サクラ大戦 〜ハイグレせよ乙女!?〜
「平和だなぁ……」
書類の整理をしつつ、大神は思わず呟いてしまう。
帝都に平和を取り戻してからというもの大きな事件も起こらず、
最後の出動も随分前のことに感じていた。
帝国華撃団の隊長も、出動が無ければ帝劇の支配人。
支配人としての仕事もだいぶ板についてきたが――大変なことに変わりは無い。

「大神さん、次はこの書類お願いしますね」

そう言って事務の藤井かすみが新しい書類の束を持ってくる。

「ははは……本当に平和だなぁ…………(とほほ)」




「やれやれ、やっと終わったよ……」

「お疲れ様でした。すみませんね……事務の方まで手伝って頂いて。
そうだ、この間お客様からいいお茶請けを頂いたんです。それでお茶にしましょうか」

ようやく仕事から解放され、大神はかすみが淹れてくれたお茶で一息つく。
かすみは、同じ事務の榊原由里と雑談をしている。
どうやら由里の十八番であるうわさ話を聞いているようだ。
と、その会話の中に大神の気を惹くものがあった。

「そうそう! うわさで聞いたんだけど、新しいデザインの水着が三越に入荷されるらしいのよ!」

「へぇ……どんな水着なの?」

「詳しくは分からないんだけど……足がすっごく綺麗に見えるんですって!」

(新しい水着か……どんなのだろうな……)

大神は思わず妄想を巡らせる。だが、どうやらその妄想が顔にも出ていたらしい。

「大神さん。鼻の下が伸びてます」

「い、いいっ!?」

かすみからの鋭い一言で大神は現実に戻った。
二人からの冷たい視線が痛い。
と、その時ロビーの方から聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。

「おっ、すみれくんが来たみたいだ! 出迎えてくるよ!!」

地獄に仏とはこの事だ。大神はこの場から逃げるように早足でロビーへ向かう。

「まったくもぅ……」

「調子いいんだから……」




「あら隊長、ごきげんよう。」

「やぁすみれくん。……買い物からの帰りかい?」

山のような買い物袋と包装された箱。
また新作の服やら小物やらをまとめ買いしてきたのだろう。
すみれの買い物に同伴した経験のある大神はお付きの人も大変だなぁ、と同情してしまう。
女優を引退して今は神崎重工の取締役を務めるすみれだがよくこうして帝劇を訪ねてくる。

「ええ、そろそろ皆さんがわたくしに会いたくなる頃だろうと思いまして
お買い物ついでに足を運んでさしあげましたの。お〜っほっほっほっほ!」

「な〜にが『足を運んでさしあげましたの〜』だよサボテン女!
皆に会いたくなってしょっちゅう来てんのはお前の方じゃねぇか」

仲が良い故?の悪態を付きながら二階からカンナが降りてくる。

「あ〜らゴリラ女さん、相変わらずお元気そうでなによりですわ。
体の頑丈さ『だけ』が取り得ですものねぇ。お〜っほっほっほっほっほっほ!」

「んだとぉ!?」

「何ですの!?」

いつもの口喧嘩だが迂闊に割って入ればこちらにまで被害が及ぶ。
大神が止めに入る機会をうかがっていると――

「なんや、まーたやっとるんかいな」

「……いつものこと」

「まったく、二人ともいい加減にしなさい!」

「うわぁ……今日はまた一段と買いましたね……」

「ねぇねぇすみれ〜、お菓子はあるの〜?」

騒ぎを聞きつけた帝劇の面々が集まってきた。
やれやれこれで収まった、と大神は胸を撫で下ろす。
カンナとすみれは不満そうだが、マリアの一喝で口喧嘩を収めたようだ。

「今日はお菓子はありませんわ。新作のお洋服を買ってきましたの」

「なーんだぁ……今度は美味しいお菓子買ってきてねー?」

「はいはい、覚えておきますわ」

どこか楽しそうに話すすみれを見て、皆に会いたくなって来てるのはすみれの方、という
カンナの意見も案外当たっているなと大神は思った。

「それにしても同じ紙袋がたくさんありますね……どんなお洋服を買ったんです?」

さくらが不思議そうに尋ねる。
すみれが山のような数の買い物をするのはいつものことだが、
さくらの言う通り、今日はやけに同じ店の紙袋が多いようだった。

「新しいデザインの水着を入荷したと店員の方がおっしゃっていましたから
お洋服のついでにと思って色違いを全部買ってきましたのよ。お〜っほっほっほ!」

「色違いを全部かいな……相変わらず派手な買い物しとるなぁ」

「足が綺麗に見えて、自分のスタイルを最大限に発揮できる水着と聞いたものですから。
そんなわたくしのためにあるような水着、買わなきゃ損じゃありませんの」

「へぇーっ……どんな水着なのー?」

「ちょっとアイリス、勝手に袋を開けちゃ――」

マリアが静止するより早く、好奇心旺盛なアイリスは水着を紙袋から取り出していた。

「うわぁ……」

「えっ!?」

「へっ?」

「な、なんだこりゃ?」

「……」

アイリスが取り出した水着を見て全員が固まる。
その水着は一見レオタードのようだが、それよりも遥かに食い込みが急角度で、
ウエストとヒップの中間辺りまでまで切り込まれていた。

