名探偵の三重奏 恐怖のハイグレ人間事件

ここ三週間、東京周辺で仕事帰りのOLや帰宅途中の女子学生が襲われる通り魔事件が相次いでいる。それだけではよくある話だが、妙なことに犯人は被害者を暴行するわけでもナイフで斬りつけるわけでもない。襲った女性の首に首輪を付け、ハイレグを着せるのだ。そして、発見された被害者は意識を取り戻すと一心不乱にコマネチポーズを取りながらハイグレ!と連呼する。鎮静剤や精神剤は効き目がなく、その症状を治す手立てがない。既に被害者は数十人に上っているが、犯人は未だに捕まっていない。かくして、通称『ハイグレ人間事件』はテレビを賑わすことになった。



Side:江戸川コナン

「で、少年探偵団が調べよう、ってか?」
俺はあくびをしながら少年探偵団員たちの話を聞く。こいつらは事件と聞くとすぐこうだ。
「待ってください!僕たちだけじゃ危ないんじゃないですか?歩美ちゃんと灰原さんがが襲われるかもしれませんよ?」
「ええっ!?嫌だよ・・・。」
「平気よ。今までに襲われているのはほとんど中学生より上の人たち。吉田さんも私も小学生だから狙われる可能性は低いわ。」
「よし、じゃあ夕方5時に校門の前に全員集合だ!」
元太が嬉しそうに言う。しゃあない。俺もこの事件の謎には興味がある。テレビでは宇宙の未知の生命体とか未来人の仕業とか言われているが、そんなわけがない。必ず俺が犯人の正体を暴いてやる。

俺は光彦たちに聞こえないように小声で灰原に話しかける。
「おい、灰原。一つ聞きたいんだけどよ・・・。」
「無いわ。人を洗脳しておかしな行動を取らせる発明でしょ?組織では研究していないわ。」
「そうかよ。」
としたら黒の組織がらみではない。別の組織が暗躍していることになる。これだけの力を持つものだ。個人の力でできることではない。そんなこんな考えているうちに放課後になった。

いったん帰宅してカバンを置いてから再び集合場所へ行く。
「犯人捜しにしゅっぱーつ!」
「オー!!」
俺たちは犯人が襲いやすそうな住宅地を歩くことにした。今までの事件の傾向は人通りの少ない裏通りだ。目撃者がいないのもそのためだろう。元太と光彦は絶えず当たりを見回しながら進んでいく。その後ろを少し脅えた表情の歩美ちゃんと平然とした灰原がついてくる。俺は最後尾で後ろの警戒・・・らしい。

30分程歩いていると突然・・・・
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
当たりの家々に響くような大きな叫び声。
「こっちだ!!」
俺たちは全速力で次の十字路の角を右に折れて疾走する。その道を進んで次のT字路を左へ。ここら辺は高級住宅街で家人も少ないので、騒ぎに気づいて出てくる人は少ない。
「コナン君、これ!!」
歩美ちゃんが道路に散乱しているカバンを指さす。これは帝丹高校の通学カバン。待てよ・・・・・・。さっきの叫び声って・・・・・。
俺たちから見て死角になっている電信柱の陰で誰かが寄りかかって座り込んでいる。
「園子お姉さん!!」
蘭の親友で俺の高校の同級生の鈴木園子だった。黄緑色のハイレグ姿で首輪をした状態で電信柱に寄りかかって気を失っている。
「園子姉ちゃん、しっかりして!!園子姉ちゃん!!」
必死にゆすってみる。
「・・・・・・・・ん・・・・・・あ・・・・・・・・・・。」
園子が半分目を開ける。目の焦点が合っていないようだ。
「離れて!!」
灰原が叫ぶ。その刹那、園子が立ち上がって股間に手を当てる。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
園子がコマネチポーズをしだす。何かにとりつかれたように一心不乱に髪を振り乱してポーズを取り続ける。連続ハイグレ人間事件の新たな犠牲者の誕生の瞬間だった。



俺たちはすぐに110番と119番をコールした。園子はすぐに警察に運ばれ、俺たちは目暮警部から事情を聞かれた。
「では、犯人は見ていないんだね?」
「うん。僕たちが叫び声を聞いて駆けつけた時には影も形も無かったよ。」
目暮警部は頭を抱えてうめく。
「そうか・・・。今日も東京のあちこちで神出鬼没に犯行が行われているが・・・。全くホシの足取りがつかめんなあ。」
「警部!!米花駅前で女子大学生が襲われたそうです。直ちに急行せよ、と指令が出ています!」
高木刑事が無線で情報を得て警部に知らせる。
「分かった。すぐ向かおう。では、すまんね、君たち。詳しくはまた署で聞くから。君たちは園子君のところに行ってあげなさい。」
せわしく覆面パトカーに乗り込み、高木刑事の運転でその場を去っていく。どうやら警察もあちこちで事件を起こされて人手不足らしい。
「園子さんの様子を見に行きましょう。」
「そうしようぜ。」
光彦の発言に元太が同意し、園子が運ばれた米花総合病院に向かった。

「あ、コナン君にみんな。来てくれたのね?」
病室に入ると蘭とおっちゃんが出迎えた。
「園子姉ちゃんの様子は?」
「今は平気。でも、起きたらまたあのポーズを取りだすから、隔離病棟に移すしかないって・・・。今園子の家の人が手続きをしてるわ。」
蘭がベッドで眠っている園子を見ながら悲しそうに言う。
「ほら、園子が無事だって分かったんだからもういいだろ。さあ、ガキは帰った帰った。」
「ええ、怖いよ。おじさん送ってってよ〜。」
で、おっちゃんが女の子を家に送る事になった。元太と光彦は男だから一人で帰れるので途中で別れた。

「じゃあ、さようなら。」
歩美ちゃんを家まで送り、その足で阿笠博士の家に向かう。灰原を送るためだ。
「ったく、妙な事件だなあ。これはこの名探偵・毛利小五郎様の出番のようだな。」
「あら、迷探偵のあなたに捕まえられるのかしら?」
「もちろん、名探偵だからな。」
灰原とおっちゃんの会話が噛み合っていないように感じるのは俺だけだろうか?

「キャーーーーーーーーー!!」
博士の家の近くにやってきた時、悲鳴が聞こえた。
「あっちだ!」
俺は妙な胸騒ぎがして走り出した。博士の家の隣は俺が元々住んでいた家。そして、聞き覚えのあるこの声は・・・

「母さん!」
目で見ていやな予感が現実に変わった。やはり母さんだった。アメリカから帰ってきたばかりらしく、スーツケースやバッグがあたりに散乱している。
母さんは家の門の前でのたうちまわって倒れている。ピンクのハイレグの水着姿で、首輪を取ろうと手で引っ張っている。
「しっかりしろ!今取ってやるから!」
後ろからおっちゃんと灰原も駆けつけてくる。
「くそっ!何で外れないんだ!」
「どけ!俺がやる!」
おっちゃんが思いっきり首輪を外そうと引っ張るが、やっぱり無理だった。この首輪は今までハイグレ人間にされた女性に共通して付けられているもので、詳細はよく分かっていない。だが、襲われた後に急いで外せばハイグレ化を免れることができることは分かっている。近くにいて気づいた人が外して助かった事例はいくつかある。但し、非常に頑丈にできているらしく運が良くないと外せないから可能性は低い。
「何の騒ぎじゃ?」
隣家の阿笠博士が出てくる。灰原が手早く事情を説明する。
「大変じゃ!すぐに道具を持ってくる!」
博士は急いで工房に走る。こうしている間にも母さんは七転八倒している。押さえつけようとしても暴れるので手に力を入れられない。
「うっ!」
母さんはそううめくとがくりと肩を落とす。気を失ったようだ。
「おい、有希ちゃん!有希ちゃん!」
おっちゃんが母さんの体を揺すって起こそうとする。
「うん・・・・。」
母さんが意識を取り戻す。目の焦点が合っていないようだ。そこへ博士が大きなペンチを持ってやってくる。
「持って来たぞ。早く有希子さんに!」
「もう必要ないわ。手遅れよ。」
灰原の無情な死刑宣告。
母さんは立ち上がると腕を伸ばしてまた下に手をやる。そして・・・・
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
母さんは世間で絶世の美女と謳われているが、でも、この齢で哀れな・・・。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
夜風が吹く空の下で母さんはハイグレポーズを取り続けた。



次の日・・・・
学校に行くと探偵団の面々が集まっていた。灰原が事情を説明していたようだ。全員の顔が曇っている。
「コナン君、大変だったね。お母さんが襲われるなんてびっくりだよ。」
「お母さんじゃなくて親戚のおば・・・お姉さんだよ。」
「今日も放課後に捜査だ!」
やっぱそうなるのなか。ったく、懲りない奴らだ。

だが、その捜査は行われなかった。放課後になって俺たちが校門に集合したところで、新しい情報が入ったからだ。
「佐藤刑事が襲われた!?」
「ええ。阿笠博士がメールで教えてくれたわ。」
灰原によれば、佐藤刑事はハイグレ事件の捜査をしていたとの事。白鳥警部や高木刑事と別行動を取っているほんの一時を狙われたらしい。

病院に行くと、救急車が到着する場面に出くわした。
その救急車に乗っていたのは、なんと蘭だった。
「コナン君・・・・みんな・・・。」
完全に狼狽している表情。
「蘭姉ちゃん、どうかしたの?」
「あ、あの、その・・・。」
その後ろから救急隊員に抱えられた患者が下りてくる。
「妃先生!!」
蘭の母親・妃英理が青いハイレグ水着を着ている。
「お母さんが、襲われて・・・・。」
おばさんは激しく暴れて抵抗している。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
そしてそのまま集中治療室へと連れて行かれた。
「あたし、佐藤刑事が襲われたって聞いて、それで、お母さんは大丈夫かなって放課後になってから事務所に見に行ったら・・・そしたら・・・・お母さんが・・・・ハイレグ着て首輪を取ろうともがいてて・・・。」
蘭が涙交じりに言う。のたうち回って苦しむ姿も見てしまったらしい。蘭は結構感傷的になりやすいところがあるから堪えただろうな。

蘭たちが集中治療室にいる妃先生と佐藤刑事を見に行っている間に、灰原が話しかけてくる。
「工藤君。あなた、この事件の推理は進んでるの?」
「いや、全然。犯行の目撃証言や手がかりがないし、あの洗脳技術はどこから出ているのか、動機は何かも分からない。」
「あら、動機なら予想はつくわよ?黒の組織も洗脳技術の研究はしてたから。」
「何だよ?」
「銃やナイフで脅して人を操るより自分から従うようにしたほうが効率がいいでしょ?一々脅かさなくても勝手に従って言うことを聞いてくれるんだから。それに今のところ分かってる範囲でも、ハイグレ人間になることでその人の身体能力が高まるみたいだし、他にも優れている部分がありそうよ。」
ハイグレ人間の能力か。確かに、あの格好であれだけ激しくポーズを取り続けてるのに数百人のうち一人も疲労や体調不良になる者がいない。それだけでもハイグレ人間は優れている。それに人間を操ることができればそちらの方がいい。ロボットはどんなに改良しても、自分で考えることはできないしデータにないことには対応できない。その点、人間を洗脳すれば非常に便利だ。

「なあ、灰原。一つ聞いていいか?お前、実はその服の下にハイレグを着てるんじゃないか?」
「はっ?」
灰原が呆れた表情をする。なんでこんなこと聞いたんだろう?まあ、探偵の勘みたいなもんだけど。

暗くなったので歩美ちゃんと灰原を家まで送る。その後、俺は病院に戻って蘭のそばにいた。
「失礼します〜。蘭ちゃん、お見舞いに来たで〜。」
午後9時過ぎに平次と和葉がやってきた。大阪から新幹線に飛び乗って来たらしい。
「お母さんの容体はどうなんや?」
「うん、落ち着いたみたい。今は寝てるわ。」
「蘭ちゃん、元気出して。今日金曜日やさかい、週末はずっと東京におるから。」
「そうやで。俺が来たからにはすぐに犯人捕まえたるで。」
その後、妃先生のことはおっちゃんに任せ、俺たちは事務所に戻った。

女性二人組が風呂に入っている間、俺と服部は議論を交わす。だが、どちらもこれといった当てがあるわけではなく、ただ時間が過ぎるだけだった。
「お前のお袋はんが襲われた時、悲鳴が聞こえてきてすぐ駆け付けたんやろ?なんであの見通しのいい場所で犯人を見かけなかったんや?」
「分からねえ。一応その後すぐに俺の家の庭や物置も調べたが犯人の痕跡はなかったぞ?」
「ますます分からんなあ。犯人は超能力でも使えるんとちゃう?」
「アホ。この世にそんなもんがあってたまるか。」
「まあええわ。工藤、明日は朝から聞きこみや。俺がここにおれるんは日曜までやから、それまでに解決するで。」



翌日は土曜日。学校は休みだ。蘭と和葉は病院に行き、もう一方の俺と服部は犯人捜しを開始した。
「おい、工藤。お前、ちゃんと犯行場所について調べてあるか?」
「ああ、もちろんだ。ここ数週間の犯人の動きはだいたいつかんでいる。」
「なら、俺と推理は同じはずや。今日犯人が確実に現れる場所は?」
「「新宿!!」」
二人でハモる。やはり同じ事を考えたか。犯人は東京の繁華街の各地、米花町のような少し外れた場所にも手を出してきているが、新宿だけはすっぽり抜け落ちている。ただの気まぐれか、特別な意味があるのかは分からないが、一つずつ拠点を襲っていく方法を取っている犯人ならば、恐らくは今日新宿に現れるだろう。
「ほな、さっさと行くで。」
俺たちは毛利探偵事務所を出て新宿行きの電車に乗った。

「しっかし、相変わらず人が多いなあ。」
「あったりめえだ。新宿は日本でも指折りのオフィス街だぞ?」
「ま、こんな人通りの多いとこは狙わんやろ。裏道ずたいに当たってみるか。」

「キャアアアアアアアアアア!!」
30分ほど歩いていると、若い女性の悲鳴が。
「おい、工藤!」
「ああ!」

悲鳴の聞こえた場所に着くと、そこには女性がひきつった表情で後ずさっている。
「どないしたんや!」
女性が指さした先には、変質者らしき男が立っていた。
「なんや、ただの変質者か。少し待っとき。」
俺は女性の手を引いて後方に下がらせる。服部がそれを確認すると、男に数発蹴りを入れた。男は腹を抱えたまま逃走した。
女性は何度も俺たちに頭を下げて礼を言い、去って行った。
「はあ、ハイグレ人間よりこういう事件のほうが多いんやろな、この辺は。やる気なくなってくるで。」
「捜査は駄目もとでやるもんだ。文句言ってないで、ほら、行くぞ。」
俺はさっさと進んでいく。
「おい、待てや、工藤。」
こうして昼を挟んで一日中、路地やショッピング街を歩いたが全く成果はなかった。

