Kanon 月宮あゆのアルバイト・ハイグレ編

月宮あゆが病院を退院して数か月。リハビリも順調に進み、自由に歩き回ることができるようになっていた。季節は夏。ある日、あゆは水瀬家に遊びに来ていた。
「祐一君、相談があるの。」
あゆは彼氏兼自称保護者の祐一に相談を持ちかけた。
「なんだ、あゆ?」
「アルバイトしたい。」
「お前には無理だ。あきらめろ。」
祐一は飲みかけのジュースをテーブルに置いて席を立った。
「ボク、真面目に相談してるんだけど?」
「すまん、悪かった。今度はちゃんと相談に乗ろう。」
「アルバイトしたい。」
「すまん、やっぱりお前には無理だ。あきらめろ。」
祐一は同じやりとりで席を立とうとする。
「祐一、あゆちゃんに意地悪しちゃダメだよ。本当に彼氏なの?」
テーブルの向かいに座っている名雪が突っ込みを入れる。
「あのな、名雪。あゆは病み上がりだし、言動も行動もまるっきり子供だし、何かあるとすぐうぐぅって言うし、タイ焼き好きだし、アルバイトなんて向かないと思うんだ。」
「うぐぅ、祐一君の意地悪!!っていうか、最後のタイ焼き好きって仕事と関係ないじゃん!!」
「とにかく、お前はまだリハビリ中なんだ。だから・・・。」
祐一はあゆを諭そうとする。しかし、あゆの決心は固く聞き入れない。
「うぐぅ、いいもん、祐一君には頼まない!!秋子さんに紹介してもらうもん!!」
お菓子を持ってリビングにやってきた秋子に話を振る。
「ってわけで、秋子さん、ボクにできるバイト紹介してくれない?」
「了承。」
秋子はその一言であゆの願いを聞き入れる。どんな難しいことも可能にする言葉だった。
「いや、でも、秋子さん・・・。」
祐一が否定的な見解を述べようとするが、秋子は大丈夫だという。
「次の日曜日に一日だけの仕事なの。今のあゆちゃんなら一日くらいなら平気でしょ?」
「でも、こいつ、何もできませんよ?」
「平気よ。簡単な映画のエキストラの仕事だから。仕事先の知り合いの映画監督に若い子を紹介してほしいって頼まれてたの。」
秋子は部屋から紙を持ってくる。そこには必要事項が記載されていた。
「へえ、日給3万ですか。結構いいですね。」
「祐一さんと名雪もどうかしら?」
秋子は紙の募集人数の部分を指し示しながら言う。18〜22歳の人を10人くらいと書いてあった。
「私、陸上で使う新しいスパイクが欲しかったの。やるやる!!」
名雪は大学で陸上部の期待の新星になっていた。そのため、用具の消耗も激しい。
「まあ、俺も日曜は暇だし、いいか。秋子さん、この話受けます。」
「そうですか。では、先方には私から伝えておきますね。あと、できれば、他に7人探してもらえませんか?」
「そうですね・・・。大学の奴らは忙しいから・・・。」
「私、香里と栞ちゃんに声をかけてみるよ。」
「おお、その手があったか。なら、俺は舞と佐祐理さんにお願いしてみよう。あとは天野だ。これで8人だな。他にどうしようもないバカでピエロっぽい奴が来てくれそうな気が・・・・。なんて奴だったかな?」
「祐一君、北川君に対する扱いがひどいね。」
「おお、北川だ。そうだそうだ。よし、人数合わせにあいつも呼ぼう。香里が来ると言えばやってくるだろう。」
「あと一人足りないね。他に心当りは?」
祐一が少し考える。真琴がいれば、と思ったところではたと思いついた。
「俺に考えがある。任せておけ。」
祐一が簡単に請け合った。
「これで十人。手間が省けて助かるわ。」
秋子は仕事が一つ片付いてほっと表情。
「秋子さん、その映画のエキストラってどんな仕事をするの?」
「えっ?さ、さあ・・・。その日になって監督さんに聞いたほうが分かりやすいと思うわ。」
秋子はあゆの質問に対して答えをはぐらかす。その後何度聞いても内容を教えてくれなかった。祐一にはそれが少しひっかかったが、大したことはないだろうと思い直し、当日を迎えた。



そんなこんなで日曜日の朝。祐一達は電車を降りて少し歩いたところにあるロケ地に集合した。ここは去年まで病院だったが僻地のために閉鎖されてしまった場所。祐一、あゆ、名雪、舞、佐祐理、栞、香里、美汐、北川。それと、女子大生の知人・沢渡真琴お姉さんも呼んだ。
「なぜだ、なぜ相沢にばかり美人が沢山寄って来るんだ・・・。」
北川が不平を漏らすが、香里に殴られたあと連れて行かれる。祐一たちも監督に挨拶に行く。
「やあ、君たちが秋子さんの言っていたエキストラか。秋子さんもいい子たちを回してくれたな〜。頑張ってくれたら予定よりもバイト代ははずむからね〜。」
映画監督は気さくに祐一たちに話しかける。その映画監督はテレビにもたびたび出るような有名人だった。秋子の知り合いという。秋子は何者なんだろうという疑問が全員に湧いた。
「済まないが、こっちも撮影で忙しくてね。スタッフが指導している暇がないんだ。と、いうわけでこれ台本ね。着替えを済ませて簡単だから練習も頼むよ。」
監督は他のスタッフと仕事の相談をするために席をはずす。祐一たちは別のスタッフに案内されて待機部屋に案内された。

部屋に残された十人。慌ただしく小道具などを持って走りまわっているスタッフたち。祐一たちだけがその喧噪の外にいた。
「あははー、なんだか本当に映画撮影っぽくなってきましたね。」
「うまくできるかどうか不安。」
「大丈夫だよ、舞。頑張ろう。」
舞と佐祐理が励まし合う。
「さて、とりあえず台本を読もうか。この赤い付箋の部分だったな。」
祐一たちは該当ページを開いて抜き出して読んでみる。


清太郎:薄気味悪いところだな〜
未来 :ねえ、こんなところで肝試しなんてやめようよ〜
孝雄 :ば〜か、こういうところだかいいんだよ
江里子:本当に噂の怪奇現象とかいうのはあるのかしらね?