「わぁー……この水着すっごく細いねー! すみれーこれ何てゆーの?」

「確か……店員の方が『ハイレグ』とおっしゃってましたが……これは……」

すみれもそのあまりに過激なデザインに呆然としていた。

「『はいぐれ』? 変な名前〜」

「『ハイレグ』よ、アイリス。High leg のことでしょうね……
確かに足は綺麗に見えそうだけれど……」

普段冷静なマリアだが、さすがに動揺を隠せないようだ。

「どーせまた『この棚からあの棚まで全部くださいな〜おほほのほ〜』
ってな具合によく見もせずに買ったんだろ?」

カンナの指摘にすみれの顔が歪む。どうやら図星らしい。

「あ、あ〜らいけない。わたくし急用を思い出しましたわ!
大変気に入られたようですからこの水着は皆さんに差し上げますわ!
では、ごきげんよう。お〜っほっほっほっほっほっほ……」

「あ! 待てこの!! ……ったく逃げやがった。どうすんだよこれ……」

「……とりあえず衣裳部屋に運んでおこうか」

皆のため息が重なる。
……状況の飲み込めていない一人を除いて。

「??? 皆どーしたのー?」





夜、帝劇の誰もが寝静まった頃、さくらはこっそりと衣裳部屋へ向かっていた。

(足が綺麗に見えて、自分のスタイルを最大限に発揮できる、かぁ……)

昼間のハイレグ水着は、さくらにどこか怪しい魅力を植えつけていた。
周りの皆と同じように、食い込みの部分が恥ずかしすぎるという感想に嘘偽りは無かったが
同時にその衝撃的なデザインに強い興味も抱いていたのだ。

無事、誰にも見つからず衣裳部屋にたどり着きさくらはほっと胸を撫で下ろす。

(あんな過激な水着、誰かの前じゃ着られないわ……ちょっと試しに着てみるだけよ……
女優として新しいデザインの知識は大事だし……)

そう自分に言い聞かせつつ、沢山ある紙袋の一つからハイレグ水着を取り出す。

「うーん……やっぱり過激すぎる水着ね……」

急角度の食い込みを見て、思わず苦笑してしまう。
しかし過激だとは思いつつも着てみたいという衝動はおさまらない。
さくらは決心したように夜着を脱ぎ――――桃色のハイレグ水着を着込んだ。

「わぁ……」

思わず驚きにも感心にも取れる声を漏らしてしまう。
体の起伏がはっきりと出て、鋭角なラインによって足が強調されて見える。
鏡に映った過激かつ魅力的なその姿にさくらは暫く目を奪われていた。
そしてふと、大神の顔が頭をよぎる。

(だ、ダメよ! こんな姿大神さんに見せられない!)

大神にハイレグ姿を見られることを一瞬想像し、即座にそれを否定する。

(確かに足は綺麗に見えるけど……さすがにこの食い込みは――)

そう思い、ハイレグのラインに沿って無意識に手を動かした瞬間だった。

(……えっ?)

突然奇妙な感覚に襲われた。
――鏡にしっかりと向き直り、もう一度恐る恐る同じ動作をしてみる。
鏡に映るのは、本来恥ずかしいはずの食い込みを強調するように手を動かす自分の姿。
間抜けではしたない動き。
もう一度やってみる。
更にもう一度。
するとどうだろう。鏡に映った顔はほんのりと上気し、どこか恍惚の表情を浮かべていた。

(何で……? こうするの、何だか……)

あられもない格好、あられもない動作。
羞恥心と共に感じる違和感は快感に変わりつつあった。
もっと恥ずかしいポーズをするとどうなるのだろう……
そう脳裏に浮かんだとき、さくらは既に体を動かしていた。
足をできる限り開き、ガニ股になって手を動かす。

(はあぁっ……何これ……! これ、気持ちいいっ……!)

もはや下品とも言えるポーズを取ることで更に興奮は増し、初めの『違和感』は
はっきりとした『快感』としてさくらの感情に焼きついた。
鏡を見ながら夢中で下品な動作を繰り替えすその姿には
もはや舞台で舞い踊る女優としての美しさは残っていなかった。





「ハイレグ……ハイレグ……ハイレグ……」

さくらは何度も『動作』を繰り返すうち、いつの間にか自分の着ている衣装の名前を
繰り返し口にしていた。自分でそれに気づき、今度ははっきりと口に出してみる。

「ハイレグ、ハイレグ、ハイレグ」

――語呂が悪いのか言い辛い。

ふと、昼間アイリスが『ハイレグ』を『ハイグレ』と言い間違えていたのを思い出した。

「ハイグレ、ハイグレッ、ハイグレッ!」

――滑らかに口に出せる。

この他人からすれば馬鹿らしいであろう発見にさくらは満面の笑みを浮かべていた。

「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

鏡に映るのは笑顔で心地良さそうにガニ股でハイレグの食い込みに沿って手を動かす乙女。
快感と幸福感に包まれながらさくらは思った。
このような行為で快楽を感じる自分はもう普通の人間ではない。

――――ハイグレ人間だと。



ようやく満足して動きを止めた時には窓の外は明るくなり始めていた。
それを見て、さくらは一晩中『ハイグレ』をしていたことに気づく。

(い、いけない! 早く着替えないと皆が起きてきちゃう……!)

そう思いハイレグの肩紐に手を掛けたさくらの手が止まる。

――脱ぎたくない――

ハイレグに心奪われていたさくらは、もうハイレグを脱ぐなど考えたくなくなっていた。
幸い今日は台本の読み合わせで、稽古着に着替える必要も無い。
それに、ハイレグはかなりの枚数がある。一着ぐらい無くなっていても誰も気づかないだろう。
さくらは脱いでいた夜着をハイレグの上から着込み、急いで自分の部屋に戻った。

夜着を脱ぎ、ハイレグの上にいつもの着物を着ながら、さくらはふと気づく。
一晩中『ハイグレ』をしていたのに少しも疲れていない。
眠気もまるで無いし、むしろ普段より元気で気分がいい。

(これも『ハイグレ』のおかげなのかしら……ハイレグってすごい……)

そんなことを考えているうちに着替えが終わり、さくらは部屋を出た。
稽古の後の『ハイグレ』を楽しみに思いながら――






「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

朝、さくらの一日は今日も鏡の前でのハイグレから始まった。
このために貯めていた給金をはたいて全身が映る鏡を買ってきたのだ。

(あぁ……気持ちいい……これで今日も一日がんばれるわ!)

