CLANNAD ハイグレ大家族 |
木から油蝉の鳴く声が聞こえてくる。あの音を聞くだけで暑苦しい。今は夏休み。しかし、高校三年生は受験勉強の真っ盛りで休みはない。俺は進学するつもりなどないが、恋人の渚のために毎日一緒に夏期講習を受けに行く。おまけに成績不良の俺と春原には別に補習があり、幸村のじいさんの監督の下、退屈な勉強をしている。 今日も渚と通学路を並んで歩いている。 「今日も暑いな、渚。暑いと勉強する気が起きないと思わないか?」 「はい。でも、お勉強をしないと将来困ります。」 「俺は困らない。お前も成績はいいんだからちょっとくらい勉強しなくても困らないだろう?ってわけで、サボって遊びに行こうぜ。」 「だ、駄目です!そういうズルをするのはよくないと思います!」 渚はいつでも真面目だ。俺の甘い言葉に引っ掛かるわけがない。そこが頑固だが可愛いところでもある。しかし、今回はそれが恨めしい。我慢して学校に行かなきゃいけないじゃないか・・・。 「朋也君!朋也君!」 ぼうっとしながら歩いていると、渚が俺のシャツの袖をふて俺の名前を呼ぶ。 「なんでしょう、あれは?」 渚の指差す方向を見るとオマルに乗った覆面の二人が飛んでくる。いかん、幻覚か?そうだ、幻覚が見えるくらい気分が悪いから補習をサボろう・・・。カチャリと音がする。その幻覚が俺たちに向けて銃を構える。って、幻覚なわけあるか!あれは実物だ! 「渚、伏せろ!」 奴らの撃った弾が俺達の頭上を掠める。ビームのようなものか?漫画でしか見た事がない。得体のしれない奴らは再び俺たちに照準を定め直している。 「逃げるぞっ!」 渚の手を引いて全速力で通学路を逆走する。奴らは空を飛んでいるから、障害物を避けられない。なんとか撒くことができた。気づくと、俺が居候している古河パンの店先まで戻ってきていた。 「はあ、はあ。ここまで来ればもう大丈夫だろう。渚、大丈夫か?」 俺は体の弱い渚が無事か心配で声をかける。ずっと手を引いて引っ張ってきたからな。しかし、渚は俺の質問に答えなかった。何かを驚いた表情で見つめている。 「どうしたんだ、渚?」 「朋也君、あ、あれ・・・。」 渚が指さした先は古河パンの目の前の公園。そこには異様な光景が広がっていた。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 約十人の古河塾の小学生たちが男の子も女の子も関係なしに女の子用の水着を着てコマネチをしている。一体何だ?オッサンの新手の俺達を驚かそうという悪戯だろうか?さっきのオマルに乗った覆面男も? 「渚、朋也さん、早いお帰りですね。」 早苗さんの声が後ろでする。 「早苗さん、これは一体・・・?」 俺は振り返って尋ねようとしたが、早苗さんの格好を見て固まってしまった。 「お母さん、どうしたんですか、その格好は?」 渚が代わりに質問する。 「ああ、これですか?これはハイグレ人間の服ですよ。」 早苗さんは緑のハイレグの水着姿だった。早苗さんって40くらいのはずなのに若々しい体だよな〜。胸も大きいし、腰はすごくくびれてるし、ハイレグ姿だとそれがよく分かる。渚も将来このくらいになるのだろうか・・。生唾をごくりと飲み込んでしまう。 「って、違う!!何やってんすか、早苗さん!!ここはプールでも海でもありませんよ!!そんな格好してたら変な人だと思われますよ!!」 「変ではありません。ハイグレ人間なら当然のことです。二人ともハイグレ人間になれば分かります。」 全く話がかみ合わない。オッサンの奴、一体どんだけ俺達を騙そうとしているんだ?こんなのに引っ掛かるわけが・・・ 「お母さん、本当にハイグレ人間さんになっちゃったんですか?困りました、私、ハイレグ水着を着た事がないので似合うかどうか不安です!朋也君に見られるのも恥ずかしいです!」 って、騙されてるし!やっぱり渚、お前はアホの子だ。 「よお、我が愛しの娘よ。それとおまけのどこかの馬の骨。」 オッサンが店から騒ぎを聞きつけて出てくる。早苗さんと同じく緑のハイレグの水着姿だった。 「オッサン、これは一体何の遊びだ?どこかにカメラでも隠してあるのか?」 オッサンはふんと笑って話し始める。 「小僧よ、てめえは何も知らねえんだな。昨日東京都庁に飛んできたUFOのニュースをやってただろ?あれはハイグレ魔王様が地球人をハイグレ化するためにいらしたんだ。で、この町もその恩恵にあずかることになったんだ。お前たちもハイグレ人間になれ。大丈夫、すぐに慣れる。」 オッサンは嘘をついている様子がない。俺たちが古河パンを出たのが二十分くらい前。その間に何があった?いやいや、騙されるな。 オッサンと早苗さんが俺たちにピストルを向けてくる。先端がとがっていてビーム銃のようになっている。 「今度は水ごっこか?とことん俺達を騙したいんだな。」 「言ってろ。ハイグレ人間になれ!」 オッサンが銃の引き金を引く。すると、銃から赤い光線が出る。 「うわっ!」 俺は渚の後ろから手を回して地面に伏せる。すると・・・ 「うわあああああああっ!!」 通行人の中学生?らしき男に当たった。光線が眩く光り、服装が半袖短パンの格好からハイレグ水着に交互に入れ替わって、光が収まる。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 中学生はハイレグ水着を着た状態でコマネチをする。まずい、良く分からないが本物?本当にハイグレ人間とかいうものが存在していて、地球を侵略している?オッサンと早苗さんはそれにやられちまったのか。今の光景を見たら信じざるを得ない。 「おっと、逃がすか。」 俺は反射的に渚の手を引いて逃げようとするが、オッサンがその前に立ちふさがる。前にはオッサン、後ろには早苗さん。いつの間にか古河塾の子どもたちや磯貝さんたちがハイレグ姿でわらわらと近づいてくる。 「渚、俺から離れるな。」 こうなったら理屈は関係ない。俺は渚の手を引いてしゃにむに走りだした。奴らが追ってくるが、必死に逃げた。 なんとか追手を撒いて逃げきったが、これから先の当ては全くなかった。こんな話を警察にしても相手にしてもらえないだろう。実際に襲われてからでないと、信じないよな。 「朋也君、これからどうしましょう?」 「ここからだと男子寮が近い。行ってみよう。」 何も当てがないのでとりあえず男子寮に向かう。