主人公ら、遠くから聞こえてくる声に耳を澄まし、音のする病室の扉を開く
エキストラ1、2、3、場面右から中央に表に従った位置でハイグレポーズを取る
未来 :な、なによ、これ!!
孝雄 :噂の人体実験?
江里子:きゃあああ!何よ、あんたたち!
四人が振り返るとそこには4、5がハイグレポーズを取りながら近づいてくる。
04:「うふふふっ、ようこそ、ハイグレ病院へ!」
05:「あなたたちもハイグレ人間にしてあげる。」
四人が逃げるが散り散りになってしまう

江里子:清太郎、孝雄、未来、どこにいるの!!
周りを警戒しながら歩く江里子。そこへ6、7が現れる。驚きで目を見開く江里子。
06 :「あなたをハイグレ人間に・・・。」
江里子:「いやああああああああっ!!」
07 :「さあ、改造をしてあげましょう!」

孝雄は8と戦って倒す。その奥で手術台に横たわっている9、10を見つける。
孝雄 :「まさか、こいつらも動くのか?」
09 :「その通り!」
10 :「ここに来たのが運のつき。ハイグレ人間になりなさい!!」

清太郎と未来が合流し、場面を右から左へ走り抜ける。1、2、3が追いすがって取り押さえる。


「まあ、こんなところか・・・。で、この映画ってなんだ?」
表紙のタイトルを眺めてみる。『映画・怪奇ハイグレ病院』となっていた。
「祐一君、これってホラー映画なの?ボク、恐い話苦手なのに・・・。」
「だから秋子さんははぐらかしたんだな・・・。」
祐一はため息をつく。あゆにホラー映画のバイトなんていったら最初から来なかっただろうから。
「それより、このハイグレ人間とかハイグレポーズとか何でしょう?」
美汐が疑問を投げかける。
「こっちの表に書いてあるみたいね。読んでみましょう。」
別のテキストにハイグレ人間の演技について載っているのを真琴が見つける。
「ええっ!!何これ!!」
栞が驚く。無理もない。ハイレグ水着を着てコマネチににたポーズをとるのだから。
「俺たちもやるのか・・・。くそっ、秋子さんに嵌められた・・・。」
秋子はバイトの内容については全く説明をしなかった。それはこの内容だからかと今更ながらに後悔した。
「う〜。こんなの恥ずかしいよ〜。でも、今から帰るわけにもいかないし・・・。」
名雪がためらいの表情を見せる。
「ごめんね、名雪さん。ボクがバイトしたいなんていったから・・・。」
「あゆちゃんが悪いんじゃないよ。うん、悪くないよ。私、ハイレグ水着って一回着てみたかったから。」
名雪がやせ我慢して言う。しかし、顔はひきつっていた。
「でも、ボク、やるよ!初めてのアルバイトだもん!」
「やれやれ。仕方ない、俺もやるよ。アルバイト一つまともにできなかったら小学生に負けちまうからな。」
「うぐぅ、祐一君の意地悪!でも、ありがとう!」
他の面々も渋々ながら同意する。こうしてあゆの初めてのアルバイトが始まった。



「まずは配役を決めましょう。でないと自分のやる演技が分からないわ。」
香里が仕切る。委員長経験者なのでその辺はうまい。
「手っ取り早くクジを作りました。皆さん、引いてください〜。」
佐祐理がいつの間にか紙を使って番号くじを作っていた。各々折りたたまれた紙を取る。
1番 水瀬名雪
2番 天野美汐
3番 美坂栞
4番 倉田佐祐理
5番 川澄舞
6番 沢渡真琴
7番 相沢祐一
8番 北川潤
9番 月宮あゆ
0番 美坂香里
「って、俺やられ役かよ!納得いかねえ!」
北川が一人だけ不満を述べる。
「北川、お前はそういうキャラ付けなんだ。ま、うまくやられる演技をしろ。」
「うおおおおおっ!!」
ギャクキャラの北川にはいい役などは回ってこない。宿命だった。

各々ハイレグ水着に着替える。祐一と北川は女物の水着など着た事がないので少し手間取ったが、すぐに着替え終わった。
「うわ〜、香里さんも真琴さんもすごい〜。大人の魅力だね〜。」
「あら、あゆさんも結構スタイルいいじゃない。」
「佐祐理だってすごい。」
「あははー、舞だってすごいよ〜。」
女子更衣室からそんな華やかな話声が聞こえてくるのに男二人はそそられるものがあった。

しばらくして女性陣が更衣室を出てくる。八人ともハイレグの水着姿になっていた。
「どうかな、祐一君?変じゃない?」
「あゆ、ものすごく変だ。映画に出るのはやめたほうがいい。」
「うぐぅ、祐一君の意地悪・・・。」
しかし、祐一はあゆが隠れ巨乳であることを認めざるを得なかった。赤いハイレグ水着に豊かな膨らみ。子供っぽい言動とは裏腹に体は大人だった。
「あゆちゃん。祐一、照れてるんだよ。すごくあゆちゃんのこと意識してるよ。」
名雪は髪を後ろにまとめている。青いハイレグ水着によく似合っていた。
「ほお、栞も似合っているじゃないか。ペッタンコなんかじゃないぞ。」
「そんなこと言う人嫌いです。祐一さんはエッチです。」
栞は純白のハイレグ姿だった。隣にいる姉はオレンジ。
「天野もおばさん臭くなくてよかったよかった。」
「私は物腰が上品なだけでピチピチの女子高生ですよ?」
「お前、そういう若者言葉は合わないからやめておけ。」
美汐は水色のハイレグ姿。横には黄緑のハイレグ姿の佐祐理と黒のハイレグ姿の舞。
「さあさあ。みんな、撮影まで時間がないわ。練習しましょう。」
「「はーい!!」」
黄色いハイレグ水着を着た真琴が手を叩いて仕事に入るように促す。といってもエキストラの演技では大して練習も必要ない。そんなに高いレベルは要求されていないし、棒読みにならない程度で良い。映っている時間が全員合わせても2、3分だからだ。キャンプに来た高校生四人組が肝試しに廃病院に入り込み全滅する序章。その後オープニングムービーが流れて本編が始まる。そんな冒頭部分だからだ。