ハイグレの虜になってからというもの、
さくらは風呂に入るとき以外ハイレグを脱ぐことはなくなった。
人前に出る時はやむなくハイレグの上から着物を着る。
着物を脱ぎ捨てたい衝動は、ハイレグの軽い締め付けを感じることで抑えていた。
自分は今ハイレグを着ている。その実感が淡い快感を与えてくれるのだ。

(帝劇の皆がハイグレ人間になってくれたら普段もハイレグ姿でいられるのになぁ……)

さくらは日に日にその思いが強まっていた。
だが自分の快感のためだけではない。
皆にもこの幸せな行為を広めたい……布教精神とも言える感情がさくらの中で湧き上がっていた。

そしてこの日――――さくらは決心した表情で鏡の中の自分に向き合った。

「ハイグレ人間、真宮寺さくらはハイグレを広めるために努めます!
ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

自分自身への宣言。
ハイグレの快感と共に、さくらは強い使命感を感じていた。






「アイリス、いる?」

さくらはアイリスの部屋の扉をノックする。

「はーい。さくら、どうしたのー?」

「ちょっとお話したいことがあるの。部屋に入れてもらっていいかしら?」

「うん、いいよー」

話したいことというのはもちろんハイグレのことだ。
ハイレグ水着を見たとき、幼い故か抵抗感を感じていなかったアイリスなら
ハイグレに染めるのは比較的容易だろう、とさくらは考えていた。
こう言うと罪悪感があるが、言いくるめ易そうというのもある。

「ねぇ、お話ってなぁに?」

「えぇ……綺麗になれる体操っていうのをこの間聞いたんだけど、
アイリスも興味あるかなって思って」

「綺麗になれる体操ー!? アイリスもやりたーい! ねぇさくら、教えて教えて!」

(よし、興味を持ってくれたわ……ここからが大事ね……)

「あのねアイリス、その体操は専用の衣装を着てやるの」

さくらは舞台に立つときよりも胸が高鳴っていた。
息を呑んで、後ろ手に持っていたハイレグを見せる。

「あーっ、はいれぐだ! 体操ってはいれぐ着てするのー?」

「そうよ。これを着るととっても動きやすいの」

さくらが見せたハイレグはアイリスに合った小さめのサイズで、色は黄色。
子供用のハイレグなど当然無かったので、生地を買ってさくらが手作りした物だ。

「じゃあ着替えが終わるまで部屋の外で――」

部屋の外で待ってるわね。
さくらがそう言い終わるより早く、

「えーいっ!」

アイリスが叫んだ。
すると、さくらの手からハイレグが消えるのと同時に
アイリスは黄色のハイレグに身を包んでいた。

「ほらほら〜、さくらも早く着替えなよ〜」

アイリスの得意とするテレポートを応用したのだろう。
普段は着替えに霊力を使ったりはしないのだが、どうやら待ちきれないらしい。

「ちょっと待ってね……着物の下にハイレグを着てるから」

さくらも早くハイグレをしたいのは同じだ。
急いで着物を脱ぎ、ハイグレ人間の姿に戻る。

「わぁ……さくらの足、すっごく綺麗に見えるよー!」

「ふふっ、ありがとう。アイリスも大人っぽいわよ」

『大人っぽい』という言葉にアイリスは嬉しそうに顔を赤らめた。
まだ幼い体型のアイリスだが、ハイレグによってほんのりと色気さえ感じられる。

「それじゃあさっそく始めましょうか。まずこうやってハイレグの線に手を添えるの」

「んと……これでいいのー?」

二人は食い込みの先端部分に手を添える。

「いいわよ。次は線に沿って手を引き上げるの。こう!」

「うん、……こうだよね!」

「そうそう。しばらくこの動きを繰り返すのよ」

その動きは、さくらとしては不完全燃焼なハイグレである。ガニ股になっていないからだ。
抵抗の薄いアイリスとはいえ、ハイレグ人間になっていない相手に
いきなりガニ股になるよう指示するのはさすがにまずいだろうと考えたさくらは、
自分がハイグレにのめり込んでいったのと同じ手順を追って教えていたのだ。



……どうやらさくらの策は上手くいったようだ。

「んっ…………ふぁ…………はぁっ…………」

アイリスの表情が脱力したようになり、頬もほんのり赤い。
小さく声を漏らしながら動きもどこかモジモジしている様子だ。

(……もういい頃ね)

「アイリス、じゃあ次の動きに進みましょうか」

「……えっ? う、うん……」

名残惜しそうにアイリスは手の動きを止めた。
中途半端な気持ちよさで中断したため、不満そうな表情も見える。

「次はこう……足を大きく開くのよ」

いよいよだ。
さくらは足を開き、ガニ股になる。

「うん……」

『準備運動』とも言える動きが功を奏したようで、アイリスは素直にガニ股になった。
心ここにあらずといったその様子はまるでさくらの言葉に操られるかのようだ。

「足を開いたら、手を伸ばして」

「うん……」

「さっきと同じように手を引き上げるの!」

さくらの体を快感が包む。
……やはりハイグレはこうでなくては。さくらは改めて思った。
『ハイグレッ!』と口をついて出そうになるのをどうにか押さえ込む。
しかし、さくらのハイグレを見たアイリスは手を伸ばしたまま動いていなかった。
どうやら戸惑っているらしい。