しかし、なんかいつもより人通りが少ない。もともとそんなに多くないが、今日はいつにもまして少ない。何か妙な胸騒ぎがしたが、考えないことにした。 男子寮に到着する。何か不気味な声が寮の中から聞こえてくる。渚を後ろにかばいながら、恐る恐る寮の玄関から中に入ってみる。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 ラグビー部の連中がハイレグの水着姿でコマネチをしている。俺たちに構う様子もなく、一心にポーズを取っている。 「春原!!いるかっ!!美佐枝さん!!無事かー!!」 俺はありったけの声で怒鳴る。しかし、反応がない。 「渚、靴は脱ぐな。何かあったらすぐ逃げるぞ。」 いつもの渚だったら土足で中に入ることは断固拒否のはず。しかし、今は状況を理解してか大人しく従う。 俺と渚は毎日のように通っている春原の部屋に入った。中はこの前芽衣ちゃんがきれいにしていったので、綺麗だ。そういえば、芽衣ちゃんはこの事態に気づいているだろうか?今朝早く芽衣ちゃんが帰るのを送り出したばっかりだが・・・。で、部屋の主はベッドの上に座っていた。 「やあ、岡崎に渚ちゃん。やっぱり来たね。」 春原は黄色のハイレグの水着姿だった。こいつもやられていたか・・・。馬鹿な奴だが、男でハイレグを着ているとなると少し哀れに思えてくる。 「さあ、二人とも。僕と一緒に楽しいハイグレライフを送ろうぜ!!」 春原が銃を構えて飛びかかってくる。狭い部屋なのでリーチは少ない。俺はいつものように春原をボコボコにたたきのめした。春原はベッドの上でそのまま伸びてしまった。 「春原さん!!」 渚が心配そうに駆け寄ろうとするが、俺はそれを止めた。 「触るな、渚。何があるか分からない。」 「で、でも・・・!」 「こいつはいつもの春原じゃない。お前が近づくのは危険だ。」 「あらあら、随分騒がしいと思ったらお客様か。いいえ、カモと言った方がいいかしらね?」 部屋の入口を見ると、美佐枝さんが立っていた。いつものエプロン姿ではなく、紫色のハイレグの水着姿だった。 「美佐枝さん、あんたも・・・?」 「うふふっ!そうよ!私はハイグレ魔王様の忠実なる僕よ!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 美佐枝さんは大きく腕を広げてハイグレポーズをとる。腕を振る度に大きな胸が揺れる。早苗さんと同じ、いや、それ以上に大きい胸だな・・・。 「何見とれてるんですかっ!!お母さんだけじゃなくて、美佐枝さんにも色目を使うなんて!!」 渚が珍しく怒って俺の頬をつねる。 「す、すまん・・・。」 「そんなコントをしてていいのかしら?逃げ場がどんどん少なくなるわよ?」 気が付くと部屋にラグビー部員たちが入ってきている。 「ハイグレッ!ハイグレッ!ハイグレッ!」 「ハイグレッ!ハイグレッ!ハイグレッ!」 ラグビー部員と美佐枝さんがハイグレポーズを取る。そして、俺達を取り囲んでにじり寄ってくる。 「ま、待ってくれ。話し合おう。」 俺は美佐枝さんに交渉する。この状況で話し合いに応じないのは分かっている。時間稼ぎだ。 「何よ、話って?」 「この町にハイグレ人間って言う奴らはどのくらいいるんだ?」 とりあえず意味もない質問をしてみる。 「さあ、知らないわ。でも、パンスト団やハイグレ人間の協力者がいるから随分とハイグレ化は進んでいるわね。」 よし、もう少しでつかめる。落ち着いてしっかりとつかめ・・・。 「学校は?」 「まだよ。そうだわ、あなたたちをハイグレ人間にしたら私たちも協力しにいきましょうか?」 もう少し・・・よし・・・つかんだ。今だ!! 「渚、つかまれ!!」 渚が俺に抱きつく。その瞬間、俺は後ろ手に持っていた春原を思いっきり投げつける。いつものように春原は空中を舞って吹き飛んだ。 「うわっ!!」 美佐枝さんが後ろに飛び下がって避ける。その隙に俺は渚を抱えて窓から出る。 「追って!!岡崎と古河さんを捕まえなさい!!」 すぐに混乱から立ち直った美佐枝さんがラグビー部員たちに命令する。 「あばよ!!」 俺たちは窓から出ようと殺到する奴らを尻目に男子寮を脱出した。 美佐枝さんの話が本当なら学校はまだ無事のはず。俺と渚は町を抜けて外れにある光坂高校へ向かう。 高校に続く坂道。春には桜が咲き誇るが、今は緑色。その緑のトンネルを周りを警戒しながら登っていく。普段なら学生が行き来する平和な道だが、今日は違う。町中にうようよしていたのと同じハイグレ人間たちがどこに潜んでいるか分からない。 「隠れろっ!!」 校門の前まで来て大きな音が聞こえてくる。俺は無警戒の渚に小声で頭を隠すように言う。向こうから見えない角度で中を覗いてみると、運動部の連中がハイグレ人間にされていた。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 陸上部も水泳部も関係なく、一緒になってポーズを取っている。靴と靴下を履いているのに上だけ水着姿というのは何か不釣り合いでおかしい。奥の方ではさっき遭遇したパンスト団とかいう奴らが昇降口に集まっている。オマルに乗っている兵士と徒歩の兵士とが二十人くらいいる。 「なんか妙だな・・・?」 兵士たちは中に入ろうとしているみたいだが、なぜか次々と後ろに吹き飛ばされていた。俺達は警戒しながら近づいて木陰から様子を伺ってみる。 「杏ちゃんと智代さんです!」 渚の見たとおりだった。パンスト団は智代の無敵の蹴りと杏の凶悪な辞書投擲の前に次々となぎ倒されていく。 「さあ、もう終わり?増援も大したことないわね!」 「まったくだ。いくらこようとも私たちの敵ではない。」 二人は戦っているが、余裕の表情を崩さずに戦っている。パンスト団は蜘蛛の子を散らすように敗残兵をまとめて退却していった。 「もう出ても平気だな。」 パンスト団の退却を確認して俺は渚を連れて外に出る。 「よお、杏、智代。」 「朋也!それに渚も!無事だったのね?よかった〜。」 杏が二人の無事な姿を見て嬉しそうな表情をする。 「まったく、訳が分からない。あいつらがいきなり空からやってきて部活中の生徒たちを次々と襲ったんだ。二人ともよくここまで来られたな。」 俺はかいつまんで今までの話をする。 「そうか・・・。美佐枝さんはハイグレ人間にされてしまったのか・・・。」 