「無駄足やったか。ほな、姉ちゃんたちが心配するやろし、帰ろか。」
さすがに疲れた。予想も外れたみたいだし、ここに留まる必要もないだろう。俺たちは駅のホームに向かう。
駅前に着くと、人だかりができている。警察もいるようだ。なんか事件があったのだろうか?近づこうとすると警察官に止められた。
「こら、関係者以外は立ち入り禁止・・・・・って、コナン君と服部君?」
高木刑事だった。目暮警部と白鳥警部も一緒だった。
「何かあったの?高木刑事。」
「ああ、ついさっき、例のハイグレ人間事件で女性が襲撃されたんだ。今日はまだ一件も起きていなかったら、大丈夫かなと思ってたんだけどな。」
「この大通りで襲われたんでしょ?誰か目撃者はないかなったの?」
「おかしなことにいないんだ。気付いたら女性に首輪が巻かれてハイレグの水着姿で倒れていたって全員が証言してるんだ。」
そこに救急車がやってくる。被害者を運ぶために警官たちがばたばた動き出す。
「じゃ、僕も戻るから。君たちも気を付けるんだよ。」
そう言って高木刑事は警部たちの元に戻って行った。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
水色のハイレグ水着を着た女子高生らしき被害者が救急車に乗せられていく。ん、あれは・・・
「おい、あれ、今有名な女子高生探偵・桂木弥子やないか?」
「ああ。あの人でもやられちまったのか。」
「くそっ、もう少し早くここに来てれば犯人の顔拝めたかもしれへんのに。」
「もう少しこの辺を探ってみるか?・・・・・んっ、電話だ。もしもし・・・・。」
少年探偵団バッジに反応があったので受信ボタンを押す。
「コナン君、コナン君!?助けて!!」
「落ち着け、歩美ちゃん!!何があったんだ?」
「う、うん。なんか、哀ちゃんとお買い物に行ったら変な仮面をつけた人が首輪を持ってきて襲ってきて、それで、哀ちゃんが囮になって、それで、あなたは隠れてなさいって、それで・・・。」
「分かった!すぐ行く!今どこにいるの?」
「えっと、場所は・・・・。」
歩美ちゃんの伝えた場所は米花駅前の商店街だった。その裏の物置小屋に隠れているらしい。俺たちは近くにいた千葉刑事に事情を説明して車で送ってもらい、現場に急行した。



米花駅前商店街に到着する。
「千葉刑事はここで待ってて!」
千葉刑事に待機を頼み、俺と服部は歩美ちゃんの隠れている場所に走る。

商店街の裏にある物置を開けて中に入る。
「歩美ちゃん!!無事か!?」
「コナン・・・君?」
歩美ちゃんは物置の影にいるらしい。間に合ったと思って安心したが、しかし・・・・。
歩美ちゃんはレモン色のハイレグの水着を着て座っていた。そして、首輪が・・・。
「歩美ちゃん、その格好はまさか?」
「コナン君・・・ごめんね・・・。」
そう言うと歩美ちゃんは立ち上がり、ハイグレポーズを取りだした。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
歩美ちゃんは段ボールの上に登ってコマネチを繰り返す。遅かったのか・・・。

「奥で何か動いたで!!」
服部の声で我に返る。何か動いた。二手に分かれて近づく。そんなに広い物置でもないのですぐに間合いを詰める。
「そこや!!」
服部が飛びかかると隠れていた何者かがひらりとかわして服部の背後に立った。
「あんた、何者や!!」
見た感じ、歩美ちゃんが電話で言っていた人物のようだ。赤と黄色の仮面をして、黒いマントを羽織り赤いブーツを履いている。
「ホホオホホ・・・・愚かなる地球人よ・・・私の名はハイグレ魔王・・・。」
「ハイグレ魔王?」
「私はこの地球の新たなる支配者。さあ、あなたもハイグレにおなりなさい。」
「残念やけど、俺らは男や。」
「ホホホホホ・・・・今までは実験。女だけを狙ったの。ハイグレ人間になるのに本当は男も女も関係ないの。」
そう言ってハイグレ魔王と名乗った人物は懐から首輪を取りだす。
「俺は剣道の有段者や。そう簡単には倒せへんで?」
「望むところよ。」
今だっ!!
「伏せろ!!」
俺は服部にそう叫び、時計型麻酔銃を構える。首筋を狙って針を打ち込む。
「くっ!!」
ハイグレ魔王は何か怯えたように咄嗟に首を守る。マントを翻したところに針が当って地面に落ちてしまった。
「ここは一度引いてあげるわ。命拾いしたわね。」
そう言ってハイグレ魔王は入口へ脱兎の如く逃走。
「待たんかい!!」
服部が追いかけるが、煙玉のようなものを床にたたきつけられ、見失ってしまった。

その後、すぐに千葉刑事に事情を話し、付近に非常線を張ってもらうと同時に、歩美ちゃんのために救急車を呼んだ。
灰原は近くの公園のトイレに隠れているのを発見した。歩美ちゃんが襲われたのを聞いてひどくショックを受けているようだった。
そして、歩美ちゃんの付き添いで病院に向かった。

「犯人の正体がやっと分かったなあ。」
「ああ、ただの偶然だけどな。それに、分かったのは身長くらいだ。身長は150後半から大きくても165cm前後だ。」
「いや、それだけやない。犯人は女や。」
「なんで分かるんだよ?」
「マント翻したときにおっぱいが見えた。赤いハイレグ水着の下にあったあれは結構なボリュームやった・・・・ゴボッ!!」
服部が頭を抱えて椅子にすがりつく。
「子どもに何の話してんのや!!」
「和葉!!何すんねん!!」
二人はいつものように喧嘩を始める。俺はその場を離れ、歩美ちゃんの病室に入った。



「来ちゃダメ!!」
扉を開けると灰原が叫ぶ。
「おいおい、見舞いに来ただけなんだから。構わねえだろ?」
灰原はベッドカーテンをかけた中にいるようだ。近づいておもむろにカーテンを開く。
「なっ!?」
俺は眼前の光景に目を疑った。
ハイグレ魔王が灰原を裸にして白いハイレグの水着を着せている最中だった。
「な、ハイグレ魔王!?」
「あらあら、マナーのなってない坊やね。女の子のお着替えを覗き見するなんて。ねっ、お譲ちゃん?」
「江戸川君・・・助けて・・・・。」
ハイレグ姿の灰原が泣きながら俺に頼む。しびれ薬でも飲まされているのかあまり動けないようだ。
「あんた、また私を邪魔しに来たのね?」
「バーロー!!てめえのような犯罪者、いくらでも邪魔してやらあ!!」
「口だけは達者のようね。なら、かみしめなさい。自分の無力さを。」
ハイグレ魔王が右手の小指を俺に向ける。そして、指先から電光のようなものが出てくると、まっすぐ俺に飛んできた。
「ぐああああっ!?」
俺はあまりの苦しさにのたうちまわる。体中に電気が回り、七転八倒の苦しみだった。
「このくらいでいいかしら。これ以上やったら死んじゃいそうだし。」
ハイグレ魔王が電撃を止める。くそっ、まだ動けねえ。
「じゃ、御覧なさい、新しいハイグレ人間の誕生を。」
そう言ってハイグレ魔王は懐から例の首輪を取りだす。
「やめろ!!」
ハイグレ魔王は俺のほうを少し向いたが、そのまま灰原の首に首輪を巻く。仮面の下では笑っていることだろう。
「いや・・・・やめ・・・・て・・・・・・・・キヤヤヤヤアアアアアアアアアッッッ!!」
灰原は首輪をしばらくの間握りしめていたが、やがて首をうなだれる。
「灰原!!」
「・・・・・・・ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ魔王様こそ私の興味の対象よ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
灰原は立ち上がるとベッドの上に登り、歩美ちゃんと一緒にハイグレポーズを取り始めた。

「さ、次は坊やの番ね。記念すべき男の子のハイグレ人間第一号よ。」
ハイグレ魔王が俺の倒れている場所の上に手をかざす。手のひらから青白い光を発すると、それを俺に向かって落とした。
「ぐっ!?」
光が収まると俺は素っ裸になっていた。そして、今度は赤い光を同じように出して俺にかざす。すると、俺は青のハイレグ水着を着ていた。
「ふうん、やっぱりまだ小学生ね。女の子の水着を着てもよく似合うわ。」
「そいつはあんまり嬉しくねえな。」
くそっ、何から何までどうなってやがる。奴は超能力者か!?俺は全く身動きが取れない。どうすることできないのか!!
「じゃ、首輪をつけるお時間ね。」
そう言ってハイグレ魔王は俺の首に向けて手を伸ばした。



もうおしまいかと思われた俺の耳に病室の扉が開く音が聞こえる。
「コナン君〜?病院の中で騒いだら駄目だよ?」
蘭!?逃げろ、蘭。こいつはお前の手に負える相手じゃ・・・・。
「なっ!?コ、コナン君!?それと・・・まさかハイグレ魔王!?」
蘭はすぐにファイティングポーズを取る。
「コナン君から離れなさい!!でないと痛い目を見るわよ!!」
「痛い目を見るのはどちらかしら?」
ハイグレ魔王は余裕の態度だ。

蘭が足を蹴りだしてハイグレ魔王の前に出る。そして、右拳でアッパースイングでかました。
ハイグレ魔王はそれを避けようともせず、右手を前に突き出した。
「逃げろ!!」
俺はあらん限りの声で叫ぶ。しかし、間に合わない。
「きゃあああ!!」
ハイグレ魔王の前にバリアのようなものが展開され、蘭が弾き飛ばされる。
「い、いまの何!?」
「うふふふ。私に逆らおうなんて十年早いのよ。」

「なんだ、何の騒ぎだ!?」
おっちゃんと服部と和葉が入ってくる。近くの妃先生の部屋から飛んできたようだ。
ベッドの上でハイグレポーズを取っている歩美ちゃんと灰原。ハイレグ姿で倒れている俺。ハイグレ魔王に弾き飛ばされて壁にもたれかかっている蘭。奇妙な光景だ。
「あなたたちは後で相手してあげる。じっとしてなさい。」
指先から電撃を発して三人を倒す。魔王は蘭に近づいていく。その機を逃さず蘭はバリアを張られるよりも早く魔王の懐に入って抱きつく。
「くっ・・・・。何をする気?」
蘭はバックドロップの体勢を取ろうとするが、魔王も必死にもがくのでなかなか技を決められない。
「首だ!!羽交い絞めにするんだ!!」
先ほど服部とやり合った時に異常なまでに首を攻撃されるのを嫌がっていた。もしかしたら、弱点かもしれない。
「い、いやああああ!!」
蘭に首根っこを押さえられ、ハイグレ魔王が暴れる。
「くっ!」
あまりの力に驚いたのか、蘭も苦しそうに奴を抑える。なおも必死に暴れるハイグレ魔王は、蘭を突き飛ばした。
「はあはあ・・・・・・。」
かなり息遣いが荒くなっている。興奮している証拠だ。
「さすがは名探偵毛利小五郎について回っているだけのことはあるわね。私の一番の弱点に気づくとは。」
魔王はよろめいて壁に頭をぶつける。その拍子で仮面が落ちる。

「お、お前は!?」
ハイグレ魔王の素顔が見える。その顔を見て全員驚愕した。この顔は・・・
「ふふふ、正体ばれちゃったか。」
「なんであんたがここにいるんや?」
「ハイグレ魔王様から与えられた使命よ。本物の魔王様がいらっしゃる時にお迎えする先駆けのお役目を頂いたのよ。」
「全然分からんわ。」
「とりあえずこいつを捕まえればいいってことだよな?」
おっちゃんと服部がまだしびれの取れない体を奮い立たせて立ち上がる。和葉も遅れて立ち上がる。
「まだ戦う気?あきらめが悪いわね。あなたたちに残されているのはハイグレ人間になることだけよ?」
「バーロー!!てめえのような犯罪者に負けてたまるか!!」
俺も立ち上がる。まだ足がふらついているが贅沢は言えない。
「面倒くさいわね。仕方ない、そろそろ次の段階に移行しなくちゃいけなかったし、ま、いっか。」
そうぶつぶつ呟くと、ハイグレ魔王はパチンと指を鳴らした。



病室の外から大勢の足音が聞こえてくる。まさか!!
「うふふ、ハイグレ人間の恐ろしさを見せてあげるわ。」
病室のドアが開く。次々とハイグレ人間にされた女性たちが入ってくる。
「ハイグレ人間は私の支配下にあるわ。行きなさい、我がハイグレ人間たち!!」
ハイグレ魔王が命令すると和葉と蘭を拘束する。魔王ではなく一般人相手では手荒なまねができない。
くそっ!これが奴の決め手か。まさかハイグレ人間にするだけではなく操れるとは・・・。

「さあ、じゃあこっちの子からハイグレ人間になってもらいましょうか?」
ハイグレ魔王は和葉を立たせると呪文を唱える。
「くっ!」
和葉はオレンジのハイレグ姿に変身する。
「おい、和葉に何さらすんじゃ、貴様!!」
服部が必死に叫ぶが魔王はどこ吹く風で聞き流し、首輪を彼女に付ける。
「平次・・・・堪忍な・・・・。」
和葉は首をうなだれると、目から生気が消えた。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
ハイグレポーズを取ってハイグレ魔王に忠誠を尽くす。
「さあ、次はこの子ね?」
ハイグレ魔王は蘭に向き直ってつかつかと歩み寄る。
「蘭!!逃げろ!!蘭!!」
だが蘭は逃げられない。両手両足を無数のハイグレ人間によって押さえつけられ、完全に動きを封じられている。
蘭は呪文によって赤いハイレグ姿にされる。普段なら見入ってしまうところだが、そんな余裕はあるはずもない。
「い、いや・・・・。助けて、新一!!」
蘭は最後に断末魔をあげて、ハイグレ人間になってしまった。
「うふふふ、ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
蘭は笑顔でポーズを取る。その笑顔が何だか悲しい・・・。
「あれだけ威勢のいい事を言ってたのに、あっけないものね。どう?あの子達がハイグレ人間にされた気分は?」
ハイグレ魔王がうすら笑いをして俺に言葉を投げかける。
「おめえ、本当にあの人なのか?全く印象が違うが。」
「私はハイグレ魔王様に出会って心を入れ替えたの。この世界を救い、そしてみんなが平和に暮らせる社会。それがハイグレ人間の理想よ。私はそのお手伝いをしているだけ。悪いことをしてるわけではないわ。」
「要は洗脳されてるってわけか。」
「ふふふ、あなたもハイグレ人間になれば分かるわ。ハイグレ魔王様のお心が。」
魔王がパチンと指を鳴らす。俺は歩美ちゃんと灰原に、おっちゃんは蘭と妃先生に、服部は和葉と園子によって立たされる。
「さあ、ハイグレ人間になるお時間よ?」
魔王はまず俺に近づいてくる。既にハイレグ姿になってるから先に済ませようってことか。
「ま、待て!!ハイグレ人間にするなら俺とおっちゃんからにしや!!」
「そ、そうだ!!それが大人の務めだ!!早くしろ!!」
服部とおっちゃんが横から怒鳴る。
「いいでしょう。お望みどおりに。」
ハイグレ魔王はおっちゃんの方に向かう。服部が俺にアイコンタクトで何か語りかけている。あの眼は・・・・そういうことか。
俺は近くにいる灰原に気づかれないように少しずつ左手を動かして床に落ちているイヤリング型携帯電話をつかむ。
「(阿笠博士のアドレスは・・・。)」
博士が気づいてくれれば、俺たちが倒されてもハイグレ魔王を捕まえることができる。
気付かれないように後手で持っているので、とてもやりにくい。記憶だけを頼りに博士のアドレスを探り当てる。
「うわあああ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「うおおおお!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
服部とおっちゃんがハイグレ人間にされる。くそっ、時間がない・・・・。
『44299926444777』
間に合わない。しかたない。俺はそのまま送信ボタンを押し、送信履歴を消去する。
「あら、坊や。随分大人しく待ってたわね。」
「う、うん。ほら、僕、いい子だから。どんな時でも沈着冷静にって父さんに教わったんだ。」
「それはいい心掛けね。」
ああ、そうだな。俺は沈着冷静にハイグレ魔王の手掛かりを博士に送ったんだからな。
「じゃあ、ハイグレ人間になりましょうね?」
俺に首輪が付けられる。
「ぐわ・・・・・・!!」
俺の体に熱いものが駆け抜ける。これが・・・ハイグレ人間の力・・・・・か・・・・。
「コナン君、怖くないよ。ハイグレ人間って気持ちいいから・・・・。」
蘭の言葉が入ってくる。俺はハイグレ人間になってもお前の側にいる・・・。俺は最後の願いとともに意識を閉じた。



