美少女戦士ハイグレムーン

 ダーク・キングダム四天王の末席であるジェダイトは、セーラームーン達の度重なる妨害によって、本来集めているべきエナジーのノルマを達成できずにいた。そしてその醜態が主であるクイン・ベリルの不興を買い、とうとう彼は玉座への出頭を命じられた。
 薄暗い玉座の間には既に末端の妖魔達が大挙しており、これから何が起きるのかを興味深げに見物していた。ジェダイトはその群集をいまいましい思いで払いのけ、玉座に身を納めている赤髪の美女の前に馳せ参じ、恭しく跪いた。

「ジェダイトにございます、クイン・ベリル様」

目の前の金髪の青年を睨みつけながら、クイン・ベリルは重い口を開いた。

「ジェダイト、お前は地球上で大量のエナジーを集めた・・・・・・。その功績は賞賛に値するが、同時に多くの失敗も繰り返してきた・・・・・・。その上あの憎きセーラー戦士達を倒せずにいる」

「し、しかしクイン・ベリル様―――」

「言い訳など聞きたくない! よいか、これ以上の敗北は許さぬ! セーラー戦士を倒し、この地上から邪魔者を排除するのだ!もししくじれば、わかっているだろうな?」

クイン・ベリルの言葉に、妖魔の群集がざわめき始める。ある者は驚き、ある者は嘆き、またある者は幹部の座に空席ができるかもしれないとひそかに喜んだ。ジェダイトは屈辱の念を顔を浮かべながら、何も言わずに頷いた。

 玉座の間を辞したジェダイトは、暗い廊下を歩きながら、先刻と同様の表情を浮かべていたが、不意に辺りをキョロキョロと見回し、
誰も居ないことを確認すると、ゆっくりと立ち止まった。

「出て来い、ハイレグン」

「はっ!」

ジェダイトの呼びかけに何者かが答え、どこからかひとつの人影がゆらりと現れた。その人影は禍々しいエナジーを放ちながら、ジェダイトの前に跪く。その様子を確認したジェダイトが口を開いた。

「今回の作戦は確実に成功させねばならない。何せ私の保身がかかっているのだからな。すべては貴様の働きにかかっている!」

「ご安心を、ジェダイト様。首尾はすべて滞りなく整っております」

「・・・・・・ふん、まあよかろう。では作戦に移れ!」

「はっ!」

人影が音も無く立ち去った。その様子を見守っていたジェダイトは徐々に焦りが薄らいでいくのを感じていたが、その反面、形容しがたい不安を覚えはじめていた。

(もし失敗すれば・・・・・・だが、ヤツがうまく作戦をこなせば、これ以上に無い収穫を得ることができる。これぞ正に逆転の秘策というものだ・・・・・・ふふふ、ハッハッハッハッハ!)





 十番中学校、昼休み。月野うさぎは親友の大阪なると一緒に昼食を食べていた。物凄い速さで弁当を平らげるうさぎを尻目に、なるは半ば呆れながら言った。

「しっかしうさぎ、あんたはよく食べるわねえ〜。太るよ?」

「うっさいわね〜・・・そーゆーなるちゃんも、いっぱい食べてるじゃない!」

うさぎはそう言いながらなるの身体を眺め回した。しかし彼女の身体は肉が付いているどころか、むしろ引き締まっていた。よく見てみると、彼女のプロポーションは数日前よりも豊かになっているように見えた。

「ふふ、あたしはいいの、ちゃんと対策してるから」

「え、なになに!? もしかして、簡単に痩せれる薬とか飲んでるの?」

真剣な表情で聞いてくるうさぎの顔を見て、なるは思わず吹き出した。

「もお、そんなわけないでしょ! 痩せるためにはきちんと運動しなきゃ駄目なのよ」

「ふ〜ん、じゃあ毎朝ジョギングとかしてるの?」

「チッチッチッ、甘い甘い♪ 実はね、あたし、フィットネスクラブに通ってるの」

「ふぅ〜ん」とうさぎは興味深そうに相槌を打ったが、同時に不満げな表情をした。

「でもさ、そーいうトコってさ、ずーっと通うってなるとお金がかかるでしょ?」

「そうでもないわよ。他の所と比べるとぜんぜん安いし、それにやってて気持ちいいし。・・・・・・そーだ! うさぎも行ってみなよ! 今ならタダだから」

「え、ホントに!?」とあからさまに食い付くうさぎを見ながら、なるはニコッと笑った。

「うん、隣町に新しくできた所でね、オープン記念中なの」

「行く行く、絶ッ対に行く!! よ〜し、あたしもスリムになるわよ〜〜」

(そーだ、亜美ちゃん達も誘ってみよっと♪)

椅子から立ち上がって意気込むうさぎの背後で、なるは先刻から微笑んでいたが、その笑顔に仄かな影が差しているのに気付く人は誰も居なかった。





 放課後、うさぎは同級生の水野亜美や他校の友人の火野レイ、木野まこと、愛野美奈子と一緒に、レイの実家である氷川神社の境内の一室でくつろいでいた。うさぎは昼休みになるに聞いたフィットネスクラブの話を皆に持ち掛けていたが、レイとまことの反応はよくなかった。

「えぇ〜〜、一緒に行こうよレイちゃぁん」と涙目になりながら擦り寄るうさぎを押しのけながら、レイは面倒臭そうに言った。

「あーもー、シッシッ! わたしはいいわよ、うさぎみたいにドカ食いしないから、別に太る心配なんか無いし」

「あたしもあんまり興味ないなあ・・・。そういう所はニガテなんだよ」とまことが言うと、うさぎは亜美に泣きついた。

「亜美ちゃんは? 亜美ちゃんは行きたいでしょ?」

「う〜ん、興味はあるけど、私は塾があるから・・・・・・」と言葉を濁す亜美。そんな中、美奈子が口を開いた。

「ねえうさぎ、そのフィットネスクラブ、ホントに効果あるの?」

「うん、なるちゃんが実際に通ってて、一週間で見違えるくらいにキレイになってたよ!」とうさぎが言うと、美奈子の目がきらんと光った。アイドルになることが夢である彼女は、化粧やファッション、ダイエットなどに対する興味が人一倍高いのだ。

「よし! じゃあ今から行きましょう!」

「ええっ!? 今から行くの?」レイがびっくりしながら訊く。まことは呆れながら肩をすくめた。

「さ〜っすが美奈子ちゃん! よっ、女の子代表!」とうさぎがはやし立てると、美奈子は自慢げに胸を張った。

「今から行けば夕飯前には帰れるでしょ。さあさあ、急がないと美貌が逃げるわよっ!」と美奈子は勢いよく立ち上がり、うさぎも後に続いた。レイとまこともしぶしぶ立ち上がったが、亜美は申し訳なさそうに口を開いた。