「町の方も全滅なのね・・・。ここから一歩も動けないわね・・・。」 「二人とも、あきらめちゃ駄目です!きっと何とかなるはずです!」 渚が元気づけようと励ます。 「それもそうね。とにかく、中に入りましょう。」 「ああ。裏庭の方も静かになった。たぶん幸村先生と公子さんが片づけてくれたのだろう。」 裏庭にも同時にパンスト団が現れたらしいが、有段者の爺さんと公子さんが倒してくれたらしい。またしばらくは襲ってこないだろうとの事で、俺達は校舎の中に入った。 「渚ちゃん!岡崎君!無事だったんですね!」 教室には藤林とことみがいた。校舎の中には夏期講習にやってきている生徒や部活で来ている生徒たち、教師も合わせて三百名程度いる。 「椋ちゃんもことみちゃんも無事で良かったです。」 「夏期講習で学校にいて良かったの。」 教室にはテレビがついている。皆報道番組を見ていた。 「何をやってるんだ?」 「二人とも見た方がいいの。今の状況がよく分かると思うの。」 ことみに勧められて俺たちもテレビを見る輪に加わった。 「え〜、テレビをご覧の皆さん!私は異星人に侵略された新宿の街に潜入することに成功しました!どうか、貴重な映像をご覧ください!」 テレビキャスターが街中でしゃべっている。画面が切り替わってスクランブル交差点の映像が流れる。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 街の中にいる人々が、サラリーマンもOLも関係なしにハイグレ人間になってコマネチをしている。なんなんだ、これは・・・。 「見つかった!テレビをご覧の皆様、私は、私は・・・うわああああああっ!!」 テレビキャスターが緑色のハイレグを着たハイグレ人間にされてしまう。そこで中継は途絶えてしまった。 「昨日の晩に新宿に降りた未確認飛行物体。一般的にはUFOというの。そこからパンスト団と呼ばれる兵士を出して町の人たちを襲っているの。襲われるとハイレグ水着を着たハイグレ人間になって身も心も操られてしまうの。」 ことみが珍しく分かりやすい説明をする。 「警察や自衛隊はどうしたんだ?」 ことみはかぶりを振る。 「駄目なの。向こうの科学力が上で全く歯が立たないの。」 じゃあ、まったく打つ手がないってことじゃないか。俺達は何もできないままハイグレ人間になるのを待つだけなのか? 公子さんと芳野さんと幸村の爺さんが教室に入ってきた。 「おお、岡崎、古河さんも無事じゃったか。教え子が一人でも多く無事なのは重畳重畳。だが、状況はそう楽観的ではない。」 「ああ。俺たちだけ取り残されているんだ。」 「じゃが、座して死を待つこともできん。前途は暗くともわずかでも希望があるはずじゃ。」 幸村の爺さんはきっぱりと言う。さすがは俺が唯一尊敬する教師といったところか。 「そうですね。きっと突破口があるはずです。」 公子さんもそれに同意する。 「渚ちゃん、ご両親のことは残念でしたね。」 「はい。でも、きっと元に戻ってくれるはずです。私は信じています。」 「そうですね。私も信じます。きっと、あの子も・・・。」 公子さんが美しい眉を一瞬曇らせる。隣には旦那の芳野さんがいる。誰の心配をしているんだろう? 「信じる力か・・・。愛の力、それを信じれば何でも解決できるはずだ。」 芳野さんはこんな事態になっても相変わらずだった。 「幸村先生、大変です!!」 警戒に当たっていた他の教員たちがあわてた素振りでやってくる。 「どうかしましたかの?」 「それが、また奴らが集まってきています。」 「ほう・・・。して、人数は?」 「三百人くらいはいるんじゃないでしょうか?」 「十、五十の次は三百か・・・。相手も本気ということじゃが・・・。ちと多すぎる。校舎のあちらこちらから攻撃をかけられればひとたまりもない。」 爺さんは考え込む。みんなが爺さんの判断を待つ。 「分散するのは危険じゃ。生徒全員を体育館へ。あそこの倉庫は災害用の備蓄倉庫も兼ねておる。三日は籠城できるはずじゃ。」 「分かりました!すぐに手配を!」 教員たちはすぐ準備にかかる。事は一刻を争う。すぐに全員が行動を開始した。 「公子さん、芳野さん、藤林さん、坂上さんはわしと共に寄ってくるであろうパンスト兵を蹴散らしてくれ。」 「「はい!!」」 全員が散らばっていく。 「俺も手伝う!!」 「あんたは渚のそばにいなさい。平気よ、やられたりしないから。」 杏は俺に渚を押しつけてウインクする。智代と一緒に教室を出て行った。 「全員無事に体育館に着けましたね。」 藤林がほっとして言う。制服姿の生徒たちと、入口という入口を守っている教員たちとで館内はごった返していた。援護のために別行動をしていた爺さんたちも次々に戻ってくる。 「ふう・・・。単独行動だと少し恐いわね。」 杏が髪をかき上げながら戻ってくる。 「お姉ちゃん、お疲れ様。」 「杏ちゃん、とっても頑張ったの。」 藤林とことみがねぎらいの言葉をかけている。 「あれ、智代さんは?」 渚が智代だけが戻ってきていないのに気づく。 「正面玄関の方の様子を見てくるって言って別れたままね。でも、それにしちゃ遅いわ・・・。」 杏が心配そうに言う。 「私がどうかしたのか?」 智代がいつの間にか後ろに立っていた。 「あんた、無事だったのね?良かったわ。」 「当り前だ、全く。」 智代は憮然とした口調で言った。 俺達は窓から外の様子を見てみる。敵の中には顔なじみのメンツがいた。春原、美佐枝さん、それにオッサンや早苗さんだった。周りには校庭でハイグレ人間にされた部活の下級生も混じっている。 「顔見知りがいると戦いにくいな・・・。春原を除いて。」 「ええ、全くね。陽平を除いて。」 智代と杏は変なところで意気投合していた。 しばらくして、敵が動き出した。体育館の扉に目がけてタックルをしてくる。 「通すな!!持ちこたえろ!!」 誰ともなく男子たちが扉を反対側から押し返して踏んばる。下からの侵入をあきらめた奴らは体育館の二階の窓から入ろうとする。しかし、パンスト兵は爺さんたちによって倒されていく。 「予定通りだな・・・。」 智代がボソリと呟く。 「智代、あたしたちも応援にいくわよ!」 「うん、分かった。」 智代が答え、一緒になって走りだす。 「智代ちゃん、待ってほしいの。」 「何だ、一ノ瀬さん?心配なら無用だ。」 「智代ちゃんの心配はしていないの。