劇場版仮面ライダーディケイド&しん王〜ハイグレ城の魔王〜    同時上映:南家の夏休み
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【0:オープニング、あるいはプロローグ】
【1:快楽に侵食されし世界】
【2:そんなことよりハイグレしようぜ!】
☆※☆※☆    :今回の更新部分


【0:オープニング、あるいはプロローグ】

戦争、平和、革命、人の世とは常にそれら三つのどれかの位置にある。
しかしどれも永遠に続くことはなく、時代ごとにシフトして、終わらない円舞曲を踊っていく。
貴方は、今の平和が永遠に続くと思っているかもしれない。
争いなど遠い海を超えた島国などでしか起きないのだと、思い込んでいるのかもしれない。

だが、形あるはいつか壊れるとはよく言ったものだ。
例えば貴方が家の外に出たとしよう。 犬のしっぽを踏んで追い掛け回されるのかも知れない。
引ったくりにバッグを盗まれるのかも知れない。 人ごみの中で、キ○○イに刺されるのかも知れない。
駅のホームで押されて(故意ではない場合もありうる)電車に轢かれるかも知れない。
電車の中で痴漢だという濡れ衣を着せられて人生を台無しにされるのかも知れない。
衝突事故が発生して、人の下敷きとなって幕を閉じるのかも知れない。
いずれも貴方にとっては不慮の事故、アクシデントだ。 その時点で貴方の平和は奪われる。

ちょっと小指で突付けば崩れてしまいそうな、古びた瓦礫の上で保たれている平穏。
それほどまでに、平凡な日常というものは儚い。





「ほっほーい!」
「こら!しんのすけ、待ちなさい!」
「やだもーん、つかまえてほしかったらおいでごらん。 妖怪ケツだけおばば」
「んだとゴルァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「キャッキャッうぇーい」


砂浜を駆けていくしんのすけ相手に、ひまわりを背負っているのにも関わらず追い駆けるみさえ。
その姿はまるで獲物を狩る雌ライオンのように獰猛だ。
激しく揺られているのが逆に心地よいのか、彼女の背中の赤ん坊、ひまわりは喜んでいる。

「おいおい、入った直後からあんまりはしゃいでいると後が大変だぞ・・・・・・」

彼女達を呆然と見つめる男は一家の長、野原ひろしだ。
しかしそこに父親である威厳は塵ほどにもない。
このくらいの騒動はいつものことだ。 そう悟って不満を嘆くことしかできない姿は、
さながら窓際の中年サラリーマンといったところか。

現在、野原ひろし、みさえ、ひまわり、そしてしんのすけは、アクションランドに来ている。
正式名称『アクション仮面アトラクションランド』とは、長年愛されてきている特撮番組『アクション仮面』をテーマにした遊園地のことであり、
その人気に目をつけた企業が投資を行って数年かけて完成させた施設だ。
海水浴場のすぐそばに建てられたため、海水浴の帰りに流れ込む観光客も多数いる。

(せっかくの夏休み、しんのすけ達のいい思い出になるといいな)

柄にも合わないな、と自嘲しながらもひろしは両目を瞑って物思いに耽る。
思い浮かぶのはテレビを見つめているしんのすけの姿だ。
時間になるとテレビのリモコンを掴んで10チャンネルに変えて、アクション仮面人形を片手に見始める。
定時放送だけではない。 暇ができれば、番組を録画したビデオテープを取り出すのだ。
そういえば、みさえがビデオを上書きしたとかなんとかでしんのすけと喧嘩していたこともあった。

ともかく野原しんのすけは、アクション仮面というブラウン管の中の『ヒーロー』に憧れの念を抱いている。
今回のお出かけも元はと言えばしんのすけがだだをこねたせいだ。

「まったくあんたって子は・・・・・・ほら、そんなに走っていると危ないわよ」

走り回って怒りも発散されたのか、みさえは腰に両手をあててため息をついている。
だが心なしか、彼女もしんのすけ同様落ち着かない様子で、園内の周囲の乗り物を見てキョロキョロしていた。
みさえ自身も実際のところはしんのすけと趣味の合っているところがあるのだ。
一緒にアクション仮面やカンタムロボ(こちらはロボットアニメーションである)を見ていると、
しんのすけよりも熱中して鑑賞している彼女の姿がそこにある。
しんのすけが友人から借りてきたゲームに夢中になって自分で購入したときには、ひろしも呆れ果てたものだ。


「うお!?」
「きゃっ!?」

しんのすけが驚いた声とともに軽い衝突音が聞こえた。
今度はなんなのかと呆れながらも焦点をしんのすけに合わせてみると、ひろしの脳裏に電撃が走る。

「ほら言わんこっちゃない・・・・・・大丈夫ですか? うちの子がご迷惑を」
「お怪我はありませんかお嬢さん」

みさえが謝罪の言葉を言い切る前に黒髪の少女の両手を包み込んだのはひろしの両手だ。
気を引き締めたのか、深刻な面構えになっており、ひょうきんな彼にしては珍しく低い声が出る。
しかしその視線は少女の胸にある二つの豊満な膨らみにいっており、熱気のせいか、顔中が赤く染まっていた。

「おねえさんは納豆にネギ入れるタイプ?」
「そ、そんなこと言われても・・・・・・」

起き上がったしんのすけもひろし同様、少女の手に己の両手を添えて言葉を投げかける。
少女は引っ込み事案な性格なのか、二人の男を目の前にして硬直してしまった。

「はいはいあんまりもたもたしていると置いていくわよ」
「いだだだだだだだだ、あんま引っ張らないでくれよ〜みさえ」
「今日のかあちゃんこわいゾ・・・・・・」
「「けっ!」」

みさえはひろしとしんのすけの頬をつねってそのまま歩き出す。
少女には笑みを浮かべて軽い会釈をしたが、正面を向くと吐き捨てるように一文字の言葉を放った。
彼女の背中のひまわりが、みさえと同時にその言葉を発したのは親子故だからだろう。

「あの・・・・・・これ」
「ん?」

去っていくみさえを呼び止めて、少女はみさえに一枚のカードを手渡した。
そのカードを見ると、太陽の光が反射してみさえは一瞬目を瞑る。
何かと思って目を開けると、彼女にとっては見覚えのある、金色のカードが現れる。

「これはオラのカードだゾ!」
「君の落し物?」
「もう・・・・・・しっかりしてよね!」

みさえは、ありがとうございますと、しんのすけの頭を押さえつけながら少女に頭を下げる。
カードを受け取ったしんのすけは、絵柄に見惚れて頬をすり寄せ、自分の身に戻ってきたことを体感した。