「どうしたの? アイリス」

そう言いながらさくらはアイリスの後ろに回る。

「んっと……あの、あのね……?」

さくらはぴんときた。
足を開かない手だけの動き――『準備体操』でも気持ちいいのだ。
ガニ股になって手を動かすとどうなってしまうのかに戸惑いがあるのだろう。

「大丈夫よアイリス……」

さくらはアイリスの手を取る。

「さっきよりもっと気持ちよくなれるわ……ほぅらっ!」

そう言うやいなや、さくらはアイリスの手を思い切り引き上げた!

「!? っ……ひゃあぁぁんっ!」

アイリスの体がビクンと痙攣する。
と、同時に……アイリスの迷いは完全に消え去った。
アイリスは無我夢中で手を動かし始める。

「ふぁっ! あんっ! 気持ちいいっ! 気持ちいいよぉっ! アイリス、しあわせぇっ!」

ハイグレの動きを繰り返しながら、アイリスは歓喜の言葉を口にする。

「アイリス! こう言うともっと幸せになるわよ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

アイリスのハイグレに我慢できなくなったさくらは
アイリスに見せつけるようにハイグレを始める。

「は、はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」

「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! そうよアイリス!
これであなたもハイグレ人間になれたわ!」

「はいぐれにんげん……うん! アイリスはハイグレ人間!
ハイグレ人間、アイリスだよ! はいぐれっ! はいぐれっ!」

アイリスも完全にハイグレの虜、ハイグレ人間になったようだ。
さくらはハイグレの快感と、仲間が出来たことの嬉しさでこれまでにない笑顔を浮かべていた。






早朝の中庭に風を切る音が響く。
さくらは一人、剣の稽古をしていた。
もちろんハイレグは着たままだ。人目につく場所なので着物の下に、だが。

今日の稽古はいつもと違っていた。
体が軽い。さくら自身も驚くほど稽古に集中できていた。

(これもハイグレ人間になったからなのかしら……)

そう考えていると、

「さくらー!」

アイリスが起きてきたようだ。手を振りながら駆け寄ってくる。
さくらは稽古を止め、剣を収めた。
向き合った二人は、キョロキョロと周りを見渡す。
周りに誰もいないことを確認し――

「ハイグレッ! ハイグレッ! アイリス、おはよう!」

「はいぐれっ! はいぐれっ! おはよー♪」

ハイグレ人間同士の挨拶。
服を着たままではあるが、ハイグレを見せ合うのは心地よく、二人とも顔がほころんでいた。
特にさくらはハイグレ人間の仲間ができたことを噛み締め、満面の笑みを浮かべている。

「さくらー、剣のお稽古してたの?」

「ええそうよ。ハイグレ人間になってから体がとっても軽いの」

「アイリスもね、ハイグレすると霊力が強くなるんだよー! はいぐれっ! はいぐれっ!」

アイリスは何度かハイグレをする。そして、また周りを見渡してから

「そーれっ!」

と叫んだかと思うと――さくらとアイリスはハイレグ姿になっていた。

「ちょ、ちょっとアイリス! 誰かに見つかったら――」

「大丈夫、大丈夫♪ えいっ!」

またアイリスが叫ぶ。すると、一瞬で二人とも元通り服を着ていた。

「えへへー、すごいでしょー!」

アイリスは自慢げだ。
さくらは胸を撫で下ろし、ふと気がつく。

(体調が良くなったり、体が軽くなっていたのも霊力が強くなっていたからなのね……)