Side:夜神月

今の僕は二代目L。そして、この世界を新しくするために選ばれた神だ。世界の犯罪者を裁き、世界を変えることができる。

僕はがラ対策本部で椅子に腰かけコーヒーを飲んでいると、父さんたちが入ってくる。手には数枚の紙切れを持っている。またICPOからの依頼か?全く、警察の無能ぶりにも困ったものだ。
「月、ICPOから要請が来ている。ハイグレ事件について調べてほしいそうだ。」
父さんが持ってきたICPOからの指令書。そこには最近大きな問題になっているハイグレ人間事件について載っていた。
「ですが、夜神次長。我々にはキラ捜査が最優先の課題です。簡単に解決できるならばともかく、そんな余裕は・・・・。」
「伊出。確かに我々はキラの逮捕が第一目標だ。しかし、この東京が不安に陥っているのに何もしない、というのは私にはできない。」
「僕も父さんの意見に賛成です。確かにキラの逮捕は大切ですが、ハイグレ人間事件の被害は急速に広まっています。このまま被害が拡大すればキラ事件どころの騒ぎではありません。」
皆がしばし黙考する。相沢が毅然とした表情で僕に言う。
「月君、それはLからの命令ということでいいのか?」
「はい。キラ事件については監視は続けます。ただ、このところキラも大きなアクションは起こしていませんから、人員は最低限一人いればいいでしょう。後の皆さんはハイグレ人間事件の証拠調べをしてください。」
「分かった。その方針で行こう。まずはこの資料に目を通してくれ。」
ICPOと警視庁から送られてきたレポートを一読する。
「しっかし、おかしな事件ですよね〜。ハイレグ水着を着せてコマネチをさせることに何の意味があるんでしょう?」
「松田、こっちの資料を見ろ。ハイグレ人間にされた人たちはハイグレ魔王の意のままに動くそうだ。テレビのニュースではここまでやっていなかったな・・・。」
「恐らく報道規制をしているんでしょう。不必要な情報を大衆に与えて混乱を増幅させるのは得策ではありませんから。」

その後いくらか今後の捜査方針を打ち合わせた後、僕は自宅のマンションに帰った。海砂が出迎える。
「月、お帰り〜。」
「海砂、早かったな。今日はドラマの撮影じゃなかったのか?」
「うん。でも、最近ハイグレ人間事件で物騒だから早めに撮影を終わらせたんだよ。」
「そうか。実はその件についてなんだけど・・・。」
僕は海砂の頭でも分かるようにできるだけ簡単に事件のあらましを説明した。で、容疑者のハイグレ魔王の似顔絵を見せる。
「どうだ?死神の目の能力で名前は見えるか?」
「ううん、見えない。仮面してるから駄目だよ。力になれなくてごめん。」
ふん、使えない奴め。だが、キラ対策をしているとなるとそれなりに頭はありそうだ。
「月はもう犯人は分かってるの?」
「ああ、大体の見当はついてる。」
「すごーい。ならあっという間に逮捕できるね。」
三日前に襲われた米花総合病院。その病院の中から送られてきた一つのメッセージ。恐らくは必死に犯人の手掛かりを残そうとしたんだろう。暗号は途中までだったが、あれだけ分かれば日本国内に住む女性からかなり絞ることができる。
「でも、怖いよね。今、米花町からハイグレ人間の範囲がどんどん広がってるんでしょ?」
「ああ。警察の封じ込めラインがどんどん後退してるらしいね。警察官にもハイグレ人間化した人がいるらしい。」
「うわー、おじさんがハイレグ水着を着るなんてかわいそうだね。」
「だからこそ、僕たちが食い止めなきゃならない。そこでだ、海砂に頼みたいことがあるんだ。」
僕は海砂に耳打ちをする。海砂はそれに二つ返事で承諾する。こいつは僕の言うことなら何でも聞くから扱いやすい。
「分かった、明日お仕事がないから明日やるよ。じゃ、今から準備しとくね。」
そう言って海砂は自分の部屋に入っていった。

「おい、リューク。お前、楽しんでるだろ?」
「ああ、面白いからな。ハイグレ人間なんてすげーおかしいだろ?」
「おかしくはない。新世界の神は僕だ。ハイグレ魔王なんて訳の分からない奴が世界の頂点に立とうとしているなんて僕は認めない。世界が従うのはこの僕だけなんだ。」
「なら、ハイグレ魔王を見つけ出してノートに書くのか?あ、因みに死神の中にああいう能力持ってるやつはいないからな?俺を頼るなよ?」
「そんな事はしないさ。その代り、久しぶりにお前を楽しませてやれるよ。紛い物の神が真の神の前に跪く姿を見せてやるよ。」
「ま、頑張れや。」
リュークはそう言って俺の前から消える。りんごを食べに行ったようだ。
「ハイグレ魔王め、覚悟しろ。お前が神か、僕が神か、決着をつけてやる!!」
決意を新たに明日のための準備をした。



「弥をスパイに?」
次の日、捜査本部の面々に僕の考えを説明する。
「はい。米花町を中心にして広がっているハイグレ化現象について詳しく分かっていません。誰かが潜入して中の状況を確かめないといけません。」
「し、しかし、それなら我々の中の誰かがいけば・・・。」
「この中にハイグレ人間になりきれる演技力のある人はいません。その点、海砂なら女優だし、そのくらいの芝居はできます。」
現在、米花町を中心に1km四方がハイグレ人間の勢力下になっている。警察が調査に入ってもミイラ取りがミイラになっている状態で何も分からない。恐らくはハイグレ魔王がハイグレ人間を操っているのだろう。一人だけで首輪をつけて回るのは時間がかかる。予めハイグレ人間たちが捕まえていれば次々に転向できる。後は人々を洗脳している首輪の入手ルートとハイグレ魔王の持つ特殊能力の出所だが、これについてはさすがに分からない。
「では、模木さん。海砂を警察の封鎖ラインまで送ってください。現場の警官の方には警察庁の名前で説明をしておきますから。」
「分かりました、L。」

模木は海砂を車に乗せて米花町に運ぶ。そして、無線で連絡してくる。
「こちら、模木。指示通りの場所まで来ました。」
「お疲れ様です。では、海砂を降ろしてあなたはその場で待機しててください。」
僕は海砂に無線で話しかける。
「海砂、頼んだぞ。君だけが頼りなんだ。」
「うん、あたし、月のために頑張るよ!」

海砂はTシャツに短パンというラフな格好で車を降り、バリケードの中を進んでいく。海砂が肩にかけているポーチにカメラ、耳に無線機を仕込んであるので、本部から逐一指示を出すことができるようになっている。
「海砂、周りの様子はどうだ?」
「誰もいないよ?なんかゴーストタウンみたい。」
「待ち伏せがあるかもしれない。物陰をつたいながら米花総合病院の方角へ進むんだ。」
10分ほどかかって米花駅前に到着。
「あ、何あれ!!」
無線ごしに海砂の驚きの声が入ってくる。
「何があった!?」
「うん、今映すね。」
僕たちはカメラに入ってきた光景に驚き、目を疑った。

「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
ハイレグ水着を着た老若男女がコマネチのポーズを取って路上で狂喜乱舞している。
「月君、みんな首輪をつけている。ハイグレ魔王に操られている人たちに間違いないな。」
「うわー、異様な光景ですね〜。」
伊出と松田がカメラを見てつぶやく。航空写真では全く分からなかった駅前の光景。こいつらは一体なんなんだ!?
「あ、どうしよう、月。誰かこっちに来る!!」
「すぐに服を脱ぐんだ!!」
僕は素早く指示を出す。海砂はシャツと短パンを脱ぎすてる。下には僕が命令したとおりハイレグの水着を着ていた。
僕が本物に似せて作っておいた首輪を首に付け、荷物をそばの自動販売機の脇に隠す。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
海砂は大声を出してポーズを取る。近くを通りかかったハイグレ人間は海砂を不審に思わず通り過ぎて行った。
「気づかれなくて良かった〜。」
「海砂、悪いがそのままの格好で病院まで進んでくれないか?これだけいっぱいいると次に見つかった時も無事な保障がないから。」
「うん、じゃあポーチだけ持ってこのまま行くね。」
海砂はピンクのハイレグ姿で駅前を人目につかぬように横切り、病院の前まで到達した。
「月、東側の救急医療窓口からなら死角になるから弥も無事に入れるぞ?」
父さんが病院の設計図を見て言う。
「よし、東側に回るんだ。」
「うん・・・あ、また誰か来る。」
海砂は周りにいる人たちに合わせてハイグレポーズを取る。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
やはり海砂しかこういう芝居はできないな。僕のような高等な知能を持っている者には屈辱的すぎる行動だから。

「病院に潜入。どっちに進めばいい?」
海砂が尋ねてくるので、設計図を見ている父さんと相沢が指示を出して隔離病棟の方へと誘導していく。ハイグレ人間を隔離していた病棟に何かある気がしてならない。そして、そこから送られてきたメッセージ。ハイグレ魔王の手掛かりをつかめるだろうか?僕はカメラ越しに緊張しながら行方を見守った。



海砂が目的の部屋に入る。なんの変哲もない病室だ。さて、何か見つかるだろうか・・・・
「月、何にも無いよ?誰もいないみたいだし・・・・。」
カメラで送られた画像では人の姿も確認できない。なら、好都合だ。
「海砂、床に落ちている髪の毛やゴミ、何でもいい、集められるだけ集めてくれ。」
「うん。ガムテープでくっつければいいんだよね?月に言われたとおり持ってるよ。」
海砂は床に這いつくばってあちこちにガムテープを貼ってははがして袋に入れていく。

「月君、あの部屋には多くの人間が入っているはずだろう?DNAを採取しても犯人が特定できるとは・・・。」
「それでも何も情報がないよりはましですよ、相沢さん。」

「このくらいでいいかな?」
海砂がビニール袋にいっぱいになったガムテープをカメラ越しに見せる。
「うん、そのくらいでいいだろう。もういい、海砂。周りに気を付けながら病院を出るんだ。」
「分かった・・・・・・あれ?ドアが開いてる?来るとき閉めたのに・・・・。」
「・・・・・!!海砂、罠だ!!離れろ!!」
「えっ・・・・・・・きゃああああああああああああ!!」
いきなり画面が大きく揺れ、天地が逆さまになる。
「おい、海砂、何があった!!海砂!!」
「つ・・・捕まっちゃった・・・・。」

「うふふふ、ハイグレ人間に変装して潜入してきたのはあなたね。弥海砂さん。」
「ハイグレ魔王・・・。」
「あら、面白いもの持ってるわね?隠しカメラってやつ?」
ハイグレ魔王がカメラを取りだす。くそっ・・・・。
「ねえ、あなた誰に雇われてるの?私に教えてくれないかしら?」
「・・・・・・。」
「まあいいわ。ハイグレ人間にした後で聞けばいいし。」
まずい・・・。ここで海砂を殺すか?いや、ダメだ・・・。ここで海砂を殺したらそれこそ僕がLであり、そしてキラであることがばれてしまう・・・。

「じゃあ、本物のハイグレ人間にしてあげる所をこのカメラの持ち主さんにも見てもらおうかしら?」
ハイグレ魔王は両腕を抑えつけられてしゃがみこんでいる海砂を映し出す。
「ハイレグの色はこのままでいっか。じゃあ、首輪をつけてあげて。」
別のハイグレ人間が海砂の偽物の首輪をはずして本物のハイグレ化首輪をつける。
「い、いやああああああああああああ!!」
海砂が苦しみに悶えて床をはいつくばる。
「う・・・・ふ・・・・・・ひっ・・・・・・・きゃああああああああああ!!」
海砂は肩をがくりと落として首をうなだれる。そして・・・・
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!みんなハイグレになろう!!」
海砂はコマネチポーズでハイグレ人間化の証を立てた。
海砂のハイグレ人間姿の映像は、カメラが床に落とされる音と踏みつけられる音と共に消えた。



まずい・・・・。やはり海砂を殺したほうがいいだろうか・・・・。この状況なら海砂を殺したとしてもハイグレ人間たちが勝手にやったことにできるし・・・・。いや、待て。ノートを取りに行っている間にも海砂はここの情報をばらしているはずだ。例え海砂を殺してもこの本部とメンバーの顔はどうせ割れてしまう。それに、あいつの死神の目を失うのは惜しい。ハイグレ魔王を始末した後にもまだ役に立つはずだ。
「月、どうする?このままでは弥にここの情報を全てばらされてしまうぞ?」
「父さん、ここは奴らを泳がせよう。Lが調べていると分かれば、奴らはすぐにでもここを襲おうと思うはずだ。」
「確かに、このビルの中にこもっていれば我々の方が有利だ。月君の知恵があればいくらでも敵を撹乱できる。」
「松田さんは射撃が得意でしたよね?このビルには麻酔銃のストックもあります。扱いに慣れておいてください。」
僕はビルにいる捜査員たちに指示を出して敵を混乱させられるように準備を施した。すぐに戻ってきた模木も僕に協力する。

「さて、やれるだけのことはしました。後はハイグレ人間たちがやってくるのを待つだけです。」
その時突然携帯電話の着信音が鳴る。
「すまない、私のようだ。」
父さんが携帯電話を取りだす。母さんからのようだ。
「・・・私だ。仕事中にかけてくるなと言ったはずだが・・・・。」
「(あなた?大変なのよ!ハイグレ人間たちがうちの玄関から押し入ろうとしてるのよ!)」
「何だと!?」
電話越しにけたたましい音が聞こえてくる。ドアを突き破ろうとしている音のようだ。
「(お母さん!駄目だよ!そんなに持たないよ!!)」
粧裕が玄関でテーブルや椅子を積んでバリケードを作っているそうだが、そんなもので奴らを防げるとは思えない。
「(早く!早く助けにきて!)」
「分かった!!すぐに行く!!二人で何とか耐えるんだ!!」
父さんはそう言って電話を切る。

「月、言いたいことはあるだろうが、私には家族を見捨てることはできない。分かってくれ。」
「何も言わないよ、父さん。僕だってLという立場がなければすぐに助けに行きたいからね。」
「恩に着る。」
そう言い残して父さんは全速力で部屋を出て行った。
「月君、これは我々をおびき出す罠か?」
「その通りです、伊出さん。もうすぐあなたたちにも家族からの電話がかかってくるはずです。」
案の定次々と捜査員たちの携帯電話が鳴る。
「ここは僕だけで十分です。皆さんはハイグレ人間から家族を救ってください。」
捜査員たちは次々と本部を後にする。