「大切な物なの?」
「そうだゾおねえさん。 これはアクション仮面カードの幻のレアカードなんだゾ!」
「アクション・・・・・・仮面」

しんのすけは高々と少女にアクション仮面の絵柄が見えるように見せ付ける。
みさえは恥知らずとも思える息子の行為に、手のひらを額に当ててため息をついた。

「ええ、子供が好きなんですよ」
「そうなんですか。 じゃあ無くさないようにしないとね」
「わかったゾ!」
「はいはい、じゃあ今度こそいくわよ」
「けっ!」

ひまわりの声とともに、みさえはしんのすけを連れてアトラクションへと走り出す。
少しずつ小さくなっていく女性と子供と引きずられている男性の背中。
それらが点となって、アトラクションの並んでいる人々の中に紛れると少女は安堵した。
そして水着の隙間から携帯電話にダイヤルをかけ、嘆く。

「こちらアツコ、野原しんのすけとその家族と接触を確認・・・・・・
はい・・・・・・ですが三人ではありません・・・・・・ええ、赤ん坊です。 女の子でした・・・・・・
・・・・・・計画に支障はでないのですね・・・・・・わかりました・・・・・・」



☆ ☆ ☆



「ふう、面白かったぁ」
「最近の遊園地はよくできているわね」
「たあたあ」
「俺にはきつかったけどな」
「まあまあ、それよりアレを見て」

満面の笑みを浮かべてアクションコースターから出てくるしんのすけ達。
その中で顔をやつれさせながら猫背で歩いているのはひろしだ。
彼の足をポンポンと叩いたしんのすけは、あさっての方向を指差した。
すると彼はだらしない顔から一転、頬を弛ませて大口を開いて笑みを浮かべる。

「ここは天国だなぁしんのすけ」
「ハイグレのおねいさんがいっぱ〜い」
「それを言うならハイレグな。 ああ、それにしてもいいなぁ」

ひろしとしんのすけが見惚れているのは、スタッフに混じっているハイレグレオタードの水着を着た女性達だ。
左を見れば赤、青、黄色、右を見れば紫に緑に黒と、色とりどりの水着が彼らの視界に映し出すのだ。
レオタードとしては、一般的なタイプから、胸元を切り開いた過激なもの、
ファスナーが付いていて自在に開閉できるものと、これもまた様々な種類があるが、どれも腰まで引き上げられていることは同じだ。
ひろし達だけにあらず、他の観光客や係員の中にまで見惚れ始めている人々がいる。

「ふん! あんなみっともないものよく着られたものだわ!」
「けっ!」

もちろん女であるみさえとひまわりは良い気分でいられるはずもない。
自分達よりも若い少女や色気づいた女性がそのプロポーションを惜しむことなく曝け出しているのだ。
家の男性陣が軟派しようものならば、拳骨一発いれて他のアトラクションに引きずっていこうとでも考えていたが、
正直みさえ自身もハイレグレオタードを纏った女性の大群に困惑しているのだ。
男達の歓喜の声の前には、嫌味の一つや二つ程度しか言うことができない。


「本当にそう思うんですか? だとしたら貴女はかわいそう」
「え? 確かあなたは・・・・・・」

聞き覚えのある声に、みさえは顔を上げる。
微笑む少女は先ほど息子と主人が粗相をした相手だ。
哀れみの言葉に首を傾けるみさえであったが、少女の手元にある銃の玩具を見て困惑する。

「ちょっとあなたいい年してそんなもの持って遊んでいるんじゃ」
「たい!」

言い切る前に彼女の背中のひまわりがみさえに呼びかけた。
目を見開いたみさえは少女の手を動きを見逃さなかった。
引き金が引かれた瞬間咄嗟に横に飛びのける。

「嘘っ!?」

銃から発されたのはアニメや漫画にしかないようなビームだ。
稲妻の軌道を横に描いて光線は後ろにいたひろしへと命中する。

「父ちゃん!?」
「あなた!?」
「たたっ!?」

ひろしの身体が赤と青、交互に点滅する光に包み込まれ、
残された3人は困惑した。

「・・・・・・グレ・・・・・・グレ」
「父ちゃん?」

やがて輪郭がくっきり映し出されると、
人影は大またを開きながら両手を動かしている。

「ハイグレ! ハイグレ!」

光が消えて現れた野原ひろしに外傷はなかった。
だが、服装は女性と同じハイレグレオタードに変わっており、
蟹股で上下に動かしながら両手をハイレグのVの字に沿って動かしている様は、往年の芸人を彷彿とさせる。

「父ちゃん気持ち悪いゾ・・・・・・」
「たあ・・・・・・」
「うるせえハイグレ! 俺だってハイグレ! スキでハイグレ! こんなことハイグレ!
しているんじゃハイグレ! ねえよハイグレ!」
「ちょっと、一体主人に何をしたの!?」

みさえは光線を放った少女に怒声を浴びせた。
いい年した男が女性の水着でコマネチを繰り返していること自体は滑稽なのだが、
そうさせた人物が他人であるならば話は別だ。
笑っている少女相手にみさえは掴みかかろうとする。

「ハイグレ・・・・・・ハイグレ・・・・・・ハイグレ・・・・・・気持ちいい・・・・・・!」
「ひぃ!」

少女もひろしと同じようにコマネチを繰り返す。
ハイグレと言って股を開き腰を深く落とすごとに、彼女の口元が歪み、大きなバストを振動させる。
彼女の頬は真っ赤に染まって体中から出た汗によって、凹んでいる臍の部分が目立ち始め、
張り付いたレオタードが彼女のボディラインをより明確に映し出す。

「お、おねえいさん、そんなことされるとオラ・・・・・・オラ・・・・・・」
「逃げるわよしんのすけ、ひまわり!」

股間を抑えて蹲っているしんのすけを抱え込んだみさえは走り出す。
『ハイグレ、ハイグレ』暗示のように周囲から降りかかる声に辺りを見渡してみると、
男女問わず少女達と同じポーズをしているではないか。
そうでない人々は空から降り注ぐ光線から逃げ回っている。

「母ちゃんアレ!」

しんのすけが指差した先にはストッキングを被ったタイツ男が、"おまる"に乗って光線を放っているのだ。
一台や二台程度ではない。 編成飛行をしている渡り鳥のように幾つものおまるが集まって、巨大なおまるの形を成しているのだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「アッーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「イ゙ェアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

手の届かない位置から無差別に放たれる光線は、
ビキニ姿の若い少女、ベンチに座っていた男、通りすがりの男性等にも直撃し、
その姿をハイレグレオタードへと変えていく。
身近な人々が奇怪な光線に汚染されていき、己もああなってしまうのではないかという不安で悲鳴はよりいっそう大きくなっていく。
そして絶叫すらいつかは愉悦の言葉へと塗り替えられてしまう。
"蹂躙"という禍々しい言葉の意味を、人々は最も知りたくない形で思い知らされたのだ。

園内に放送が響き渡る。


『ハイグレ人間よ、野原一家を捕らえよ。 復唱する、NO.99のカードを持つ野原一家を捕らえよ』



☆ ☆ ☆



「出発おしんこー!」
「たあ!」
「"お"はいらないわよ"お"は・・・・・・ほら出発するからしっかりシートベルトしなさい!」

一家の乗用車へと飛び込んだみさえは、ひまわりとしんのすけを後部座席の子供用シートベルトに固定する。
自らもシートベルトを締め、自動車のアクセルを思いっきり踏んづけた。