杏ちゃんの心配をしているの。」 ことみは何を言っているんだ?分からない。しかし、ことみの目は真剣だ。 「智代ちゃん、今『予定通り』って言ったの。だから、最初から智代ちゃんはパンスト団の攻撃を知っていたことになるの。」 「え、いや、それは・・・。」 智代の目が泳ぐ。ことみはさらに追及を続ける。 「それと、智代ちゃんのポケット。さっきは膨らんでいなかったのに今は何かが入っているの。それはハイグレ銃のはずなの。」 「ハイグレ銃?じゃ、じゃあ、智代さんは・・・。」 藤林が恐る恐る智代から距離を取る。 「杏ちゃんと幸村先生、それと公子さんと芳野さん。この四人を倒せばこの学校を簡単に制圧できるの。そうでしょ、スパイの智代ちゃん?」 「一ノ瀬さんはやはり天才少女だな。私の隠密行動などお見通しか。」 智代は観念した表情。そして、上履きを脱いで制服の肩かけを外し、スカートを脱ぐ。すかさず上のワイシャツのボタンを外して空中に放り投げた。 「いかにも。私はハイグレ魔王様の忠実な僕だ。ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 智代は真っ白なハイレグの水着姿になってポーズをとる。周りの生徒たちの注目を一身に浴びる。 「あんた、あたしたちを襲う機会をうかがっていたのね!?」 「その通りだ。本当はもっとうまくやりたかったのだが、ばれてしまったのなら仕方がない。」 智代は俺たちにハイグレ銃を向ける。 「伏せろっ!!」 俺は反射的に叫ぶ。全員身をかがめた。智代は構わずそのままの姿勢で引き金を引く。発射された光線は俺達の頭のはるか上を通って入口を守っている男子生徒たちに命中した。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 一つの扉の前で一気にハイグレ人間が誕生する。つまり、その扉は敵の攻撃に耐えられなくなってしまうということ。案の定、その扉が大きくきしんだ音を立てて開く。ラグビー部やパンスト兵が侵入してきた。 「作戦とは違うが形勢逆転だ。みんなハイグレ人間にしてしまうんだ!」 智代がパンスト兵に命令する。パンスト兵は二列縦隊を組んでまず二階の踊り場部分を攻撃する。 「爺さん!!」 幸村の爺さんにハイグレ光線が命中する。 「ぐわああああっ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 爺さんは緑のハイレグ姿でのろのろとポーズをとる。爺さんがやられたことで二階部分の防御に穴ができ、オマルに乗ったパンスト兵が侵入してきた。 「上と下からの同時攻撃だと不利なの。ひとまず逃げた方がいいの。」 「みんな、近くの扉から外に逃げて!」 ことみの指示に杏が大声で指示を出す。全ての扉を開いたが、パニック状態になっていて収拾がつかない。パンスト兵は逃げ惑っている集団に向かって次々に狙い撃ちにして生徒たちをハイグレ人間にする。 俺たちも一塊になって隙のある扉から外に出る。外でもハイグレ光線に当たってハイグレ人間たちであふれている。 「岡崎!!」 この声は芳野さん!?振り返ると、芳野さんと公子さんが走ってきた。 「皆さんも無事だったんですね?良かったです。」 「公子さんもよく無事で・・・。」 しかし、そんな呑気な世間話をしている暇はない。ひっきりなしにハイグレ光線が飛んでくる。ひとまず、集団になって校舎の中へ。こっちの方がまだ敵の手も伸びていなくて隠れやすい。 「ふう、これからどうすればいいんでしょうか?」 「逃げてるだけじゃいつかはやられるだけよ。なんかあいつらを倒す方法を考えないと・・・。」 渚の質問に杏が答える。しかし、どうすればいい?新宿に行ってあいつらを倒せばいいのか?新宿までは遠いし、そもそもその後で何をするんだ?そんな事を考えながら歩いていると、校舎のT字路に差し掛かった。 「せ〜のっ!!」 いきなり体育用のネットが俺の視界に入ってきた。一番前を歩いていた芳野さんと公子さんをネットに絡めて捕らえる。二人はもがくが、もがけばもがくほど網が体に絡みついていく。 「「三井さん!!」」 藤林姉妹が同時に叫ぶ。ネットを投げたのはハイグレ人間になっていた別のクラスの委員長・三井だった。青いハイレグ水着を着て手にはハイグレ銃を持っている。後ろにも待ち伏せのハイグレ人間が数人いた。 「お前たち、逃げろ!!」 「皆さんだけでも!!」 芳野夫妻はネットに絡まってしまって身動きが取れない。三井達はそこに容赦なくハイグレ光線を浴びせる。 「うわあああああああああっ!!」 「きゃあああああああああっ!!」 芳野さんは青、公子さんは水色のハイレグの水着姿にされてしまった。 「くそっ・・・。散らばれっ!!」 芳野さんたちから目標を俺たちに移した敵を前に、俺は渚を、杏は藤林とことみを連れて別々の部屋に逃げ込んだ。 「朋也!!渚!!後で落ち合いましょう!!」 隣の部屋から杏が大声で叫ぶ。あっちはあっちで大丈夫と信じるしかない。 「渚、行くぞ!!」 「はい!!」 俺は渚を抱えて窓から外に出た。 恐らく杏たちは裏門に向かっているだろう。体育館とは反対側にあり、一番容易にたどるつけるはず。俺達の位置からは多少遠回りだが、安全な策を取ろう。渚を連れて物陰に隠れながら移動する。ある程度掃討を終えたパンスト兵が見回りをして生き残りを探している。いちいち隠れながら、身の縮むような思いをして敵をやり過ごす。 「ふう、ここを曲がれば裏門だな。」 「はい、思ったより時間がかかってしまいました。」 「まあな。こういう時に備えて体を鍛えておけば良かったな・・・。」 俺は校舎の陰から裏門を伺う。右手側には自転車置き場。正面はクリア。 「俺が先に行って安全を確認したら後ろからついてこい、渚。」 「分かりました。」 俺は一人じゃない。渚を守っている。今までのように自分のことだけ考えればいいんじゃないんだ。俺はあたりを警戒しながら前に出る。 「朋也君、上!!」 渚が大声で俺に叫ぶ。その瞬間、自転車置き場の屋根から三人の人影が降り立った。合唱部の三人、仁科、杉坂、原田。全員ハイレグの水着姿だった。 「えいっ!」 杉坂と原田が俺の両脇をつかむ。仁科と三人で俺を仰向けに押し倒した。 「朋也君!!」 「来るな!!お前だけでも逃げろ!!」 渚が助けに来ようとするが、俺は必死で叫ぶ。 