まほらば 〜Highgle day〜
カーテンを閉めきった部屋。中で黒いマントを纏う一人の長髪の少女。
その隣には高校の制服を着た三つ編みの少女が立っている。
「さあ、珠実部員。呪文を唱えるのです。」
「部長、こんな事やって意味あるですか?」
「この書によれば魔王を一人召還できることになっています。」
部長と呼ばれた少女は懐から本を取り出し、禍々しい表紙をめくる。
傍らには魔法陣と蝋燭が黒ミサのようにして置いてある。
「さあ、唱えるのです。バランガ、バランガ、魔王よ来たれ!」
「はあ、やってられないです。バランバラン、魔王よ来たれ。」
「違います。バランガ、と二回唱えるのです。」
「こんなクソ暑い日にそんな事やっていられるかです、この変態魔女!」
部長が珠実に罵詈雑言を浴びせかけられ、身を震わせる。
「ああ、いいです。もっと詰って、もっと罵って、珠実部員!」
「しまったです。」
部長は極度のMで罵られたり虐められたりする事をとても喜ぶ。珠実の毒舌が効かないので苦手だった。
「とにかく帰るです。」
珠実は部長を残して帰ろうとする。
「お待ちなさい。」
部長は珠実の髪を引っ張って部屋に引き戻す。
「さあ、続きをしましょう。バランガ、バランガ、魔王よ来たれ!」
「はあ。」
珠実はため息をつく。部長が飽きるまで付き合って早く帰ろうと思った。
「バランガ、バランガ、魔王よ来たれ!」
「バランガ、バランガ、魔王よ来たれ!」

ピカッ
魔法陣が神々しい光を放つ。
「何ですか、これは?」
珠実は声を失う。部長の魔法ごっこに付き合って初めての事だったからだ。
「おお、魔王よ!さあ、おいでください!」
部長は興奮して言う。
そうこうするうちに魔王が姿を現す。青と黄色の仮面を被り、黒いマントで体を覆っている。
「私を呼んだのはあなた?」
「はい、マスター。あなたの御尊名は?」
「私はハイグレ魔王。全宇宙のハイグレ人間化を目指す者よ。」
「ハイグレ魔王?おお、何と崇高なるお名前と目標!私にもあなたの力をお与えください。」
「いいわよ。」
ハイグレ魔王が傍らから銃を取り出す。
「あなたに私の力を授けるわ。」
ハイグレ銃が部長に向かって放たれる。
「あふんっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
部長が黒のハイレグの水着姿になってコマネチをする。
「部長!」
珠実は何が何だか分からず立ちすくむだけだった。
「さあ、契約は果たしたわよ。後は自分の力で何とかなさい。」
ハイグレ魔王はそう言うと魔法陣から消えていった。

「さあ、珠実部員。力を手に入れた証に、あなたにもハイグレ魔王の力を与えましょう。」
部長が銃を片手に珠実に迫る。
「お断りです。というか、部長は呪文唱えたくらいで本当に魔王が出てきて驚かないのですか?」
「私は元々サタニストですから。それに、これも天が私に下された役目。覚悟してもらいますよ?」
部長が光線を放つ。
珠実がその身体能力を駆使して次々飛んでくる光線を避ける。
「ふっ、避けられましたか。」
「ここで会ったが百年目、お命頂戴するです、部長!」
その後ろでガラガラとドアの開く音がする。
「あ、梢部員。」
「えっ?」
珠実が振り向く。しかし、そこにいたのは梢ではなく弓道ちゃん(仮)だった。
「梢ちゃんじゃないじゃないですか、部長?」
部長に振り向き返しながらそう言う珠実。そこへ飛んでくる光線。
「しまったです!」
珠実は油断していたので避けられない。珠実に光線が当たり、点滅する。
「うわあっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
珠実はオレンジのハイグレ姿になり、必死でポーズを取る。
「うわっ?何?」
部屋の入り口で見ていた弓道ちゃんはパニックになる。
「ハイグレ魔王様のため!覚悟!」
ハイグレ人間珠実はそう叫び、弓道ちゃんへハイグレ銃を放った。