「美奈子ちゃん、ごめんなさい。今日は塾の模試があるから行けないの」

「それは残念だね・・・・・・。じゃあまた今度行くってことにしない?」とまことが言ったが、うさぎが食い下がった。

「じゃあさ、今日は下見ってことで四人で行って、明日にでも皆で行こうよ! 亜美ちゃん、それでいい?」

亜美が頷くのと同時に、部屋の入り口の障子が開き、一匹の黒猫が入ってきた。その猫に対して、上機嫌の美奈子が口を開いた。

「あら、ルナ。どこ行ってたの? もしかして彼氏とデート?」

「そんなんじゃないわよ、ちょっと色々とね。それより、なんか賑やかだけど、どうしたの?」とルナが訊くと、亜美が経緯を説明した。

「ふぅ〜ん、なんかムシの良い話ねえ。ちょっと怪しいかも・・・・・・」

「なにが怪しいってのよ、ルナ! せっかく皆でスリムになろうってのにぃ」

「あんたはもうちょっと食い気を抑えりゃいいのよ、この食いしん坊! まあそんなことはいいわ。とにかくわたしが言いたいのは、そういうおいしい話の裏には、ヤツらの陰謀が潜んでいるかもしれないってことよ」

「ダーク・キングダムのことね。そういう情報を掴んでいるの?」と亜美が聞くと、ルナは首を振った。

「確信は無いけど、用心に越したことは無いでしょ?」

 話をまとめようと、美奈子がパンッと両手を合わせた。

「じゃあ、とりあえずルナを連れて行って、もし怪しいんならそのまま帰ればいいじゃない。とにかく行きましょうよ!」

「賛成っ」とうさぎが手を高く挙げた。



 神社を出たうさぎ達は亜美と別れた後、隣町のフィットネスクラブの前に到着した。そこは駅から少し離れたモダンなビルの四階に位置していた。

「うっひゃ〜、なんだか高級そうだねえ」とうさぎがビルを見上げながら言う。レイは注意深くビルを見つめているルナに対して口を開いた。

「それで、どうやって怪しいか怪しくないかを調べるの?」

「う〜ん・・・・・・」とルナが考えあぐねていると、ビルの入り口から一人の女性が出てきた。

「あっ、今の人、もしかしてここの会員じゃない? どうルナ、エナジーに異常を感じる?」と声を潜めながらまことが訊く。ルナはじっとその女性を見つめていたが、やがて口を開いた。

「エナジーを吸い取られてるって印象は受けないわね・・・・・・。むしろ普通の人よりエナジーが満ち足りてるみたい」

「それってどういうこと?」とうさぎが訊く。

「あの人がものすごく健康だってことよ」

「ということは、この施設はシロってことね。もしダーク・キングダムが絡んでいるのなら、みすみすエナジーを吸い取らずに帰すわけがないもの」とレイが言った。

 その後も何人かの女性がビルから出てきたが、どれも先刻の女性と同じように、エナジーを吸い取られた形跡は無かった。

「ほらね、やっぱりダーク・キングダムなんて関係無かったでしょ?」と美奈子がこれ見よがしに言うが、ルナはいまいち納得していない表情を浮かべている。

「そうだけど、なんか引っかかるのよねえ・・・・・・」

「もう、ルナったら気にしすぎなのよ。そんな調子だと、彼氏にふられちゃうわよ〜」

「うるさいわね、バカうさぎのくせに!もういいわよ、じゃあね!」とルナは怒りながらうさぎの肩からぴょんと飛び降り、家の方へと駆けて行った。

「・・・・・・とりあえず、大丈夫みたいだね」

「さっ、行こ行こっ!」

「ああ、久しぶりに自分がセーラー戦士だってことを忘れて自由になれるわ」





 フィットネスクラブの内部はスポーツ施設とは思えないほどにシックな内装をしており、いかにも高級然としていた。その景観に、一同は思わず溜息をついた。受付の女性がうさぎ達に気付き、丁重に一礼した。

「いらっしゃいませ。どうぞお掛けになって下さい」

「あのう、わたしたち、ここの体験コースを受けに来たんですけど・・・・・・」

「はい、かしこまりました。では、こちらの用紙に必要事項をご記入して下さい」

受付嬢が用紙を挟んだクリップボードをうさぎ達に配る。用紙には氏名、住所、身長、体重、スリーサイズ、好きな色を書き込む項目があり、うさぎ達はそれらにきちんと答えた。受付嬢は書き終えたクリップボードを受け取り、一礼した。

「ありがとうございます。では、お客様方用のレオタードをご用意いたしますので、少々お待ち下さい」と受付嬢が言い、入り口に控えていたスタッフに目配せした。スタッフは無言で頷き、全員分のクリップボードを受け取って受付の後ろの部屋へと姿を消した。

「れ、レオタードだって?」とまことが顔を赤らめながら言う。

「ええ」と受付嬢がにこやかに答える。「当クラブでは、こちらで用意したレオタードを着用していただくのが原則となっております。詳しい話は後ほど係の者にさせますので、その時に何なりとお申し付け下さい」

うさぎ達が怪訝な表情で互いを見合っていると、先刻のスタッフが端正に折り畳まれたレオタードを四着(白、赤、緑、橙)持って戻ってきた。

「お待たせしました。では更衣室にご案内致しますので、私の後について来て下さい」とスタッフは言い、施設の奥の方へと歩いて行った。うさぎ達は椅子を引いて彼女の後を追った。

「ち、ちょっとうさぎ、レオタードだなんて聞いてないよ!」とまことは困惑した表情でうさぎに囁いた。

「あたしも聞いてないわよ、そんなサービス。でも可愛い感じのレオタードだし、いいんじゃない?」とうさぎは能天気な調子で答える。



 更衣室はとても大きく、真新しいロッカーがずらりと並んでおり、受付に比べると少し無機質な印象を受けた。スタッフはうさぎ達を手前のロッカーに案内した。

「月野うさぎ様は8190番、火野レイ様は8191番、木野まこと様は8192番、愛野美奈子様は8193番のロッカーをご使用下さい。こちらがキーになっております」とスタッフは言い、鍵と一緒にレオタードを各人に手渡した。

「えぇっ!? こ、これを着なくちゃいけないの!?」とレイが思わず叫んだ。彼女の手の中で広げられた赤いレオタードは、腰まで切れ上がった大胆な物だったのだ。勿論、彼女のだけでなく、他の全てのレオタードがハイレグだった。

