥か後方の岩壁へと叩き付けられたのだった。

「シェリア!? うおぉぉぉっ――!」

 アスベルは帯刀状態へ戻り、リチャードへ向け駆け出す。シェリア、ソフィという二人の癒し手が深手を負った今、戦線はそう長く保たない。この一撃で勝負を決めるしかない……! 騎士として培ってきた全てを刃に乗せ、アスベルは守るための力を振るう。

「遠慮はしない! 決めてやるっ――! 斬空刃、無塵衝!!」
「兄さんっ!? ならばっ……!
 ――全力で! 行かせてもらうっ! こいつもっ――! 持って行けっ、エクスパンシオン!!」

[フフっ……!
 ――冥府へ落ちよ、骨身に刻めっ……! 神なる腕(かいな)が命を穿つ!]
《ククっ……!
 ――冥府へ落ちよ、骨身に刻めっ……! 神なる腕(かいな)が命を穿つ!》

  [――ディヴィニティ・ウィアード!!]
  《――ディヴィニティ・ウィアード!!》
  【――ハイグレにおなりなさぁい!!】


 アスベルの意気に応えヒューバートが、リチャードとラムダが、そして便乗したハイグレ魔王までもが秘奥義を放つ。絶大な力と力とが交錯するその地は真っ白い光に覆われ、まるで二つ目の星の核(ラスタリア)が生まれ、そして破裂したかのよう。
 アスベルの闘気と風の原素が唸りを上げ、ヒューバートの双銃から撃ち出された火の原素は荒れ狂う。対して三色の原素と暴星とがぶつかり合うリチャードとラムダの輝きも負けてはいない。
 融合した光はその全てを飲み込み、それぞれの個性を現出させながら虹色の輝きを放っていく。しかしながらその脈動が減退し代わって大部分を占めていたのは、禍々しい桃色の光であった……。




牙蓮
2020年03月28日(土) 15時11分23秒 公開
■この作品の著作権は牙蓮さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
序章に続いてグレイセス最終決戦if、本編を投稿させて頂きました。
当初は最後まで全部書き上げてからの投稿にしようと思っていたのですが、案外分割しやすい地点が出来上がったのと、あんまりリクエスト作品でお待たせするのも悪いかと思い、前後編に分けた次第です。
本作はハイグレ洗脳もさることながら、ラスボス戦の描写も頑張ってみました。
執筆開始を宣言して以来、戦闘描写を期待しているとのお言葉を下さった皆様ありがとうございます。
そのお言葉一つひとつがメッチャ、モチベーションアップに繋がっています。

さぁそして後編は、いよいよ残されたソフィとシェリアのハイグレ洗脳です。
前後編に分けさせて頂きましたからね、それはもうたっぷりと時間を掛けてハイグレへ堕としてやりたいと思います。
彼女達の痴態、葛藤、そして羞恥……。
しっかり描き出されるよう頑張りますので、どうぞお楽しみに!

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