一方・・・・
鳴滝荘ではみんなが縁側に出てスイカを食べていた。
「どうですか?今日八百長さんで大売出しだったんです。」
「うん、とてもおいしいよ、梢ちゃん。」
仲良くスイカを食べる梢と白鳥。
「おい、梢。珠実はまだ学校か?」
流星ジョニー、ではなく灰原が聞く。
「はい。今日は部活だって言ってましたよ?」
「朝美ちゃんと沙夜ちゃんも実家に行ってるし、もったいないわねえ。」
桃乃が食べかけのスイカとビールを手にしながら言う。
「大丈夫ですよ。三人の分もきちんとありますから。」

「何か外が騒がしいわねえ。うっさいぞー!」
酔っ払った桃乃が外に向かって叫ぶ。
「だが何か様子がおかしいな。悲鳴のような感じだぞ?」
「あ、本当ですね。どうしたんでしょう?」
「僕ちょっと見てきます。」
そういって白鳥は立ち上がった。

白鳥は玄関から外を覗いてみる。
「うわ、何だこれは!」
道の至る所にハイレグ水着を着た近所の人たちがいた。
しきりにコマネチをしている。
「うふふ、邪魔だったから先に倒させてもらったのですよ〜。」
「その声は珠実ちゃん!」
振り返るとそこにはハイレグ姿の珠実がいた。
「珠実ちゃん、これはどういうこと?」
「私はハイグレ魔王に忠誠を誓った僕です〜。白鳥さんもお仲間に加えるです〜。」
そう言って銃を向ける。
「この銃を浴びるとこの人たちみたいになるのですよ〜。」
珠実が近所の人たちを見ながら言う。
「嫌だよ、そんなの!」

「珠実ちゃん。こんな所で何してるの?」
梢の声。白鳥の帰りが遅いのでやってきていた。
「これは梢ちゃん。めちゃくちゃプリティな梢ちゃんのハイグレ姿、とても楽しみです〜。」
狙いを梢に変え、銃の照準を合わせる。
「梢ちゃん、逃げるんだ!」
白鳥が叫ぶ。
「覚悟!」
梢は光線を避けようとするが、段差に躓いて転んでしまう。そこへハイグレ光線が命中する。
「ああっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
梢が青のハイレグ水着を着てコマネチをしている。

「梢ちゃん!」
白鳥が駆け寄る。
「あたしは赤坂早紀だ!」
「え?早紀ちゃん?」
「(そうか、人格が入れ替わったんだ。)」
白鳥は心の中でそう思った。
「さあ、白鳥。今からてめえもハイグレ人間にしてやるからな?」
「ええっ?」
早紀が銃を取り出して構える。
「おっと、逃げられないですよ。」
珠実が逃げようとする白鳥を捕まえる。
「さあ早紀ちゃん、よく狙うです〜。」
「おうよ!」
早紀が白鳥に照準を合わせる。
「何の騒ぎだ、お前ら?って、うおっ!」
騒ぎを聞きつけてやってきた灰原が目の前の光景に驚愕する。
「どうしたのよ、バラさん。ってうおっ!」
後ろから顔を出した桃乃も驚く。
「ちょっと、二人とも何て格好してるのよ。」
「桃乃さん、灰原さん、助けてください!」
「よく分からないけど白鳥君がピンチみたいね。」
「ああ、この状況だとそうなるな。」
「邪魔をするならお二人も倒すです〜。」
珠実が銃を構える。
「え、ちょっと?」
「覚悟!」
「うわっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
「桃乃さん!」
桃乃は赤のハイグレ人間となり、コマネチをする。
「次は灰原さんです〜。」
「うおっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
灰原が緑のハイグレ人間になる。

「さあ、お待ちかね。白鳥さんの番です〜。」
「待ってないよ!」
白鳥は早紀の腕から逃れようともがく。
「往生際が悪いぜ、白鳥。」
「ごめん、早紀ちゃん!」
白鳥は早紀を後ろに突き飛ばす。そのままの勢いで倒れる早紀。
「早紀ちゃん!うぐっ!!」
銃をこちらに向けていた珠実が叫び声を上げて倒れる。
その側には見知っている人が四人いた。