「テイク1!」
最初の部分の撮影開始。しょっぱなから未来役がセリフを間違えて撮り直し。
「テイク2!」
清太郎たち四人が縦になって暗い病院の中を進んでいく。
「薄気味悪いところだな〜。」
「ねえ、こんなところで肝試しなんてやめようよ〜」
「ば〜か、こういうところだかいいんだよ。」
「本当に噂の怪奇現象とかいうのはあるのかしらね?」
四人が遠くから聞こえてくる声に耳を澄ます。音のする病室の扉を開く。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
名雪、美汐、栞の三人が円陣を組んでハイグレポーズをとる。
「な、なによ、これ!!」
「噂の人体実験?」
江里子が後ろを振り返って叫ぶ。
「きゃあああ!何よ、あんたたち!」
四人に近づくハイレグ姿の佐祐理と舞がハイグレポーズを取りながら近づく。
「うふふふっ、ようこそ、ハイグレ病院へ!」
四人は後ずさる。
「あなたたちもハイグレ人間にしてあげる。」
舞が戦闘態勢をとって対峙する。四人は散り散りになって逃げる。
「はい、カット!」

こんな感じで撮影は夕方までかかった。たかだか数分の演技でも何度も撮り直し、やり直しを繰り返す。それはお客さんに見せる映画を作るために必要な作業だ。アルバイトの祐一たちはそんなにやり直しをするとも知らず、へとへとに疲れ切った。着替えた後も椅子にへたり込んでいる始末。
「君たち、夕食も食べていきなよ。味は保証するよ。」
スタッフに混ざって一緒に夕食を食べることに。定番のカレーだった。
「はあ〜、疲れたな〜。あゆ、平気だったか?」
「うん。ボクの迫真の演技に監督さんも驚いてたよ。」
「お前、セリフ一言しかないじゃないか。」
夕食を食べ終わった頃に封筒に入った日給3.5万円をもらう。5千円は臨時ボーナスだ。
「そうだ!せっかくだから本物の肝試しやろうよ。」
名雪が何を思いついたのかそんな事を言い出した。
「まだ帰りのバスまでは時間がありますね。それくらいは可能かと思います。」
美汐が腕時計を見て時刻を確認する。他のメンバーもなぜか乗り気なので許可をもらって廃病院の中に。
「や、やめようよ〜。お化けがでるかも・・・。」
あゆは一人だけ怖がっていたが、かといって夜道を一人で帰るのも怖いのでついていく。
ルールは簡単。最初に行く祐一が最上階の一番奥の部屋に全員分のバイト代の封筒を置いてくる。その後各人がその封筒を持って帰ってくるというものだ。
「ひ、ひどいよ、祐一君!それじゃ、絶対に行かなきゃいけないじゃん!」
「当り前だ。そうでないと肝試しにならんだろ?ちゃんと来いよ。後で持って帰ってこないから、自分で取りに来るんだぞ。」

祐一は最初に出発。暗闇が怖くないのですたすた進んでいく。懐中電灯の光を頼りに迷わず目的地について封筒を置く。
「さて、置くもの置いたらどこに隠れて脅かすか・・・。ふっ、楽しみだ。」
舞と香里をのぞいた女性陣には暗闇への耐性がない。面白いように恐がるだろうと考えた。
「んっ?」
何か廊下で動くような音がした。祐一は懐中電灯を片手に部屋の外に出る。
「おい、まだ開始時間の5分立ってないぞ?って、あれ?」
廊下には誰もいない。北川あたりが自分を驚かそうとしているのだろうか、とも考えたが、今まで誰かがつけてきた気配はないと思いなおす。その時、またカチャリと音がした。
「そこかっ!!」
祐一が音のする場所に行く。以前は自動販売機が置いてあったであろう場所だった。今はがらんどうになっていて何もない。
「おかしいな・・・。」
首をかしげる。ここには窓がないので外から風が入ることもない。ネズミでもいるのだろうと思って引き返そうとする。一階に戻ろうと階段の踊り場に来たところで今度は足音が聞こえた。幻聴ではない。確実に近づいてくる。
「誰だっ!!」
祐一がその人物をライトで照らす。その人物の顔を見て祐一は驚いた。
「な、なんで、お前が・・・?っていうか、なんだその格好は?待てよ・・・。そうだ、名雪か天野あたりの差し金ですよね?そう言ってくださいよ・・・・。」
その人物は銃を右手に持ってまっすぐ祐一に向ける。祐一はただの遊びではないオーラを感じ取る。
「な、なんですか、その銃は?冗談きついな〜。あはははっ。」
その人物は何も答えず顔に笑顔を浮かべている。そのまま銃の引き金を引いた。銃口から赤い光線がまっすぐ出る。
「う、うわあああああああああああっ!!」
祐一はありったけの叫び声をあげた。赤い光線が祐一をとらえ、大の字になってしまう。その光が収まると、祐一は昼間と同じ青いハイレグ水着を着たハイグレ人間になっていた。



