新興宗教ハイグレ教 〜伊月の場合〜
何とも言えないもやもやした気持ちを抱えていた。
これが恋だったらいいのになぁ、と気持ちを他に向けてみようとするけど無駄だった。
どうしてもあの三人の顔と声が頭の中から離れてくれない・・・泣きそうだった。
今まで子供の頃から新体操の選手に憧れて、それ一筋で頑張ってきた涼子。
それが、高校にあがってからそのことが原因でいじめられるようになるとは思ってもみなかった。
・・・それも、ましてや自分より年下からだなんて。

親に言ったら、自分のことなのに自分で解決できないだなんて迷惑かけちゃうかもしれないから何も言えない。
あれだけ頑張ってきた新体操も今はもう苦痛でしかない域にまで達していた。
(続けても、つらいことばかり・・・。もう、やめちゃおうかな・・・)
内心でのその思いとは裏腹に周囲の期待は高まり、この学校からオリンピック選手が出るかもなんて騒がれていた。
自分でもそう思っているのだけれど、大人しすぎる性格のためにいじめはエスカレートしていった。
最初のうちは悪口等の気にしなければ無視できる範囲から、机にカッターの刃がついてることもされるようになった。

ある日、この学校で一番の友達である朱音ちゃんが上機嫌で登校してきた。
何ていうか、いつも上機嫌ではあるのだけれど・・・いつもより不自然なくらいにハイテンションだった。
(どうしたのかな、何かいいことでもあったのかな?)
「りょーこっ!ふふ、あたしはね。とってもいいストレス解消法を教えてもらったのだ」
「へぇ、どんな?」
「んー・・・教えてほしい?」
それで解消されるというのなら、それに縋ってみるのもいいかな、と思って頷いた。
それはね、と朱音ちゃんが何故か服を脱ぎ始めてしまった。
「あ、朱音ちゃ・・・。いくら女子校だからって・・・え・・・?」
その下が普段着か下着だと思っていたら、体にぴったりの水着であった。
「あー・・・涼しいね、やっぱり。りょーこもさ?一緒にやってみない?」
手をVの字にして股間のほうに持っていき、コマネチのポーズをとって見せてくる。
「こーしてね?ハイグレ!って叫ぶのっ!きっと、すっきりするよ?」
「朱音ちゃん・・・?どうしちゃったの・・・?」
「どうもしてないよ。ほら、皆もやってるじゃん」
言われて見回してみると、全員がハイグレの水着姿で朱音ちゃんと同じことをしていた。
「ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ!」
「皆、どうしたの・・・?何があったの・・・?ねぇ・・・」
その声に答えたのはやはり涼子でった。
「確かに周りが異常で自分だけが正常みたいに思うかもしれないけどさ」
す、と鞄の中から昔の男の子の玩具のような銃を涼子は取り出した。
「こう考えてみたことはない?実は、自分だけが異常・・・とかね」
涼子が今までに見たことのないような、冷たい表情でこちらを見ている。
この状況から逃げたいのも確かだけれど、置いていかれるのも不安でしょうがなかった。
「やだ、やだよ・・・」
「ね、りょーこ。自分をさらけ出して、素直になりたくはない?」
「・・・朱音ちゃんと仲良くしてられるなら・・・」
ちょっと意外そうな顔を涼子は浮かべ、その直後にいつも通りの安心できる笑顔になった。
「案外愛されてるねぇ、あたしも。さ、目を閉じて・・・眩しいかもしれないから・・・」

特別、生まれ変わったワケじゃない。ただ、素直になった自分がいるだけ。
涼子に連れられて前にした鏡には紫と薄い水色のハイグレを来た自分と親友の姿があった。

翌日、体育館で葉月様にお願いをしてみた。
あの後輩三人をどう無残にしてやろうかと胸が高鳴ってくる。
葉月様はちょっと怖い感じがしたけれど、思ったほどでもなく優しく了承してくれた。
まずは、そう・・・葉月様との約束を果たさなくちゃいけないかな。
あの後輩三人は同じクラスにいるため、それ以外のクラスをハイグレ人間へと変えていく。
復讐以外に関してはどうでも良かったのでトイレに行って一人になった隙なんかを狙っていった。

そして、放課後。今頃は体育館で葉月様が大切なお話をしている頃だと思うんだけど・・・。
ちら、と葉月様がいるであろう体育館へと目を向ける。
何の音もしないので、結構重要な話でもしているのだろうか・・・ちょっと気になった。
新体操部は体育館とは別に用意してある練習場で活動している。
うん・・・いつもなら見るたびに気分が悪くなってくる練習場が、今日は心地よくさえ思える。
わたしは一人で練習をしている、獲物を待ち構える蜘蛛の気分が理解できそうだ。