「銀先生!」
「危なかったですね、白鳥君?」
珠実に振り下ろした手刀を元の位置に戻しながら言う。
「よお、無事だったか。」
「私達も来たよ。」
「白鳥君、大丈夫?」
白鳥の通う専門学校の友人達だった。
「ああ、美しいお姉さん方がハイレグの水着姿に。懇ろになりたい。がふっ!」
頭から血を流す山吹翼(エロール)。
「エッチな目で女性を見るな。」
彼を殴ったのは亜麻根瑞穂(釘バット)だった。
「プチ銀先生じゃあ本家には敵わなかったかあ。」
珠実を突付いているのは藍沢理想奈(ホモスキー)だった。
珠実はオーラが銀先生と似ているのでプチ銀先生と呼ばれ白鳥の友人達に恐れられていた。

「う、ううん・・・・。」
倒れていた早紀が目を覚ます。白鳥が彼女を起き上がらせる。
「大丈夫?」
「はい。あ、あの、白鳥さん?」
「(そっか、梢ちゃんに戻ったのか。)なに?」
「これは一体?どうして私はこんな格好をしているんですか?」
白鳥は梢の人格の入れ替わりについてはうまくごまかし、一通りの説明をする。
「私がハイグレ魔王の味方をして白鳥さんを?すみません、すみません。」
「いや、いいよ。梢ちゃん、操られてただけなんだし。」

「銀先生、危ないところを助けて頂きましてありがとうございます。」
「礼には及びませんよ。たまたまですし。」
銀が困惑した表情で話す。
「そうそう。商店街で一緒になってたら、変な人たちに襲われてね。」
「心配だから鳴滝荘まで来たってわけ。」
ホモスキーと釘バットが説明する。
「何より大家さんが無事で良かったです。」
「へっ?あ、あの・・・。」
エロールが梢の困惑を無視して話し続ける。それに対して銀と釘バットが制裁を加える。

「ハイグレ魔王!?」
白鳥が大声を上げる。全く知らない存在のようだ。
「はい。古代より伝わる魔王で、その力はとても強大です。」
「実在するんですか?」
「していなかったらこんな事態にはなっていないでしょう。誰かが封印を解いたようですね。」
銀が眉根を寄せる。
「古代の魔術書に封じられた悪魔、並みの人間では歯が立たないでしょう。」
「もしかして、封印を解いたのは部長さんじゃないでしょうか?」
梢が思い出したように言う。
「うーん、あの子ならやりかねないね。ってことは彼女を倒さないといけないのか。」
「その部長さんというのは?」
面識のない銀が聞く。白鳥と梢が部長について話す。
「なるほど、どうやら彼女の可能性が高そうですね。」

玄関の戸が開く音がする。
「誰だろう?」
玄関へ駆けて行く一同。
「はあ、はあ。」
「朝美ちゃん?」
玄関に倒れこんで大きく息をしている朝美。その側には同じようにへたり込む沙夜子がいた。
「疲れた。」
「どうしたんですか、二人とも。そんなに汗だくで。」
梢が沙夜子に聞く。
「大変なの、お姉ちゃん、お兄ちゃん!水無月家のみんなが変な人たちに襲われて!」
「みんなハイレグの水着姿に。」
「お母さんを連れてここまで走ってきたの。」
朝美と沙夜子が話す。
「二人とも、冷たい麦茶でもどうぞ。」
梢が気を利かせて飲み物を持ってくる。
「ひっ!お姉ちゃん、その格好は!」
朝美がハイレグ姿の梢を見て後ずさる。
「大丈夫だよ、朝美ちゃん。梢ちゃんはハイグレ人間じゃないから。」
「ほっ、良かった。」
朝美がほっとする。

「ごめんください。」
「失礼しますわ。」
玄関に入ってくる二人の女性。
「さっちゃん!みっちゃん!」
朝美の同級生の松葉五月(さっちゃん)と浅葱三千代(みっちゃん)だった。
「おお、朝美も無事だったか。良かったわ〜。」
五月が関西弁で話す。
「皆様も御無事なようで何よりですわ。」
三千代がセンスをヒラヒラさせる。
「まったく、変な人たちに襲われて散々でしたわ。」
「ウチの辞書の敵では無かったけどな。」