「うぐぅ!!今、上から祐一君の悲鳴が聞こえた!!きっとお化けがいるんだよ!!」
あゆが脅えて名雪に抱きつく。
「平気だよ、あゆちゃん。きっと祐一が皆を驚かそうと思って芝居をしているんだよ。」
「まったく、相沢君もしょうがないわね・・・・。子供なんだから。じゃ、私が先に行くわ。ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるから。」
香里ははしゃぎすぎの祐一に頭が痛くなった。
「香里、本当は怖いんだろ?俺がついていこうか?」
「結構よ、北川君。私は暗いところ特に苦手じゃないから。」
悲鳴をあげて抱きついてくるイベントを期待していた北川はがっくりとひざまづく。まったく男たちは・・・。溜息をついた香里は、懐中電灯を片手に病院の中に入っていった。
「相沢君、いないわね・・・。」
一番奥の部屋に入って自分の分のバイト代の入った袋を手にした香里は少し不審に感じた。
「ここに全員分の封筒があるってことはちゃんとここに来たのよね?ほっとして帰るところを驚かそうっていうのかしら?その手には乗らないわよ。」
高校時代に学年一の秀才だった香里には祐一の考えていることが手に取るように分かる気がした。
「何かしら、この声?」
遠くから声が聞こえてくる。香里は少し恐くなったが、祐一がやっているのだろうと思いなおし、声のする方向に近づいていく。だんだんその声が大きくなっていく。
「・・・レ・・・レ・・・グレ・・・・。」
香里はどこに祐一が隠れているのかを慎重に確かめながら進んでいく。声が聞こえるところには実際にはいないという罠も考えられるからだ。
「あれ?これは相沢君の?」
階段の近くにライトがつきっぱなしの懐中電灯が落ちていた。電池がもったいなので消す。
「ってことは、この近くにいるのね。どこ、相沢君!」
香里が大声で怒鳴る。しかし、返答はない。ずっと同じ声が聞こえてくるだけだ。
「声が聞こえるのはこの部屋ね。」
香里は声のする病室の扉を開く。その中には・・・
「相沢君!?何してるの!?」
香里は部屋の中にいる祐一にライトを照らして驚きの声を上げた。祐一は青いハイレグ水着を着てコマネチをしていた。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
祐一は昼間の演技の時よりも堂に入ったハイグレポーズをしている。
「へえ、昼間の映画のパクリってわけ?そんなの、全然怖くもなんともないじゃない。」
香里が鼻で笑う。まったくの無警戒だった。その彼女の背中に固いものが押しあてられる。
「えっ?」
香里の背筋がゾクリとする。正面には祐一がハイグレポーズを取っている。ということは、後ろにいるのは誰?恐る恐る振り返ってみる。そこにはハイグレ姿の女性が立っていた。
「えっ?なんで?だって、さっき・・・・。」
その人物は香里が知っているはずの人物だった。しかし、雰囲気が違う。誰だ、この人は?その恐怖に襲われた。
「その銃はモデルガンですか?それと、随分動きが素早いんですね。私より先回りしているなんて。い、いやあああああああああああっ!!」
香里に向かって銃が放たれる。振り返ったままの姿勢で着ていたジャケットの服とジーパンがオレンジのハイレグ水着に変わる。
「な、なによ、これっ・・・・。まさか、本物・・・・逆らえない・・・・ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」

「5分たったけど香里が帰ってこないね。」
「お姉ちゃんも祐一さんと脅かし役になってるんじゃないでしょうか。お姉ちゃんってクールに見えて結構子供っぽいところありますから。」
名雪と栞が世間話をしている。往復で3、4分もあれば到着するはずなのに香里が戻ってこないところからの判断だった。
「では、次は私が行ってきます。」
美汐が懐中電灯を持って病院の中に入っていく。少し顔に緊張の色が出ていた。
「やっぱり、こういう場所は好きじゃないわね・・・・。」
美汐が暗い病院の中を歩きながら独り言をつぶやく。おばさん臭いとからかわれるが、本来はメルヘン好きの女の子。暗い所はやはり怖かった。暗いと昼間は何とも思わなかった映画の小道具まで怖く見えてくる。恐る恐る進み、目的地にたどり着いた。
「バイト代を持って一階に行くのよね。相沢さんと美坂さんには会わなかった。どこに隠れているのかしら?」
その時何かが落ちる音がした。
「誰ですか!?」
懐中電灯で照らすと積み上げてあったペンキの缶が倒れていた。
「なんだ・・・。きっと積み方が悪かったのね。」
緊張の糸がほぐれて胸をなでおろす美汐。別にどうということはないだろうと思い、外に出て階段に向かう。
「レ・・・レ・・・グレ・・・・。」
「グレ・・・・レ・・・・グレ・・・・。」
遠くから聞こえてくる声。美汐は耳をそばだててみるが、分からない。
「何かしら?見に行ったほうがいいのかしら?」
罠かもしれない。しかし、見たいという好奇心もある。美汐は迷った。
「よし、行ってみよう。」
美汐は勇気を振り絞って声のする方向に向かう。奥の病室から聞こえてくる。その病室は少しだけ扉が開いていたので、片目で覗いてみる。その後ろから肩にポンと手を置かれた。
「ひゃああああっ!!」
美汐は驚いて悲鳴を上げてしまう。そして、後ろを振り返って肩を叩いた人物を見てさらにおそれおののいた。
「な、なんであなたがここに・・・・?これは幻?でも触れるから幽霊?」
混乱して何が何だか分からない。その彼女にハイグレ銃が向けられる。
「えっ?きゃあああああああああああっ!!」
美汐にハイグレ光線が命中する。扉の前で大の字になって苦痛の声を上げる。光が消えると、暗闇の中で美汐は水色のハイレグ水着を着たハイグレ人間になっていた。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!見なければよかった・・・ハイグレッ!!ハイグレッ!!」



美汐が出発して五分経過。美汐は当然ながら帰ってこなかった。
「次は私が行かせてもらうわ。うふふっ、みんなどんなお出迎えをしてくれるのか楽しみね。」
真琴お姉さんが病院の中にニコニコしながら入っていく。
「どこに隠れてるのかしら・・・?そうだわ、ルートを変えていくのもいいかも。」
真琴お姉さんは悪戯心から別ルートをとって目的地に向かう。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
一番上の階へ上がると、大きなハイグレと叫ぶ声が聞こえてくる。
「祐一君と香里ちゃんと美汐ちゃんね・・。なるほど・・・映画の真似とか言って襲ってくる気ね?でも、全然怖くないわね・・・。」
真琴お姉さんは足元が暗くてよく見えず、近くにある段ボールを蹴ってしまった。その瞬間、叫び声が止む。
「近づいているのに気づいたのね。よし・・・。」
声のした部屋にだいたいの見当をつけて入ってみる。中には誰もいなかった。
「おかしいわね・・・。ここだと思ったのに・・・。」
真琴お姉さんは誰もいないのを確認して部屋を出ようとする。その時、ベッドの下から三人の人影が出てきた。両肩をつかまれて近くのベッドに仰向けに寝かされた。
「だ、誰?」
ライトを照らす。祐一、香里、美汐の三人だった。全員ハイレグの水着姿だった。
「あら、その格好は昼間の・・・。肝試しの趣向ね?ベッドの下から出てくるのはちょっと怖かったわ。」
まだ肝試しの趣向だと思っている真琴お姉さんは笑っていた。
「次は私もハイレグ水着を着て脅かす側に回ればいいのかしら?」
「違いますよ、真琴さん。俺達は本物のハイグレ人間です。」
「うふふ、祐一君もそこまでして嘘をつかなくても。で、どこで着替えればいいのかしら?」
「ここでいいですよ。頼んだぞ、真琴。」
真琴お姉さんは気付く。今呼んだ真琴は自分ではない。祐一は別の方向を見て喋っている。その人物は病室に入ってくると真琴お姉さんにハイグレ銃を構える。
「えっ?あなたは・・・私?」
その人物は何も答えない。そのままハイグレ銃を放った。
「きゃあああああああっ!!嘘・・・・・まさか・・・・?」
真琴お姉さんはベッドの上で黄色のハイレグの水着姿になる。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
真琴お姉さんはハイグレポーズを繰り返した。