「い、嫌です!!恋人を置いて逃げるなんてできません!!」 ピンクのハイグレ人間の杉坂がそれを鼻で笑う。 「そんな自己犠牲の精神なんて無駄ですよ?お二人ともハイグレ人間にすればいいんですから。」 「そうそう。岡崎さんをハイグレ人間にした後で古河さんも可愛いハイグレ人間にしてあげますから。」 茶色のハイレグ水着を着た原田も俺を押さえつけながら笑っている。 「さあ、岡崎さん。ハイグレ人間になってもらいましょうか?」 俺に抱きついて押し倒していた仁科が起き上がり、俺が動かないように股を広げてのしかかる。や、やばい、仁科の赤いハイレグ水着のアソコが俺のアソコをすりすりしてくる。杉坂も原田も俺を押さえつけるために胸を当ててくる。こいつらの体は柔らかいし、なんかこれはこれでいいかも・・・。って、まずい!!そんな恍惚に浸っている場合じゃない!! 「く、くそっ・・・。動けない・・・。」 いくら俺でも三対一じゃ勝てない。仁科がハイグレ銃の銃口を俺の顔に押し当てる。絶体絶命だ・・・ 「レマトヨンカジノタナア!!レマトヨンカジノタナア!!レマトヨンカジノタナア!!」 誰か聞き覚えのある声で呪文らしき言葉が聞こえる。すると、仁科、杉坂、原田の三人の動きが停止した。すぐに俺は三人をどかして自由の身になった。 「朋也君!!」 渚が泣きじゃくりながら俺の下にやってくる。 「危なかったですね、岡崎さん。」 「宮沢か。」 呪文の声の主は宮沢だった。息を切らしてやってくる。 「助けてくれてありがとな。いつものおまじないか?」 「はい。今の呪文で三人の体内時間を止めました。三分くらいは持ちますので、今の内に裏門から逃げましょう。藤林さんたちも待っていますよ。」 「本当に朋也君を助けてくれてありがとうございます、宮沢さん。」 渚はまだほっとして涙が止まらなかった。 「あんたたち、遅かったわねえ。」 いらついた表情の杏が不機嫌そうに言う。俺達を待ってずっと茂みの中にいて退屈していたようだ。 「刺客に襲われて死にそうな目にあっていたんだ。」 「そんなのボコボコにすればいいじゃない。」 「相手は合唱部の仁科たちだ。春原のように殴れるかよ。」 こういう時の敵は春原がたくさんのほうがいい。容赦なくぶん殴れる。 「あの、移動しましょう。ここに隠れていてもすぐに追手が来ます。」 冷静な意見をありがとう、宮沢。とにかくここを離れないとすぐに仁科たちが追ってくる。というわけで、俺達は走り出した。 「どこか行く当てがあるんですか、朋也君?」 「そうだな・・・・。」 その瞬間、なぜか俺の脳裏にある風景が浮かぶ。何もない世界。一面の草原。地面から光の玉がたくさん飛んでいる。 「朋也君・・・?」 渚の呼びかけに反応できない。俺の頭が割れるように痛む。また同じ風景が浮かんでくる。どこなんだ、ここは? 「大丈夫ですか、岡崎君?」 「朋也君、脂汗がたくさんでてるの・・・。」 藤林とことみが心配そうに見ている。平気だ、平気だ・・・。 「この町の願いがかなう場所・・・。そうだ、そこにいけば!!」 俺は自分でも意味の分からないことを口走っている。なんだ、願いがかなう場所って? 「それって学園祭の劇の内容ですよね?それがどうかしたんですか、朋也君?」 「なぜだか分からないけど、そこにいけばなんとかなる気がするんだ・・・。」 俺は今見た光景を説明する。一度も見たことがないはずの光景なのに、そこが凄く懐かしい気がした。デジャブというやつか? 「そういえば、以前にこの町の伝承を読んだ事があります。願いをかなえる光の玉。岡崎さんのおっしゃるのと同じものです。」 宮沢がこの町の伝承を語る。それは光の玉を集めれば奇跡を起こせるというもの。 「宮沢、俺達がこれからどこに向かうべきかを教えてくれるお呪いはないのか?」 「ありますよ。」 あるのかよ・・・。お前のおまじないはほとんどドラえもんレベルだぞ・・・。 「ワガミチシメセと三回唱えて目をつぶって下さい。そうすれば道が自ずと分かります。」 ワガミチシメセ、ワガミチシメセ、ワガミチシメセ・・・。そして目をつぶると頭の中に情報が入ってくる。 「よし・・・分かったぞ。そうか・・・。裏山の高台・・・。そこに行くぞ!」 あそこに行くにはいったん道路に出ないと駄目だ。そして空き地やら何やらある場所を通り抜けていく以外にない。 「少し危険を伴うが、構わないか?」 「はい。私は朋也君を信じます!」 「ま、当てもないし奇跡でも何でも頼ってみましょう。」 全員が同意する。俺達はハイグレ人間に侵略された町を元に戻すために目的地へ向かうことにした。 茂みを抜けると道路。普段から人通りは少ないからか、ハイグレ人間にされている人は見当たらない。 「よし、大丈夫だ。みんな、出ろ。」 集団行動はやりにくい。かといってバラバラに行動するのも良くないし・・・。 「あっ、あれ!」 藤林が空を指さす。パンスト兵が二体うろついている。あれ、こっちに段々近づいてくるぞ? 「こっちに来るわ!!避けて!!」 杏が間髪入れずに皆を隠す。どこかに隠していたのか辞書を取り出してパンスト兵に投げつける。 「よし、ヒット!」 二体のパンスト兵はお互いにぶつかって落ちてしまった。 「まだいるの!」 ことみが別の方向を指さす。えっ?しまった、増援だ!二体やってくる! 「もう辞書持ってないわよ!」 「宮沢さん、またさっきのお呪いで・・・。」 「あのお呪いは空を飛んでいる人には使えません。」 ええっ?マジ?なら・・・逃げろ!! 「きゃっ!!」 藤林が側溝の蓋に靴のかかとが挟まって転んでしまう。俺達は前を進んでいて助ける事が出来ない。その起き上がろうとしたところに、ハイグレ光線がクリーンヒットした。 「いやああああああああああああっ!!」 藤林の体がハイグレ光線の力で侵されていく。見る間に光坂の制服が黄色いハイレグに変わった。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 藤林はハイグレポーズをする。かなり恥ずかしそうにしているが、こいつの性格だからな・・・。だが、悪くはない・・・。恥じらいのある乙女というところが渚に似ている。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 パンスト兵二人は藤林の両脇に降り立って何かを渡して去って行った。