「おやおや、皆さんお揃いですね。ふふふっ。」
皆が再会を喜び合っているところに響く暗い声。
「部長さん?」
梢が問いかける。
「おや、梢部員。こんにちは。」
「こちらこそこんにちは。」
丁寧にお辞儀を返す梢。
「君、何しに来たの?」
「おや、タマなしさんではないですか。」
白鳥は以前から部長に『タマなし』と呼ばれていた。
「女の子がそういう発言をするのは止したほうが良いよ?」
「ところで、珠実部員はどこですか?あまりにも遅いので迎えに来たのですが。」
「あら、珠実さんには眠っていただきましたよ?」
銀が答える。
「部長さん、その手に持っているのはもしや。」
「おや、御存知ですか?これは魔王を召還する悪魔の書。」
「つまり、今回のハイグレ人間化の原因ですね?」
銀の目が光る。
「ほう、これを奪い返して世界を元に戻そうと?面白い、受けて立ちましょう。」

部長と銀が対峙する。
「珠実部員を上回るオーラ。ふふ、これは只者ではなさそうですね。」
「いいえ、ただの一介の教師ですよ。」
「(一介の教師が折檻とかするのか?)」
「(僕に聞かないでよ。)」
「そこ、何を話しているのですか?」
銀に睨まれ何も言えなくなるエロールと白鳥。
「さあ、始めましょう。」
「望むところです。」

部長がハイグレ銃を乱射する。銀はたくみにそれを避ける。
「ふふ、やりますね。しかし、これは?」
部長が指から電撃を放つ。
「うああああああっ!」
銀が電撃に当たって苦しみの叫びをあげる。
「ふふふ、これこそハイグレ魔王の力。」
部長はハイグレ銃を銀に浴びせる。
「きゃあ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
銀が紫のハイレグを着てポーズを取る。
「銀先生!」
「さあ、皆さん。おいでなさい。」
部長に促されてハイグレ人間が入ってくる。
「まひるちゃん!サクラさん!タチバナさん!」
「お父様、お母様。」
「阿甘堂のお姉さんにヨーちゃん!ヒロちゃんも!」
「さあ、これだけの人数から逃げられるでしょうか?攻撃開始です!」
部長の命令とともにハイグレ光線が飛んでくる。

「きゃあ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
「うわっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
ホモスキーは水色、釘バットは白色のハイグレ人間と化す。
「みんな、逃げるんだ!」
白鳥が叫ぶ。一斉にあちこちに散らばって思い思いの場所に隠れる。

「沙夜子さん、見つけましたよ?」
「早く出てきなさい。」
「ひいっ、お母様、お父様。どうして分かったの?」
「全然隠れていませんでしたから。」
沙夜子は軒下で丸くなっていただけだった。
「きゃあ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
沙夜子は黒のハイグレ人間となり、ポーズを取る。

「さあ、出て来い、朝美。」
「朝美お嬢様はこの部屋にいらっしゃるはずです。」
黒崎親子の住む五号室を見渡してからタチバナがまひるに言う。
「ん?」
タチバナが整然と積んであるダンボールに違和感を感じる。
「お嬢様、こちらです。」
「見つかったのか?」
まひるが駆け寄ってくる。
タチバナが一つだけ若干他からずれているダンボール箱を引っ張る。
「うわっ!見つかっちゃった!」
朝美がそのダンボール箱から出てくる。
「朝美。一緒にハイグレ人間になろう。」
まひるがハイグレ銃を放つ。
「きゃあ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
朝美が黄緑のハイレグを纏ってコマネチをする。

「ふう、ここなら誰も来ないだろうな。我ながら頭が良いぜ。」
エロールは一人屋根の上でほくそえむ。
「あら、本当にそうかしら?」
「屋根に上るなんてよく考えたヨ〜。でも丸見え。」
阿甘堂のお姉さんとヨーちゃんが下から狙い撃ちしてくる。
「さあさあ、いつまで逃げられるかしら?」
「早く当たった方が良いヨ〜。」
「くそっ、隠れ場が無い!しまったあ!」
エロールにハイグレ光線が当たる。
「うわっ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」