「わぁ〜、なんか一昔前のレースクイーンみたいだねぇ〜」とうさぎが溜息を漏らす。

「ふぅん。ちょっとわたしの趣味じゃないけど、悪くはないわね」と美奈子は手に持ったオレンジ色のレオタードを仔細に眺めながら言った。

「・・・・・・あ、あのさ」とまことは頬を赤らめながらスタッフに質問した。「あたし学校の体操服持ってきたんだけど、それじゃあ駄目かな」

スタッフは無表情のまま首を振った。

「申し訳ございません、お客様、当店の取り決めですので。それに、こちらを着用して頂くことが、すでにシェイプアップの一環なのでございます」

「どういうこと?」

「このレオタードは、先程ご記入頂いた情報を基に、当店で用意した特製の品なのです。お客様の身体にタイトにフィットすることによって運動効果を高め、特殊な生地が代謝と発汗を促します」

「ふぅ〜ん・・・・・・。とにかくこれを着れば効率良く痩せれるってわけね。じゃあ着替えましょ!」と美奈子は勢いよく服を脱ぎだした。それに釣られてうさぎとレイも服を脱ぎ始めた。

「で、でもさ、こんなの着て身体動かしてるとさ・・・・・・ほら、こう、男の人の目とか―――」

「あら、お気付きになりませんでしたか、お客様。当店は男子禁制となっております。無論、スタッフ、インストラクターも全て女性です。これらは全てお客様に安心してご利用いただくための当店の配慮なんです」とスタッフはクスッと笑いながら言った。それを聞いたまことは、戸惑いながらも観念したように服を脱いだ。



「すっご〜〜〜い! スポーツ選手でも居そうだねっ!」とうさぎが感嘆の声を上げる。ジムには多彩な運動メニューを行える最新の器具が設置されており、隣には大人数が入れるエクササイズ・スタジオがあった。ジムは平日の夕方前にも関わらず、三十人弱の女性達が利用していた。彼女達は一様にうさぎ達と同じレオタードを着て、慣れた様子でメニューをこなしていた。スタッフが言ったように、男性は一人もいなかった。インストラクターの若い女性がうさぎ達を案内しながらジムを回り、器具について説明している最中、うさぎはきょろきょろと周囲を眺めていた。レイはせわしない様子のうさぎに注意を払っており、美奈子はインストラクターの説明を熱心に聞いていた。まことは自身の着ている緑色のレオタードのVゾーン辺りをもじもじと気にしていた。

「ちょっと、うさぎ! さっきから何子供みたいにきょろきょろしてんのよ、みっともないでしょ!」とレイが少し声を落としつつも怒った調子で言った。

「いーじゃない別に! だってあたし、こんなトコに来るのはじめてだもん」

「二人とも静かにしなさいよ! インストラクターさんの言うこと聞こえないじゃないの! ねえ、まこちゃんからも何か言っ・・・・・・まこちゃん?」

まことの方に向き直った美奈子は、彼女からいつもの男っぽさが消えているのに気が付いた。その視線に気付いたまことははっと顔を上げる。

「ど、どうしたんだい?」とまことが取り繕うと、美奈子はニヤニヤ笑った。

「はっは〜ん、まこちゃんたら、恥ずかしがってるのね?」

「そ・・・そんなわけないだろっ!」

「ふっふっふ、隠さなくったっていいのよ、気になるんでしょ? たとえば・・・・・・この辺が!」と美奈子はまこの後ろに回り込んでまことのハイレグ食い込み部分を両手でぐいっと引っ張り上げた。

「ひゃぅ! ちょ・・・やめなってば!」とまことば過敏に反応し、美奈子を振り払って後ろに飛び退いた。そのときに勢い余って、彼女は後ろにいた人物にドンッとぶつかってしまった。その人物はとっさに、まことの両肩を持って体勢を支えた。

「ご、ごめんなさ・・・・・・」後ろに振り返ったまことは、一瞬言葉を失った。それは長身の女性だった。彼女は長い黒髪をなびかせて甘い芳香を周囲に振り撒き、身に纏った紫色のハイレグはその妖艶な身体つきを一層強調していた。その美女は、まことの顔を切れ長の目で覗き込み、クスッと笑った。

「大丈夫? 元気なのもいいけれど、あまりはしゃいじゃダメよ」と彼女は落ち着いた声でまことの耳元で囁いた。まことはゆっくりと身体を離し、美奈子はその女性に見とれていた。その横で喧嘩していたうさぎとレイも、その様子に気付き、そちらに向き直った。

「あ、おはようございます、マネージャー」と先刻からうさぎ達にないがしろにされていたインストラクターが改まった調子でその女性に挨拶した。

「マネージャー?」とうさぎが首を傾げる。

「ええ。ご挨拶が遅れたわね。私はヒロコ。このクラブの責任者よ」

 ヒロコがジム内に現れると、それまで各々のメニューをこなしていた他の利用客達は手を止め足を止め、彼女の周囲に集まりだした。彼女達は一様に目を輝かせ、敬意を払った眼差しでヒロコを見ながら口々に親密な態度で挨拶した。うさぎ達は何がはじまるのだろうかと戸惑いながら、しかし視線はヒロコから離せずにいた。

「ヒロコさんは経営面だけでなく、インストラクターとしても、当クラブに欠かすことのできない人なんです。特にヒロコさんが創ったオリジナルのエクササイズがお客様の間で大好評なんですよ」とインストラクターの女は誇らしげに言った。

「こら、あんまり吹聴しないで頂戴、照れるじゃない。ふふ、あなた達、タイミングがいいわ。今からスタジオの方でそのエクササイズを始めるから、あなた達も参加するといいわ」とヒロコは言い、皆をスタジオの方に案内した。

「あなたが指導して下さるんですか?」と美奈子が訊くと、ヒロコは微笑みながら言った。

「いいえ。私のレッスンは私一人で教えるようなタイプのものじゃないの。私だけじゃなく、みんなが先生よ。それじゃ不満かしら?」

美奈子は何も言えずに、ただ首を横に振った。満足したような表情を浮かべたヒロコは、群集に混じってスタジオの方へ姿を消した。

「ねえねえ、すっごくキレーな人だねぇ、ヒロコさんって!」とうさぎは興奮気味に言った。それに反論する者はいなかった。

「ヒロコさんオリジナルのエクササイズってのをすれば、私達もあの人みたいになれるかもね」と美奈子は期待に胸を躍らせながら言った。



 ジムの隣に面したスタジオは、利用客全員が入ってもまだ広さに余裕があった。ヒロコはその部屋の一番奥の壁の背を向けて立ち、整列した利用客たちに優雅な微笑みを送りながら見回した。その列の中にはうさぎ達やジム内にいた数人のインストラクターも含まれていた。あらかた眺め終えたヒロコが、こほんと小さく咳払いをすると、ハイレグを着た女性の群集はぴたりと静まった。