「次、私が行くね。」
名雪が懐中電灯を持って立ちあがる。
「名雪さん、気を付けてね。きっと幽霊がいるから!」
「いないと思うよ?あゆちゃん、恐がりすぎだよ。」
名雪はあゆの発言を気にも留めず中に入っていく。
「くー。なんか眠くなってきた・・・。」
名雪はうつらうつら目を閉じる。昼の疲れもあって睡魔が襲ってくる。
「眠い・・・。くー。」
名雪は懐中電灯を持って歩きながら眠っていた。寝ながら階段を上り、目的の部屋にたどり着くという離れ業をやってのけた。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
名雪はその叫び声を聞いてはっと目を覚ます。
「どこから聞こえてくるんだろう?祐一たちかな?」
名雪は部屋の外を覗いてみる。誰もいない。反対側も同じ。
「あっちかな?」
名雪は恐る恐る部屋をでて先に進む。声が聞こえてくる廊下に来た。
「あ、あれは!?」
廊下の向こう側からまっすぐ赤い光線が飛んでくる。名雪はひらりとそれを避ける。
「危ないなあ・・・。祐一ったら何をしてるんだろう?うわっ!」
名雪目がけて次々に赤い光線が飛んでくる。その赤い光線の発信源がだんだんと近づいてくる。名雪はその発進源にライトを当ててみる。
「えっ!?あなたは・・・・・真・・・・・琴?」
名雪が見たのはお姉さんではない沢渡真琴だった。ツインテールの髪の気が強い彼女だった。
「本当に真琴?真琴さんの変装だよね?」
名雪は銃を片手に歩み寄ってくる人物に話しかける。後ろにも人の気配を察した。
「名雪ちゃん、私の名前を呼んだかしら?」
名雪は後ろを振り返る。そこにはハイレグ姿の真琴お姉さんが立っていた。ストレートヘアの彼女は確かに今日ずっと一緒だったお姉さんだった。
「じゃ、じゃあ、前にいる真琴は本物の真琴?どうなってるの?」
頭が混乱する名雪。沢渡真琴は狐で山で死んだはず・・・・。なのに、なぜここに?後ろには本物の沢渡真琴。なら、あれは幻?全然分からなかった。
「っ!!」
呆然として動けない隙をついて香里と美汐が名雪を捕まえる。
「香里!!美汐ちゃん!!何のつもり!?」
名雪は本能的な恐怖を感じた。これは異常事態だ。そう直感した。前にいる真琴が名雪の胸元に銃をつきつけた。
「それで私を撃つの?」
「あなたも・・・・ハイグレ人間に!」
真琴はそう叫んでハイグレ光線を放った。
「きゃあああああああああああ!!」
名雪は大の字になる。服がハイレグ水着になって光線が収まると青いハイレグ姿になっていた。
「いやああああっ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」



「随分少なくなりましたね。あと五人ですか。」
今入口にいる出発待ちはあゆ、栞、舞、佐祐理、北川の五人だった。
「あははー、では、佐祐理が出発しますね。行ってきま〜す。」
佐祐理が心配する舞に手を振って中に入って行った。
「さーて、どんな展開が待ってるのかな。」
佐祐理は階段を上る。誰の気配もない。簡単に奥の部屋にたどり着いた。
「バイト代発見。うーん、みんなどこ行ったのかな。」
部屋を出てあたりを探してみる。
「っ!!」
歩いている彼女に開いている部屋から誰かが飛び出してきた。
「誰ですか!?」
ライトを照らしてみると、それはハイグレ姿の真琴お姉さんだった。
「真琴さん?何やってるんですか?」
「あなたも・・・・ハイグレ人間にしてあげるわ!!」
ハイグレ銃を片手に迫ってくる真琴お姉さん。銃口を引き、その光線が本物であるのが分かる。
「い、いったい、何を・・・・。挟み撃ち!?」
後ろを振り返るとハイグレ姿の名雪と香里が逆側から迫ってくる。手にはハイグレ銃。
「これは・・・嘘から出た真琴。ああ、誠でしたね。佐祐理、失敗です。」
自分の頭をコツンと叩く。しかし、そんな冗談を言っていられる状況ではなかった。佐祐理は近くに置いてあった段ボール箱を投げる。中身がぶちまけられて相手がたじろいでいる間に突破して全速力で走る。
「逃げしません・・・・!」
逃げ道を通せんぼするように美汐が立ちふさがる。
「た・・・・助けて、舞!!」
佐祐理は思いっきり叫びの声を上げた。