「ちょっと、アナタ。引っ付かないで下さる?」
「ウチだって好きでやっとらんわ。」
三千代と五月は入居者のいない七号室の押入れに隠れていた。
ドアの開く音がする。サクラとヒロだった。二人は誰もいないのを確認して外に出て行こうとする。
「はくしょん!」
三千代がクシャミをしてしまう。
「ん?誰かいるのかな?」
サクラが押入れを開ける。
「くっ、見つかってしもうた!」
先ほどは押入れを開けられてもうまくやり過ごせたのだが、二度も通用しない。
「ひあ〜、こんな所に隠れていたなんて〜。」
「じゃあ、ハイグレ人間になってもらわないとね〜。」
サクラとヒロがハイグレ銃を放つ。
「いやっ、ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
「きゃっ、ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
五月は赤、三千代は黄色のハイグレ人間となった。

「(今朝美ちゃんの友達の叫び声がした。ってことは後は僕と梢ちゃんだけか。)」
白鳥は心の中で考える。
「あの、白鳥さん。つらくないですか?」
「ああ、うん。平気だよ。」
白鳥と梢はカモフラージュができる偽の柱の中に入っていた。
本来はカクレンボに使う一人用のものなので二人で入るにはきつい。

柱越しに声が聞こえる。
「おやおや、部長。お久です〜。」
「おや、珠実部員ですか。」
「いつの間にか眠らされていたようですがもう復活なのですよ〜。」
「そうですか。今梢部員とタマなしさんを探しているのですが。」
「ああ、簡単なのですよ〜。」
珠実がカモフラージュ柱に向かって歩き、ポンと蹴る。
その衝撃でカモフラージュが解けてしまう。

「そんな所に隠れていたのですか。ふふふ。」
部長が笑いながら銃口を向ける。
「ハイグレ魔王様に忠誠を誓っていただかないといけませんね。」
「(白鳥さん、あれ。)」
梢が小声で白鳥に話しかける。
「(あれを燃やしちゃえば。)」
部長は魔導書を大事に持っていた。
「(せーので飛び掛ろう。)」
「(分かりました。)」
「何をこそこそ話しているのですか?」
「せーの!」
白鳥と梢が部長に飛び掛る。部長は照準が付けられず慌てる。
「しまった!」
部長が取り落とした魔導書を白鳥が掠め取る。

「それをどうする気ですか!」
「梢ちゃん、走って!」
「はい!」
白鳥が梢の手を引き炊事場に走る。鳴滝荘で火があるのはそこだけだったからだ。
「お待ちなさい!珠実部員、追うのです!」
「了解なのです〜。」
珠実がハイグレ銃を放ちながら追ってくる。

「きゃっ!」
梢にハイグレ銃が命中する。
「私に構わず行って下さい!あっ、ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
梢が必死にハイグレポーズを取る。
「ごめん、梢ちゃん!」
白鳥は必死で逃げる。
「追うのです!全員で追うのです!」
部長の号令により桃乃や灰原も追ってくる。
狭い廊下を全員一斉に走ってくるので押し合い圧し合いになり、何人かが吹き飛ばされる。
梢とサクラが床に転落していた。

白鳥は炊事場に駆け込んだ。
「えっと、マッチ、チャッカマンは・・・・。」
「ふふ、ここですよ、白鳥さん?」
振り返ると珠実の姿が。手には火器を一式持っている。
「こんな事もあろうかと全て抜き取っておいたのですよ〜。」
「返してもらうよ!」
白鳥が珠実に飛び掛るがひらりひらりと避ける。
「こんな事をして遊んでいる場合では無いと思いますよ〜。」
「え?」
白鳥が周りを見渡してみると炊事場が全てハイグレ人間によって囲まれていた。
「ふっふっふっ、追い詰めたわよ、白鳥君!」
桃乃が勝ち誇った声で言う。
「大人しくお前もハイグレ人間になれ。」
ジョニーが言う。
「さあ、その魔導書を返していただきましょう。」
部長が言う。
「もう駄目か。ここまで来たのに。」
「あきらめたら駄目・・・・・・かも。」
梢の声。
「え?」
「隆士君、今助ける・・・・かも。」
「棗ちゃん?」
棗が白鳥に駆け寄り、ポンと白い煙を出す。
ハイグレ人間達が混乱する間に二人は逃げる。