「今回ははじめての人がいるようなので、一から説明するわね。と言っても、それほど難しい内容じゃないけれど」

ヒロコの声は大きくはなかったが、不思議と一番後ろにまできちんと均一に響き渡った。その声を聞くだけでうさぎ達の周りの女たちは顔を上気させ、もっとよく彼女の顔を見ようと背伸びしたりしていた。中には「ああ・・・・・・」と感極まったような嘆声を漏らす者もいた。その雰囲気に毒されたか、うさぎ達、特に先刻身体を触られたまことは夢見心地にぽーっとしていた。

「ね、ねえうさぎ。なんだかこの雰囲気、変じゃない?」と、四人の中でも一番平静を保っていたレイが訊くが、うさぎは目にハートマークを浮かべて何も聞いていなかった。

「私のエクササイズに音楽は不要。必要なのはリラックスして、心と身体を私とシンクロさせることよ。まずは深呼吸をしましょう」

 ハイレグ姿の女たちは、ヒロコに倣って深呼吸をはじめる。彼女達の動きには差異が無く、まるで部屋全体が呼吸をしているように感じられた。先刻から無口になっているまことはすぐにその呼吸に溶け込んだ。続いてエクササイズに真剣に取り組もうとしている美奈子が、回数を重ねるにつれて、まことを同じように空気に馴染んだ。うっとりとした表情のうさぎも、懸命に深呼吸を繰り返している。レイは自分が周囲から浮いているように感じながらも、渋々呼吸を合わそうとした。

「いいわよ、そう、その調子。私達はすべてで一つの存在、そう思えるくらいに一体化するのよ」

「はい・・・・・・ハ・・・グ・・・ま・・・・・・」と、まことが俯きながら聞き取れないくらいに小さな声で何か呟いたが、それが誰かの耳に届くことは無かった。

「足を肩幅よりも大きく開いて・・・・・・ゆっくりと腰を落としなさい。そのまま中腰になるのよ。そして両手を伸ばして股関節に添えるの。最後に溜めた力を解放するように腕を振り上げながら『あの言葉』を叫びなさい。行くわよ、せーのっ!」


「「ハイグレッ!!!」」


 ヒロコの導くままに、ハイレグ女たちは奇妙な言葉を叫びながらポーズを取った。彼女達の表情は恍惚に満ちていたが、うさぎ達、特にレイはぽかんとした。

(え、何なの、ハイグレッて? それに周りの人たちの反応・・・もしかして、ルナの気にしていたことって・・・・・・)

うさぎもレイと似たような感情を抱いていた。先刻までの興奮は少し熱を失い、周りの女たちのようには「あの言葉」を口にしなかった。

(変な掛け声〜・・・。それによく考えてみると、このポーズ、どこかのオジサンのギャグみたいだし・・・・・・)

美奈子も唖然としていたし、あんな馬鹿げたポーズをすることにもためらいを感じていたのだが、それも目の前の魅力的な女性にかかれば、まるで美しい舞のように見えてくるのだ。

(ああ、ヒロコさん、美しい・・・。それにあのプロポーション・・・・・・。きっと、ヒロコさんはこのポーズを取ることによってその美貌を保っているに違いないわ! だったら、私も・・・・・・)

まことは今まで聞いたことのない奇妙な言葉にいささかびっくりしたが、それだけでは彼女の中に芽生えつつある快楽を押し留めることはできなかった。

(ハイ、グレ? なんだろう、不思議な言葉だな・・・。でも嫌な感じはしないな、むしろ・・・そう・・・ハイグレ・・・ハイグレ、ハイグレッ、ハイグレッ!)

しかし、それぞれ違った感想を抱いていた彼女達も、次の瞬間には等しく顔を苦痛に歪めた。身体が勝手に動き、例のポーズを取り始めたからだ。まるで一塊になった周囲のハイレグ女たちの思念が身体を蝕み、行動を支配しているようだ。事実、うさぎ達は二言目には耳慣れない「あの言葉」を早くも声高らかに叫んでいたのだ。

「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」」

(嫌っ! 何よこれ!? 身体が自分のモノじゃないみたい・・・まるで悪霊にでも取り憑かれたようだわ)

(ちょっとぉ〜、なんでカラダが勝手に動くの〜!? ぐすん、なるちゃんの嘘付き、こんなのどこが気持ちいいのよぉ!)

(ん、くっ、苦しい・・・けど、カラダの方が勝手に動いてくれるのなら、意外と簡単に痩せれるかも・・・・・・がんばって我慢しなきゃ)

(い、いやぁ! どうしてこんな・・・あたしはもう、とっくにあなたのことを・・・・・・!)

苦痛に顔を歪めながらハイグレポーズを取るうさぎ達を見ながら、ヒロコは悪戯っぽく笑った。

「うふふ・・・・・・さあ、解放されたければ、たくさんハイグレしなさい! やがて苦痛が快感へと変わり、あなた達は生まれ変わるのよ。色んな意味でね・・・・・・」

「うふふ、見て、あの表情・・・・・・」
「ええ、初めてだから、あんなに苦しそうなのね・・・可愛いわ・・・」
「まったく、罪深いコたちね・・・。こっちが彼女達を導かなければならないのに、かえって私の方が・・・んぁっ♪」

側にいたハイレグ女達はポーズの合間に囁きあっていた。



「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」」

(ルナが心配していたのは、このことだったのね・・・。とすると、ヒロコさんは妖魔・・・なんとしても倒さなくちゃいけないんだけど、こんな状態じゃどうにもならない・・・! とにかく今は逃げなきゃ!)

無理矢理ハイグレポーズを取らされている最中、レイはなんとか首だけを動かして三人の様子を窺った。美奈子とまことはすでに顔から苦痛の表情が消え、懸命にハイグレポーズに耽っていた。この二人はもう手遅れだ、とレイは考えた。

(まこちゃんも美奈子ちゃんも、すでに敵の術中にはまっているみたい。うさぎは・・・・・・?)

「ハイグレッ、ハイグレッ、ぐすっ・・・ハイ、グレッ・・・・・・」

そこには半べそをかきながら苦しそうにポーズを取るうさぎの姿があった。レイは思わず胸を撫で下ろした。

(よかった、まだ無事みたいね・・・。とりあえず、逃げるためにはどうするべきか、考えなくちゃ・・・それには、まずこの呪縛をなんとかしなくちゃいけないわ。・・・あたし達はここへ来てから、特に何もされなかった。このヘンテコなハイレグを着せられたこと以外には・・・とすれば、これがあたし達の行動を操っているのかも・・・・・・)

「ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ・・・・・・」

身体を操られながらも、レイは目を瞑り、精神を乱れぬよう統一させようとした。向こうが身体を支配しようとしているのなら、心でねじ伏せるまでだ。

(臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・・・・・・! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・・・・・・! 悪霊、退散ッ!)