「うおおぅ!?」
「たぁい!?」

車の後部が左右に揺れたかと思うと、埃を巻き上げてパーキングエリアを走り始める。
そして出入り口から入ってきた車を避けて道路に出始めた。

「母ちゃん乱暴だゾ・・・・・・」
「ノンキなこと言っている場合じゃないでしょ!
なーにがハイグレ人間よ。 絶対に逃げ切ってみせるんだから!」



幸か不幸か高速道路にはほとんど乗用車がなく、渋滞に巻き込まれることはなかった。
そのため、自分達の住んでいる町がもう先端に見えてきている。 20分もすれば我が家にたどり着けるだろう。
もっともここに来るまで道路交通法無視しまくりってレベルじゃねえぞ!ってぐらい荒い運転だったが。

「くるま少なくてよかったねかーちゃん」
「そうね。 まあこんな休みにあまり外に出ている人がいないっていうのは経済的には色々不安だけど」

みさえは、後部座席から話しかけてくるしんのすけの様子をバックミラーで伺いながら返答する。
隣に座っているひまわりも、出発時は焦っていたが、今はしんのすけと一緒に金色のカードを眺めていて落ち着いていた。

「あのおねえさんたち、なんでオラのカードをねらっているんだろう」
「そんなこと私が聞きたいぐらいよ。 あいつら私達の名前知っているみたいだったし、
大体あの遊園地だって今思えばおかしかったのよ。 普通遊園地入るなら着替えてから入ればいいのに、
あんな水着を着たままアトラクションに乗っているのよ。 それに今年の流行はハイレグじゃないのに・・・・・・」
「くわしいんだね、着れないくせに」
「うるさい!」

後部座席のしんのすけに頭を覗かせてみさえは怒鳴りつけた。
みさえだってまだまだ心は乙女なのだ。 もうすぐ三十路だけど女の子なのだ。
婦人向けのファッション雑誌を読み漁りながら、高い衣装を着た自分を想像してうっとりすることだってある。
でも夫が帰ってくると同時に、月収を思い出して凹んだりするのもいつものことだ。

「どうしたのかーちゃん」
「た?」

しんのすけ達の方を向いて怒鳴ったかと思うと直後、彼女の表情が凍り付いたのだ。
顔は彼らを向いているが、瞳の焦点は二人を捉えていない。
しんのすけとひまわりはつられて後部の窓ガラスから映る景色を見た。

『ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!』
『ハイ・・・・・・グ・・・・・・レ・・・・・・ハ・・・・・・イグ・・・・・・レ』
『ハイグレや ら な い か』

「「「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」」」

しんのすけ達の絶叫が車内に響き渡る。
老若男女問わないハイレグレオタードの人々が、蟹股を交互に前に出しながら、尚且つ股間でVの字を両手で描きながら、
つまりハイグレポーズをしながら走ってきているのだ。
まず野原家の目についたのは、筋骨隆々の青いハイレグレオタードを着た男性だ。
股間まで繋がっているファスナーのホックが腰の辺りまで落とされ、筋肉で張り出した胸板を惜しむことなく曝け出している。
それどころか、ハイグレやるたびにホックがじりじりと下に引かれている。


「エンジン全開、野原一家ファイヤァァァァァァァ!!!!!」
「ファイヤァァァァァァァァァァァー!!!!!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

みさえの雄たけびとともにしんのすけとひまわりも片腕を上げる。
見る人が見ても愛想無くすほどの形相で、みさえはレバーを引き、アクセルを押し付けるように踏む。
運転していないはずのひまわりとしんのすけまでみさえと同じ形相をしながら前だけを見つめていた。


☆ ☆ ☆


「なによこれ・・・・・・」

春日部に入ったみさえは、町内の光景に唖然とした。
遊園地内にいたときと同じように、空からの光線から逃げ惑う人々と、
ハイレグレオタードを着てポーズをとっている人々がいる。
逃げてきたはずなのに、前方の空からおまるに乗った集団が光線を放ち続けているのだ。

「アクション仮面ならなんとかしてくれるのに」
「たあ」

しんのすけとひまわりが金色のカードを見ながら嘆く。
子供というのは純粋なものだ。
穢れを知らない。 真実を知らない。 だから虚構を現実を見分ける術を知らない。
今でもブラウン管の中のヒーローが現れると思っているのだ。
自分達のピンチに呼応して、待ってましたというタイミングで出てくる。
名乗りを上げたかと思うと、ありえない身体能力と、魔法としか思えない力を使って"悪"を蹴散らして、
最後は決めポーズではい解決。

「ええとこんなときは警察よね警察・・・・・・119! じゃなかった、110!」

だがみさえは大人だ。
そのようなものは子供に夢だけを与える娯楽だと考えている。
アクション仮面の実態は、俳優が見栄えが良いヒーローの衣装を着て、
怪人と名づけられた醜い衣装を着せられた配役と殴り合いとするだけなのだ。
敵組織のメケメケ団が実際に悪事を働いているとは思っていないし、アクション仮面を作った
郷博士の技術も信じない。 そのようなものがあれば世界はもっと変わっているはずだ。

「出たわ! はいもしもし・・・・・・ええ、変な集団が人々に向けて光線を・・・・・・」

『こんなやつらがいるんだからアクション仮面がいたっておかしくない』
確かにそう考える人もいるであろう。
だが彼女はあくまでリアリスト。 自分達が都合の良い物語の中心にいるなんて思ってもいないことは
人生経験で思い知らされている。

「ですからその・・・・・・え?ハイグレってあんたまでそんなおかしな・・・・・・」

みさえの顔から安堵が消え、体温が下がったかのように青くなっていく。
流れた汗は、外の熱気によるものではない。
電話相手への敬語口調も焦りに変わっていた。

みさえは無言で携帯電話の通話をOFFにする。
耳を澄ますと、外からは既に悲鳴は消えてしまって、『ハイグレ』という四文字が聞こえてくるのみだ。

「お?」
「しんのすけ・・・・・・」

呼ばれたしんのすけは、みさえの顔色をバックミラーで伺ってみる。
俯いているだけの彼女の瞳がギラリと光った。

「こうなったら何処までも逃げてやるわよ!!」
「か、かあちゃん!?」

人通りが多いにも関わらず、速度を上げて車が走り始める。
飛び掛ってくるハイグレ人間達が窓を埋め尽くすが、その場でスピンをして振り払った。
ハイグレポーズをしている人々は危険を感じたのか自ら道を開け始めて、生まれた道をドリフト走行しながら突き進む。

「かあちゃん前は壁だゾ!」
「わかってるわよ!」

しんのすけが指したところは曲がり角で、左右のみに道が分かれている。
当然正面は彼の言うとおり、コンクリートの壁がそびえるわけだ。
みさえは左に深くハンドルを回すと同時にブレーキを踏む。