あれはハイグレ銃?受け取った藤林はその銃を構えて俺達に迫ってくる。 「椋!!あんた、私たちを攻撃する気なの!?」 「違うよ、お姉ちゃん。攻撃じゃなくて洗脳。みんなをハイグレ人間にするだけだよ。」 「椋ちゃん、目を覚ましてください!!悪い人たちの言いなりになっちゃ駄目です!!」 「何を言ってるんですか、渚ちゃん。ハイグレ魔王様もハイグレ人間も悪い人じゃありません。」 駄目だ、藤林が完全に洗脳されている。オッサンや早苗さんや智代と同じ状態だ。聞く耳を持つまい。 「レマトヨンカジノタナア!!」 宮沢がおまじないを発動する。藤林はハイグレ銃を構えたままの姿勢で止まった。 「危ないから、この銃は取り上げておきましょう。」 杏が藤林の右手からハイグレ銃を取り上げて真っ二つに折って地面に捨てる。 「しっかし、この子・・・。また胸が大きくなって・・・。」 杏が水着の上から藤林の胸を鷲掴みにして恨めしそうな顔をしている。渚と宮沢は自分の胸と見比べて悲しそうな顔をしている。一番大きいことみだけは頭にハテナマークを浮かべていた。 「椋の犠牲を無駄にしないためにも、先に進みましょう。」 杏が言う。俺達は洗脳された藤林が情報を流すであろう前に高台にたどり着かなければならない。隠れていてももはや無駄。電光石火で目的地へ向かう。 高台に行くための上り道。普段はバスで行けるが、今は歩き。結構かったるい場所にあるんだよな。 「待っていたよ、岡崎。」 待ち伏せ!?俺達の前に立ちふさがったのは春原だった。隣には春原に首に腕を巻かれた私服姿の芽衣ちゃんが。 「岡崎さん!!た、助けて下さい!!」 「この卑怯者!!芽衣ちゃんを人質に取るなんて!!」 杏が飛びかかろうとするが、春原が芽衣ちゃんにハイグレ銃の銃口を突き付けたので自重する。 「動くな、杏。動けば芽衣をハイグレ人間にするぞ。」 「っ!!」 「椋ちゃんの情報で五人でこの道を通ることは分かっていたのさ。芽衣を人質に取っていればあんたらは手出しができないからねえ。さあ、芽衣を無事で返してほしくば一人ずつ・・・」 「レマトヨンカジノタナア!!」 宮沢がお呪いを容赦なく発動する。春原はそのままの姿勢で固まった。 「こいつ、本物の馬鹿ね。椋に有紀寧の時間を止めるお呪いのこと聞いてなかったのかしら?」 「春原君の言うとおりに一人ずつハイグレ人間になったら結局芽衣ちゃんは助からないの。そんなの取引材料にならないの。」 杏とことみが春原の馬鹿さ加減に呆れる。まあ、春原はバカだから・・・。そうとしか説明できない。 「もう大丈夫ですよ、芽衣ちゃん。」 宮沢が春原が芽衣ちゃんに回している腕を外して手を貸して立たせる。 「ありがとうございます、宮沢さん。助かりました。」 「いいえ、どういたしまして。」 お辞儀してお礼を言う芽衣ちゃんに宮沢がほほ笑む。その宮沢に赤い光線が飛んできた。 「危ない!!」 「えっ?」 振り返った宮沢に赤い光線が命中した。正面にいた芽衣ちゃんが眩しさに目を覆う。 「きゃああああああああああああああっ!!」 宮沢は赤い光線に包まれて大の字になる。制服とハイレグ水着が交互に入れ替わる。 「くっ!!こ、これは・・・ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 宮沢はピンクのハイレグの水着姿でコマネチポーズをとる。 「スナイプ!?」 「その通りだ。」 ハイグレ光線の飛んできた方角には民家がある。その屋根の上から飛び降りてきたのは智代だった。 「宮沢のお呪いの力は強力だ。だから、春原と芽衣ちゃんを利用してそちらに気を取られているうちに撃ったのだ。」 春原は囮だったのか。やられた・・・。 「宮沢。こいつらにさっきの呪文をかけろ。」 「はい。」 ハイグレポーズをやめた宮沢が右手人差し指を前に突きだす。 「レマトヨンカジノタナア!!」 右人差し指から放たれるお呪いを頭をひっこめてかろうじて避けた。危ねえ・・・ 「レマトヨンカジノタナア!!」 第二撃。今度は俺は別の方向。ふう、助かった・・・・。 「ことみちゃん!!」 渚の叫び声。えっ?まさか?見るとことみがのけぞろうとした姿勢で固まっていた。智代が動かない標的に向かってハイグレ銃を撃つ。ことみは動けないまま黒いハイレグ姿にされてしまった。 「っ!!」 ことみは宮沢が呪文を解いたのか、すぐに動き出した。そのまま尻もちをついた。 「い、嫌なの・・・・で、でも、だめ・・・・。ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 少し脅えた表情をしていたが、ことみはハイグレポーズを取りだすとすぐに順応してしまったようだ。 「こんのっ!!」 杏がいつの間にか宮沢の懐に入っていた。そのまま空手チョップを首に打ち込む。宮沢はそのまま気を失って倒れてしまった。智代がすぐに杏に銃を向けようとするが照準が合わない。俺はすかさず智代の右腕を蹴りあげて銃を落とす。その勢いで腹に一発お見舞いし、気絶させることができた。かわいそうだがことみも一緒に眠ってもらう。 「危なかったですね。でも、ことみちゃんと宮沢さんが犠牲に・・・。」 渚が悲しい表情をしてことみと宮沢を見下ろす。二人とも地面に転がっている。 「この分だと上にも待ち伏せがいるわね。」 「はい。私が捕まってここに連れてこられる時、あっちの山の方にもパンスト兵が巡回していました。恐らくまだいると思います。」 芽衣ちゃんの情報提供。ということは、まだ目的地に着くまでにも戦闘があるだろうな。 「敵を欺く方法がないものかしら・・・・。そうだわ!いいこと思いついた!」 杏が悪魔の笑みを浮かべた。何をたくらんでいる・・・ 「朋也、ちょっとあっち行っててくれる?すぐ終わるから。渚、芽衣ちゃん、手伝って頂戴。」 俺は絶対に覗かないように言われ、少し離れた場所に追いやられた。 「ええっ!!杏ちゃん、それは三人がかわいそうです!!」 「いいの!!この町のためだし、後で謝ればすむことよ!!」 「杏さん、ロープとガムテープを持ってきました。あと、毛布も。あっちの物置に連れて行きましょう。」 「あらあら、気がきくわね、芽衣ちゃん。」 「ああ、もう、ごめんなさい、三人とも!!」 何をしているんだ、三人は?その謎は数分後に解けることになった。 