レイは呪詛と同時にカッと目を見開いた。すると股関節の方へと持っていこうとしていた両手がふわりと動きを止めるのを感じた。

(よしっ! あとは・・・・・・うさぎ!)

そして自由になった両手を伸ばし、隣にいたうさぎが着ている白いハイレグの肩紐を掴み、勢いよく引き下げた。その衝撃で、露になったうさぎの乳房がぷるんっと揺れた。

「ハイグ・・・きゃッ! ・・・・・・あれ? 苦しくない・・・カラダが動く!」

両手を持ち上げて、うさぎは歓喜の声を上げた。その異変に気付いたヒロコはハイグレポーズを止めた。その顔は驚きの後、怒りによって醜悪に歪んだ。

「どうして私の術が・・・! 誰か、あのコ達を引っ捕らえなさい!」とヒロコが叫んだが、まことと美奈子を含めた女達はハイグレポーズを取ることに夢中になっており、反応する者はいなかった。

「ちぃっ、この淫乱どもが・・・・・・」とヒロコは悪態をつきながら、レイ達のいる方へと突進した。

「うさぎ! 逃げるのよ!」とレイはうさぎの背中をドンと押しながら言った。状況がよく呑み込めないうさぎは、とりあえずレイの言うことを聞いてスタジオの扉の方へと駆けて行った。レイもその後に続くが、後ろから形相を変えたヒロコが追い詰めており、今にも捕まりそうだった。

(くっ・・・かくなる上は・・・ッ!)

レイはくるりと振り返り、うさぎをかばい立てるように両腕を広げて立ち止まった。それによって、ヒロコの動きが少しの間遮断された。

「レイちゃん!」とうさぎは扉に手をかけながら言った。

「ここはあたしが食い止めるから、うさぎは逃げて! そしてルナにこのことを報告して、対策を練るのよ!!」

「・・・うんっ!」と決意した表情でうさぎは頷き、くぐり抜けたドアを後ろ手に閉めた。

「こざかしいっ!」

「ふん、ここは通さないわよっ!」

 しばらくの間、凄まじい形相でレイを睨んでいたヒロコだが、不意にその感情はしぼんでいき、すぐにいつもの穏やかな顔に戻っていった。その様子をレイは怪訝に感じた。

「ふふっ♪ そうよね、何も焦ることはないのよね・・・。あなたはさっきのコが私の術から逃れられたと思っているんでしょうけど、半分脱がせたくらいで解けるほど、私の術はヤワじゃないの。むしろ私が気になるのは、あなたの方・・・なぜハイグレを脱いでもいないあなたが、私の支配下から逃れることが出来たのかしら?」

「あたしわね、氷川神社で巫女をやっているの。邪気を祓うことなんて、朝飯前なのよ!」とレイは誇らしげに言う。ヒロコはそんなレイを興味深げに眺めた。

「なるほど、信心深い人間は精神力が強靭になるという話はよく聞くけれど、私を拒むほどの精神の持ち主がいるなんてね・・・でも無駄よ♪」

目にも留まらぬ速さで、ヒロコはレイの背後に回った。視界からヒロコが消えたことによって、レイの身体が一瞬固まる。その隙を逃さず、ヒロコはレイの広げた両腕をがっしり掴んだ。

「な、何を・・・!?」

「身体は欲求に対して素直なものなのよ。あなたも女の子なら、この快楽から逃れることはできない・・・さあ、ハイグレッ♪ ハイグレッ♪ ハイグレッ♪」

ヒロコは掴んだレイの手を、無理矢理Vゾーンへと持って行き、例のポーズを取らせた。すると、レイの身体の奥底で、押さえ込んでいた何かが溢れ出すのを感じた。

(あ、あぁん! だ、ダメ、あたしが、はぁ、ここで時間を、んっ・・・稼がないと、うさぎが・・・・・・んっ、はぁああぁんっ! 臨・兵・闘・しゃ、ひゃぁうっ!)


「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」」



 ジムを抜け出し、出口へと向かっていたうさぎの意識は朦朧としていた。下半身が熱く、うまく歩くことが出来ない。

(ああ、頭がぼ〜っとしてきちゃった・・・・・・あれ? ここは、どこ?)

うさぎはしばらくの間、自分が更衣室の中に入ったことに気付かなかった。壁に取り付けられた大きな姿見に映った自分の姿を見たとき、ようやく彼女は意識を取り戻した。

「そうか、こんなの着てるからおかしくなっちゃうんだ!」と、うさぎは腰までしか着ていないハイレグに手を掛け、するりと脱いだ。そしてそれを窓に向かって力いっぱい放り投げた。

(とりあえず、服を着て逃げないと・・・! ええと、8190番、8190番は・・・あった!)

ガチャガチャと忙しなくロッカーの鍵を開け、急いで衣服を身に纏う。そしていざという時のために変身ブローチをポケットにしまい込み、荷物を置き去りにしたまま更衣室を後にした。

 カウンターには人影はなかった。休憩でもしているのだろうかとうさぎは思ったが、しかしチャンスだとも思い、出入り口の自動ドアに駆け込んだ。

「・・・・・・あれ?」

しかしドアは反応しなかった。うさぎは必死になってドアをドンドンと叩いたが、割れる気配はなかった。やがてドアの向こう側からシャッターが折りはじめ、うさぎはいよいよ身に深刻な危険を感じ始めた。

「ふふっ、追い詰めたわよ♪」

その声にビクリとしたうさぎは、恐る恐る後ろを振り返った。そこには、レイが足止めしていたはずのヒロコが悠然と立っている姿があった。

「ど、どうして・・・・・・レイちゃん、レイちゃんはっ!?」

「レイ・・・? ああ、さっきの黒髪のコね。大丈夫、心配しなくったって、ちゃんと元に戻ったわ。愛欲を求める素直な女の子にね♪」

ヒロコのおどけた口調にカッと逆上したうさぎは、ポケットから変身ブローチを取り出し、変身のための呪文を詠唱した。

「ムーン・プリズム・パワー、メーイクア・・・きゃっ!」

「ふふっ、何か企みがあるようだけれど、簡単にはさせないわよ?」

素早く詰め寄ってきたヒロコの一撃によってうさぎの身体は吹き飛び、詠唱は中断されてしまった。その衝撃によって、ブローチはうさぎの手から零れ落ち、カランと床に転がった。