「? さくらどうしたのー?」

「……そうだわ!」

「えっ!? 何?何?」

「ふふっ。アイリス、仲間を増やせるかもしれないわよ!」






地下格納庫――
光武が保管されている場所であり、整備の時間以外に人が居ることはほとんど無い。
……一人を除いて。

「あれ、さくらはんにアイリス。こないなとこに来るなんて珍しいな。どないしたんや?」

意外な訪問者に紅蘭は整備の手を止める。
機械いじりが好きな彼女は日頃からよくここで光武の整備をしているのだ。

「ええ……ちょっと霊子計を使わせてもらえないかと思って」

霊子計は霊子力の量をはかる計器だ。
霊子甲冑起動の目安に使われるのだが、個人の霊力をはかることもできる。

「霊子計を? そらかまへんけど……何でまた?」

「あのねー、霊力を強くする方法見つけたんだよー!」

アイリスが嬉しそうに言う。ウズウズしてもう待ちきれない様子だ。

「霊力を? そらどんな――」

「こうするのー! はいぐれっ! はいぐれっ! はいぐれっ!」

我慢できなくなったのか、アイリスはハイレグ姿になりハイグレを始めた。

「もう、アイリスったら仕方ないわね……じゃあ私もっ!」

さくらも急いで着物を脱ぎ捨てる。

「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! こうするととっても霊力が強くなるのよ!」

いきなりの二人の行動に紅蘭は面食らった表情だ。

「へっ!? な、何やそれ!? そんなんで霊力が上がるわけが……って上がってるやん!」

霊子計のメーターは振り切れ、異常な数値を出していた。

「霊力が強くなるだけじゃなくてすっごく気持ちいいんだよー♪ ねぇ、紅蘭も一緒にやろうよー!」

「いや……さすがにそれは……」

露出の多い衣装におかしな動き。
当然、紅蘭は抵抗感を示す。

「恥ずかしがることないわ、紅蘭。アイリス!」

「うん! そぉれっ!」

アイリスの掛け声と共に、さっきまで着ていた作業着が床に落ち、紅蘭はハイレグ姿になった。
紅蘭の戦闘服と同じ、緑色のハイレグ水着だ。

「わっ!? いきなり何すんねんアイリス! も、もうほんま堪忍してえな……」

そう言うと紅蘭は真っ赤になってしゃがみこんでしまった。

「そう……無理に進めちゃってごめんなさいね紅蘭。アイリス、行きましょ。」

「う、うん……ごめんねー」

着物を着始めたさくらを見て、アイリスも渋々洋服姿に戻る。
着替えが終わるとさくらはアイリスを連れて格納庫を出て行った。

「な、なんやったんやあれ……」

紅蘭は突然の出来事に呆然としていた。
霊子計に目をやると、メーターは正常に戻っている。

(ほんまにあんなんで霊力が上がってたんやろか……?)

霊子計の故障ではないか、と紅蘭は疑問に思う。
むしろそう考えた方が納得がいくのだ。
だが本当にあの動作で霊力が上がっていたのなら……
紅蘭の好奇心はくすぐられていた。



一方二人は、さくらの部屋でハイグレに勤しんでいた。

「はいぐれっ! はいぐれっ! ねぇさくらー、
紅蘭が他の皆にハイグレのこと喋っちゃわないかなぁ?」

アイリスは不安そうだ。

「大丈夫よアイリス、心配しなくていいわ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

そう話すさくらの表情には少しの曇りも無かった。



しばらくして、さくらはハイグレの動きを止める。

「……そろそろいいかしら。もう一度紅蘭の所に行きましょう」

「? またお誘いに行くの?」

二人はまた服を着て地下格納庫へと向かった。
今度はハイグレ人間になってくれるかな、と考えていたアイリスの目に飛び込んできたのは
必死にハイグレをしている紅蘭の姿だった。

「あ、あかん! こっち見んといてぇっ!」

二人に気づいた紅蘭はそう言いながらも手を動かし続ける。
それを見たアイリスは目を輝かせて紅蘭に駆け寄った。

「紅蘭もハイグレ人間になったんだねー! アイリスも一緒にハイグレするー♪」

アイリスも服を脱いでハイグレを始める。

「うふふ、紅蘭ならきっと興味を持ってくれると思ってたの。
試しにやってみたら気持ちよくなってやめられなくなっちゃったのよね?」

「せや……ほんまに霊力が上がるんか試してたら……止まらんようになって……」

紅蘭の顔は恥ずかしさと気持ちよさで真っ赤になっていた。
そんな紅蘭にさくらは優しく微笑む。

「私も最初は恥ずかしかったの。でもすぐに慣れて幸せな気持ちになれるわ。
これからは一緒にハイグレしましょうね」

さくらは着物を脱ぎ、紅蘭と向き合う。

「ほら、ハイグレは見せ合うともっと気持ちがいいのよ。
ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」

「ハ、ハイグレ……ハイグレ……ハイグレ……」

手を動かすたびに紅蘭はうっとりとした表情に変わっていく。

(気持ちええ……こんな気持ちのええこと嫌がっとったなんて、ウチがアホやったんやな……)

「もう、二人だけずるーい! アイリスのハイグレも見てよー!」 

「ふふっ、それじゃあ三人で向かい合いましょうか」



「じゃあいくわよ、せーの!」

「「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」」」

三人で行うハイグレの一体感はさくらとアイリスにとっても初めての心地よさで、
もう紅蘭の表情から恥ずかしさは消えていた。

帝劇の皆がハイグレ人間になれば……というさくらの夢。
それはもう“夢”ではないのかもしれない。






「「ハイグレッ! ハイグレッ!」」

夜の地下格納庫にさくらとアイリスの声が響く。
紅蘭がハイグレ人間になってからはハイグレをする場所を格納庫に移していた。
自分の部屋で密かにハイグレをしていたのに比べればかなり開放的で心地よい。
と、そこへもう一人のハイグレ人間が入ってきた。