渚、杏、芽衣ちゃんの三人はハイレグの水着姿になってでてきた。渚は白、杏は黒、芽衣ちゃんはピンクだった。 「おまえら、それは・・・?」 「えっと、それは、その・・・・智代さんとことみちゃんと宮沢さんのを・・・。」 渚がしどろもどろになって答える。 「三人のハイレグ水着をちょっと借りたのよ。平気平気。裸でも風邪引かないように毛布かぶせといたし、動けないようにロープとガムテープで縛って物置に閉じ込めておいたから。」 それ、完全に犯罪だぞ・・・。そこまでするか? 「うわー、宮沢さんのハイレグ水着、胸のあたりがぶかぶか・・・。ショックです・・・。」 芽衣ちゃんが胸の部分に手を入れて自分の胸の小ささを嘆いている。 「芽衣ちゃんもそのうち大きくなるさ。杏を見ろ。あいつとことみの差に比べれば誤差の範囲・・ごはっ!」 杏の強烈なビンタが左頬に決まる。しまった、ついいらないことを言ってしまった・・・。 「さあ、行きましょう。あたしたちがハイグレ人間のふりをしながら行くから朋也は後からついてきなさい。」 上っているとパンスト兵が近づいてくる。俺は茂みの中に隠れて三人がハイグレポーズをとる。そのままやり過ごした。 「これで騙せるみたいですね。簡単に上にたどり着けそうです。」 「でも、恥ずかしいです・・・。」 渚はまだ恥ずかしがっている。まあ、無理もない。 「誰か来ます!岡崎さん、隠れて!」 俺はまた茂みの中に隠れる。上からやってきたのは美佐枝さんだった。30人くらい手下を引き連れている。 「あら、あなたたちもハイグレ人間になっていたのね?坂上さんの作戦は成功ってわけか。岡崎は?」 「えっと、朋也君はまだハイグレ人間になっていません。智代さんたちと手分けして探してるんですけど、こっちに来ませんでしたか?」 「いいえ、来てないわ。」 「なら、町の方に逃げたのかも。朋也の逃げる場所ってあとは自宅くらいかしら?」 「私たちはこのあたりをもう少し探してみます。美佐枝さんはふもとを探してください。」 おお、三人が作り話で美佐枝さんをだましている。渚がうまく合わせているのが意外だった。 「分かったわ。みんな、行くわよ!」 美佐枝さんが手勢を引き連れて坂道を下って行った。撹乱成功。しばらくは戻ってこないだろう。こんな感じで出会ったハイグレ人間たちを騙して俺達の側から労せずして排除していく。簡単だな〜。 高台に到着。あたり一面に木々が生い茂り、日が照っている原っぱがあった。 「着いたけど、ここで何をするの?」 俺はオッサンの話を思い返してみる。渚が死にそうになった時、オッサンは渚を抱いたままひたすら祈っていたという。すると、人々の幸福の象徴である光の玉が渚を蘇らせてくれた・・・。 「祈ろう・・・。」 俺は一人座って目をつぶる。精神を集中して祈る。オッサン、早苗さん、ことみ、藤林、智代、宮沢、芳野さん、公子さん、美佐枝さん、ついでに春原も。みんな、元に戻ってくれ・・・。ハイグレ人間になんかなって操られる生活はまっぴらなはずだ。洗脳から目覚めてほしい。ひたすらそれを心の中で念じる。 「な、なにあれ!?」 「す、すごい・・・!」 杏と芽衣ちゃんが驚きの声を上げる。 「朋也君!!見てください!!」 俺は目を開けてみる。空にたくさんの白い光の玉が乱れ飛んでいる。これが願いを叶える光の玉か。光が拡散して町全体を包み込んでいく。よし、そのまま元の世界に戻してくれ・・・。ハイレグ姿の渚たちの体をも白く包み込む。 「っ!!」 最大限に白く光った後、全てが消え去る。渚たちは元の服装に戻っていた。 「あっ・・・。元に戻ったんですね?」 「そうみたいだな。俺達の願いが通じたんだ。」 「やったー!!これでみんなも元に戻りますね!」 芽衣ちゃんが俺とハイタッチする。続いて杏と渚とも。 「はあ、ほっとしたらなんか疲れちゃった。」 杏が近くの大木に座って寄りかかる。その大木から四本の手が伸びてきた。 「お姉ちゃん。」 「杏ちゃん。」 「「捕まえた!!」」 杏を取り押さえたのはハイレグ姿の藤林とことみだった。 「椋!ことみ!やめなさい!ハイグレ人間のふりして驚かそうなんて、性質が悪いわよ。」 「ハイグレ人間のふり?なんのことかな?」 「杏ちゃん、さっきはよくもやってくれたの。お友達でもハイグレを脱がせるなんて許せないの。」 「だ・か・ら、あたしを騙そうなんて無駄よ。全部光の玉の奇跡で元に戻ったのは知ってるんだからね。」 杏は二人が冗談を言っていると思って全く取り合わない。違う・・・。ことみと藤林はそういう嘘をつく奴らじゃないし、嘘をついているそぶりもない。 「杏!!そいつらは本物のハイグレ人間だ!!離れろ!!」 「何言ってるのよ、あんたまで騙されて・・・えっ?」 いつの間にか現れたハイグレ姿の智代がハイグレ銃を杏の正面に構える。 「えっ?ま、まさか・・・?」 「残念だったな、藤林杏。ハイグレ魔王様に教えを受けた私たちはハイグレ人間の世界しか受け入れない。」 なっ!?なら、今までの努力は全部無駄!?ハイグレ人間の世界がまっぴらだと願ったのはこの町で俺達四人だけだったのか・・・。 「お姉ちゃん、一緒にハイグレ人間になろう?楽しいよ?」 「みんなでハイグレ人間になって遊ぶの。」 「い、嫌よ、そんなのっ!って、えっ?」 智代が藤林とことみに両脇をつかまれて動けない状態のところにハイグレ銃を撃つ。ハイグレ光線が杏の体を包み込む。 「きゃああああああああっ!!」 杏は青いハイレグ水着姿にされてしまった。すぐに立ち上がってハイグレポーズを取る。 「あははははっ!楽しい!ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 杏は既に完全なハイグレ人間になってしまっていた。 「敵がいっぱいいます!」 芽衣ちゃんがあたりを見回して気づく。智代たちの後ろからハイグレ人間やらパンスト兵やら近づいてくる。逃げられるか・・・? 「後ろからも来ます!」 渚が指さした先にはハイグレ人間たちがいた。挟み撃ちで包囲する気か・・・。 「我が愛しの娘よ、会いたかったぜ。」 「岡崎さんも芽衣ちゃんも会えてうれしいです。」 オッサンと早苗さんが前に出てくる。二人とも手にハイグレ銃を持っている。俺は渚と芽衣ちゃんの手をつかむ。 「あっちだ!」 敵がいないところに向かって走り出す。 「逃がしません!レマトヨンカジノタナア!!」 