「きゃうっ! あ、ブローチが!」

うさぎは体勢を立て直し、ブローチに手を伸ばすが、ヒロコがそれよりも速くブローチを拾い上げた。

「あら、これは・・・・・・ジェダイトの言っていたセーラー戦士の道具ね・・・それじゃああなたがターゲットだったのね! ・・・・・・ふふっ、手間が省けたわ♪」

「か、返してっ!」と必死に手を伸ばすうさぎを、ヒロコはいまいましげに振り払った。そしてカウンターの奥の部屋に呼びかけると、受付嬢とスタッフが中から姿を現した。

「子猫ちゃんが暴れないように、捕まえていなさい」

「「はっ!」」と二人は返事をし、うさぎを両側から押さえ込んだ。

「いやっ! やめてぇ!」

抵抗するうさぎの声を無視しながら、ヒロコは手の中のブローチを仔細に眺め、出し抜けに「あっ」と言った。

「いいこと思いついたわ! ここをこうやって、ここから・・・・・・ハァーーー!!!」

ブローチを包んでいる両手から、黒い光が放たれ、逃げ場を失った光の力は、全てブローチの中へと注ぎ込まれていった。

(あれは・・・妖魔のエナジー!)

より一層もがくうさがだが、無常にもヒロコの部下たちは人間離れした力で抑えているため、振りほどくことは出来なかった。

「そのコをスタジオへ。今度は、私が直々にハイグレを着せてあ・げ・る♪」とヒロコは妖しげに笑い、ブローチの方へ意識を集中させた。ヒロコの命令に従い、部下の女はうさぎの来た道を逆にたどり始めた。






「しっかし帰ってくるの遅いわねえ、うさぎの奴。もうすぐ夕飯だってのに・・・・・・」

 月野家の二階、うさぎの部屋。ルナは部屋の真ん中で寝そべっていた。先刻感じていたイライラが解消されていくと、ルナの心の中には、あの不安だけが残った。

(でも、やっぱり変だわ。いくらスポーツをして健康的になっていたとは言え、あの女の人達のエナジーはちょっとおかしかった―――)

 そのとき、ルナは言い知れぬ不快感が自分の中に飛び込んでくるのを感じた。背筋の毛が逆立ち、彼女は思わず飛び起きた。

「なに、今のは!? 遠くの方で、黒いモノがうごめいてる・・・・・・! そうか、これはうさぎのブローチだわ! うさぎのブローチに、妖魔のエナジーが流れ込んでるのよ!」

ルナはぴょんと飛び跳ね、窓から庭の木に飛び移った。そこから枝葉伝いに降りて行き、地面に着地する。

「待ってなさいよ、うさぎ・・・みんな・・・・・・!」





 教室には、ペンを走らせるカリカリという音が充満していた。亜美は鉛筆を置き、すでに答え終えた模試の問題を見直していた。

(どうやら凡ミスは無いみたいね・・・・・・ふぅ、今頃みんなも頑張ってるのかなぁ・・・・・・)
 
「・・・みちゃん・・・・・・亜美ちゃん・・・」

 手持ち無沙汰になって窓の外の景色を眺めていた亜美は、不意に聞こえた声にびくりと反応した。ゆっくりと椅子を引いて
覗き込むと、机の下には声の主、ルナがいた。

「亜美ちゃん、大変なの!」

亜美はあたふたしながらルナに人差し指を立てて静かにするよう示し、周囲を素早く警戒した。

「ど、どうしたの、ルナ?」

「うさぎ達がピンチなの! 事情は後で話すから、とりあえずついてきて!」

「そこ、静かにしなさい!」
教壇に立って試験中の生徒達の様子を見ていた講師は、亜美の不審な行動に感付き、指をさして注意した。

「す、すいません。あの、先生、私急用を思い出したんで、退席してもいいですか?」

「おいおい、まだ開始して十分しか経ってないぞ。途中退席すればチャイムが鳴るまで入室できないんだから、やり終えるまでは出ちゃいかん」

「大丈夫です、もう全問終わりましたから」

「えっ?」

講師が面食らっている間に亜美は筆記用具を片付け、鞄を持って教室から出て行った。ルナは亜美が講師とごたごたしている隙に鞄の中に隠れていた。



「じゃあルナの思ってた通り、あのフィットネスクラブはダーク・キングダムの罠だったのね。でも、どうしてわかったの?」

「うさぎのブローチに邪悪なエナジーが流れ込んでくるのを感じたのよ。そのやり口なら、クラブに通っていた人の異常にも説明が付くわ。きっとエナジーを吹き込んで操るタイプの妖魔がいるのよ」

「それなら、うさぎちゃん達は今頃・・・・・・とにかく、急ぎましょう!」

「ええ!」





「ふぅ・・・・・・。これでようやく、完成ね♪」

 ヒロコの手の中にあったブローチは妖魔のエナジーを吹き込まれ、今や闇のように黒く変色していた。彼女はその変わり果てたブローチを眺めながら、うっとりとした表情で微笑んだ。

「これをあなたに使わせる場面を想像するだけで、ぞくぞくしちゃうわ。ねえ、月野うさぎ。いえ、セーラームーン?」

「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」

再びハイレグを着せられたうさぎの洗脳速度はとてつもなく速く、すでに笑みを浮かべ始めていた。

(あはっ♪ 気持ち、良いよぉ・・・んっ・・・もうやめられない、やめたくない・・・・・・!)

「「ハイグレッ!! ハイグレッ!! ハイグレッ!! ハイグレッ!!」」

レイと美奈子はまことの後を追うように迫りくる絶頂に身を捩じらせながらハイグレポーズを取っている。すでに絶頂を体感したまことの身体は、その快感の余韻を味わう段階に入っており、洗脳も微調整のレベルにまで達していた。

(ハイグレッ♪ ハイグレッ♪ ハイグレッ♪ ハイグレェッ♪)

「こっちのコはそろそろ完了しそうね。ふふっ、それにしてもイイ表情・・・素敵」

ヒロコは顔を上気させ、荒い息を吐き出す厚ぼったい唇をまことの頬にゆっくりと近付けた。唇が触れようとした瞬間、スタジオの扉が何者かによって勢いよく開かれた。

「待ちなさい!」

「!」

ヒロコはキスするのを止めて、開かれたドアの方に振り返る。そこには青いセーラー服を着た亜美が後光に彩られながら仁王立ちしている姿があった。そして彼女は威風堂々とした態度でいつもの台詞を放った。

「スリムになりたい乙女の夢を! 悪の心で踏みにじる! 女の敵を許せない! 愛と知性のセーラー服美少女戦士・セーラーマーキュリー! 水でもかぶって・・・反省しなさい!!」

「セーラー、マーキュリー・・・・・・」

華麗にポーズを決めるマーキュリーを見ながらも、ヒロコにうろたえる様子はなかった。むしろ怪しげな笑みを浮かべている。

「ふふ、セーラー戦士がもう一人・・・飛んで火に入る夏の虫とはこの事ね」

「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」」

マーキュリーが乱入してきても、ハイグレ女達はポーズを取るのをやめる気配が無い。うさぎ達も例外ではなく、マーキュリーを無視して必死にハイグレポーズを取り続ける。マーキュリーはそんな変わり果てた仲間の後ろ姿を見つめて悔しそうに歯軋りする。

(みんな、今助けるから・・・・・・でも、焦りは禁物だわ。うかつに飛び込めば、集中攻撃を受ける・・・ならばここは!)