「・・・・佐祐理が、私を呼んでる・・・。助けに行かなきゃ・・・!!」
病院の外で待っていた舞は近くにあった長い木の棒を持って全速力で駆けて行った。
「あ、どこ行くの、舞さん!?」
「勝手に入っちゃ駄目です!!」
あゆと栞が止めようとするが聞く耳を持っていない。そのまま病院の中に入って行った。
「佐祐理・・・・!!」
舞は息を切らせて走り、佐祐理に追いついた。
「舞!!来てくれたんだね!!」
「この人たちは全員何か憑き物に取りつかれている。佐祐理を守りながら戦うのは不利。だから、逃げて。」
「憑き物・・・?本物の幽霊さんがここにいるの?」
「分からない。でも、何か邪な力を感じる。早く逃げて。私が佐祐理の逃げる時間を作る。」
「う、うん・・・。分かったよ、舞。」
佐祐理は舞の言葉に従って元来た道を逆走していった。いなくなったのを確認すると、舞が剣を正眼に構える。
「あなたたちは誰?その格好はただの映画の衣装じゃない。何か別の人格が乗っ取っている。」
舞には生まれつき超能力がある。なので、他の誰も気づかないことでも六感がよく働いて気づいた。
「私たちはハイグレ人間。ハイグレ人間の世界をこの世に作るのよ!!」
真琴お姉さんが笑いながら言う。ハイグレ銃を放つが、舞は棒きれでそれをはじき返す。
「そんな攻撃、私には効かない。」
名雪、香里、美汐が同じく攻撃するが全て避ける。
「まだ分からない?あなたたちでは私を倒せない。弱点はないから。」
「弱点がない?知ってますよ、川澄さんの弱点。もうすぐ聞こえてくるはずですよ?」
名雪が笑っている。舞ははっとする。今自分の目に映っているのは、真琴お姉さん、名雪、香里、美汐。
「祐一がいない!?」
「きゃあああああああああっ!!」
その時、階段の下の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「佐祐理!?」
舞は敵が前にいるのもお構いなく走りだした。悲鳴のした場所に着くと、そこには一人のハイグレ人間が。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!なんか楽しいね!!一緒にハイグレ人間になろう、舞?」
佐祐理は黄緑色のハイレグ水着を着て楽しそうにポーズを取っていた。近くにはハイグレ人間の祐一がいて、手にはハイグレ銃を持っていた。
「佐・・・・祐理・・・・?」
ショックを受けた舞はその場にへたりこんでしまった。
「さあ、この人もハイグレ人間にするのよ!」
いつの間にか現れた真・沢渡真琴が佐祐理にハイグレ銃を渡す。
「佐祐理。私を撃つの?」
「あははー。当り前じゃない。舞もハイグレ人間にしてあげないとかわいそうだよ。」
「もういい。好きにして。佐祐理がそれでいいなら私もいい。」
「うん。分かった。」
即答した佐祐理はショックから投げやりになってしまった舞にハイグレ光線を当たる。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
舞は黒のハイレグの水着姿になり、佐祐理と一緒にハイグレポーズを繰り返した。



「俺達三人か。なんか皆戻ってこないけど、一体何やってんだか・・・。」
北川がつぶやく。祐一以下病院の中に入って行った面々の消息を外にいる三人は知る由もなかった。
「よし、栞ちゃん。怖いだろう?俺と一緒に・・・。」
「北川さん、先に行って下さい。私たちは後で行きますから。」
栞が北川に懐中電灯を渡して先に肝試しに行くように促す。
「なんで?」
「お姉ちゃんに言われました。北川さんが一緒についていこうっていったら先に行かせなさいって。北川さんは獣だそうです。」
「うおおおおおおっ!!俺の香里からの評価はなんなんだ!!」
「北川君の日頃の行いが悪いからだよ。」
あゆにツッコミを入れられて轟沈する北川。失意のまま病院内に入って行った。
「くそーっ!!せっかく将来の義理の妹のハートを射止めるチャンスだったのに・・・。」
北川は下らない妄想を展開しながら先に進んでいく。
「あれ、昼間となんか違うな・・・。」
歩いている途中、いたるところで段ボールやら荷物やら散乱している。
「あいつら、どんだけはしゃいでるんだ?後片付けが大変じゃないか。」
きっと後片付けでこき使われるのは自分だろう。そう思うとため息が止まらなかった。
「北川君?」
「香里?」
北川は香里に声をかけられた。振り向いてライトを当ててみると、ハイレグ姿の香里がハイグレ銃を持って立っていた。
「何やってるんだ、香里!?そんな格好して嬉しい・・・・じゃなくて、風邪引くだろ?」
「風邪?そんなのひかないわよ。ハイグレ人間に病気なんてないんだから。」
「へっ?」
北川の思考が一時停止する。香里がそんな非常識なセリフを芝居とはいえ言うだろうか?
「北川。何をぼけっとしている。」
「相沢?」
今度は祐一の声。そちらにライトを向けると、やはりハイレグ姿の祐一が立っていた。
「お前、男として恥ずかしくないのか?って、昼間の映画で俺もやってたけど、こんなところでやる必要ないだろ?」
「はっはっはっ。何を言っているんだ、北川。ハイレグ水着を着ることはハイグレ人間の男として当然のことだ。」
北川は何か嫌な予感がした。いつもの掛け合い漫才ではない。本気で言っている。
「北川君は物わかりが悪いなあ。ま、今のうちだけだよ。ハイグレ人間になれば分かるから。」
名雪がハイグレ銃を持って迫ってくる。
「水瀬!?おい、お前らどうしたんだ?肝試しなんかよりずっと恐いぞ!!」
北川は恐怖心からずるずると後ずさる。その時、後ろから近づいてくる足音がした。
「倉田さん!?川澄さん!?沢渡さん!?美汐ちゃん!?どうなってやがる・・・。全員やられちまったのか?」
「ああ、こんなところにハイグレ人間になっていない人が。」
「可及的速やかにハイグレ人間にしてあげましょう。」
「ひ、ひいいっ!!」
北川は懐中電灯を捨てて窓側に飛び退く。しかし、ここは5F。容易には下には逃げられない。
「くそっ、追いつめられちまった。う、うわあああああああああああっ!!」
身動きの取れなくなった北川にハイグレ光線が命中。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
北川はハイグレ人間になって月夜に吠えた。

「栞ちゃん、ボクたちだけになっちゃったね。ああ、恐いよ〜。うぐぅっ!!」
「そうですね。実は私も怖いんです。途中まで一緒に行きましょうか。きっとばれませんよ。」
「う、うん。ボクもそうしてくれるとありがたいよ。」
あゆと栞は手を握りあって中に入る。お互いの手が恐さで震えているのが伝わってきて、余計に恐怖を増す。
「あゆさん。私、本当は恐いんですけど、でも幽霊とか宇宙人とか信じてるんです。」
「どうして?」
「いた方が楽しくていいじゃないですか。この世にはたくさんの不思議があった方が夢があります。」
栞は楽しそうに笑う。しかし、彼女のこの言葉がすぐに否定されるとはこの時には夢にも思わなかった。