「ここだ!」

ブレーキからアクセルに踏み変え、車は見事に直角にカーブして走り始める。
と思っていた。


「こんなときにエンスト!? ったくローンまだ残っているのに・・・・・・」

結論から言うと、自動車は曲がり角で止まったままだった。
法を無視した速度で、自動車学校の教官がみたら真っ青な走行を続けていたのだから、
エンジンに過大は負担がかかりすぎた結果である。

「かあちゃん!」

窓を叩く音が聞こえる。
前方、後方、左方の三方向からハイグレ人間が押し寄せてきているのだ。
みさえは、しんのすけのシートベルトを解き、同じくシートベルトを解いたひまわりを持たせる。

「か、かあちゃん?」
「あんたたちだけでも逃げなさい。 ここは私が引き受けるわ」
「そんなことできるわけないゾ!」
「いいから早く行く!」

しんのすけの意思を無視し、みさえは車のドアを張り付いていたハイグレ人間ごと突き破る。
そして彼らを抱えて砲丸投げの要領で、コンクリート壁の億へと向かって投げたのだ。

「うおわぁぁぁぁ!!!」
「ああぁぁぁぁぁ!!!」

無茶なことをしたとみさえは思う。
壁の奥は芝生だったのだろう。 今でも二人が自分を呼んでいる声が聞こえるのだ。
だから安心して戦うことができる。

(しんのすけ、ひまわり、あなたたちは無事でいて・・・・・・)

左を見ても右を見ても正面も、いるのはハイグレ人間だけ。
ハイグレポーズをする集団に、みさえは拳を掲げて飛び込んでいった。



☆ ☆ ☆



あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
父が奇怪な光線によって変な行為を繰り返すようになり、
多くの人々が自分達を付け狙ってきた。

「かあちゃん・・・・・・」

母を見捨てて逃げ出すことしかできなかったしんのすけは己の無力さを悔やむ。
アクション仮面は来なかった。
だとすれば誰が自分を助けてくれるのだろう。 このまま自分達もおかしな集団に侵食されてしまうのだろうか。

「たい」
「ひま・・・・・・!」

不意に頭を叩かれた。
振り向いてみると頬を膨らませた幼い妹が、自分を見つめている。

「たい!たたいたいたいたたい!」
「そうだなひま、オラがこんなんじゃかあちゃんやとうちゃんにもうしわけないゾ!」
「たい!」

そうだ、今この妹を守れるのは自分自身しかいない。
背中から感じる確かな温もりを手放してはいけない。
逃がしてくれた母のためにも、今は生き残ることを考えるのだ。

「でもその前に家で腹ごしらえだゾ」
「たあ」

直後、二人の腹が鳴った。
この通りをまっすぐ進めば見慣れた家だ。
まずはそこで態勢を整えよう。



「ってここはどこだゾ」
「あぅ・・・・・・」

いつもの家に帰ったはずだ、二人は目の前の見慣れぬ建物に困惑する。
赤と白が基調の家は、古びた茶色へと変質しており、
三角屋根も平らな陸屋根になっている。

「ええと・・・・・・これなんて読むんだ?」

『野原』という表札の代わりに記されている文字をしんのすけが読むこともできない。

「ローンもまだ残っているのに・・・・・・でもまあうちにあるってことはリフォームしたってことだよね」
「あうあう」

背中のひまわりに問いかけるしんのすけだが、ひまわりは首を横に振っている。
朝出かけたときは元の家だったのだ。 それが僅か半日でここまで建て替えられているなんて、
現実的に考えてありえない。

「うーんじゃあ人の家ってことだゾ。 まったく勝手にオラんチをたてかえるなんて非常識な人もいたものだゾ」
「たあ」

今度はひまわりもしんのすけの意見に賛同する。
がそれも束の間、少女達の声が聞こえてきた。

『しんのすけのバカ野郎はこっちですハルカ姉さま!』
『そう、じゃあ二人とも魔王様のために頑張るわよ』
『『おお!』』

「ここにいるのも危ないみたいだゾ・・・・・・」
「たあたあ!」
「え? なになに、『このさい不法侵入とかいってられねえからさっさと入れ』って?
も〜うしかたないなぁ」

しんのすけは門を抜け、ドアノブに手を伸ばす。
5歳児にとってはドア一つすら精一杯背伸びしないと開けられない。

「っていた!」

突如、しんのすけが跳ね飛ばされる。
誰かが内側からドアを開けたのであろう。
現れたのはマゼンダと黒の縞々のハイレグレオタードを着た青年だ。
家の外の町並みに、正面から向かってくる三人の少女らしき人影を見て呟いた。

「ここがハイグレ人間の世界か」

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【1:快楽に侵食されし世界】

「つ、士くん!?」
「士!その格好どうしたんだよ!?」

青年、門矢士の後ろから現れた光夏海と、小野寺ユウスケが士の格好に動揺している。
当の士はハイレグレオタードを引っ張って感触を確かめ、自分の姿を確認する。

「どうやらここでの俺の役割はハイグレ人間らしいな」
「は、はいぐれにんげん?」
「何なんですかそれ?」

士は特に驚くこともなく、むしろこのような世界があることに興味を示している。
"ハイグレ人間"という聞き慣れぬキーワードに、ユウスケと夏海は首を傾げた。

「「「ハイグレ!!」」」

士達の目の前に現れた三人の少女が蟹股で妙なポーズを取る。
真ん中にいる少女は高校生ほどの年であろう。 豊満なバストを見せ付ける。
左右にいるのはツインテールの中学生ぐらいの少女と、ホイップが入った髪型の小学生ぐらいの少女だ。
髪型は全く違うが、顔立ちは何処となく似ているから恐らくは姉妹なのだろう。

「君達一体何をやっているんだい?」

ユウスケが驚くのも無理はないだろう。
恥じらいを持つ年頃の少女達が、ハイレグレオタードという過激な衣装で、
奇声とともに、異性に大股を開くという行為を行っているのだ。
ちなみに彼が若干頬を染めているのは、それが男というものだからだ。

「ハイグレ」
「って士君まで何をしているんですか!」

今度は少女達と同じポーズで返している士に、夏海が叫ぶ。
新たな世界に来てからいきなり理解できない現象に立ち会い、
知人まで奇怪な行動をとっているのだから、二人は疑問符を浮かべることしかできない。

「おいハルカ、チアキ! あいつらハイグレ人間じゃないぞ」
「そんなこと見ればわかるんだよバカ野郎」
「ということでハイグレ人間になってもらいます」

春香と呼ばれたストレートヘアーの長女が取り出したのは、子供向けのSFアニメにありそうな、玩具の銃だ。
春香は慣れた動作でそれを夏海に向けて発射した。

「危ない夏海ちゃ・・・・・・うわぁぁぁハイグレ!ハイグレ!」
「ユウスケ!?」

咄嗟に夏海を庇ったユウスケだが、光線に当たると赤、青、緑、紫の縞々のハイレグレオタード姿になってしまった。
そして先ほど少女達がしていたのと同じように奇声を発しながら蟹股でポーズをとっているのだ。
夏海は変わってしまった知人に、驚き以上に恐怖を感じ、彼から一歩、二歩遠ざかる。