「さてお前達、お楽しみは一旦中断して、彼女を生け捕りにしなさい! そしてハイグレの快楽を教えてあげるのよ!」

ヒロコの呼びかけに応じ、ハイグレ女達は一旦ポーズを取るのを止め、後ろに振り返ってマーキュリーの姿を捕捉した。

「ふふ、可愛いコね・・・・・・」
「ええ、本当に。純情そうだわ、ハイグレの快感に耐えられるかしら・・・?」
「はぁん、イク前に止めさせられたから、ムズムズしてるわ・・・・・・さっさと一緒になって、ハイグレしましょう♪」

ヒロコに負けず劣らずのプロポーションを誇るハイグレ女達が、息を荒げながらマーキュリーににじり寄る。うさぎ達も、友人を目の前にしながら容赦なく主人の命令を遂行しようとしている。

「そうは行かないわよ! ちょっと苦しいかもしれないけど、ごめんなさい・・・・・・シャボン・スプレー!!」

掲げた両腕から大きなシャボン玉が多数発射される。シャボン玉はハイグレ女達の頭上で破裂し、辺りに冷気をはらんだ霧を発生させる。

「なっ・・・・・・!?」

その神聖な冷気を吸い込んだハイグレ女達は、次々に動きを封じられ、気を失って倒れていった。ヒロコは目を伏せてその攻撃に耐えていた。霧が晴れると、対象のハイグレ女達は全員倒れており、唯一意識を保ったヒロコにも、不吉な変化が生じていた。

「ようやく正体を現したわね、妖魔としての醜い正体をっ!」

「あらあら、うっかりして擬態が解けちゃったみたいね、まあいいわ。これが私の正体、その名もハイレグンよ!」

妖艶なヒロコの仮面が剥がれ、そこには赤いモヒカンの髪をした、青い肌の不気味な妖魔の姿があった。

「その姿なら容赦することも無いわ・・・覚悟しなさい!」

その群れを越えて、マーキュリーはヒロコを指差しながら詰め寄った。しかしハイレグンの顔に焦りの表情が浮かぶことはなく、むしろマーキュリーを嘲るように喉の奥でクックッと笑っていた。

「な、何がおかし・・・・・・キャッ!」

マーキュリーは何者かが後ろから自分を羽交い絞めにしているのを感じた。それは人間離れした強い力だった。マーキュリーが振りほどくことが出来ずにもがいていると、耳元で聞き慣れた声がした。

「うふふ・・・ダメじゃないか亜美ちゃん、これから仲間になる人達にあんなことをして・・・後でちゃんと謝りなよ?」

それはまことだった。彼女は頬を上気させたまま、獲物を捕らえたことに対する喜びと興奮を感じていた。マーキュリーが後ろを振り向くと、そこにはまことだけでなく、全てのハイグレ女達が何事も無かったかのように立ち上がっている姿があった。

「そ、そんな・・・普通の人間があの技に耐えれる筈が・・・・・・!」

「ふふっ♪ そのコ達はもう普通の人間じゃないの。私のハイグレを着た人間は私に忠誠を誓う奴隷になると同時に、特定のポーズを取ることによって注入された妖魔のエナジーを増幅させることができるのよ」

「つまり、操られた人達があのヘンテコなポーズを取るたびに、妖魔として強化されていくってことね」

「ヘンテコなポーズとは随分ね・・・ハイレグン様がお決めになられた神聖なハイグレを侮辱するなんて、許さないわよ!」

主人に対する忠誠心をたぎらせながら、美奈子が激昂する。その姿にマーキュリーは困惑するが、思い直して反論した。

「みんな、目を覚まして! あなた達はあんな醜い妖魔に魂を売り渡す気!? あなた達を魅了したのは、さっきの女性の姿なんでしょう? あれはまやかしだったのよ!」とマーキュリーが凄む中、レイが代表して答える。

「そんなこと、関係ないわ。わたし達が忠誠を誓ったのはあの方お一人のみ。ヒロコ様だろうとハイレグン様だろうと、わたし達はわたし達を導いて下さるお方に忠誠を尽くすのみよ」

その言葉に、部屋中のハイグレ女達が同意を示すポーズを取る。

「「ハイレグン様のためにッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!!」」

「ほっほっほ、そういうことよ、残念ね、セーラーマーキュリー。さてと、そろそろあなたにも着せてあげようかしら? でも、そんなセーラー服を着られちゃ面倒ね。ここは一つ、これでカタを付けさせてもらうわ!」

ハイレグンの小指に赤い光が纏われていく。ハイレグンはその光の照準をマーキュリーに合わせる。

「喰らえっ、ハイグレビーム!!」

赤い光が一直線にマーキュリーの身体に向かって発射される。まことに動きを封じられているマーキュリーに、その攻撃を防ぐすべは無い。

「きゃああああああぁっ!!!」

部屋が赤い閃光に包まれる。部屋の中の人々はその光の激しさに、その目を塞いだ。

「ほっほっほっ、この光を浴びた者は誰であろうとハイグレ姿になるのよ・・・・・・何ッ!?」

やがて光が晴れたが、そこにはハイレグンの期待していた姿はなかった。マーキュリーはハイグレ姿になどなっておらず、青色のセーラー服姿のままだった。

「そ、そんな・・・普通の人間があの技に耐えられる筈が・・・・・・!」

「ふふっ、あなたの台詞を返させてもらうわ、ハイレグン。あたしはもう普通の人間じゃないの。私はセーラー戦士、セーラーマーキュリーなのよ!」

呆気に取られているハイレグンの姿を見て不安になったまことは、つい腕の力を弱めてしまった。その隙を突いて、マーキュリーはまことの捕縛から抜け出した。

「くっ・・・!」

「半分妖魔化しているのなら、手加減なしでいくしかないわね・・・・・・シャイン・アクア・イリュージョン!!!」

冷気を帯びた水流が部屋の中になだれ込み、ハイレグン達を呑み込んでいく。全てのハイグレ女達は奥の壁に叩きつけられ、地面に突っ伏したまま動かなくなった。

(だ、大丈夫かしら・・・)