「(人格が入れ替わってくれたお陰で助かったな。)」
白鳥は逃げながら神様に感謝する。
「隆士君、ここでいいと思う・・・・かも。」
二人は庭に出ていた。敵はまだ炊事場でパニックから抜け出していない。
「ここに本を置いてほしい・・・・かも。」
「うん、分かった。」
白鳥は地面に本を置く。
「えいっ!」
棗が火を出すマジックで魔導書に火をつける。
本は勢いよく炎を上げる。
「ぐわあああっ!!」
部屋から抜け出していた部長が叫び声を上げる。
「おのれ、よくも!ぐわああああっ!!」
部長から黒いオーラのようなものが抜けていく。
他の住人達からも同じようなオーラが出て行く。
「そうか、これがみんなに感染してハイグレ人間になっていたのか。」
白鳥は一人感心する。
オーラが出て行くと全員服が元に戻り、その場に倒れ伏した。

夕方・・・・
「梢ちゃん!梢ちゃん!」
「ん・・・・・。白鳥さん?」
「あれ?私は何を?」
梢が白鳥の膝枕から起き上がろうとする。
「まだ無理しちゃ駄目だよ。」
「はい。それじゃあもう少しこうしていますね。」
梢は白鳥の膝枕で休息する。
「ほほう?梢ちゃんに何をしているのですか、白鳥さん?」
「げっ!珠実ちゃん!」
梢を白鳥に取られ、お怒りモードの珠実。
「これは、その・・・。」
「おお、ホットだねえ!最高にホットな二人が、ぐほっ。」
横で騒ぎ出した桃乃をボディーブローで沈める珠実。

「さあ、白鳥さん、覚悟はよろしいですか?」
「覚悟をするのは貴方の方ですよ、珠実部員。」
部長の声。
「この黒こげになった私の魔導書。どう責任を取ってくれるのですか?」
「私ではないですよ?」
「あなたの他に誰がこんな事をするとでも?」
「(あれ、おかしいな。もしかして・・・・。)」
白鳥は考える。
魔導書が効力を失ったからハイグレ人間にされた記憶がみんな無いのか、と思い当たる。
「さあ、珠実部員。私と一緒に来るのであります。」
「私は無実です〜。」
珠実は部長に引きずられていった。

「お姉ちゃん、具合はどう?」
朝美がやってきて心配そうに言う。
「平気だよ、朝美ちゃん。白鳥さん、もう大丈夫です。すぐにご飯炊きますね。」
「ご飯・・・。」
沙夜子が涎をたらしていた。

「ふむ、今日の記憶があまり無いんだが何でだろうな、灰原。」
ジョニーの問いに灰原がかぶりを振る。
「おめえも分からないのか。」
ジョニーと灰原が一生懸命首をひねるが、結局分からずじまいだった。

夕食後、梢に話しかける白鳥。
「ねえ、梢ちゃん。」
「何でしょう?」
「いや、何でもない。」
ハイグレ魔王の事を話せば、梢なら信じてくれるだろう。
しかし、彼女をまた不安にさせることもないと思う白鳥。
彼女の笑顔が彼にとっての宝なのだから。
白鳥は今回の事件を自分の記憶の中に封印しておこうと固く誓った。

MKD
2008年08月07日(木) 19時41分28秒 公開
■この作品の著作権はMKDさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まほらばのSSです。
あまり知名度の高い作品ではないんですが、ストーリー性は抜群です。

掲示板で薄々感づいた方がいらっしゃるようですので、一つ。
MEN=面 KOTE=籠手 DOU=胴
全て剣道用語。全て私のHNです。その頭文字を取って今回のMKDとしました。
誰か気付くかなあ、と思って使い続けていましたが、この日が来ました。

次回は予告どおりスクランです。気長にお待ちください。