部屋に残っているのは僕と松田だけだった。
「松田さんは行かないんですか?」
「僕の実家は東京じゃないからね。結婚もしてないから自宅には誰もいないしね。」
「そうですか。」
捜査員の家を襲っているのは陽動。海砂の情報でここの馬鹿な捜査員たちは家族を見捨てられないことは分かっているはずだ。そして、あくまで本命はこちらのはずだ。この本部にあるデータを入手すれば奴らにとって計り知れない財産になる。僕と松田はハイグレ魔王がやってくるのが今か今かと待ち続けた。



「月君・・・月君!!」
松田に呼ばれて我に返る。少し疲れが溜まってぼうっとしていたようだ。
「どうしたんですか?松田さん。」
「入口の監視カメラを見てほしいんだけど・・・。」
入口の監視カメラにはぞろぞろと集まってくる人影が映っていた。対人レーダーで確認すると約200人。初代Lが建てたこのビルの防備をもってすれば十分に対処できる人数だ。
「松田さんはそのまま待機してい下さい。あとは僕がやります。」

ハイグレ魔王の位置はまだ特定できない。誘いをかけてみるか・・・。
このビルには特殊な仕掛けがしてあって通路を移動式迷路のように組み替えることができる。元は不法侵入者対策のものだが、これがかなりのすぐれものだ。
「200人だから、とりあえず10グループに分断するか。」
僕にとってこのくらいの芸当は朝飯前だ。コンピューターを動かして適当に操作して敵を撹乱する。馬鹿な奴らめ。

さて、海砂はこのビルの様々な仕掛けについては知らない。完全に把握しているのは僕一人だけだ。なので、別の方法を考えるだろう。とすれば・・・
ハイグレ人間たちが一斉に引き揚げ始める。
「何をするつもりだろう?」
・・・やはりな。それが一番手っ取り早い。
「松田さん、全てのエレベーターをロックし、逆に全ての非常階段のロックを解除します。」
「何で?全て塞げばいいだろう?」
「全て出入り口を封鎖したら奴らはまずエレベーターの出入り口を破壊するでしょう。奴らの中にはキレ者も混じっていますから、簡単に操作できるでしょう。ならば、あえて四つの非常階段を開けておけば・・・。」
「なるほど。相手の侵入する時間とスピードを遅らせることができるってわけだね?」
「その通りです。1Fの迷路の仕掛けが破壊されるのにそう時間はかかりません。他の階の同じシステムも解除しなければいけませんし、すぐに準備にかかりましょう。」

ここまでは僕の読み通りだ。奴らは僕の想像通り人数を分散させて上に登ってくる。ハイグレ魔王の姿は確認できない。ハイグレ人間の中に混じっているのだろうか?
「あ、あれは・・・。」
僕はDブロックの階段を上ってくる一人の女性に目をとめた。
「どうしたんだい、月君?」
「いえ、僕の通っている大学の友人が一人ハイグレ人間にされているようで・・・・。ほら、この人なんですが・・・。」
僕はカメラに映っている彼女を指し示した。
「ミス東大の高田清美!?彼女と知り合いだったのかい?」
「ええ、まあ。」
待てよ。こいつは使える。彼女なら顔と名前を一致させることができる。
「松田さん。Dブロックの敵をC−28へ。そこで催眠ガスを使って全員眠らせましょう。ここのグループは一番人数が少ないので容易にできるはずです。それと、全員眠らせたら高田さんだけ連れてきてください。」
「えっ?何のために?」
「僕なら友人ですから、油断して何か有益な情報を流してくれるかもしれません。他の人を連れてくるよりは役に立ちます。」
「分かった。月君がそう言うなら。」
そう言って松田は部屋を出て行った。

「さて、と・・・。」
僕は隠して持っていたデスノートを取り出して書き込む。
『高田清美 ハイグレ人間について知っている情報を全て話し、その事を後悔して舌を噛み切って死ぬ』
これでよし。デスノートの力なら簡単に情報を引き出すことができるぞ。僕の勝ちだ、ハイグレ魔王。



「月君、高田清美さんを連れてきたよ。」
松田が高田清美を伴って入ってくる。念のために手錠をかけて逃げられないようにしている。
「やあ、高田さん。久しぶりだね。」
「ええ、そうね。」
高田さんは水色のハイレグ姿だ。ミス東大と言われる美貌の持ち主だが、今はハイグレ人間。敵同士だ。
「高田さんは頭がいいから、なぜここに連れてこられたかは分かっているよね?」
「ええ。」
「なら、僕の質問に答えてほしい。ハイグレ魔王について聞きたいんだ。友達の誼で教えてほしい。」
「・・・・・・・・・・。」
駄目だ、笑うな。こいつはデスノートで操られている。僕がどんな言葉をかけようとも素直にぺらぺらしゃべってくれるんだ。松田の馬鹿ではその不自然さに気づくこともない。

「・・・・・・・・・嫌よ。ハイグレ人間でない夜神君には話せない。」
「・・・・・・・・・・えっ?今なんて言ったの?」
「私はハイグレ魔王様に絶対の忠誠を誓っているわ。例えあなたが私に良くしていてくれても、その情報は渡せないわ。」
ば、ばかな・・・・。まさか名前を書き間違えたか?いや、そんなはずはない。僕がそんなミスをすることはあり得ない。
「引っかかったわね、夜神君。」
高田さんが手錠をしたままハイレグ水着の胸の部分に手を入れる。まずい!!
僕は彼女の手を取り押さえるが間一髪間に合わなかった。甲高いブザー音が部屋中に鳴り響く。
「なんだなんだ?何の音?」
「松田さん、やられました。この場所を教える発信機です!!」
くそ、僕としたことが・・・。ハイグレ人間の中に探偵が数人混じっていたが、彼らの差し金か・・・。
「松田さん、急がないとハイグレ人間たちがやってきます。すぐに脱出しましょう。」
僕と松田は急いで部屋を出て隠し通路に向かう。

なぜだ?なぜ高田にデスノートが効かない?考えられるパターンとしてはデスノートの同時使用。いや、あり得ない。6秒以内という狭められた範囲内で同時に名前を書き込む可能性はかなり低い。では、僕より先に高田の名前を単独で書いたのか?僕が高田から状況を聞き出すことは容易に想像できる。なので、その前に死の状況を書き込むことで僕の効果を打ち消したか。

隠し通路は地下へ通じるエレベーターを経て別のビルにつながっている。初代Lの設計によるものだが、万が一の場合の脱出用だ。
僕と松田は数十分歩いて目的地に到着した。

「これからどうする、月君?」
「この近辺も奴らの手がのびてきています。ひとまず安全な所に逃れて体勢を立て直しましょう。父や相沢さんたちとも合流しないと。隠れて移動しましょう。」
僕たちが外に出てあたりをうかがっていると、近くの広報スピーカーから大音量で何か聞こえてくる。
『月〜、マッツー〜、出ておいで〜。出てこないとお父様とお母様と粧裕ちゃんと、モッチーたちがどうなってもしらないよ〜。』
海砂は原稿を見ながらしゃべっているのだろう。ご丁寧に場所まで指定してくる。僕の負けず嫌いの性分を計算に入れ、かなり煽ってくる。
「月君、助けにいこう。次長たちを見捨てることはできないよ!」
「そうですね。ハイグレ魔王のその場に居合わせるようですし、魔王を逮捕する千載一遇のチャンスです。」
さて、どうするか。デスノート対策をしているとなると簡単に殺せるかどうか。いや、もしもの場合は松田を使って・・・・
僕はあれこれ考えながら、目的の場所、見晴らしのいい公園までやってきた。

やってきた公園の中央の噴水広場にやってきた。そこに陣取っている一塊の集団の中に見覚えのある姿をした者がいた。
「あなたがハイグレ魔王ですか?」
「ホホホホ。愚かなる地球人よ。私の招きに逃げずにやってきたことを褒めてあげましょう。」
「演技は結構ですよ、ハイグレ魔王。お互い自然体の方が話しやすいと思いませんか?」
ハイグレ魔王は少し咳払いをして続ける。
「・・・・・その通りね。弥さんから聞いているわ。私の正体が薄々分かっているとか。」
「ええ、まあ。情報不足なので確証はありませんが大体は。」
「そう。なら、あなたがキラ対策本部に保管していたデスノートとやらで私を殺すこともできるわね?持ってるんでしょう?」
「いえ、使いたくはありませんから。ほら、ノートを開くことができないように細工してあるでしょう?」
僕は開けられないように外をコーティングで囲ったノートを見せる。
「そして、あなたが確保しているキラ対策本部の捜査員たちについてなんですが。」
「ああ、あの人たちのことね。いいものを見せてあげるわ。ついてきて。」
そう言ってハイグレ魔王は僕たちに側のレストハウスの中に入るようにうながす。少し警戒しながらも僕たちは後に続いた。

「あの家族はまだ残してある?」
「はい。縄で縛って閉じ込めてあります。」
「連れてきて。」
ハイグレ魔王が命令すると店の奥から父さん、母さん、粧裕が連れられてきた。まだ全員服を着ているが、おびえた表情をしている。

「父さん!母さん!粧裕!無事だったのか!」
「月・・・。済まない、母さんと粧裕を守ってやれなかった・・・。」
「まだ無事なんだ、あきらめるな。一緒に帰ろう。」

「ハイグレ魔王、このデスノートと引き換えに今いる私の家族と捜査員を返してください。」
「いかん、月!!そんな奴にノートを渡すな!!」
「父さんは黙っててくれ。」
僕は話に割り込もうとする父さんを遮って話を続ける。
「ここで全滅してしまっては何にもならない。さあ、この条件でどうでしょうか?それがだめならここでノートを燃やします。」
「それは無理ね。残念だけど。」
ハイグレ魔王が手を叩くと三人の男がハイグレ魔王の前にやってくる。相沢、模木、伊出の三人だった。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
三人はハイグレポーズを取っている。
「この三人と家族はハイグレ人間にしちゃったの。全員そのままにしとくの面倒だったし。」
「くっ、なんてことだ・・・。」

「相沢さん、模木さん、伊出さん、あなたたちの仇は僕が討ちます!!」
松田がハイグレ魔王の前に立ちふさがる。完全に頭に血が上っているようだ。まずい!
「死ね!ハイグレ魔王!」
松田が抜き打ちに銃を放つ。しかし、ハイグレ魔王には当たらずにその前の空間で弾が消滅する。
「その男を取り押さえなさい!」
ハイグレ魔王が命令するとすかさず相沢たちが松田を取り押さえる。
「放せ!放せ!」
松田がもがくが、三対一では勝ち目がない。
「ふふふ、私に向かってきたその勇気に免じてあなたからハイグレ人間にしてあげましょう。」
ハイグレ魔王が松田の前に出てきて右手をかざす。松田は青のハイレグ水着に着替えさせられた。
「ひいっ!」
それを見ていた粧裕は体を震わせて母さんにしがみつく。相沢たちがハイグレ人間にされる場面と一緒だったのだろう。
「さあ、ハイグレにおなりなさい。」
「うわああああああああっ!?」
松田は付けられた首輪をガタガタと揺らし続けたが、首をがっくりとうなだれる。
「ハハハ、ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
立ち上がった松田はハイグレ人間となって、ポーズを取り続けてハイグレ魔王に従うだけの存在になってしまった。



「さて、邪魔者もいなくなったことですし、夜神月さんに一つお聞きしたいことがあるのですが。」
「聞きたいことがあるなら私をハイグレ人間にしてから聞けばいいと思いますが?それだと何か問題でも?」
「ええ、大いに問題があるわ。この人たちに聞いた話だと、キラ対策本部のデータはLとワタリのどちらかが死ぬことで消滅するのよね?」
「さあ、それはどうでしょう。」
ちっ、相沢たちめ・・・。ハイグレ人間にされてそこまで喋っているか。つまり奴らの目的は、僕をハイグレ人間にする前にLのデータを平穏無事に手に入れたいってことか。あのデータには特殊な細工がしてあって、パスワードで予め解除しない限りは、僕の意志でデータを消せるようになっている。
「しらばっくれるつもりね?しらを切っている間はあなたは無事だけど、その他の人たちはどうなるかしら?」
「・・・・・・。」
「いいでしょう、一人処刑しなさい。」
ハイグレ魔王が粧裕を指さす。側にいるハイグレ人間たちが粧裕を立たせ、首輪をちらつかせる。

「いや・・・いや・・・。ハイグレ人間なんかなりたくない・・・。」
粧裕はおびえた表情で泣きわめく。その声に耳を貸すはずもなく、ハイグレ魔王は呪文を唱えて粧裕を黄緑色のハイレグ姿に着替えさせる。
「ごめんね、粧裕さん。恨むなら私の言うことを聞かないお兄さんを恨んでね。」
ハイグレ魔王はそう申し訳なさそうに言うが、仮面の下では笑っているに違いない。くそっ!なんて屈辱だ!
「さあ、ハイグレにおなりなさい。」
ハイグレ魔王が粧裕の首に首輪をはめようとした瞬間・・・。

「娘に手を出すなあ!!」
父さんが手を縛られたままの状態で前のめりにハイグレ魔王に体当たりする。
「きゃ!!」
ハイグレ魔王は父さんの奇襲に期せずして突き飛ばされる。その拍子でハイグレ魔王の仮面が落ちる。すぐに仮面を拾ってつけなおすが、はっきりと顔を見ることができた。
「なっ!?お前は!?」
ハイグレ魔王の顔に見覚えがあった。例のダイイングメッセージ(実際には死んでいないが)とも完全に一致する。
「月、ここは粧裕を連れて逃げろ!!そして後で必ず犯人を逮捕するんだ!!」
「ああ、分かった!!」
僕は粧裕を腕に抱えてその場を走り去る。この先には万が一の場合を考えて警察のヘリを上空に待機させてある。急げ!!急ぐんだ!!
「お父さん!!お母さん!!」
粧裕はハイグレ人間たちに囲まれている両親を見て暴れる。
「後ろを見るな!!僕たちだけでも生き残るんだ!!」

目的の場所に出る。警察のヘリは僕の指示通りに上空に待機していた。良かった。
僕たちは大型ヘリに乗り込み、公園を離れた。ひとまず危険区域を離れ、警視庁の庁舎に向かうように指示する。あそこならまだ無事だ。
さて、他の乗員たちは操縦に専念している。隣に座っている粧裕は毛布にくるまって心ここにあらず、といった感じだ。今ならすぐにやれる。財布の中に隠し持っていたノートの切れ端を取りだしてハイグレ魔王の名前を書き込む。不自然な死に方にならないよう、遺書を残しての首つり自殺としておいた。どのみちキラの裁きとうことで処理できるだろう。
あとはハイグレ人間にされた人々の始末だが・・・。海砂からあれだけの情報を得ている以上、全員生かすわけにはいかない。夜神月=キラである証拠は全て消し去らなければならない。警視庁についたらまずはハイグレ人間の特定の作業にかからないとな・・・。やれやれ、大変そうだ。