フルパワーで技を放った反動によって疲労を感じながらも、マーキュリーはハイグレ女達の身を案じた。今度こそ勝利を確信したマーキュリーは、止めを刺すために仰向けに倒れているハイレグンの元に歩み寄った。

「・・・うう・・・・んッ・・・」

その時、先刻の攻撃に流され、ハイレグンの側で倒れていた一人のハイグレ女がむくりと立ち上がった。マーキュリーは信じられないという表情を浮かべながら歩を停めた。

「うさぎちゃん・・・・・・どうして・・・・・?」

「ハイレグン様には、指一本触れさせない!」とうさぎは言い、側で倒れているハイレグンが手に持っていたブローチを拾った。そして大きく息を吸い、「ムーン・ハイグレ・パワー、メーイクアップ!!!」と叫んだ。

それと同時に黒い光がうさぎを覆いつくす。あまりのまばゆさに、マーキュリーは目を閉じた。光の中で、うさぎの身体は変貌していく。黒い光はリボンのような半透明の物質となり、手足を覆い、それらは黒い靴と手袋に変化した。次いで光はティアラや髪留めにも変化し、うさぎを装飾していく。
最後にスカートのような黒いフリルがうさぎの白いハイレグのVゾーンに装着された。

「ハイレグン様の野望を阻む者は、この私が許さない! 愛と正義のハイレグ水着美少女戦士・ハイグレムーン! 主に代わって・・・お仕置きよ!!」

華麗にポーズを決める変わり果てたムーンの姿に、マーキュリーは絶望を覚え、怯えさえ感じた。姿を変えたムーンからは、ハイグレ女はおろか、ハイレグンさえも凌ぐほどの力を感じたからだ。

「うさぎちゃん・・・・・・」

「実はね、あたし、レイちゃんのせいで一度ハイレグン様の祝福から開放されちゃったの。でも、ハイレグン様が再び正しい道を示して下さった・・・さっきの赤い光線を浴びてね。その時にハイレグン様のエナジーが大量に入り込んでくるのを感じた・・・そのおかげで、あたしは亜美ちゃんの攻撃に耐えることができた」

ムーンは黒い宝石がはめ込まれたティアラに手をかざした。すると宝石は黒い光をたたえ、邪悪なエナジーが増幅されていった。その力強さに、マーキュリーは思わず気圧される。

「さっきは中途半端に強くなったせいで防いじゃったみたいだけど、安心して。今のあたしの力はハイレグン様を凌ぐ・・・・・・防ぐことはできないわよ」

「いやっ、やめて・・・お願い、目を覚ましてうさぎちゃん! お願い、目を覚まして・・・・・・」

「目を覚ますのは、亜美ちゃんの方よ。・・・・・・ムーン・ハイグレイト・フラーーーッシュ!!!」

「きゃああああああああああああああああっ!!!」




「ふふふ、よくやった、ハイレグン! ・・・・・・ふふふ、ハッハッハッハッ!!」

ジェダイトはハイレグンの後ろに控えた大勢のハイグレ女達を眺めながら、高らかに笑った。ハイレグンは左右にうさぎ達五人のハイグレ女を従え、ジェダイトに向かって俯きながら跪いていた。

「立て、ハイレグン、それにセーラー・・・いや、ハイグレ戦士達よ」

「「はっ!」」

一同は恭しく立ち上がった。ジェダイトは無表情のまま直立しているハイグレ女達の中からうさぎを選び、その顎に手をやった。

「くっくっくっ、ついに手に入れたぞ、貴様らを! これで邪魔者は居なくなり、ダーク・キングダムに忠誠を誓う強力な下僕も増えた・・・
これで私の地位は磐石となろう。いや、それだけではない! こやつらの力を以ってすれば、この私が王として君臨することも夢ではない!」

ジェダイトが興奮する最中、ハイレグン達は何も言わず、ただただ頭を垂れていた。

「さあハイグレ戦士たちよ、このジェダイトに忠誠のハイグレポーズを行うのだ!!」

「・・・・・・断ります」とうさぎは無表情のまま、ジェダイトの手を払いのけた。

「な、何ッ!?」

「あたし達が忠誠を誓ったのはこの世でただ一人、ハイレグン様のみ」とレイが一歩前に進み出て言う。

「そしてこのお方に全ての頂点に君臨して頂くのが私達の望み」とまことがハイレグンの顔を見ながら微笑んで言う。

「そのためにはあなたを、そしてダーク・キングダムに与する者たちを排除しなければならない」美奈子がジェダイトの背後に静かに回りこみ、羽交い絞めにする。

「何をする、貴様! おい、やめろ! おい、ハイレグン、やめさせないか!!」とジェダイトが必死に抵抗しながら、裏返った声でハイレグンに訴えかけるが、当のハイレグンは邪悪な笑みを浮かべたまま、何も言わない。

「これはそのための第一歩・・・ホントはあたしがやりたいんだけど、ここは亜美ちゃんに譲ってあげる♪」とうさぎは一歩退いて嬉しそうに言う。その横から青色のハイレグを着た女、水野亜美が進み出た。

「ありがとう、うさぎちゃん。これでハイレグン様への恩返しができるわ・・・・・・マーキュリー・ハイグレ・パワー、メーイクアップ!!!」



 邪悪なまばゆい光がジェダイトの蒼白になった顔面を黒く塗り潰す。その光景を、部屋の外で息を殺しながら身体を縮めていたルナが見守っていた。

「大変だわ・・・亜美ちゃんが・・・みんなが・・・・・・みんながやられちゃった・・・・・・あたし、あたし・・・どうすれば・・・・・・」

 涙を流しながら、ルナは振り返り、無我夢中で駆け出した。

「ハイグレッ、ハイグレッ、ハイグレッ」

 ジェダイトの悔しそうな断末魔の声を背後に、ルナはクラブから脱出した。
0106
2008年04月07日(月) 18時48分38秒 公開
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■作者からのメッセージ
洗脳ネタの王道(?)セーラームーンでSSを書いてみました。後悔はしてません。多分。続編がありそうな終わり方ですが、本人にその気はあんまり無いようです。
 昨日から書き始めて、気が付けば朝日が昇り、書き終えた頃には既にお昼・・・文章書くことがこんなに大変だったとはorz

 なんだかダラダラと長くなってしまった感のある本文ですが、読後にはここなり掲示板なりで感想or誤脱字報告してくれると、私としても望外の幸せです。ではノシ