「お、やっとるなー。ハイグレ! ハイグレ!」

紅蘭は慣れた様子で『挨拶』をした。
笑みを浮かべ、もうすっかりハイグレ人間になっている。

「はいぐれっ! はいぐれっ! もう、紅蘭おそーい!」

「ハイグレッ! ハイグレッ! 早く一緒にやりましょう!」

三人のハイグレ人間達は輪を作ってまたハイグレを始めた。

「いやーすんまへん。ハイグレしてると新しい発明のアイデアがどんどん浮かんできてなー。
ついつい夢中になってしもて……」

「ふふっ、ハイグレ人間になってもそういうところは変わらないのね」

「そら発明はウチとは切っても切れへんさかい。けど、発明もハイグレも同じぐらい大事やで!
ハイグレせえへんなんてウチ考えられへんもん」

「紅蘭……」

真剣な面持ちでハイグレへの思いを語る紅蘭にさくらは感激していた。
ハイグレ人間の同士として嬉しく、頼もしい言葉だ。

「ねぇねぇ紅蘭、他のみんなもハイグレ人間にしちゃうような発明ってできないの?
ビームを出してー、当たった人がハイグレ人間になっちゃうとか!」

無邪気にアイリスが質問する。

「さすがにそこまでお手軽にはいかんなぁ……でもこんなこともあろうかと!
使えそうな発明を作ってるとこや!」

「ほんとにー!? 紅蘭すっごーい!」

「せやけど色々と実験せなあかんことがあってな……協力してくれるやろ? 二 人 と も 」

「「えぇっ!?」」

二人には紅蘭の眼鏡が怪しく光ったように見えた。
さくらは紅蘭をハイグレに深く染めてしまったことを
ほんの少し、ほんの少しだけ、後悔したのだった……。






「『かいみんくん』?」

「せや! 快眠を促進する装置でな、これを使えばぐっすり眠れて
疲れも取れるっちゅー優れものや! この頃稽古で忙しいマリアはんにぴったりやと思ってな」

箱のような形をした機械を手に、紅蘭は自慢げに語る。
だが、それを聞いているマリアは疑わしげだ。

「ありがとう紅蘭、気持ちはすごく嬉しいわ。でもこの発明……安全なの?」

「大丈夫や! 今回の発明は試運転もバッチリやで。そーれ、スイッチオン!」

紅蘭がボタンを押すと、低い音を出しながら『かいみんくん』が動き出した。
一瞬マリアは身構えた……が、爆発はせず代わりに『かいみんくん』から
心地よい香りが漂い始めた。

「……あら、いい香り。これは……ハーブかしら?」

「まぁそんなとこやね。スイッチを入れて寝ると、この香りが気持ちを落ち着けてくれて
ゆっくり眠れるっちゅーわけや」

「これはいい発明ね……じゃあ今夜にでも使わせてもらおうかしら」

「そうか! 眠ってしばらくしたら自動でスイッチが切れるようになっとるから
つけっぱなしで寝てかまへんからな。ほなまた感想聞かせてや!」

    ・

    ・

    ・

(まずはええ滑り出しやな……上手くいくとええんやけど)



――夜。今日の稽古を終えたマリアは眠りにつこうとしていた。
主演となると他の配役よりも覚えることは多く、慣れたこととはいえ少々疲れも貯まる。

「さて、それじゃあ紅蘭の発明品を試してみようかしら」

『かいみんくん』のスイッチを入れると、昼間と同じように心地よい香りが漂い始めた。

「あぁ……やっぱりいい香りだわ。これならよく眠れそう」

香りを堪能しながらマリアは横になる。
目を閉じると体が浮遊感に包まれるようだ。
ふわふわとした感覚に身を任せるうち、マリアの意識はまどろみの中に溶けていった。



(……鏡?)

ぼんやりとした意識の中で、マリアは気がつくと鏡の前にいた。
全身が映る大きな姿見だ。
そこに映った自分は……黒いハイレグ水着を着ていた。

(何で……私、こんな格好を……?)

ハイレグを着ているのに気づくと、途端に恥ずかしくなった。
しかし、周りには誰もいない。自分一人だ。
マリアは興味本位からまじまじと自分のハイレグ姿を見る。

(あぁ……やっぱり過激ね……けれど不思議と嫌ではない……
で、でもいけないわ、こんな恥ずかしい姿……!)

理性と感情の違いに戸惑っているうちに、ふとハイレグの締め付けに意識が向く。

(んっ……この水着、すごく着心地がいいわ……
軽い締め付けと肌触りが何だか気持ちいい……)

一度着心地を気にしてしまうと、そこから意識を背けることができなくなっていた。
気持ちがいい。
どんどんこの水着が愛おしくなってくる。
マリアがまた鏡に目をやると、そこには顔を上気させ、
気持ち良さに体を小刻みにくねらせる自分が映っていた。

そして、ハイレグの着心地に夢中になっているうちに……また、マリアの意識は溶けていった。






「んっ……」

マリアはベッドから体を起こした。
すると、すぐに体調の変化に気づく。

(すごく体が軽いわ……! 目覚めもすっきりしているし、紅蘭の言っていた通りね……)

『かいみんくん』の効果に感嘆するマリア。
しかし、すぐにある疑問が浮かぶ。

(何か夢を見ていたはずだけれど……思い出せないわ……すごく印象的な夢だったはずなのに)

記憶に霧がかかったような感覚に首を傾げつつ、着替えようと服に袖を通した、その時だった。

(……っ!?)

不快感が体に走った……が、それはすぐに消えた。
一瞬だったが、強烈に『着たくない』という感情が湧き上がったのだ。

「な、何? 今のは……」

驚いて服を調べるが普段と何ら違いは見当たらない。
突然の事にマリアが戸惑っていると、ドアがノックされた。

「マリアはん、起きてはるー?」

「え、ええ。少し待ってちょうだい」

紅蘭の訪問に急いで服を着るが、今度は何も感じない。
今のは何だったのだろうと思いつつも着替えを終えたマリアは紅蘭を迎え入れた。

「おはようさん。どやった? 『かいみんくん』の効果は」

「すごく快適だったわ。すっきり目が覚めたし、体も軽くなったみたい。
何だか癖になりそうよ……」

昨晩の心地よさを思い出し、若干うっとりした様子でマリアは答える。

「そうか! 喜んでもらえてウチ嬉しいわ! で、一つ頼みがあんねんけど……
『かいみんくん』のことは他の皆には内緒にしといてもらえへんやろか?」

「どうして? せっかくすごい発明なのに……」

「いやー、皆をいっぺんに驚かせたくてな。全員分が完成するまで待ってほしいんや」

「そういう事なら……わかったわ。発明のことは秘密にしておくわね」

「おおきに! 効果が維持できるかどうかも知りたいからしばらく使い続けてみてな!」

「ええ、喜んで」

    ・

    ・

    ・

(危ない危ない……この事が皆に漏れたら面倒になるとこやった。
『効果』が出るにはもうちょい掛かりそうやな……)