夜になる。僕はLという身分は伏せ、Lの協力者として警察に対して事情を説明した。ハイグレ魔王の正体については粧裕には黙らせておいた。精神的に弱り果てていた粧裕はそのまま僕のいうことに従った。僕たちがいなくなった後すぐに自殺したことが発覚すれば、夜神月=キラであるとばれない保証はない。伏せていおいた方が得策だろう。

「粧裕、今晩は警察に泊めてもらおうか?その方が安心だろう?」
「うん。」
「ほら、下着はさすがに無かったけど上着を借りてきたから着るんだ。そんな格好じゃ風邪をひくぞ?」
「うん。」
軽くうなずくだけだった。かなり精神的に参っているようだ。僕は簡単な食事を妹の傍らに置いて部屋を出る。妹の世話などというどうでもいい用事を片づけた僕にはやるべき事がある。僕は両親の消息を調べたいといってパソコンを借りた。パソコンからなら警察のデータベースに痕跡を残さずに侵入できる。本部のデータベースに比べれば能力はかなり落ちるが贅沢は禁物だ。キラ対策本部に戻れない以上は無いよりましだ。

ふう、こんなところか。だいたい二時間で二千人は処理した。まだ微々たる量だが、確実にハイグレ人間を減らすことができた。僕は乾いた喉を潤そうと自販機売り場に向かった。
途中のロビーの近くで職員たちがテレビにかじりついている。
「何か事件でも起きましたか?」
僕は近くの刑事に声をかける。
「やあ、夜神次長の息子君か。大変なんだ。今やってるさくらTVのニュース番組なんだが・・・。」
ああ、もうそんな時間か。今はゴールデンタイムのニュースタイムをやっているはずだ。
「まさか、こんなことになるとはな・・・。」
刑事は心配そうにテレビを見つめる。僕も気になったのでテレビに目を移した。

バカな!!なぜ!!ありえない!!
「オーホッホッホッホッホッ、さくらTVはこのハイグレ魔王の手に落ちたわ。世界は全てこの私のもの。さあ、あなたたちもハイグレにしてあげるわ。」
ハイグレ魔王がさくらTVを占拠して画面で演説を流している。キャスターやディレクターがハイグレ人間にされている映像が流される。
「私に反抗した殺人鬼・キラに告げるわ。あなたは私を怒らせた。私の忠実な僕たちの命、その身で償ってもらうわ。」
くっ!他のハイグレ人間たちは死んだのになぜだ!?書き間違えた!?いや、違う。そんなわけがない。では、あれは替え玉か?そうだ、そうに違いない。仮面で顔が隠れていれば体格の似た人間ならいくらでもごまかしがきく。マントで体を覆っているのでなおさらだ。
「キラ、三時間以内にこのさくらTVに来なければ、あなたの正体を明かします。」
テレビを見ている刑事たちががやがや騒ぎだす。くそっ、どうすればいい?あのハイグレ魔王が本物か偽物か、どちらにしても名前が分からないので殺せない。そうだ、相沢たちは殺したがまだ海砂は殺さないで取っておいたはず。海砂に本当の名前を言わせるようにノートに書き込めば・・・。あとは僕自身がさくらTVに乗り込んでハイグレ魔王の顔を見て名前を書くしかない。
火口の時と全く逆の立場に置かれているとは、因果なことだ。あとは、ここから怪しまれずに出る算段をつけないと・・・。

「あ、お兄ちゃん。探してたんだよ?」
ロビーにやってきた粧裕が声をかけてくる。
「粧裕、もう落ち着いたのか?」
「うん、なんとか。」
何だか人が変わったように元気を取り戻している。そうだ、これを使おう・・・

「少し遅いけど夕飯を食べに行かないか?父さんの知り合いに頼んで車を貸してもらえばすぐに行けるぞ?」
粧裕がそれを承諾し、僕たちは刑事にマイカーを借りてさくらTV近くのレストランに入った。因みにさくらTV近くは警察によって封鎖されている。

「何だか外が騒がしいね。」
「さくらTVがハイグレ魔王に襲われたらしいね。さっきニュースで見たよ?」
「お兄ちゃん、ハイグレ魔王って・・・。」
「その事は今は考えなくていい。何かの間違いかもしれないし。ほら、早く食べないと料理が冷めるぞ?」
妹に運ばれてきた料理を食べるように促す。僕も一緒に食べるが、頭の中ではどうやってさくらTVに忍び込んでうまくやりとげるかを考えていた。

僕は早めに食事を終える。粧裕はなれないフォークとナイフに手間取っていたのか、かなり手つきが遅い。
「お兄ちゃん、食べるの早すぎるよ〜。なんでそんなに手慣れてるの?海砂さんと一緒に来てたとか?」
「はは、違うよ。こんなの食器の構造を考えれば誰でも扱えるよ。じゃあ、僕は外で風に当たってくるよ。」
「そんな事言って、さくらTVの現場に行く気でしょう?」
「それは秘密だ。」
「お兄ちゃん、あたしに隠してる秘密っていっぱいあるよね?ほら、お兄ちゃんの部屋のパソコンのデスクトップにあるファイルとか。パスワード入れなきゃ見られないけど、あれってエッチな写真とか入ってるんでしょ?」
「あれは大学の講義のレポートだ。別に見られて困るものでもないし、分かるなら見てもいいぞ?パスワードは『Tree of Knowledge』だったかな。」
僕は代金をテーブルに置いて店を出る。

あれ?粧裕に教えたのは僕のパソコンの講義データのパスワードじゃなくてキラ対策本部のデータベースの破壊解除コードのパスワードだ。何で言い間違えたんだろう?まああいつに分かるわけもないし、いいか。



僕は器用に警察のラインを突破し、通用口からさくらTVに入る。中には誰も人影がない。僕の侵入が容易になるようにしているのだろうか?
さくらTVの中はそこまで広くない。火口の捜査の時に中の構造もだいたい把握している。ただ、そうは言っても時間がない。海砂に道案内をさせるか。
『弥海砂 夜神月をハイグレ魔王のいる場所まで案内し、ハイグレ魔王が仮面を外して死神の目で見たハイグレ魔王の名前を叫んだ後に自分の首を絞めて窒息死』
さて、これでかかるだろうか?高田の時のように事前にノートに書かれて無効化されているだろうか?

僕のいる場所に近づいてくる足音。この音は・・・
「・・・・・月。」
「やあ、海砂。心配していたよ。」
ふっ、かかったな。海砂のガードは甘かったようだ。ここで死神の目を失うのは惜しいが、ハイグレ魔王を確実に殺すためにはやむをえない。それに、死神の目の代わりなどいくらでもいる。
「海砂、ハイグレ魔王のいるところまで案内してくれないか?」
「うん。ついてきて。」
海砂が僕の前を歩いていく。僕は生放送用のスタジオに連れて行かれた。

「ハイグレ魔王様。月を連れてきました。」
海砂はハイグレ魔王の前に片膝をついて礼をする。
「ありがとう、弥さん。そして、また会いましたね、夜神月さん。」
「またということは、先ほど私がお会いしたハイグレ魔王と同一人物ということですか?」
「あら、どうしてそんな事を聞くのかしら?さっきのハイグレ魔王と同一人物じゃおかしいかしら?」
「念のために聞いただけです。替え玉と交渉を行っても無意味ですから。」
「随分と慎重なのね。それがキラとLを同時に演じていられる秘訣かしら?」
乗せられるな・・・。僕の目的はただ一つ。ハイグレ魔王の始末だ。ピラミッド型の命令系統なら、頂点を潰してしまえばたちまち混乱状態に陥って組織の態をなさなくなる。キラの立場を守るためにも絶対に奴の名前を・・。
「あなた、デスノートを持っているはずね?まずはそれを渡してもらいましょうか?」
「いいでしょう。今の僕には不要のものです。」
僕は傍らに入れていたデスノートを側の海砂に渡す。これで奴らに渡ったデスノートは二冊。どうせ僕の所有に戻るが。
「確かに本物ね。まだハイグレ人間にされていない人々が殺されてはいないみたいね。」
ハイグレ魔王はノートをパラパラとめくって中身を確認する。ノートの散逸を防ぐのが目的だったのか。奴らにとってハイグレ人間にできる対象が減るのは好ましくないからな。
「もうあなたに用はないわ。ハイグレ人間にしてあげなさい。」
「おや、ここで僕をハイグレ人間にしてしまったらキラ対策本部にあるデータがなくなってしまいますよ?」
「あれはもういいの。解除コードはもう手に入れたから。だからあなたは用済み。」
手に入れた?解除コードを?どこで?・・・・・・まさか!!
「粧裕をノートで操っていたのか!!」
「その通りよ。あなたは全然気づいていなかったみたいだけど?よくやってくれたわね、粧裕さん。」
「はい。」
いつの間にか粧裕さんが後ろに立っていた。首輪を巻いている。ハイグレ人間にされているようだ。
「じゃ、死んで。」
魔王が指をパチンと鳴らすと粧裕は崩れ落ちて息を引き取った。

「粧裕!!」
「あら、仲間や同僚をあっさり殺せるのに家族が相手だと動揺するのね?」
くっ!いや、粧裕はどうでもいい。ハイグレ人間になっていた以上はどうせ僕の裁きの対象だったんだ。しかし、ノートでパスワードを聞き出すとは奴らも考えたものだ。いや、僕が奴らを甘く見すぎていただけか?これで僕の切り札を排除し、奴らはデータをまんまと手に入れたわけだ。
「そうだ、ハイグレ魔王。こうなったらハイグレ人間になるのは仕方ないが、その前に仮面を持ってもらえませんか?最後に僕に勝ったあなたの顔を見ておきたいんですが。」
「そうね、いいでしょう。」
そう言ってハイグレ魔王は仮面を外す。先ほどの同一人物だった。ということは、僕が書いた名前は本名ではないということだ。
「海砂、ハイグレ魔王の名前を教えてくれるかい?」
「小さいお城の城の字に漢字で梓・・・・・・・こじょう・・・・・・・・あずさ・・・・・・・・・・。」
海砂はそう呟く。ふんっ、油断したな、ハイグレ魔王。その一瞬の気の緩みがお前の命取りだ。
「えっ・・・・・・どうして・・・・・・・・・・・ぐううっ!!」
海砂は自分の手で自分の首を絞める。しばらくひきつった表情をして暴れた後、目から生気が消えて息絶えた。
「うそっ・・・・・。自分の彼女の名前をノートに書いていたの?」
「しかたがなかったんです。世界平和のためには彼女に犠牲になってもらうしか・・・。」
僕は海砂を弔うふりをして彼女に歩み寄ってかがみこむ。今だ!!僕は腕時計のノブを素早く引いて紙を取りだす。
『小城梓』
あとは四十秒稼ぐだけだ。
「海砂・・・すまない・・・・。全ては僕のせいだ・・・・。」
目を見開いてこちらを見ている海砂は答えるはずもない。ハイグレ魔王には見えていないので自然と顔がゆるんでしまう。だめだ、笑いが止まらない。そうだ・・・35秒でハイグレ魔王に勝ちを宣言しよう。
31・・・・・・・・32・・・・・・・33・・・・・・・・34・・・・・・・・35・・・・・・
「ハイグレ魔王、僕の勝ちだ!!」



36・・・・37・・・・38・・・・39・・・・40・・・・
「うっ!!」
ハイグレ魔王が心臓を手でわしづかみにして苦しそうに倒れる。そのままビクンと体を震わせて静かになった。
さて、ハイグレ魔王も始末したことだし、僕がキラであることも隠ぺいできた。後始末をしてまたキラの裁きを再開しないと。
「残念だったな、ハイグレ魔王。新世界の神に逆らった罰だ。」
僕はハイグレ魔王に背を向けて歩き出す。海砂の亡骸が抱えているデスノートを取ろうと引っ張る。海砂はかなり頑丈に抱えていてなかなか抜けない。既に死後硬直が始まっているのか。僕は無理やり力任せに引っ張る。
「くっ!このバカ女!放せ!これは僕のノートだ!」
「ひどいよ・・・・月・・・・そんな事言うなんて・・・」
えっ?海砂が喋った?疲れているのだろうか。ただの空耳だろう。
「月・・・。人間のままだからそんなひどいこと言っちゃうんだよ。ハイグレ人間になって元に戻ろう?」
海砂がむっくりと起き上がる。馬鹿な!?海砂が生き返った!?
「み、海砂!!なぜだ!?ノートに名前を書いたのになぜ生きている!?」
「へえ、月が私の名前をノートに書いたんだ。知らなかったよ。」
「何だと!?なら本当に死んだのか!?」
「月は頭が固いなあ。ハイグレ人間はデスノートで死んでも生き返るんだよ?」
そんな事があり得るのか?くそっ、これは何かの罠だ!罠に決まっている!
「ふふ、お兄ちゃん、完全にパニックになってるね。」
粧裕が立ち上がる。こいつも?いや、待てよ・・・・。
「そうだ、粧裕だ!粧裕はハイグレ人間になる前からノートで操られていたのに、なぜ生きている?これが罠だという証拠だ!」
「それは違うわ、夜神君。」
高田清美が入ってくる。手には海砂に渡したノートを持っている。
「ほら、ここを見て。」

『夜神粧裕 さくらTV近くのレストランで兄からキラ対策本部の破壊コード解除パスワードを聞き出し、その後さくらTV内でハイグレ人間化し、ハイグレ魔王が指を鳴らす音を聞いた後、兄の見守る前で心臓麻痺』
そんなバカな!?粧裕を操ることで僕の今までの行動は全てハイグレ魔王に操られていたのか?この僕が完全に手玉に取られていた!?
「あなたの負けよ、夜神君。そうですよね、ハイグレ魔王様?」
「ええ。さすがは日本一の頭脳を持つ夜神月さん。もし私が普通の人間だったらあなたに負けていたでしょうね。でも、あなたは所詮人間。ハイグレ人間の私たちには勝てないわ。」
ハイグレ魔王がいつの間にか立ち上がってこちらに向かってしゃべる。くそっ、生き返るのが分かっていて茶番劇を演じていたのか。そして、その茶番に僕が負けた?新世界の神が?いや、認めない。そんな事認めないぞ!
「あなたは常識にとらわれすぎていたわ。ハイグレ人間について理解せず、簡単に倒せると思っていた。そのおごりがあなたの敗因。まあ、あなたが私たちを心臓麻痺で殺そうとせずに体が残らないような死の状況を設定していたら話は別だったんでしょうけど。」
つまり、火で自分の体を燃やすとか高層ビルから飛び降りてぺちゃんこになる状況で死を設定すればいいのか?