「見ていたかなつみかん、これがハイグレ人間のやり方だ。
あの光線銃で人々をハイグレ人間へと変え、ハイグレ魔王の手下にして幾多の星を侵略してきた」
「ハイグレ魔王? つまりその人を倒せばユウスケも元に戻るんですね」
「そういうことだ」

いつもなら愛称に突っ込みを入れて訂正するのが夏海であるが、この時ばかりはそうも言ってられない。
この異変の明確な元凶というものを知り、神妙な面立ちで士の話を聞き入れた後、彼の後ろに下がった。

「ハイグレ・・・・・・魔王・・・・・・? 貴方! よりによって魔王様を呼び捨てにするってどういうことなの!?」
「ハルカ、こいつもしかしたらスパイなのかも知れないぜ」
「そうですよ姉さま、こんなバカ野郎早く修正して、立派なハイグレ人間して魔王様の前で土下座させましょう」

カトリックに対する踏絵、仏像破壊、無神論。
己が崇拝する存在が低く見られたとき、それだけでも人は激怒する。
彼女らにとってはそれがハイグレ魔王だった。

「下がってろ夏海。 ユウスケはその内元に戻る」
「本当、ですね」
「何をごちゃごちゃ言っているんだ!」

ツインテールの少女が怒鳴ると士は夏海と少女達の間に腕を伸ばす。
春香以外の少女もハイグレ光線銃を取り出して士を睨む。

「でもその前に・・・・・・」

春香が庭の方角を向く。
士も釣られて彼女の視線の先にある物体を確認するが、そこには何もなかった。

「あれ? 一体何処に行ったのかしら」
「ハルカ姉さま! 下下!」
「え?」
「へーい、そこの黄色のハイグレがまぶしいおねえさぁん、納豆にはネギをいれるタイプ?」

「士君、その赤ちゃんどうしたんですか?」
「俺が知るか」
「うぇ〜い」

先ほどまでたんこぶを膨らまして倒れていた野原しんのすけが春香の足元に擦り寄ってナンパしていたのだ。
本来ならここで野原家女性陣の僻みが来るところだが、生憎、現在ここにいる野原ひまわりも、
門矢士にしがみ付いている。 お互い美形に目がないのは兄妹故か。

「ってひま! その男の人、ハイグレ人間だゾ!」
「たあ? タッタラタイタイタイタイタイタタイタイ!」
「なになに、『だったらそこの女だってハイグレ人間じゃねえか!』って?」
「「あ/タ」」

幼児と乳児はお互いが密着していた相手の姿をもう一度見つめ直す。
首から下は、身体にぴっちり張り付いたハイレグレオタードである。
そしてそんな人間は二人のこれまでの経験からして、やヴぁい人物である。
現在彼らに置かれた状況とこれを照らし合わせてみると、どうなるかは最早火を見るより明らかである。

「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」」

しんのすけとひまわりは仰け反りながらも、蜘蛛歩きで後方にダッシュする。
そしてしんのすけはひまわりを背負って庭の奥へと逃げ出した。

「逃げられると思っているのかしら?」

春香がしんのすけに向かってハイグレ光線を放つ。
光はしんのすけを捉えようと、少年の走行速度よりも遥かに上回るスピードで食らいかかった。

「お?」

しんのすけは突如、自分を覆う影が現れることに気づく。
振り向いてみると、士がハイグレ光線を受けながらも立っていたのだ。
光が消え、士はしんのすけを見つめる。

「その様子だと大丈夫みたいだな」
「たぁ!?」
「お兄さん!?」

ハイグレ光線に庇って貰ったという事実と言葉がしんのすけ達に混乱を与える。
もし助けて貰ったのがアクション仮面であったならば、笑顔で礼を言っただろう。
だが士はハイグレ人間。 今の彼らが恐れる侵略者である。

「ハイグレ光線が効かない?」
「パワーが足りないんだろ。 私達も加勢するぜハルカ」
「頼むわよ、カナ、チアキ」

春香だけではなく、夏奈、千秋と呼ばれた二人の少女も自分のハイグレ光線銃を士に向けて引き金を引く。
三つのハイグレ光線を浴び続け、士は赤と青の光に包まれ始めた。

「目に悪いゾ・・・・・・」
「たい」

しんのすけとひまわりが目を覆うのも無理はない。
士が浴びているハイグレ光線は出力最大であり、それも三つ。
1秒間の点滅回数は軽く20回を越えており、某電気鼠が引き起こしたポ○モ○○ョ○クのフラッシュなど
比べ物にならない強度の光なのだ。
正直、真夏の太陽を直視した方がまだマシである。

「やれやれ。 ピカピカさせることしか能がないのか」
「士くん!」

夏海は光が消滅して出てきた士に、呼びかける。
だが彼は、ハイレグレオタードであること以外はいつもの門矢士そのものだ。

「貴方、一体なんなの? これだけのハイグレ光線を浴びてもなんともないなんて」
「もしかしたらお前スパイか? スパイなのか?」
「なるほど、バカ野郎の言うことも一理あるな。
ハイグレ人間だからハイグレ光線が効かない、と」
「え? もしかしたらおにいさんまさか・・・・・・」

春香達の台詞を聞いたしんのすけは、士に対する警戒心が高まった。
毒をもつ生物に毒は効かないように、ハイグレ人間にハイグレ光線は通じない。
彼もまた、自分をハイグレ魔王という巣に連れ帰ってハイグレ人間にしてしまうのではないだろうか。
しんのすけの脳裏に不安がよぎる。

「おっと、俺はハイグレ人間だがハイグレ魔王に従っているわけじゃない。
なんなら証明してやろうか?」
「証明?」
「ハイグレ魔王は変態。 それでいて変態行為で人々を洗脳していく腐れ外道」
「「ああ確かに」」

士の言葉にしんのすけと夏海は軽く握った右手で左手の平を叩いて、同意する。
だが士の悪口は止まらない。

「そうでもしないと星一つ侵略できない弱虫、高飛車、傲慢。 で、日ごろは変な仮面被ってる変態仮面。
てかハイグレってなんだ? コ○ネチのパクリだろ」
「インスパイアです!」

春香が怒鳴り、士は口を閉じる。
両肩を震わせ、眉を寄せながらも士を睨みつけている。
彼女だけではない。 妹であり、ハイグレ人間である夏奈と千秋もそれぞれ足を開いて両腕を組んだり、
頭の毛を立てたりして怒りの感情を顕にしていた。

「もういいわ・・・・・・二人とも、ハイグレ魔神召喚の儀式を行うわよ!」
「「ハイグレ!」」

説明しよう!
ハイグレ魔神とはハイグレ魔王が生み出したハイグレ人間の新たなる力のことである。
複数のハイグレ人間のハイグレエナジーによって初めて呼び出すことが可能となり、
一度大地に立ってしまえばビキニ星人一個小隊でさえ容易に蹴散らしてしまうと言われる決戦兵器なのだ。
説明終わり!