「すみませんマリアさん、わざわざ手伝っていただいて」

「気にしないで。そろそろ整理しておこうと思っていたから」

「ねーねー、この服はどこにしまうのー?」

マリアはさくら、アイリスと一緒に衣裳部屋で衣装の整理をしていた。
二人が貯まった衣装を整理すると言うのでマリアが手伝いにと加わったのだ。

「これだけあると一着ぐらい無くなっても気づきませんね」

「そうね……またいつ着るか分からないし、しっかり整頓しておかないと」

そんな会話をしていると、アイリスが声を上げた。

「ねぇさくらー、この服はこっちー?」

「はいはい。じゃあマリアさん、この棚はお願いします」

「分かったわ。衣装掛けの方はお願いね」

さくらはアイリスのいる衣装掛けの方に行き、マリアは棚の整理を続けた。

(ええと……この袋は何かしら)

棚の上の紙袋を取り、中身を確かめる。
中には――様々な色のハイレグ水着が入っていた。
マリアはすぐに以前すみれが置いていった物だと分かったが、
どういうわけかハイレグ水着を見た途端、手は止まり、目を離せなくなってしまった。

(え……? ええ……? 何? この感覚は……)

動悸は激しくなり、
息も荒くなる。
何かに促されるように、マリアは恐る恐るハイレグを体に当てようとした。

「マリアさん?」

さくらの呼びかけにマリアは我に返った。
急いでハイレグを袋に入れ、棚の上に戻す。

「ど、どうしたの?」

「こっちの方は終わりましたよ。マリアさんの方はどうですか?」

「そうね……ええと……もう少しで終わるから、後は私に任せてちょうだい」

「……そうですか。それじゃあアイリス、行きましょうか」

「うん、アイリスおやつ食べたーい!」

アイリスを連れてさくらは衣裳部屋を出て行った。
マリアはほっと胸をなでおろす。
衣裳部屋に一人残ったマリアはもう一度棚から紙袋を下ろし、ハイレグを手に取った。

「はぁ……」

思わず息が漏れる。
マリアは自分の顔がどんどん上気していくのを感じた。
そしてしばらくハイレグを見つめてから――
隠すようにハイレグを抱え、衣裳部屋から出た。

足早に自分の部屋へ向かうマリア。
誰かにハイレグを持っている姿を見られないかと気が気ではない。
心臓が張り裂けんばかりに高鳴る。
足はどんどん速くなり、階段を昇る頃にはもう駆け出していた。

(後少し、後少しで部屋に……!)



自分の部屋に駆け込んだマリアはその場にへたり込んだ。
幸い誰にも会わず部屋に戻れたことに心底安堵し、
持ち帰ったハイレグを愛おしそうに抱きしめる。

――が、自分の部屋に駆けて行くマリアの姿を
廊下の角からさくらとアイリスが見ていたことは知る由も無かった。






帝劇の皆が寝静まった深夜、マリアは服を脱ぎ始める。
もちろんハイレグ水着を着るためだ。
服を一枚脱ぐ度に、高揚感が増していく。
全裸になったマリアは、意を決したように一気にハイレグに体を通した。

「はぁぁっ……」

あまりの着心地の良さに思わず声を漏らす。

(変わった生地でも無いようなのに、何故こんなに心地いいのかしら……
それに、この感覚を既に知っていたような気もするわ……)

マリアは既視感を覚えることを不思議に思ったが、
心地よさに浸っているうちに気にならなくなった。

(今夜は着たまま寝てしまいましょう……誰かに見られることも無いし、
それに……少しでも長くこの水着を着ていたい……!)

半ば無意識に『かいみんくん』のスイッチを入れてマリアは横になる。
漂い始める香りとハイレグの肌触り。
二つの幸福感に包まれ、マリアはすぐに眠りに落ちていった。



気がつくとマリアはまた鏡の前に立っていた。
ハイレグ水着を着た自分の姿が映っている。

(大胆な水着……皆がこんな格好を見たら何て言うかしら……)

そんなことを考えていると、鏡に映ったマリアが足を大きく開いた。

(な、何? 鏡の私が……勝手に動いて……!?)

鏡の中のマリアは足を開いたまま、ハイレグのラインに沿うように手を上下し始めた。
そして動きを繰り返しながら何か喋っている。

(何なの? このおかしな動きは……何を喋っているの……? はい……ぐれ?)

妙な語感が気になり、もう一度口に出す。

(はい、ぐれ……)

自然とマリアは、鏡の中のマリアに合わせるようにその単語を口にしていく。

(はい、ぐれ はい、ぐれ はい、ぐれ)

(ハイグレ ハイグレ! ハイグレッ!)

マリアは自分の声に驚き、ハッとした。
いつの間にか自分自身が単語を口にしつつ、『おかしな動き』を繰り返していたのだ。

(私、いつの間に動きを真似て……いいえ、鏡に映っているのだから私が最初から
この動きをしていたのね……そうよ、そう考えれば何の不思議も無い……)

疑問を自ら払拭したマリアは、また動作を再開する。

(ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!)