僕はハイグレ魔王、海砂、高田、粧裕から死角になる位置に財布に挟んであったノートを取りだした。後ろ手で書くのは難しいが、僕ならできる・・・。ゆっくり、確実に名前を書・・・・・ぐうっ!!
「ぐわっ!?」
僕の手に熱いものが走り抜ける。こ、これは銃撃!?
「見損なったよ、月君。君はハイグレ魔王様の世界を認めようとしないのかい?」
松田!?くっ、こいつらも生き返っていたか。くそっ!血がどろどろ流れ落ちて力が入らない。ノートの切れ端も真っ赤になってしまって役に立たない。
「松田!!何をしている!!僕は新世界の神だぞ!!」
血が床に滴り落ちる。くそっ!こんなところで!
「月・・・・。新世界の神はお前じゃない。ハイグレ魔王様だ。」
「父さん?」
父さんがぼくの前に立ちふさがる。こいつもハイグレ人間にされている。
「月・・・・ハイグレ人間になって一からやり直そう。そうすれば魔王様もきっとお許しになる。」
「嫌だ、そんなの嫌だ!!」

「さあ、あなたもハイグレ人間になる時間が来たようね。私が直々に洗脳してあげるわ。」
ハイグレ魔王がぼくの前に立って右手をかざす。不思議な光が出て僕の服が黒のハイレグ水着に変わる。くそっ、何かここから逃れる手は・・・。
「そうだ、リューク!!これからももっと面白い物が見たいだろう?僕を助ければもっと面白いものを見せてやる!こいつらを殺すんだ!」
今まで僕のそばにいて静観していたリュークが初めて口を開く。
「お前を助けないでこのまま見ていた方が面白い。月がプライドを捨ててハイグレポーズを取っている姿なんて滑稽だろう?」
「僕を見捨てる気か!?」
「最初からその契約だったはずだぜ?まあ、安心しろ。しばらくはお前をハイグレ人間のまま生かしておいてやる。その方が退屈しないからな。」
リュークはそう言ってクククッと笑う。
「さあ、ハイグレにおなりなさい。」
僕にハイグレ人間の首輪がかけられる。
「嫌だ!!ハイグレ人間になりたくない・・・・・・・なりたくない・・・・・・・・。」

首輪を付けられた僕の頭を走馬灯のように様々な思い出がよぎっていく。
「夜神月・・・・・。」
「夜神月さん・・・・。」
「夜神君・・・・。」
レイ・ペンバー、美空ナオミ、竜崎・・・・。僕が殺した奴らが笑っている。なんて屈辱的なんだ・・・。
ハイグレ・・・・・ハイグレ・・・・・ハイグレ・・・・・・。だめだ、僕の頭の中にハイグレ人間が・・・・。
「うわああああああああああああああああああっ!!」
僕にハイグレに対する抵抗感がなくなってくる。もう、ダメだ・・・。

僕は新世界のハイグレ人間として生まれ変わった。ハイグレ魔王様の下で生きていこう。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」



Side:金田一一

高遠を追ってあちこちを旅していた俺は久しぶりに東京に戻ってきた。今の東京はハイグレ人間によって次々と襲われ、陥落寸前にまで陥っていた。残っている東京やその周辺の人々は地方へ避難を開始した。自衛隊や国連軍が出動したが彼らもハイグレ人間によって侵されてしまい、既に各国がお手上げ状態。各国へのハイグレ人間の侵入も確認されている有様だ。かくしてハイグレ人間が世界を支配する時代が始まろうとしていた。

俺が東京へ帰ろうと思ったのは美雪から電話連絡を受けたからだ。不動高校周辺の地域でも危機が迫り、美雪や二三たちも疎開することになった。当面は軽井沢に滞在することになっている。しばらくの間は学校も休みとはうらやましい限りだ。

今までの旅はマウンテンバイクを使っていたが、今回は事態が事態のため電車で戻ってきた。ただ、ハイグレ人間の影響を避けるためにかなり時間はかかったが。
駅の改札をくぐって駅前通りを歩いていると、偶然にも剣持のおっさんに出会った。
「よお、金田一。久しぶりだな。」
「剣持のおっさん?何やってるんだよ、こんなところで。」
「住民の避難のための交通整理だ。本来は俺たち捜査一課の分野じゃないんだが、何せ人手不足でな。」
警察官にも被害者が続々と出ているからだろう。ちなみに、警察は東京の区部の全て、そして関東一円に広がっているのを全てカバーしている。
「明智警視やいつきさんは?」
「明智警視は警視総監代行を務めている。あの人より上の人は全員ハイグレ人間になっちまったからな。いつきさんは・・・・・・あの人のことだ、スクープ狙いでほっつき歩いてんだろ。」
「そうか。明智さんもいつきさんもそう簡単にやられるタマじゃないし、平気だろ。」
「一番やられそうにないお前が言うな。まあいい、俺は仕事だから失礼するが、お前はちゃんと七瀬君や二三君たちの側にいてやれ。」
「ああ、分かったよ。」
剣持警部は覆面パトを走らせ、去っていく。

「ただいま〜。」
俺は久しぶりに自宅に戻ってくる。
「あら、一。お帰りなさい。」
「なんだよ、その荷物?」
「何って避難命令が出てるから、当面の着替えとか貴重品とかをまとめてたんじゃない。」
母さんはスーツケースをいくつも拵えている。その横では父さんがぐでんと横たわっている。よっぽどこき使われていたんだろうな。恐るべき母。
「一お兄ちゃん、帰ってきたの?」
「えっ?一ちゃんが?」
二三と美雪が二階から下りてくる。二人も荷物をまとめていたようだ。
「美雪、お前自分の家はいいのかよ?」
「もう終わってるわよ。ここで私が手伝ってるのは一ちゃんのせいよ?」
「俺のせい?」
「一ちゃん、部屋を全然整理してないから二三ちゃんだけじゃ終わりそうになかったのよ。」
俺が母さんに見つからないように隠しているエロ本とか写真集とかは無事だろうか・・・。やばい、心配になってきた。
「さあ、帰ってきたのならきりきり働いてもらうわよ。避難命令の集合時間までそんなにないんだから。」
俺は疲れた体を休める暇もなく、日が暮れるまで強制労働をし続ける羽目になった。



避難地である軽井沢にやってきた。何度か訪れている場所だが、その度に事件に遭うのであまりいい思い出はない。
「お〜い、待ってくれよ〜。」
俺は両手に沢山の荷物を抱えて歩いている。
「だめよ、一ちゃん。しっかり持って歩きなさい。」
父さんと母さんは自分の荷物だけ持って先に行っちまうし、なんで俺だけ・・・・。

俺たちが避難先に着くと、そこには既に大勢の人が集まっていて片づけなどをしている。
「金田一君!」
おやっ?この声は?
「玲香ちゃん?」
「久しぶりね、金田一君、七瀬さん、それに二三ちゃん。」
玲香ちゃんは半袖のタートルネックにスパッツというラフな恰好だった。
「どうしたんだい?玲香ちゃんも避難してきたのかい?」
「いいえ、長野でお仕事だったから、来ちゃった。金田一君に会いに。」
うおおおおっ!こ、これは・・・もしかして愛の告白?それを美雪が凄い形相で睨んでいる。
「じゃあ、私あっちの別荘地の事務所のコテージにいるから、落ち着いたら来てね。しばらくはいるから。」
「ああ、後でお邪魔させてもらうよ。」
玲香ちゃんはそのまま足早に去って行った。まだこちらで仕事があるんだろう。今やどこのマスコミも人が足りない状態だ。東京に潜入したリポーターが次々と消息を絶っている。恐らくハイグレ人間にされたのだろう。
「良かったわね、一ちゃん。速水さんが軽井沢にいて。」
「なんでそんなに怒ってるんだよ?ほら、スマイル、スマイ・・・ボゴッ!」
美雪は俺に顔面パンチを喰らわせてその場を去って行った。

「おい、一。」
「なんだよ、二三。美雪がいなくなったのを見計らって素に戻るのをやめろ。」
「そんな事どうでも良いんだよ。お前、一応探偵なんだろ?この事件についても色々知ってるんだろ?」
「まあ、ある程度はな。東京に戻ってくるまでにある程度の推理は立ててみたけど、まだ情報が足りない。後で長野県警の長島警部にでも話を聞いてみないとな。」
事件を解決して東京に戻ってくる前に、地元の警察からもらった資料では詳細な事実は書かれていない。警視庁や警察庁が陥落している状態では仕方ないか。
「早く解決してくれよ?私はハイグレ人間になるなんて嫌だからな。」
「お前みたいなお子様を誰が好き好んで狙うんだよ。」
「なっ!これでも学校のアイドルなんだぞ!ラブレターだっていっぱい貰ってるんだから!それに、何年かしたら美雪お姉ちゃんみたいな美人になるんだから!」
「ああ、そうかい。まあ、お前たちがハイグレ人間にならなくて済むように頑張るさ。」
しかし、どうやって?この不気味で予想外の力にどうやって立ち向かえばいいんだろう。今考えられるのはハイグレ魔王の正体を突き止めてやめさせることだけだろう。そこでいくらでも交渉するしか手立てがない。銃剣の力で勝てないのは実証済み。ならば話し合い、騙し合いで解決するしか方法はない。

さて、荷物の整理も終わった。当面の宿泊地の設営も終わっている。俺たちはみんなで夕食を食べ、睡眠をとるために各々戻っていく。
「だ、誰だ、あんたは!」
向こうの方で何か騒ぎが起きている。警護担当者と一般人が何かもめているようだ。
「どうしたんすか?」
「おや、君は・・・・。この人が許可証も無いのに入れろといって聞かなくてね。用件を聞いても答えないし。」
「馬鹿野郎!お前ら下っ端に話せるような情報じゃないんだ!早くここに金田一って奴を・・・・・・・・・って、あれ?金田一?」
「その声はいつきさん?」
暗くてよく見えなかったが、懐中電灯で照らしてみるとよく知るいつきさんの顔があった。
俺は交渉の末にいつきさんの入場許可を貰う。しぶしぶ警護担当者も通してくれた。

いつきさんが促すので、人のいない物陰に行く。
「よく無事だったな、いつきさん。都心部に潜入してたんだろ?」
「ああ。何度も危うくハイグレ人間になりかけたけどな。どうにか逃げてこられた。」
「で、さっき言ってた俺に伝えたいことってのは?ハイグレ人間に関してだろ?」
「ああ、大事な情報だからすぐにでもお前に伝えたいって思ってな。急ぎなら電話にしたいところだが、盗聴の心配があるからこうやってやってきたってわけさ。」
東京の大半を押さえたハイグレ人間たちは当然盗聴設備も握っている。下手に電話を使えば情報がすぐに漏洩してしまうのがおえら方の悩みの種だった。
「明智警視と剣持警部には同じ事を伝えてある。仕事のめどがつき次第軽井沢に応援に来るそうだ。」
「こっちに来る?軽井沢に関係しているのか?」
「ああ、実はな、潜入中に偶然に聞いちまったことなんだが、この軽井沢にハイグレ魔王がいるらしい。」



「軽井沢にハイグレ魔王が?」
「ああ、確かに聞いた。間違いない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうした?随分考えこんでるようだが?」
「いや、何でもない。そうだ、いつきさん。その様子じゃ飯もろくに食ってないんだろう?」
俺はひとまずいつきさんを連れていく。俺といつきさんは避難先の学校の体育館に入り、母さんとご近所から一人分の食事を分けてもらう。
「母さん、そういえば、美雪と二三はどうしたんだ?」
「ああ、二人とも玲香ちゃんの別荘ってところに行ったわよ。暇ですることがないって。」
「・・・そうか。なら、俺たちも行こうぜ、いつきさん。」
「あ、ああ。構わないが。おいおい明智さんと剣持さんも来るだろうし、丁度いいだろ。」
母さんに出かけてくると伝え、1.5km程離れた別荘地に向かう。高台にあるのでだいたい一時間くらいだろうか。

「先輩〜。待って〜。」
んっ?この声は?振り返るとビデオカメラを片手に走ってくる一人の青年が。
「なんだよ、佐木二号。」
「ひどいですよ、先輩。僕を置いていくなんて〜。僕は先輩といつでも一緒ですよ。」
「気色悪いことを言うな。まあいい、お前も一緒に行くか。」
俺たち三人は運動不足のためひいひい言っているいつきさんの尻を叩きながら、予定より多い二時間かけて目的地にやってきた。

眼前に立派な造りの別荘がでんと構えている。コテージというよりは大きなお屋敷のようだ。
「わあ、すごい立派ですね〜。」
「おいおい、そんな所に突っ立ってないで入るぞ。」
俺はすたすたと中に入っていく。

「あ、一ちゃん。」
「遅いぞ〜。」
美雪と二三はロビーに置いてあるビリヤードで遊んでいた。
「お前らなあ、勝手に出歩いて襲われたらどうするんだよ?」
「まだこっちまでハイグレ人間の手は伸びてきてないでしょ?平気だよ、平気。」
「お前らの方が俺よりお気楽でどうするんだよ・・・。」
階段をつかつかと歩いて下りてくる足音。玲香ちゃんのようだ。
「あら、金田一君、それに佐木君にいつきさんも、いらっしゃい。」
玲香ちゃんは首に鮮やかな色のスカーフを巻いている。それとヒラヒラの洋服を着ている。
「金田一君が来てくれると思っておめかしして待ってたの。ねえ、今日は遅いし泊まっていってくれるでしょ・・・?」
「あ、いや、そんな、抱きつかないで。その、嫌じゃないけど、あ、でも・・・・。」
なんか後ろからすごい殺気を感じる。刹那、その殺気が素早い動きで俺の脳天を捉える。
「いてえっ!!」
「速水さん、二三ちゃんの前でそう言うことをするのは教育上良くないんじゃないかしら?マネージャーさんとかにも怒られるわよ!」
「もう、ケチ・・・。」
「俺の事は無視かよ・・・。」

夜十時を回っていて外は暗いので、俺たちは別荘に泊めてもらうことになった。山荘の人が簡単な夜食を作ってくれたので、それを食べて各自のんびりする。
俺と佐木といつきさんでひと部屋、美雪と二三でひと部屋をあてがってもらった。俺は部屋でハイグレ魔王について考えていた。
いつきさんが部屋に入ってくる。今まで東京に電話していたそうだ。
「おい、金田一。明智警視が明日の夕方には到着するそうだ。ハイグレ人間についての資料も持ってきてくれるってことらしい。」
「そうか。それは助かるぜ。俺がもらった資料だけじゃ情報が足りないからな。」
「なんだ、やっぱりお前も分からないのか、この事件は。・・・ああ、そうだ。せっかくだから、俺の録音したテープを聞いてくれや。」
いつきさんはカバンから取り出したカセットレコーダーの再生ボタンを押す。

しばらく早送りした後、秒数カウンターを見て通常速度に切り換える。
『おい、今日のハイグレ魔王様の演説はどうしたんだ?魔王様がおられないじゃないか。』
『あんた、知らないのか?ハイグレ魔王様は東京にいらっしゃらないぞ。』
『えっ?そうなのか?』
『今日から当分の間は単身で軽井沢に行かれるそうだ。あの地域の避難民たちを征服なさるおつもりだ。』
『へえ〜。』
『おい!そこ!ハイグレ人間じゃない奴がいるな!隠れてないで出て来い!』
『やべ!』
『待て!!逃げるな!!』
その後はカバンの中で揺れている音だけだった。

「な、間違いないだろう?」
「今の会話だといつきさんには最初は気付いていなかった。嘘の情報である可能性は低いだろうな。」
「ああ、明智警視も同じ見解だ。どうした、金田一。何か浮かない顔をしてるな?」
「いや、何か嫌な予感がして・・・。」

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
別荘中に響き渡る叫び声。この声は・・・・美雪!!
「お、おい、金田一。」
「ああ、行くぞ!!」
ドアをいきよいよく開けて部屋を飛び出すと、悲鳴の聞こえる先に一目散に駆けて行った。