「「「ハイグレッ! ハイグレッ! ハイグレッ!」」」
「おいおいなんだなんだ?」
「なんかはじまるみたいだゾ」

三姉妹は、士達を余所に銃を捨て、円陣を組んでハイグレを始める。
普段よりも気合の入ったハイグレは、レオタードを引っ張って股が磨られる。

「ハイグレッ! ハイグレッ! ぁハイグレッ!」
「ひゃああハイグレッ!!ハイグレッ!!ハイグレェ!!」
「二人ともハイグレェ!! かわいい・・・・・・ハイグレェェ!!!」

股を落とすたびに感じるエクスタシー。
春香と夏奈と千秋、互いが自分のハイグレに感じているところを惜しみなく見せ合う。
自分も、自分の姉妹も、頬が弛みきり、唾を垂らすだらしない姿を見て一層興奮している。

「「「ハイグレェッ! ハイグレェェッ!! ハイグレェェェッ!!!」」」

ハイグレ魔王とは、ハイグレ人間にとっては極上の快楽を授けてくれた創造主であり、神に等しき存在だ。
『ハイグレ』は神を称える言葉。 ハイグレポーズは神への祈り。
何時如何なる時にもハイグレと、賛美歌を捧げることによって、神は更に力を増す。
その見返りとして享受される快楽のために、彼女達はハイグレを続けるのだ。


「士君!」
「ああ、どうやら何かやばいのが来るみたいだな」

少女達の身体が発光すると、円陣の中心から桃色の光が噴出す。
光は、春香を巻き込み、野原家程の大きさとなって人の形を作り出した。

「おお・・・・・・」
「これが・・・・・・ハイグレ魔神」

士達を見下ろすハイグレ魔神の姿に、夏奈と千秋は感嘆の声を漏らす。
鋼の巨人は、最小限の骨格で人型を形作っており、下手な造形が加えられていない。
丸と四角と三角で構成された面構えあり、余分な装甲が貼り付けていないため、無駄な部分は一切感じられないのだ。
何よりハイグレ魔王が捧げてくれた力。
二人はさながら仏像を拝む僧侶のように、神妙な面構えでハイグレする。


「これは・・・・・・」
「ガキの工作だな」
「カンタムロボのほうが百倍かっこいいゾ・・・・・・」
「たい」

一方士達は、滑稽な巨大人形に顔を引きつらせていた。
ちょっと叩けば壊れてしまいそうな出来の悪い人形。
シンプルという言葉に頼って手を抜いているデザイン。
むしろ絵や小説で言う下書きの段階、ようするに作りかけである。

『この魔神の名前は先を行く者と書いて"先行者"。
古臭い地球人にはこの美しさがわかるわけもないわよねハイグレハイグレ』
「全くですハルカ姉さま」

先行者から春香の声が響き渡る。
彼女は召喚の光に取り込まれた際に先行者に乗り込んでいたのだ。
先行者と千秋は同時にハイグレをやり始める。

「ってカナ、お前もしろよ」
「すまん二人とも・・・・・・どうやらさっきの・・・・・・儀式で・・・・・・疲れちゃって・・・・・・」

倒れている夏奈は息絶え絶えに千秋に返す。
すると先行者はハイグレを止め、夏奈の方を振り向いた。

『無理もないわチアキ。 魔神召喚の儀式は元々多大なハイグレエナジーを消費する。
あなたはカナを連れ帰って魔王様に報告しておきなさい。

ハイグレ人間に成り切れない変人を殺害して野原しんのすけとひまわりを連れ帰る、ってね』
「ハイグレ!」

千秋は先行者の言葉を聞くと、夏奈を背負って道路に出る。
待ち構えたように現れたパンスト男のおまるに乗って、飛んでいった。
千秋を見送った先行者は再び士達を見つめ、目を光らせる。

『"つかさ"と言ったかしら?
ハイグレ人間に成りきれなかったかわいそうな人間として墓を作ってあげるから感謝してね』


☆ ☆ ☆



『ハイグレ!』
「おっと」

春香の一声で先行者の拳が振り下ろされる。
士はしんのすけを抱えて横に飛び、直後に彼らの立っていた位置に鉄の塊が大地が入る。
先行者自体の肉体は細長くはあるが、それはあくまで遠くから見ればの話。
自分達よりも倍以上のサイズの人型の拳は、人間一人程度なら覆いつくしてしまう。

「おにいさん! あれなんとかなんないの?」
「いいからお前はなつみかんのところに行ってろ!」
「こっちですしんのすけくん」
「おお!きれいなおねえさん!」

右、左へと振り下ろされていくパンチは、庭に穴を開け、石塀をも破壊する。
拳をかわし、士は庭の奥と逃げていた夏海のいる方角にしんのすけを送る。
手を広げている夏海の姿を確認したしんのすけは、ニヤケ面で夏海の胸元まで駆け寄り、頬をすり寄せた。

「ってしんのすけくん!?」
「なつみかんおねえさんのおっぱい意外とおおきいゾ〜」
「たあ!」
「いたっ! ひまごめん、だからかみ引っ張らないで!」
「そんなこと言っている場合じゃありません!」

背負っているひまわりに髪の毛を引っ張られるしんのすけだが、夏海はそんな彼らを無視して
写真館の裏側へと逃げていく。
夏海達が視界から完全に消えたこと確認すると、士は壊れた塀から道路に出て先行者を見上げる。

「さて、ここなら少しは本気が出せそうだ」
『本気?』


春香は思う。
圧倒的力量の差があるというのに、この男は一体何を言っているのだろうか。
確かに路上なら、家の構内に潜んでいるしんのすけ達を巻き込むことはない。
だがそれがどうしたというのだ。
お前に大地を砕く拳はあるのか? 鋼をも貫く蹴りを秘めているのか?
"ツカサ"という人間はハイグレ人間でありながら魔王様への忠誠を持たない変人。
いや、むしろ可哀想な人だというべきか。
無知とは蔑むのではなく、哀れむものだからだ。

『ハイグレ! ハイグレェ! ハイグレェェェ!!!』

だから春香は賛歌する。
蟹股を広げて両手を股間の前でVの字を形作る構えは、ハイグレ魔王から頂いた忠誠の証だ。

『ぁあんっ魔王さまぁ・・・・・・ハイグレ!!』

全身から汗が噴出しハイレグレオタードが秘所を圧迫する。
性的興奮状態にシフトし、春香の花弁はレオタードを挟むほどまでゆるくなっていく。

『ひゃぁあん!ハイグレ!! ハイグレ!!! ハイグレひゃぁああああ!!!』

花弁の内に生えている、彼女に秘められている芽を、レオタードの繊維が磨った。
彼女の中に溜まっていた士への苛立ちは、最早、快楽へと昇華されてしまった。

『気持ちいいわぁハイグレ! ハイグレ!!! ハイグレッ!!!』

怒り、不安、悲しみ、あらゆる負の感情が消え去って、最後には魔王様への感謝の気持ちで満たされる。
それなのに、何故彼は知らないのだろう。 何故知ることができないのだろう。