「きゃあああああああっ!!」 「芽衣ちゃんっ!!」 宮沢の攻撃の前に芽衣ちゃんが固まってしまう。そこにハイグレ光線が命中する。芽衣ちゃんは黄緑色のハイグレ姿になってしまった。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 芽衣ちゃんはハイグレ姿でポーズを繰り返す。俺と渚だけになってしまった。逃げ場がなくなって追い詰められてしまう。 「観念しろ、二人とも。大人しくしてれば早くハイグレ人間になれたものを。」 オッサンが俺と渚にハイグレ銃を構える。 「くそっ・・・・誰でもいい、誰でもいいから助けてくれっ!!」 俺は魂の底から救いの手を差し伸べてほしいと思った。それに反応したのか、あたりに突如強風が巻き起こる。 「風子、参上!!」 気づくと目の前に光坂の冬の制服を着た少女が立っていた。うちの高校にこんな生徒いたかな?会ったことがあるような無いような・・・。 「岡崎さん、渚さん。大ピンチのようですね。ですが、ここは風子にお任せ下さい。風子はご近所でもあの子はピンチをチャンスに変える天才だとよく言われます。」 「どんな近所だよ!って、前にこんなやり取りをしたことがあるような・・・。」 思わず突っ込んでしまった。初めてのはずなのに、何か懐かしいやり取りな気がする。 「風子の新必殺技を使えば瞬く間にこの世の悪を倒せます。名づけてヒトデローリングサンダーアタック!!風子、行きます!!」 風子が星、いや本人はヒトデと言っているみたいだが、懐からたくさん出す。 「しかとご覧ください。ヒトデの真の力を!!」 風子がヒトデの彫刻をあちこちに転がす。しかし、何も起こらない。どんな攻撃が来るかと身構えていた敵も呆然とする。 「一つ聞くが、何をしたいんだ?」 「おかしいです・・・。この可愛いヒトデをたくさん転がすことによって皆さんの注意がそちらに向いている間に敵を全員倒すという完璧な作戦が!作戦失敗です!」 こいつは何を考えているんだ。っていうか、そのどこにサンダーなんて入れる要素があるんだ? 「風子、もう帰ってもいいですか?」 「どうぞ。」 風子はなぜか何回も見た事があるような感じで立ち去ろうとする。しかし、それは芳野さんと公子さんによって遮られた。 「祐介さん!それにお姉ちゃんも!」 「ふぅちゃん、駄目でしょ?ちゃんとハイグレ人間にならなきゃ。」 「お姉ちゃん、何を言ってるんですか!?どうして風子がそんな恥ずかしい格好にならなきゃいけないんですか?」 風子が後ずさる。なぜだか知らないが普段まともでない人間が珍しくまともな事を言っている気がする。 「風子、あまり聞き分けのないことを言ってこの人を困らせるな。心配するな、すぐに終わる。」 芳野さんがハイグレ銃を構える。引き金を引いてハイグレ光線を発射する。 「うわあああああああああっ!!」 風子の小さい体が赤く点滅し、冬服から一気に涼しげなオレンジ色のハイグレ姿になる。 「風子が間違っていました!ハイグレ人間はヒトデよりも最高です!ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「いい子ね、ふぅちゃん。お姉ちゃん、嬉しいわ。ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 姉妹仲良くハイグレポーズを取る。俺達を助けに来たはずの風子が先にやられてしまった。 渚ががっくりと膝をつく。体力の限界だったようだ。 「もう、ダメです・・・。おしまいです・・・。」 渚があきらめの言葉を口にする。元気づけたいが、俺ももう限界だった。疲れた・・・。苦しい・・・。どうせ逃げられないなら・・・。 「渚・・・。今まで楽しかった。これからも俺と一緒にいてくれるか?」 「はい、もちろんです。私はずっと朋也君と一緒です。」 周りを囲んでいるハイグレ人間たちも空気を察してか攻撃を控えている。 「オッサン、ハイグレ銃を貸してくれ。」 「お・・・おう。」 オッサンからハイグレ銃を受け取る。 「早苗さんも、ハイグレ銃を貸して下さい。」 早苗さんからもハイグレ銃を受け取る。それを渚の手に握らせる。 「もう助からない。他の奴の手にかかるくらいならいっそ俺がお前を撃つ。俺も渚に撃たれるなら本望だ。」 「い、嫌です!朋也君を撃つなんて!私を置いて逃げてください。一緒だと足手まといになるだけです。」 「そんな事できるわけないだろ・・・。逆の立場だったらお前は俺を見捨てたりしない。だから、俺もお前を置いて一人だけ助かろうなんて考えない。」 「・・・・・。分かりました。私が朋也君をハイグレ人間にしてあげます。ハイグレ人間になっても一緒に暮らしましょう。」 「ああ、そうだな。ごめん、渚。お前を守れなくて。」 渚がそんなことはないと笑う。そして、俺と渚はお互いに向けて銃を構える。 「いくぞ。」 「はい。」 同時にハイグレ銃を発射する。同時に体が赤く光る。同時に体が点滅してハイレグの水着姿と交互になる。そして、同時に光が収まった。 「えへへ、ハイグレ姿、似合っていますか、朋也君?ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 渚は赤いハイグレ姿になって恥ずかしそうにポーズをとる。 「ああ、似合ってるよ、渚。ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 俺は青いハイレグ水着を着てポーズをとった。その瞬間、俺の今までの価値観が全て変わった。ハイグレ人間こそ最高だ。その思いがポーズを繰り返す度に強くなった。 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」 皆でハイグレポーズをとる。楽しい・・・この一時を大切に・・・。この町とハイグレ人間に幸あれ。 完 |
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2009年11月20日(金) 23時05分30秒 公開 ■この作品の著作権はMKDさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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