「美雪!!無事か!!」
俺は悲鳴のした食堂に飛び込み、恐怖で震えて座り込んでいる美雪を抱え起こした。
「あ、あれ!!」
美雪がふるえる指で指し示した先には、コテージの管理人とお手伝いさんが倒れていた。
「おい、どうしたんだ、しっかりしてくれ!!」
俺は近くで倒れている管理人さんを揺すってみる。その首に巻かれた首輪に気づく。
「は、一ちゃん、こ、これ・・・・。」
「ああ、ハイグレ人間の首輪だ。」
「じゃ、じゃあ・・・、この二人は・・・。」
「ハイグレ魔王の手に落ちちまったようだ・・・。」
俺は美雪を二人のそばから離れさせる。
「いつきさん、首輪を外す道具を・・・・・・・。」
いつきさんに声をかけるが、遅かった。今まで気を失っていた二人がむくりと起きだす。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!」
二人は立ち上がると服を脱ぐ。その下にはハイレグ水着を着ていて、ポーズを取る。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!」

「どうしたの、何の騒ぎ?」
「何かあったの?」
「事件ですか?」
玲香ちゃんと二三と佐木が駆けつけてくる。他にこのコテージに人はいないので、これで全員だ。
三人はハイグレ人間になった二人の姿に声を失う。
「金田一、どうやらハイグレ魔王は・・・。」
「ああ、この近くにいるようだな。」

その後すぐに警察に連絡したが、音信不通になっている。電話線を切られたらしい。携帯電話は麓の避難地の人々のせいで回線がパンク状態でつながらない。
やむをえずいつきさんが山を下ることなった。全員で一緒に山を下りるべきか悩んだが、車も無しに夜の山道を団体行動をするのは危険なのでやめておいた。
ハイグレ人間になった二人は外に出ないように部屋にかぎを掛けて閉じ込めておいた。勝手に動かれると危険極まりないからだ。
「先輩、いつきさん、大丈夫ですかね?」
「何、あの人なら心配ないさ。」

俺と佐木は手分けしてコテージの戸締りを確認する。しかし、外から無理やり侵入した形跡がない。まさかまだ中にいるのか。いや、待てよ・・・
「一ちゃん!」
美雪が後ろから俺の背中を勢いよく押してくる。
「うわっ!何だよ、いきなり。」
「もう遅いんだし、寝よ?佐木君も戻ってきたし、戻ってないの一ちゃんだけだよ?」
「ああ、俺も確認が終わったから戻ろうと思ってたところさ。」
俺は美雪と並行して中に入って鍵をかける。
「そういえば、美雪。なんで首にスカーフ巻いてるんだ?二三もつけてたけど。」
「ああ、これ?速水さんに貰ったの。最近芸能界で流行ってるんですって。」
「・・・・・・・・・・・・。ふーん、そうなのか。」
夜は全員ロビーで眠ることにした。女性陣を眠らせている間、俺と佐木が交替で起きて番をすることにして、いつきさんと警察が来るまで警戒することにする。

眠い・・・・・・・・・・。寝たり起きたりはつらい・・・。今は朝の五時半を回っている。六時になったら佐木と交代だ・・・。もう少し・・・・もう少し・・・・
「んっ・・・・・・んん・・・・・・・・・。」
二三が起き上がる。眠っている美雪と玲香ちゃんを踏まないようにこっちに歩いてくる。
「どうしたんだよ、二三?」
「ちょっとトイレ。」
そう言い残して二三はトイレの扉を開けて中に入って行った。あそこのトイレなら目の届く範囲だし、問題無いだろう・・・・
「うとうと・・・・。」
俺は疲れから少しまどろむ。いつきさん、遅いな・・・。早く警察を連れてきてくれよ・・・・・。

「きゃあああああああああああああ!!」
トイレの中から二三の悲鳴が上がる。
「な、なんですか、今の声は!?」
「んん、もう、何?」
「まだ眠いのに・・・。」
佐木が真っ先にはね起き、美雪、玲香ちゃんも目を覚ます。

「おい、二三!!開けろ!!」
俺はトイレの扉をバンバン叩く。
「こ、来ないでよ、ハイグレ魔王!!きゃあああああああああ!!」
二三はパニックに陥っていてドアを開けてくれない。
「くそっ、ぶち破るぞ、佐木!!」
「えっ。でもこのトイレのドア、引っ張るんじゃ・・・。」
「それでも押してれば留め金が壊れて開くんだ!!やるぞ!!」
俺と佐木は何度も肩当てをして扉をゆがませる。何とかこじ開けて中に入る。

「二三!!」
トイレの中に入る。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「二三ちゃん!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
二三が青のハイレグ水着を着てポーズを取っている。その後ろにはこじ開けられた小窓が風に揺られて音を立てている姿があった・・・・。



「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
二三は青いハイレグ水着を着て一心不乱にポーズを取り続けている。俺は開きっぱなしの窓から顔を出してみる。ハイグレ魔王は見当たらない。
「は、一ちゃん・・・。ハイグレ魔王は?」
「いや、もういないようだ。」
ハイグレポーズを取っている二三を佐木と抱えて部屋に連れていく。

「悪い、金田一!道に迷って手間取っちまった!」
いつきさんがパトカーに乗ってやってきたのは朝8時過ぎだった。俺は現在の状況をかいつまんで説明する。
「くそっ!もう少し早く来てれば・・・。」
「終わった事をぐちぐち言っても始まらないさ。」
その後刑事たちが周囲の山狩りをするが、俺たち以外にこのコテージの周辺にはいなかった。

俺は二三がハイグレ化したトイレの中を調べることにした。警察の捜査はすでに終わっている。
「何してるの、一ちゃん?」
後ろから美雪が声をかけてくる。
「いや、ちょっと妙なところがあってさ。」
「妙なところ?」
「ほら、ここを見てくれよ。この脇の用具入れさ。」
俺はトイレの横側の壁に据え付けられている用意具入れの中を美雪に見せる。
「何かおかしいところがあるの?」
「ほら、ここさ。トイレットペーパーが10個積んであるだろ?でも、何か他の物を無理やり押し込んだみたいにトイレットペーパーがへこんでいるんだ。」
「あ、本当。何でかしら?さっきは気付かなかったけど。」
俺はトイレの背中側にある窓を開ける。
「それともう一ヵ所。この窓は人一人くらいなら通れる大きさの窓だけど、そもそもこういう窓は外側から開けることはできないんだ。」
「鍵を閉めていなかったんじゃないの?」
「忘れたのか?昨日用心のために戸締りは全て確認したんだ。」
俺は黙り込んで考える。この状況で一番考えやすい答えは・・・・。

「きゃあああああああああ!!」
外から聞こえてくる声。この声は!?
「速水さん?」
「ああ、玲香ちゃんの声だ!!」
俺たちはすぐさま外に走る。いつきさんと佐木もすぐに合流する。悲鳴が聞こえた先は屋外プール。

プールに駆けつけると水面に浮かぶ人影が。
「玲香ちゃん!?」
黄色のハイレグ水着を着てプールの上を浮かんでいる。プールに入ってすぐに引き上げる。
「ん・・・・あ・・・・・・・・・・き・・・・・・金田一君・・・・。」
玲香ちゃんは俺の差し出す手を振り払って立ち上がる。
「くっ・・・・・・。は・・・・・・ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
玲香ちゃんは濡れた体に構わずポーズを取る。新たな犠牲者が出てしまったか・・・。

昼になる。美雪がおにぎりを作ってくれたが、食は進まなかった。
「一ちゃん・・・。二三ちゃんに続いて速水さんまで・・・。ハイグレ魔王がまだこの近くにいると思うと恐いわ。」
「・・・・・・・・・。玲香ちゃんはどうしたんだ?」
「警察の人たちが管理人さんたちと同じ部屋に閉じ込めたわ。とりあえずはそうしておくしかないって。」
俺たちのいるロビーにばたばたと誰かが駆けてくる。
「先輩!!先輩!!」
佐木が何かを抱えて走ってくる。
「どうしたんだよ?」
「さっきこの山荘の周りを歩いてたらこんなのを見つけたんです!」
そう言って差し出したものは、二三が今朝着ていたパジャマと先ほどまで玲香ちゃんが着ていた服だった。どちらもびしょぬれだった。
「ね、おかしいでしょう?」
「お前、これをどこで見つけたんだ?」
「すぐそばに小川が流れているでしょう?そこの下流の橋げたに引っかかっていました。」
「一ちゃん、どうしてこんなものがここにあるのかしら?」



「なあ、美雪。お前、俺と佐木がハイグレ人間になった二三を上に運んでいる間はどうしてた?」
「えっ?私も速水さんもただおろおろしてただけね。気が動転してたし。」
「そうか、なるほどな。」
「何がなるほどなの?」
「こっちの話さ。」
俺はそれだけ言ってコテージの二階へ上がっていく。階段を上がって一番手前の部屋から、管理人氏、お手伝いさん、二三、玲香ちゃんを閉じ込めてある。全ての部屋からハイグレ!の掛け声が木霊してくる。
夜にはハイグレ人間になった人々を引き取りに担当者がやってくる。それまでの一時的な措置だった。この二階には全部で十部屋ある。願わくばこれ以上ハイグレ人間が増えてほしくないものだ。
二三を閉じ込めてある部屋の扉を細めに開ける。中では大きくコマネチをしながらポーズを繰り返している管理人さんがいた。俺はそのまま閉めて、他の三人の部屋も確認する。
「おおい、金田一!なんだ、こっちにいたか。」
いつきさんが階段を上ってきて俺に話しかける。
「明智警視と剣持警部が到着だ。」
「ああ、すぐ行くよ。」
俺はいつきさんの後を追って足早に階段を下りた。

明智警視と剣持警部はロビーに座って俺たちを待っていた。横では美雪がお茶を入れている。
「やあ、金田一君。お久しぶりですね。」
「あんたこそな。それにしても東京の方はいいのかよ?あんたが指揮官なんだろ?」
「同僚に任せてきました。それよりもこちらに来る方が大事だと思いましたからね。」
「おい、金田一。聞くところによると、早速この山荘でハイグレ人間になっっちまった一般人がいるそうじゃないか?それも二三君と速水君まで狙われたとか。」
「その通りさ、剣持のおっさん。面目のしだいもないよ。」

「金田一君、ちょっと来てもらえますか?」
話があらかた終わったところで明智さんが俺に席を外せと促してくる。
「?」
俺はソファーから立ち、明智さんの後について外に出る。
「なんだよ、藪から棒に?」
「これを見てください。世界最高の探偵といわれる通称・Lが一級資料に認定したものなんですが。」
胸ポケットから取り出した紙には暗号文が書いてある。これは・・・
「明智さん、もしかして俺と同じ可能性を考えているのか?」
「ええ。分かっていると思いますが、警察っていうのは不便なもので決定的な証拠があるか現行犯でない限り犯人を逮捕できないんですよ。」
「ああ、そうだろうな。それに、相手はハイグレ魔王だ。さっきあんたに見せてもらった資料からでも、いろいろ対策をしなきゃいけないしな。」
「さすがに話が早いですね。で、君に相談です。これからなんですが・・・。」
俺と明智さんはある打ち合わせをした後、何食わぬ顔でロビーへ戻って行った。

俺たちは実況見分などをして時を過ごす。と言っても特におかしいところがこれ以上見つかるわけでもないので形だけだ。
「ちょっと外でタバコを吸ってきますわ。」
剣持警部が明智警視に断って外にタバコを吸いに行く。煙が他人にかからないように木蔭へ消えて行った。

「な、なんだお前は!?」
数分後木陰からおっさんの大声がする。
「さ、さては貴様がハイグレ魔王か!?これ以上近づいたら撃つぞ!?」
すぐに銃声がする。威嚇発砲をしたようだ。
「お、おい、明智さん!!」
「ええ、まったく、こんな時に!!」
明智さんはすぐに銃を引き抜き、全速力で木陰に走る。
「一ちゃん、何事!?」
「先輩!!今の声は?」
すぐに飛び出してくる美雪と佐木。
「おまえらは伏せてろ!流れ弾に当たるぞ!」
俺はそう言い捨てて明智さんの後を走る。
「うわああああああああああああ!!」
断末魔をあげるおっさん。茂みを抜けて広まったところに出るとハイレグの水着姿で倒れているおっさんの姿が。
「おい、しっかりしろ!!おっさん!!」
「く・・・・・・・・あ・・・・・・・・。」
剣持警部が顔をあげて目を見開く。そして・・・
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
おっさんは緑色のハイレグ姿でハイグレポーズを取りだす。
「お、おい、金田一、明智さん!!今の声は・・・・。」
いつきさんがぜいぜい息を上げながら追いついてくる。
「ああ、剣持のおっさん、いや、五人目の被害者さ・・・。」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」

その後すぐに二階の一室に剣持のおっさんを閉じ込めた。玲香ちゃんの隣の部屋にあたる。
「け、剣持警部が・・・。」
美雪は部屋に入れられる途中も暴れているおっさんをショックの眼差しで見送っていた。おっさんは部屋に入れられても元気よくポーズを取っている。佐木はその横でずっとビデオを回していた。
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」



食堂の大時計が鐘をゆらしている。カチカチカチカチ・・・・。ゴーンと一時間に一回の鐘が鳴る音が聞こえる。今は夜八時。俺は二階の剣持警部を閉じ込めてある部屋にいた。息を殺して暗い室内でじっとしている。隣では明智警視も同様に構えている。

10分くらい過ぎただろうか。俺たちのいる部屋のドアが少し細めに開く。その人物は中を伺うように見てから安全を確認して中に入ってくる。俺たちは死角になる所に構えていたのでやり過ごす。
中に入ってきた人物は仮面とマント、そして長靴。マントの下には赤いハイレグ水着を着ている。間違いない。ハイグレ魔王だ。

「・・・・・・・・・・・。」
その人物はハイグレ人間になった剣持警部に近づいていく。懐から例の首輪を取りだし、そして・・・
「今だ!!」
俺と明智警視はハイグレ魔王に飛びつく。ハイグレ魔王は不意を打たれて前のめりに倒れる。すかさず腕をひねりあげて後ろ手に手錠をはめる。そして、その手にゴム手袋をはめる。
「くっ!!」
「ひっかかったな、ハイグレ魔王。剣持のおっさんを利用しようとやってきたのが運のつきだったな。」
「金田一君と私の仕掛けた罠を逆に利用しようとしたのでしょうが、我々の方がその上をいっていましたね。」
「ハイグレ!!ハイグレ!!・・・・・って、もういいんですか?」
「ええ、早く着替えてきなさい、剣持君。」
剣持のおっさんは服を着るために部屋を出て行った。

ぞろぞろと他のメンバーが入ってくる。
「まさか金田一のいったとおりとはな・・・。信じたくはなかったが、な・・・。」
いつきさんは苦虫をかみつぶした表情をしている。
「っていうか先輩、剣持警部はハイグレ人間にされたんじゃなかったんですか?」
佐木は当然の質問をしてくる。
「いや、おっさんにはハイグレ人間のふりをしてもらっていただけさ。多分ハイグレ魔王なら偽物の首輪とすり替えて本物の首輪を取りつけにくるだろうと思ってさ。」
「まあ、私は最初から犯人の推測がついていたので予め用意をしておいたんですが。」
あんたはあの資料から目星をつけてただけだろうが・・・。
「じゃ、顔を拝ませてもらおうか。」
俺は押さえつけらた状態のハイグレ魔王に近寄り、仮面を外す。
「日本を恐怖に陥れた恐怖の大王・ハイグレ魔王の正体は・・・・・・・・・・・あんただ!!」