そして夢中になって動きを繰り返すうちに、
マリアの意識は霧が掛かったようにぼやけていった……。



「……んんっ」

目が覚めて、体を起こしたマリアは
また夢を見ていたことに気づくが、やはりどんな夢かを思い出せずにいた。

(何だかまだぼんやりして夢見心地だわ……気持ちいい余韻が残っている……)

夢の内容を思い出そうとしつつも、着替えようとマリアは服を手に取った。

(服がすごく煩わしい……ずっとハイレグ姿でいたいのに……
でもこんな姿を皆に見せるわけにもいかないし……)

(そうだわ、ハイレグの上に服を着ましょう。
服なんて着たくないけれどハイレグを脱ぐよりはずっといいわ)

そう考えて、マリアはハイレグを着たまま服を着込み部屋を出た。



稽古も終わってその日の夜、アイリスがマリアの部屋を訪ねてきた。

「ねぇねぇマリア、話したいことがあるんだけどいい?」

(こんな時間に……!? どうしたのかしら)

「ちょ、ちょっと待ってねアイリス」

ハイレグ姿だったマリアは急いで服を着て扉を開けた。

「どうしたの? こんな遅くに……」 

「マリア、アイリスと一緒に来て!」

アイリスはマリアの手を取って歩き出す。

「ちょ、ちょっとアイリス!? どこへ行くの?」

「いいから、いいから♪」

そう言って、アイリスがマリアを連れてきたのは地下格納庫だった。

「アイリス、一体何の話なの? それに何故こんな所へ……」

「それはねぇ……えーいっ!」

アイリスが叫ぶと、マリアは服が脱げ、ハイレグ姿になっていた。

「きゃあっ!」

「えへへ〜、マリアやっぱりハイレグ着てたんだー!」

無邪気にはしゃぐアイリスとは対照的に、
マリアは顔を赤くしてその場にへたり込んでしまった。

「ち、違うの。これは……」

必死に弁解をしようとするが、言葉が出てこない。

「もう、恥ずかしがることないのにー。ほらマリア、『ハイグレ』!」

「!? ハ、ハイグレッ! ハイグレッ!」

マリアは何が何だか分からなかった。
アイリスが奇妙な言葉を口にしたかと思うと、
反射的に立ち上がって足を開き、手を上下させていたのだ。
奇妙な言葉……『ハイグレ』と叫びながら。
それだけではない。『ハイグレ』をした途端、不安や羞恥心が無くなり幸福感に包まれていた。

「アイリス!? あなた、私に何を……!」

と、そこへさくらと紅蘭が入ってきた。

「アイリス、その様子だと上手くいってたの?」

「うん! バッチリだったよー♪」

「あ、あなた達、一体――」

一体どういうことなの、と聞こうとしたマリアだったが、

「マリアはん、『ハイグレ』!」

「どういう、ハイグレッ! ハイグレッ!」

紅蘭の言葉に遮られ、またハイグレをしてしまう。
幸福感に包まれ、ハイグレをやめるとまた元に戻る。

「おー、上手くいっとるな」

「どうなっているの……私は何でこんな……」

混乱しているマリアにさくらが声を掛ける。

「大丈夫ですよ、マリアさん。私達もマリアさんと同じですから」

そう言うとさくらは着物を脱いでハイレグ姿になる。
それに合わせてアイリスと紅蘭も服を脱ぐ。

「アイリスたちはねー、ハイグレ人間になったんだよー!」

「ウチらはもうハイレグの虜なんや。マリアはんもそうやろ?」

「そんな……私は……」

マリアは戸惑っていた。
ハイレグに心奪われている自分と背徳的な行為に抵抗する自分の間で揺れていた。

「迷わなくていいんですよ。ほら、一緒にやりましょう!」

「せーのっ!」

「「「ハイグレッ! ハイグレッ!」」」

三人のハイグレにつられてマリアもハイグレをする。

「ハイグレッ! ハイグレッ!」

(あぁ……幸せ……ハイグレ人間になればこんなに幸せなのかしら……)

しばらくハイグレをした後、三人は動きを止めた。
同じようにマリアの動きも止まる。

(あっ……)

ハイグレを止めたことで幸福感が途切れてしまった。
もっと幸福感を感じていたい。しかし自分からハイレグをするなんて……
そんな葛藤がマリアを襲う。

「マリアさん。自分がハイグレ人間だって認めちゃいましょう。
そうすればすっきりして、もっと気持ちよくなれますよ」

(もっと……気持ちよく……)

さくらの言葉に促されるようにマリアは足を開き、腕を下へ伸ばして構えた。

マリアは思った。
自らハイグレをしてしまうと、もう元には戻れないだろう。
ハイレグの虜になってハイレグ無しにはいられなくなるだろう、と。
しかし、ハイグレへの欲求を拭い去ることはもうできなくなっていた。

「さぁ、マリアさん!」

「マリア!」

「マリアはん!」

「……っ! わ、私、マリア・タチバナはハイグレ人間! ハイグレッ! ハイグレぇッ!」

これまでの自分に別れを告げる決心と共に、マリアは叫んだ。
すると、マリアはこれまでに無い幸福感に襲われた。

「あっ……あ……くああぁぁぁっ! ハッ、ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」

「マリアすっごーい! アイリスも一緒にやるー! はいぐれっ! はいぐれっ!」

「うわー……我慢してた分が一気に来てしもたみたいやなー」

「そうね……マリアさんすっごく幸せそう。紅蘭、私達も一緒にやりましょう!」

「せやな! ウチも負けてられへんでー!」

「「「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」」」」

夢中でハイグレをするマリア、それに負けじとハイグレをする三人。
その夜は遅くまで格納庫に四人のハイグレが響いていた。
t
2009年11月22日(日) 02時11分28秒 公開
■この作品の著作権はtさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めて書いたSSなので微妙だったりしたら
大目に見てやってください・・・

一回の更新の長さでは最長ではなかろうか・・・
一気に書き上げたのでおかしい文章になってないか不安。
この後は誰を堕とすかもどう堕とすかも考えておらず、完全に未定状態です。

続きはアイデア思いつく&やる気が出たら書く・・・かも