「あれ、伊月だけじゃん」
ようやく、後輩たち・・・大藤と雲野と雨宮がやってきた。今日も呼び捨てだ。
「・・・ん?なんか、伊月のレオタードおかしくない?」
「ホントだ、ハイレグ水着じゃない?あれ」
そういうと、三人は何も知らずに爆笑しだした。
「伊月、あんた何そんなモノで練習してんのよ。バカにしてるなら帰れば?」
「理解しないのは勝手だけど、バカにするのは許せない・・・」
「は?何言ってんの、あんた。暑さで狂った?」
ふふ、とわたしは三人がどのような状況にいるのか理解しきれてないことに嘲笑した。

カチャ、と奥のほうにある部屋から色とりどりのハイレグに身を包んだ他の部員が出てくる。
その様子には三人もどうやら絶句しているようだ。
「ちょ・・・みんな、どうしたの?」
「皆、ハイレグの素晴らしさを知っただけよ。それだけのこと」
その途端、三人を囲むようにして部員たちが並び、一斉にハイグレを始めだした。
「ハイグレッ、ハイグレッ・・・貴女たちも、ほら。ハイグレッ!ハイグレッ!」
周囲からそんな声をかけられて、三人は腰が抜けてしまったにへたり込んでいる。
「この光を浴びるとね、葉月様の教えを知ることができるの・・・素晴らしいでしょう?
 でもね、こういう逸脱した世界を全く望まずに・・・ましてイジメなんてする酷い人間は仕置きが必要かな?」
玩具のように見える銃の銃身についているレバーを操作したわたしは三人へと向かってその光線を放った。
「さようなら、わたしをいじめてた人達。そして、初めまして・・・お人形さん?」
三人とも、次の瞬間には黒いハイレグを着ていた。
「な、どうなってるんだ・・・これ!?」
三人が口々に叫びだし、怒り心頭といった様子でわたしに掴みかかろうとする・・・けど、無駄なことだった。
わたしは、三人に向かって一言発するだけでよかったのだから。
「三人共、挨拶は?」
「は、ハイグレ、ハイグレ、ハイグレ!」
戸惑った様子で、急にハイグレポーズを取り出した。
その様子に、挨拶でありながらも思わずわたしは笑ってしまった。
「無様ね、挨拶もできないで新体操やるつもりなのかしら」
もう、彼女らに話す権限も与えてはいない。ゆっくりと教育してあげなければならないのだから。

足を大きくがに股に開き、コマネチをひたすらとる三人の姿がそこにあった。
その首には大きなプラカードが掛かっている。
「この者たち、ハイレグ教育のため1080回のハイレグの刑」
・・・そうかかれている。右下のほうにこっそりハートが書かれているのは愛嬌といったところだろう。
1080に大きな意味はないのだけれど、精神修養といえば仏教のイメージからだ。

「それで、この後どうするの?りょーこ?」
ずっと影で黙ってわたしのやることを見守っていた朱音ちゃんが出てくる。
「どうするって、どうもしないよ」
「いや、1080回だっけ?終わったら晴れてメンツ入りとかさー」
確かに、その頃には三人もハイレグの良さを理解している頃だろう。
「この子たち、許して・・・なんて言ってるけど。永遠にハイグレさせてもいいくらいだよ」
「・・・まぁ、友達をいじめてたヤツに同情なんてさらさらないけどね」
にこやかな笑顔で、確実に冷たい怒りが篭った表情を見て朱音は目を逸らした。
あまり非人道的なコトをするなら止めようと思っていたけれど、自信がなくなっていく朱音だった。
「そうね、とりあえず・・・商店街あたりでパフォーマンスでもやってもらおうか」
涼子の頭の中には、心の中で恥ずかしがりながらもハイグレを人前で晒す姿がある。
ふと、半ば強制的に根付けさせるハイグレの観念をこの子たちだけは最もゆっくりにしたんだっけ、と思い直した。
あるいは数週間もずっと恥ずかしいままかもね、と伊月はこれからが復讐であることを知った。
十六夜
2007年10月12日(金) 18時31分27秒 公開
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■作者からのメッセージ
サブキャラでぽつりと出てきた伊月がメイン。
単純に、本編がなんか妙に釈然とするようなしないような終わりを迎えたので派生。(笑