「ハイグレ魔王の正体はあんただ、速水玲香!!」
仮面の下には玲香ちゃんのかわいい顔があった。唇を噛んで悔しがっている。
「ち、違うわ、金田一君・・・・。私はただハイグレ魔王のふりを・・・・。」
「へえ、そうかい?冗談でその格好をしているのかい?」
「そ、そうよ。」
俺は無造作にハイグレ魔王に付けられた首輪を触る。
「ひっ!!」
彼女は反射的に身をこわばらせる。
「やっぱり無理だな。小さい時のトラウマで何かを首に巻くことは君にはできない。但し、ハイグレ人間であることを隠すためにスカーフを巻く場合を除いてね。」
「おい、金田一・・・。なら、お前は最初から彼女が怪しいって気付いてたのか?」
「ああ、最初は気にも留めていなかったけどな。疑い始めたのは二三が襲われた時だ。」
「・・・・・・待って、金田一君。それだったら私は犯人じゃないわ。二三ちゃんが襲われた時、私は七瀬さんと一緒に寝ていたのよ?」
「ああ、確かに寝ていて二三の悲鳴で起きたアリバイがある。本当にハイグレ人間に二三がハイグレ魔王に襲われていたのならな。だが、実際はあのトイレの中では二三は襲われていないんだ。」
「どうしてそんな事が分かるんですか、先輩?」
「佐木が川で拾った二三と玲香ちゃんの服さ。ハイグレ人間にされる時は服をそのままハイレグ水着に変えてしまう。だったら、なぜ二人が襲われた時に来ていた服が見つかるんだ?」
「それは・・・・・服をハイレグ水着にする必要がなかったから・・・・・・・・あ!!」
「そうさ。二三と美雪にスカーフをつけさせていたのはそういうことなんだ。二三の首輪をごまかすためにね。玲香ちゃんは前の晩に予め二三をハイグレ人間にしておき、何食わぬ顔で俺たちと一緒にいさせた。二三は朝になって頃合いを見計らってトイレに行き、服を脱いで用具入れに自分の服を入れた。それで用具入れのトイレットペーパーに妙なへこみがついていたってわけさ。そして、あたかも外から襲われたかのように窓を開き、そして叫び声をあげた。」
「な、なるほど・・・。」
「そして、もし俺だったら自分に疑いがむく可能性を考え、自分の力でハイレグ水着の色を変えてハイグレ人間にされた被害者のように振舞って俺たちの油断を誘っていたのさ。そして、俺たちを一人ずつハイグレ人間にする機会をうかがっていた、と。」

「では、私も説明しましょう。金田一君一人だけにしゃべらせてはおけませんからね。」
明智さんが俺にちらりと眼を飛ばして話しだす。
「私は警視庁に収められた資料から、一級資料に認定されているある物を知っていました。そして、いつきさんがやってきてハイグレ魔王が軽井沢にいた時に犯人の目星がついたんです。」
「一級資料って?」
明智警視は俺に見せたのと同じ紙をみんなに見せる。『44299926444777』と書いてあった。
「これはハイグレ人間の侵食の開始地点である米花総合病院から発せられたメッセージです。恐らくは万が一の場合に悟られないために手のこんだ書き方をしたのでしょう。途中で終わっていますが。」
「なんて書いてあるんですか?」
「なに、携帯電話を使っていれば簡単に分かることです。数字で入力された文字を英語で置き換えると、hayamirになります。つまり、これだけで『はやみ』という名字で『r』が名前の最初に入る人間に的が絞れるわけです。」
「でも、そんなの日本中にたくさんいるんじゃ・・・。」
「確かにそうでしょう。しかし、私は速水君のスケジュールに照らし合わせましてね。まだ米花病院を中心にハイグレ化が進行する前・・・・とりあえず第一段階ということにしておきましょうか、住民たちが襲われた時刻と速水君のプライベートタイムが完全に一致しました。違いますか、速水君?」
「・・・・・・・・・・。」
「ああ、ちなみにあなたをこの部屋におびき寄せる前に、勝手ですが部屋を調べさせてもらいました。床下からハイグレ人間に付けられている首輪と同じものが沢山でてきましたので、警察の方で回収させてもらいましたよ。」
「くっ・・・・・・・。」

「なあ、玲香ちゃん。もう言い逃れはできないだろう?潔く罪を認めたらどうだい?」
「ふふふっ、さすがね、金田一君。そうよ、私がハイグレ魔王よ。」
「なぜこんなことをしたんだ?いや、誰の命令と言うべきかな?君にその首輪をつけた人物、黒幕がいるんだろう?」
「私はよく知らないわ。ただ、この地球を新しく支配してくださる崇高なお方よ。」
「君も洗脳されているのか・・・・。」
「いいえ、あなたたちがハイグレ魔王様の素晴らしさに気づいていないだけよ。それに、私はまだ負けていないわ。」
玲香ちゃんは手錠をはめられたままの腕であ立ち上がる。
「君の手には電撃対策でゴム手袋をはめてある。無駄な抵抗はやめるんだ。」
「あら、私の切り札はそれだけじゃないわ。出でよ、我がしもべのハイグレ人間たち!」
パチンと指を鳴らす。資料にあったハイグレ魔王の特殊スキルだ。

「なあ美雪、もう終わったのか?」
俺は部屋の外にいる美雪に声をかける。
「ええ、全員剣持警部からもらった薬で眠らせたわ。」
「えっ?」
玲香は驚きの表情で何度も指を鳴らす。が、当然ハイグレ人間にされた他の人たちはやってこない。
「無駄だよ。薬で眠らせたから一晩は起きない。・・・・・・・・君の負けだよ。」
「ふふふっ、今の私なら金田一君に勝てると思ったんだけどな・・・・。甘かったかな。」
玲香ちゃんはがっくりを肩を落とす。観念したようだ。

「明智警視!」
剣持のおっさんが部屋に入ってくる。
「裁判所から逮捕状が発行されました。それと、犯人を護送するためのパトカーも十台呼んであります。」
「そうですか。では彼女を連行しましょうか。黒幕の正体と、あとはハイグレ人間にされた人々を元に戻す方法を聞かないといけませんからね。」
玲香ちゃんはそのまま明智警視と剣持警部に連れられて部屋を出る。
「一ちゃん・・・・。どうして速水さんがこんなことに・・・。」
「泣くな、美雪。これが現実なんだ・・・。」

「うわあああ!!」
「ぎゃああああああ!!」
外で警官たちの悲鳴があがる。何だ!?どうしたんだ!?



外に出てみると、山荘に近づいてくる人影があった。その人影に近づいた警官たちがばたばたと倒されていく。その人影は、黒のマント、黄色と青の仮面、そして赤いブーツ・・・。まるっきりハイグレ魔王の格好だ。
「一ちゃん、もしかしてあれハイグレ魔王!?もう一人いるの!?」
「いや、そんなはずは・・・・。」
だがしかし、現にやってくるのはハイグレ魔王だ。いや、待てよ・・・・、まさかあれが黒幕か!?
「明智さん、おっさん、伏せろ!!」
パトカーに玲香ちゃんを乗せようとしていたが、近づいてくる人影に呆気に取られていた二人に大声で怒鳴る。
「うわっ!?」
二人は玲香ちゃんを地面にたたきつけ、自分たちもかろうじて回避する。

「ハイグレ魔王様!!」
玲香ちゃんが片膝をついて臣従の意を示している。やはり・・・・あれがオリジナルのハイグレ魔王。あれは普通の人間じゃない。まさしく魔王・・・・人ならざる者だ。
「ハイグレ魔王様・・・・嬉しいです・・・・私を助けに来てくださったんですね?」
玲香ちゃんが泣きながらハイグレ魔王に感謝している。ハイグレ魔王は玲香ちゃんに填められている手錠を剣で砕くと、彼女の頬を思いっきりひっぱだく。玲香ちゃんは思いっきり吹き飛ばされる。
「魔王様!?一体何を・・・・。」
「あたしが別宇宙に行ってる間に地球の半分は占領しておきなさいっていったはずでしょう!?それを何!?二か月もかけてこの程度しか占領できずに、自分も捕まってあたしが助けにいかなきゃいけないってどういうことなの!?お前はあたしの命令も満足に聞けないのかしら?」
「お許し下さい・・・ハイグレ魔王様・・・・ぎゃあああああ!!」
ハイグレ魔王が小指から発した電撃で玲香ちゃんの体を攻撃する。
「あんたはしばらくそうやって苦しみながら反省していなさい。」

「あなたは金田一少年かしら?うふふ、ティーバック男爵(二代目)が喜びそうないい男ね。今度紹介してあげるわ。」
ハイグレ魔王は俺に歩み寄ってくるなり不気味な事を言い出す。男爵って男だろ?気持ち悪い・・・
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!!あんた、何者?一ちゃんを誑かしたりしたら怒るわよ!!」
美雪が俺とハイグレ魔王の間に割って入る。
「うるさい女ね。私は野郎にしか興味無いの。あたしはオ・カ・マだから。」
すさまじい寒気を感じて身震いしてしまう。鳥肌が立ちまくっている。佐木といつきさんも同じように腕をさすっていた。
「まあいいわ。せっかく新銀河を征服したばかりでまた仕事をするのは嫌だけど・・・、玲香が役に立たないんじゃ自分で地球を征服するしかないわよねえ。来なさい、ハイグレ城!!」
ハイグレ魔王がそう叫ぶと、空からとてつもない爆音が聞こえてくる。
「何だありゃあ!?」
でっかいピンクの宇宙船のようなものが降下してくる。そのUFOからパラパラと暗闇に紛れてよく分からないが人が飛んでくる。
「さあ、パンスト団、ここにいる全員をハイグレ人間にしておしまい!!」
そう命令されると、パンストをかぶった奴らが銃を発射してくる。

「うわあああああああ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「ぎゃあああああああ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
銃から出てくる光線に当たった警官たちが次々とハイグレ人間になっていく。首輪と同じ効果・・・・しかも、数段早く防御のしようのない攻撃だ。
「あああああああああ!!」
「いつきさん!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
「ぎゃあああああ!!」
「佐木君!!」
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
側にいたいつきさんも佐木もハイグレ人間にされてしまった。俺は咄嗟に美雪の手を握って引っ張る。
「逃げるぞ!!」
「う・・・・・うん!!」
この分じゃ剣持のおっさんも明智警視もやられている。今は美雪だけで精いっぱいだ。

俺は美雪の手を引いて林の中へ入った。空を飛んで攻撃してくる奴らは木が邪魔で入ってこられない。
「一ちゃん、あたしたち、どこへ向かってるの?」
「とにかくふもとまで降りないとな。すぐに皆に知らせないと・・・・。」
「あっ、あれ明かりじゃない?人かがいるかも・・・。」
明かり?まだふもとにはたどりついていないはず・・・・。
「伏せろ!!あそこにいるのはハイグレ人間だ。」
「えっ、そ、そんな・・・。ねえ、だったら囲まれてるよ?ほら、あっちからも、こっちからも明かりが近づいてくるよ?」
目を凝らしてみると、三方から近づいてくるのが分かる。近づいてくる方角からして、全部コテージに続く道沿いに中に入ってきたようだ。ならば・・・
「こっちだ!!」
俺たちはコテージから一番離れた方角へ走った。奴らは俺たちには気づいていなかったのか、スピードを早める気配がない。
「あっ、あそこで森が切れてるみたい・・・。光が見えるわ。」
美雪が嬉しそうに言ってはしゃいで走り出す。あれ?おかしいぞ?この山の地形だとまだふもとには・・・・・・。
「きゃああああああああああ!!」
美雪の悲鳴。まさか!!

森が切れた先はふもとの町ではなくゴルフ場だった。月明かりだけが芝生を照らしている。
「は、一ちゃん・・・・。」
美雪は腰を抜かしてへたりこんでいた。その先には・・・・パンスト団がいた。空を飛んで先回りしていたらしい。
「甘かったわね、二人とも。もう逃げられないわよ!!」
玲香ちゃんがオマル型の乗り物に乗って俺たちを見下ろしている。
「あなたたちを逃がしたらまたお仕置きだから・・・・ここで終わらせてもらうわ!!やりなさい!!」
パンスト団がハイグレ銃を乱射してくる。
「きゃあああああああああ!!」
美雪にハイグレ銃が命中する。
「美雪!!」
「そんな・・・・・・・・・・ごめんね・・・・・一ちゃん・・・・。」
美雪は大の字になった後、白のハイレグ姿になる。しばし呆然とした後・・・・
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
美雪は夜のゴルフ場でハイグレポーズを取るハイグレ人間になってしまった。
「撃つのをやめなさい!!」
玲香ちゃんがパンスト団に命令する。部下たちはすぐに発砲をやめた。
「金田一君は私がハイグレ人間にしてあげる。」
そう言って玲香ちゃんは首輪を取りだす。
「わざわざ首輪を使うのかい?」
「うふふふ、この首輪を付けてるとハイグレ魔王候補になれるのよ?あなただったら私なんかよりずっと立派な次期ハイグレ魔王様になれる素質を持っているわ。」
「そんなものになりたくはない・・・・。」
「あなたには拒否権はないわ。七瀬さん、金田一君を・・・。」
美雪はハイグレポーズをやめ、俺を後ろから羽交い絞めにする。玲香ちゃんは俺の鼻先に右手をかざす。そして・・・
「うぐっ!!」
俺は青いハイレグ水着を着せられる。そして、ハイグレ人間の首輪が俺の首にかけられる。
「ぐっ、ぐわああああああああ!!」
く、苦しい・・・・。今まで生きてきた中で一番の苦しみ・・・・。銃で撃たれた時、鈍器で殴られた時、そんなのがかわいいぐらいに思える苦しさ・・・・。脳がハイグレ人間になることを欲している・・・・。負けるな・・・・負けるな・・・・・・・・・だ、だめだ・・・・うわあああああああああああああっ!!」
俺はやけになって立ち上がる。もうどうにでもなれという気分だ。くそっ!!
「ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!ハイグレ!!」
ついさっきの苦しみが抜けていく。これがハイグレ人間の恩恵・・・ハイグレ人間の素晴らしさ・・・・・。もう・・・・だめだ・・・・・。これからはハイグレ人間になって生きていこう・・・・・。
俺は美雪と玲香ちゃんと一緒にハイグレポーズを取りながらハイグレ魔王様への永遠の忠誠を誓った。



ICPOではアジア陥落、オセアニアとヨーロッパへのハイグレ化拡大に伴って対策会議が開かれていた。既にほかの大陸へのハイグレ化の上陸が確認されている。しかし、会議を行っても議論は空転状態。ハイグレ人間への対抗策など全く浮かばなかった。推理小説作家・工藤優作、Lに匹敵する探偵・ニアとメロ、稀代の淫楽殺人者・高遠遙一など、事件の解決のためにハイグレ化された地域に潜入していた人々も次々と消息を絶っている。こうして、世界の頭脳を飲み込み、ハイグレ帝国は巨大化していくのであった・・・。

MKD
2009年06月16日(火) 17時50分42秒 公開
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■作者からのメッセージ
長かったですが、ようやく完結させられました。しょぼい内容だったと思いますが、お付き合いくださってありがとうございました。