『ハイグレェェェェェ!! ハイグレェェェェェ!!! 
たまんないわ! ハイグレェェェェェ!!!!』

こんなにすごいのに。
こんなに気持ちいいのに。
一緒にハイグレできないなんて、なんて可哀想なのだろう。

『あ・・・・・・あ・・・・・・キちゃう・・・・・・キちゃうキちゃうキちゃうよぉ』

刺激され続けた性感帯が、春香の神経に警鐘を与える。
もうこれ以上許容することができない。
耐える必要なんてない、出してしまえ、出してしまえ、溢れるリビドーを放出してしまえ。

『キちゃうキちゃうキちゃうクるクるクるクるイっちゃうよぉ
ハイグレェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!』

通常のハイグレとは一味違う感覚が彼女を駆け巡る。
女のハイグレで得られるものとは違い、性欲を本当に物理的に出してしまっている感覚。



「ちょおま(ry」
「士くん!」
「おにいさん!」
「たあたあ!」

先行者の股間に取り付けられた"キャノン砲"からその太さを遥かに上回るビームが発射される。
真っ白な光線は士のいた位置はもちろん、周囲の建物を巻き込んで道路奥まで突き進んでいく。
夏海達の悲鳴をかき消して、全てを白濁色に染め上げた。

『ハイグレェ・・・・・・魔王様を冒涜するからこうなるのよ』

先行者が見渡す町並みに門矢士の姿は無く、
ハイグレキャノンの軌跡が機体に道を開けるかのように続いていた。



☆ ☆ ☆



『ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!』

先行者の、春香の歓喜の声が町内に木霊する。
コックピットの彼女の動きに合わせて先行者も、股間の前でVの字を形作って足を深く下ろしている。
魔王への悪口を言っていた門矢士の姿はもう存在しない。
これでまた一つ、主が住みやすい世界を作ることに近づいたのだ。

『う〜〜んハイグレハイグレ! ハイグレェェェ!!!』

この手で士を消すことができた幸せをこの身に感じるために、
ハイグレをいつもよりも力を入れて行う。

『ハイグレ!ハイグレッ!ハイグレッ!!』

春香が手を上げれば先行者も同様に手を上げて、春香が足を開けば同様に足を開く。
巨大な手足が自分の意思で動く。 故に巨大化した肉体でハイグレを愉しむことができる。
先行者は、乗組員が装着するという形で身に着けることで乗り込む。
ロボットというよりはパワードスーツと言い換えた方が正しいだろう。

『ハイグレッ!ハイグレ!ハイグレェ!!!
ここからのハイグレは本当にいい眺めね』

身長4メートルからだと家の屋根の上まで見えてしまうので、ついよじ登ってハイグレしたくなる。
ここからだと、遠くのハイグレ人間達のハイグレも見えてくるので、彼らに見せ付けるようにハイグレを返す。

(そういえばあの子達はどうしているかしら?)

脳裏を過ぎったのは野原しんのすけ達のことだ。
捕獲命令をうけていたのを忘れていた。
名残惜しいが、さっきハイグレ人間にした男にも手伝ってもらって魔王のところに連れていってもらうことにする。

(えーと、あ、いたいた)

真上から見下ろすと自分より小さいものの姿はよく見える。
ハイグレ人間になることを受け入れたのか、特に隠れる様子もなく
夏海達は庭の真ん中に立っていた。
だが彼女は失念していた。
野原しんのすけ達の顔は、諦めたものではないということを。
彼らに浮かんでいた驚愕の表情は、決して自分達に降りかかる絶望を予知しているわけではないということを。


「随分舐めた真似してくれるじゃないか」
『え!?』

聞き覚えのある青年の声に先行者は振り返る。
背後のコンクリートの壁を破壊して出てきた姿は、春香が相手をしていた不快な男のものではない。
昆虫を彷彿とさせる緑の目をつけた仮面は、幾多の黒いプレートが刺さって縞々模様を作り出している。
マゼンダと黒を基調とした鎧を纏い、左肩から伸びた黒のラインは、左胸の辺りでクロスして、"]"の文字が映し出された。
腰に装着された銀色のバックルが、太陽光に反射して光る。
その戦士の名前を知る者はこう述べるだろう。 ディケイド、と。

「アクション仮面!」

しんのすけは鎧男の姿を彼が最も尊敬するヒーローの姿と重ね合わせた。
人々のピンチに何処からともなく現れて、悪を蹴散らしてくれる正義の使者。
いつか会えると夢見て願っていたブラウン管の中の存在、それがしんのすけの描くアクション仮面という男だ。

「でもその声は・・・・・・つかさおにいさん?」

そしてしんのすけは、目の前のヒーローに興奮を抑えきれないながらも、問いかける。
ハイグレ人間なのに自分を守ってくれた不思議な男の人だ。
ハイグレ光線が当たろうがハイグレをせず、魔王という悪への忠誠心も持たないイレギュラーな男を、
ヒーローという現実離れした存在と同一人物だと重ねてしまうのは、自然である。

「その通りだしんのすけ。 じゃあなつみかん、お前は巻き込まれないように下がっていろ」
「はい! しんのすけくん、早く行きましょう」
「い〜や〜だ、オラもっとアクション仮面がみ〜た〜い!」

その場で駄々をこねるしんのすけを必死で引っ張っていく夏海の姿を確認して、
ディケイドは斜め上の先行者を見上げる。

『アクション・・・・・・仮面・・・・・・』

先行者はハイグレすることもなく士を見下ろしている。
ちょうど太陽を背にして逆光を浴びているせいか、
ディケイドには、光っている先行者の目も、喜びのものから、
獲物を睨む肉食動物の輝きに変化しているように見えた。

『魔王様の敵・・・・・・死ねぇぇぇぇぇ!!!!!』

先行者の拳がディケイドの位置に向かって振り下ろされる。
バックステップで回避したディケイドは、弾層のような銀色の箱を取り付けた銃、
ライドブッカーガンモードを腰から手にとって先行者に向けて3発放った。

『っ!』

最初の1発は外れたが、二発目が右腕に当たり、続けて三発目が顔に命中して火花を散らす。
しかし煙の中から出てきた先行者は、装甲が少し削れた程度だ。
そのためすぐに態勢を立て直し、再び拳をディケイドに向けて放つ。

「ちぃ!」

ライドブッカーをソードモードに変形させたディケイドは、
ライドブッカー自体からカードを取り出し、ベルトに読み込ませる。

−ATTACK RIDE SLASH−

電子音声とともに、ディケイドが風となった。
春香が残像の姿を確認できたかと思うと、ディケイドの姿は既に先行者の真後ろにあった。


『嘘・・・・・・?』

右腕の肘下が落とされ、間接の奥から生身の腕が露出する。
カマイタチに斬られるときに受ける驚きとはこのようなことを言うのだろうか。
走る、斬る、傷つく。
この一連の現象が、自分の認識できない範囲で起きているのだ。
春香から、勝つという可能性が削られていく。