「そういえば・・・。」
暗闇の中を歩いている恐怖を紛らわすために栞が話しだす。
「今日のアルバイト、私は裏切られました。」
「誰に?」
栞はあゆを凝視して答える。
「ペッタンコ同盟を一緒に結成したのに、あゆさん普通に巨乳じゃないですか!八人中四位なんてずるいです!」
「で、でも、ボク、体小さいよ?」
「体が小さい方が胸が大きく見えるんです。なので、あゆさんは裏切り者です!」
栞が怒って言う。昼間の映画撮影で自分の胸が一番小さいことをまだ気にしていた。
「うぐぅ、そんなこと言われても・・・。」
その時、カチャリと音がする。二人は口をつぐみ、近づいてくる足音に耳を澄ます。
「ねえ、なんの音かな?」
「さ、さあ・・・。空耳じゃないでしょうか?」
「で、でも、近づいてくるよ?って、来たっ!!」
あゆと栞を複数の人間が囲む。祐一たちだった。
「後はお前らだけのようだな、あゆ、栞。」
「祐一君!?何、その格好は!?」
あゆはハイレグ姿の祐一に驚く。
「何を驚いているの、二人とも。これからあなたたちもハイグレ人間になるのよ。」
ハイグレ人間の香里が二人に言う。
「お姉ちゃん、どういう意味!?全然分からないよ!!」
「言葉通りよ。あなたたちはハイグレ人間になるの。だから、ハイレグ水着に慣れないといけないのよ。」
「そういうわけだから、あゆちゃん、栞ちゃん。可愛いハイグレ人間にしてあげるね。」
名雪がハイグレ銃を手にして近づいてくる。佐祐理、舞、真琴お姉さん、美汐もそれに続く。
「あゆさん、何か様子が変です。もしかして本当に・・・・。」
「だったら逃げよう!!」
二人は敵に背を向けて走り出した。
「追えっ!!逃がすな!!」
ハイグレ人間たちが全速力で追ってくる。体力のない二人との差をぐんぐんと縮めてくる。
「きゃっ!!」
栞が床に置いてある荷物に躓いて転倒。あゆがすぐに助け起こそうと戻ってくるが、それを拒否する。
「あゆさんだけでも逃げてくださ・・・・きゃあああああああっ!!」
栞はあゆの目の前で光線が当たり、体が点滅した。
「栞ちゃん!!」
栞は白いハイレグの水着姿で立ちあがった。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
ハイグレポーズを取っている姿にあゆは愕然とする。
「そ、そんな・・・。ごめん、栞ちゃん!!」
あゆは栞を置いて逃げざるをえなかった。そのまま走り去り、病院からの脱出に成功した。助けを求めに映画スタッフのいる建物に入る。しかし、そこには・・・・
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
監督以下二十名ばかりがハイグレ人間になってポーズを取っていた。
「遅かった・・・。とにかく、逃げなきゃ。」
あゆは祐一たちが追ってくる前に施設の外に出る。近くの公衆電話から警察に電話したが、当然信じてもらえない。いたずらと思われて切られてしまった。
「うぐぅ、信じてくれないよ・・・・・。そうだ、秋子さんなら!」
あゆはタクシーを呼んで水瀬家に直行することにした。

「ハイグレ・・・人間?」
水瀬家では秋子が夕食を作って待っていた。あゆだけが帰ってきたのに何かあったと察して話を聞いてくれた。
「あゆちゃん、本当に目の前で栞ちゃんが光線銃でハイグレ人間になったの?」
「そうだよ!服と水着が入れ替わってハイグレポーズを取りだしたんだよ!」
さすがに秋子といえども信じ難かった。肝試しの恐怖から幻覚を見たのだろうか?そも思わざるを得ない。
「全く、名雪も祐一さんも仕方がないわね。肝試しに浮かれてあゆちゃんをこんなに怖がらせるなんて・・・。」
「秋子さんも信じてくれないの?うぐぅ、ひどいよ!」
二人がリビングで麦茶を飲みながら話していると、玄関の扉が開く音がする。
「あら、帰ってきたみたいね。」
「秋子さん、行っちゃダメ!!秋子さんもハイグレ人間にされちゃうよ!!」
そんな事を言っている間にリビングの扉が開く。祐一たちが私服で入ってくる。
「ただいま〜。」
「あら、随分お客さんが多いわね。」
栞も含め9人が入ってきた。広い家といえども大勢入ってくるとにぎやかだ。
「あゆ、やっぱり先に帰ってきたみたいだな。怖がりなお前のことだ。きっと途中で逃げ出すと思っていたぞ。」
「やっぱり、祐一君たちの罠だったの!?」
「あゆちゃん、ごめんね。ちょっとやりすぎちゃったよ。」
名雪が右手でごめんなさいのジェスチャーをする。

秋子はまったく話に参加していない。部屋にいた飼い猫のピロを腕に抱きながら歩く。そして、部屋の窓を開けてピロを外に出す。
「ごめんなさい、ピロ。危ないから外に出ててくれる?」
しつけのいいピロはご主人さまの言うことを聞いて床下に潜っていった。
「あなた方はどちら様ですか?」
秋子さんは祐一たちに向けてそう言った。疑惑のまなざしだった。
「やだなあ、お母さん。娘の顔を忘れちゃったの?」
「あら、名雪はいつもそんなに殺気を放っていたかしら?それに皆も。」
秋子が視線を他のメンバーに移す。その目は全てを見破っていた。
「やっぱり、秋子さんには見破られましたか。」
祐一は思いっきり笑いだす。そして、全員が服を脱ぎすててハイレグの水着姿になった。
「さあ、秋子さん。あなたもハイグレ人間にしてあげましょう!」
「気をつけて。秋子さんは強い。本来なら不意打ちで倒したかったところ。」
舞がくぎを刺す。そして、秋子とあゆを囲んで包囲網を狭めてくる。
「この町は不思議ですね。どんな奇跡でも起こせますし、不思議なことも沢山起きます。今もまたそうです。」
秋子はひとり言のように呟く。そして、絶対的なオーラを放ちだした。
「どうやら・・・本気を出す必要がありそうですね。」



「名雪・・・・デザートは最後まで残るもんだな。」
「そうだね。お母さんのハイグレ姿はイチゴサンデーに匹敵するくらい楽しみだね。」
「祐一君と名雪さんが・・・恐い!」
祐一と名雪の会話内容が支離滅裂であゆには理解できなかった。
「あゆちゃん、部屋の隅にいてね。危ないから。」
秋子はあゆを部屋の隅に追いやって、祐一たちに相対する。
「さあ、どこからもかかってきてください。」
香里が電光石火でメリケンサックを装備し右ストレートを繰り出す。秋子はそれをひらりとかわして右腕をつかむ。
「あらあら、香里ちゃん。そんな危ない物を手につけていたら駄目でしょう?私が外してあげるわ。」
メリケンサックに触れて指先に力を入れるとパリンと音を立てて簡単に砕け散った。そのままの勢いで空手チョップを当てて気絶させる。次は舞が突っ込む。木刀を横薙ぎに払う。しかし、刀を振り下ろした場所に秋子はいなかった。
「踏み込みが甘いですね、川澄さん。真剣白羽取り!」
舞は刀をはじき落とされた上、腹にパンチを入れられて倒れこむ。
「そこっ!」
着地したところに背後から襲いかかろうとした美汐と栞を弾き飛ばす。二人とも壁に直撃してそのままのびてしまった。
「必殺!ハイグレ光線!」
真琴お姉さんと佐祐理がハイグレ銃を発射する。秋子はひらひらとそれを避け、懐に飛び込んで銃をはたき落とす。二人とも回し蹴りを喰らってダウン。
「いやあああっ!!」
北川があゆに襲いかかる。秋子は近くに置いてあったコップを北川に投げつける。凄まじい唸りをあげながら飛んだコップは北川の脳天を直撃してノックアウトした。
「つ、強いよ、お母さん・・・。私と祐一だけになっちゃった・・・・。」
祐一と名雪以外全員が秋子によって倒されてしまった。ハイグレ銃を構えた瞬間に秋子は射程の死角に入って射手を倒すだろう。うかつには動けない。
「心配するな、名雪。もうすぐアレが来る。」
「アレ?ああ、アレ、だね。」
二人が顔を見合せて不敵の笑みを浮かべる。その時・・・
「っ!!」
秋子の背後の床に黒く丸い影が出る。その影から人が出てきた。
「真琴!?」
真琴は服を着た状態で出てくる。真琴の登場と同時に影が消えた。
「あう〜。」
「真琴・・・・。本当に、この子は・・・。会いたかったわ。」
秋子は我を忘れて真琴を我が子のように抱きしめる。真琴も秋子を抱く。
「あなたもハイグレ人間に・・・。」
真琴が小声でつぶやく。そして、秋子の背中にハイグレ銃を突き付けた。。
「真・・・琴・・・?あなたもハイグレ人間なの?」
秋子は信じられないという表情をする。真琴はニヤリと笑って引き金を引いた。
「きゃあああああああああっ!!」
秋子は真琴の手を振りほどき大の字になって体が点滅した。服とハイレグ水着が交互に入れ替わりつつ、ハイグレ人間に定着する。
「そ、そんな・・・ハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
秋子はピンクのハイグレ人間になってポーズをとった。



「秋子さん!!目を覚まして!!そんなのに操られないで!!」
あゆが必死に呼びかけるが、秋子は聞く耳を持たない。完全にハイグレ人間の奴隷になっている。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!あゆちゃんもハイグレ人間になりましょう!!」
「秋子さん・・・。」
あゆは自分の周りを見回してみる。玄関に通じるドアはふさがっているので、窓から逃げるしかない。
「おい、あゆ。まさか逃げようとしてるんじゃないだろうな?」
自分の考えを見透かされてびくんと体を震わせるあゆ。いつの間にか復活した面々に周りを囲まれていた。
「ど、どうしてこんなことを・・・!!こんな事になんの意味があるの!?」
「意味なんてないさ。この町をあるべき姿に戻すだけだ。ハイグレ人間の世界に。」
あゆは真・沢渡真琴を見る。彼女が先ほどの登場の仕方からして何か特別な力を持っているように見えた。
「真琴・・・さん?えっと、ツインテールの方の。君がハイグレ人間の親玉なのかな?」
「そうよ。私はあるお方からこの町のハイグレ化を命令された忠実な僕。祐一たちと一緒にこの町をハイグレ人間の支配下に置くのよ!」
狂っている。そう思ったが、あゆにはその悪に対抗する術がない。もはやあきらめの境地になった。
「ボク・・・祐一君といられて楽しかった・・・これからも一緒だよ?」
「ああ、もちろんだ、あゆ。」
笑いかけたあゆの体をハイグレ光線が貫く。最初は半信半疑だったが、体が熱くなって点滅する。苦しさに悲鳴を上げたが、それが収まるとあゆは赤いハイレグ水着を着たハイグレ人間になっていた。
「ハイグレッ!!ハイグレッ!!これからはハイグレ魔王様に従います!!ハイグレッ!!ハイグレッ!!」
あゆはハイグレ人間になり、ハイグレ化のために協力することとなった。



ここはとある研究所の実験室。
「南春日部博士、実験は成功のようですね。」
モニターを一緒に見ていた助手が博士に言う。博士はふっと笑う。
「死んだ魂を生き返らせてハイグレ人間のよりしろとし、これを使う。なんとも悪の組織らしい外道なやり方だ。これでこそ正義のヒーロー・アクション仮面に相対することができるというもの。第二弾の実験は成功した。もうすぐ第三弾も完成する。また忙しくなるぞ。」
「分かっております。」
悪の科学者・南春日部博士に仕える研究員たちは打倒アクション仮面のために仕事を再開する。博士の後ろにはホルマリン漬けにされた神尾観鈴のガラスケースがあった。
「待っていろ、アクション仮面。貴様を倒すまでわしはあきらめんぞ。」
南春日部博士の野望はまだまだ続く。


MKD
2009年12月01日(火) 17時39分45秒 公開
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■作者からのメッセージ
KanonのハイグレSS完結です。
数えてみると22作目。随分増えましたね。
自分は京アニ信者なので、全クリを目指したいところです。マヴィーンさんのなのはコンプと同じですね。
以前通りすがり氏のリクで神尾観鈴を頼んだのは私でした。重ねて感謝申し上げます。