『それでも貴方には負けられないのよ!』

先行者がディケイドに後ろ回し蹴りを放つ。
更に左腰に収納されていたビームサーベルを取り出してなぎ払う。
それらはディケイドにバックステップで回避されてしまうが、
それでも春香は一心不乱になってディケイドを切り刻もうとする。

『魔王様のために・・・・・・ハイグレのために・・・・・・アクション仮面、貴方を倒すわ!』

自らの不安を振り払って導き出すのは、魔王への忠誠という道。
アクション仮面は英雄だ。
しかしそれは人間達、地球人達にとっての話である。
仮に彼に敵対する者、例えばメケメケ団にとってはどうだろうか。
地球侵略を目論む彼らにとっては、地球人を支配化に置くことが正義だ。
悲願を成し遂げるために立ちはだかるは、アクション仮面という大きな壁。
そう、彼らにとってはアクション仮面とは宿敵でしかないのである。

『そう、魔王様のために!』

彼女の深層心理に植えつけられた忠誠心が、ディケイドを破壊せよと囁く。
ハイグレ魔王の障害を打ち砕くために、ビームサーベルを持って迎撃に入る。

『はぁぁぁぁぁ!!!』
「ちぃっ!」

ビームサーベルとライドブッカーの刃がぶつかり合って火花を散らす。
片手で振り下ろす、あるいは薙ぎ払う動作を繰り返すだけだが、
ディケイドの倍の体格で行われるそれは、ディケイドにとっては一撃一撃が巨大な一振りへと変わる。
そして蓄積された腕への負担が限界を迎え、横殴りの一撃がディケイドを弾き飛ばした。

しかしディケイドは、壁を背に立ち上がり、先行者を視界に捉える。
その手には彼とはまた別の紫の戦士が描かれた、カードが掴まれている。

−KAMEN RIDE HIBIKI−

電子音声とともにディケイドの面に音波が響き、紫色の炎へと包まれる。
業火は瞬時に消え去ったかと思うと、筋骨隆々の鬼戦士、仮面ライダー響鬼が姿を現した。

『なっ!?』
「おお! 違うアクション仮面に変わったゾ!」
「しんちゃん危ないですってば!」

驚きを隠せないのは春香だけではない。
別の姿に変わるという、ヒーロー物の特撮やアニメでよくあるパワーアップシーンを見て、
しんのすけは鼻息を荒立ていた。
ディケイド響鬼に近づこうと前に出るが、夏海が彼の腰を掴んで取り押さえている。

『姿が変わったぐらいで!』

動揺していた春香であったが、動こうとしないディケイド響鬼を見て、
先手を取るためにビームサーベルを振り上げる。

−ATTACK RIDE ONGEKIBOU REKKA−

ディケイド響鬼がバックルにカードを差し込むと、響鬼の頭部を模した二本の紅い棒、
音撃棒・烈火が彼の両手に現れ、それを交差させて振り下ろされるビームサーベルを受け止めた。

「さっきまでと同じだと思うなよ」

ビームサーベルを抑えるディケイド響鬼の両腕に、ディケイドだったとき腕の震えは存在しない。
ディケイドが模した響鬼という音撃戦士は、人が鍛えた末に身に着けた力を使って戦う。
音撃とは古来より彼らの世界で妖怪を退治する気の力のことである。
長きに渡る鍛錬により身についた体力は、ディケイドが旅をしてきたライダーの中でも随一に入るものだ。
彼らは生身の状態でさえ、少々の傷ならば気合のみで治癒が可能なのだ。
当然、響鬼の力を借りた今のディケイドにもそれらの力は受け継がれている。

『く・・・・・・っ!』

力負けした先行者のビームサーベルが上空に弾き飛ばされる。
ビームの刃が消えた筒は、何処に消える。
そしてディケイド響鬼は、音撃棒の先端に炎を宿す。

「今度はこっちの番だ!」
『きゃ!』

ディケイド響鬼が音撃棒を振るうと、烈火の弾が先行者の頭を包み込む。
火力を抑えたためか、頭部を燃やしきるには至らない。
先行者が炎を消そう頭を振るっているのを尻目に、ディケイド響鬼は野原家であった家の玄関を見つめた。

「いつまでそんなことしているんだユウスケ」
「そんなこと言ったってハイグレ! 中々思うようにハイグレ! 動けないんだよハイグレ!」
「じゃあせめて変身してみろ」
「ハイグレ超変身!・・・・・・戻った!」

玄関先にいたハイグレをし続けていた男、小野寺ユウスケが叫ぶと、
彼の腰に浮かんだベルトが輝き始め、赤の戦士、仮面ライダークウガマイティフォームに変身した。
クウガに秘められたアマダムという古代の力が強く反応したためか、彼の中のハイグレ光線の影響は消え去ったようだ。
ディケイド響鬼の姿を確認すると、クウガは頷き先行者に向かって走り出す。

『え?』

春香が気づいた時にはもう遅い。
クウガは先行者が見上げるほど高く跳躍し、突き出した右足を自らに向けていた。
輝く右足が、先行者の胸を突き立てる。

『いやぁぁぁぁぁぁ!!!』

クウガの伝家の宝刀、マイティキックを喰らった先行者はその身を地面に倒し、回転、
塀を突き破ってうつ伏せになって倒れた。
春香は起き上がろうと左腕に力を入れようとするが、下半身にかかった力によって叶わないものへとなる。

「士、一体何をするつもりなんだい?」
「荒療治だ、黙って見てろ」

下半身への負担の正体、それは響鬼が先行者に向かって撃ちつけた音撃棒であった。
問いかけるクウガに一言だけ忠告して、ディケイド響鬼は音撃棒を構える。


☆ ☆ ☆


『痛っ!』

腎部を叩かれた痛みに春香は思わず声を立ててしまう。
ディケイド響鬼の音撃棒が先行者の背を撃ったのだ。
先行者自体は脆そうに見えるとはいえ、その装甲は金属でできている。
よって並大抵の力では傷をつけることすらできるわけがない。
なのに何故棒で叩いただけなのにこれほどの衝撃が伝わっているのだろうか。
疑惑の種が彼女の中に芽生え始めるが、それを育てることは適わない。

『っ! 痛い! やめっ・・・・・・!』

思考を巡らそうとしても痛みによって中断される。
考えても考えても豪雨のように打ち付ける音撃棒のラッシュが、それらを全て打ち砕いてしまう。
仮面ライダー響鬼のパンチ力は最高20トン。 もちろん相手によって加減はしているのだろうが、
肉弾戦でも人間とは比べ物にならない程のパワーを持っている。
文字通り、岩をも砕く筋力で音撃棒を金属に打ち付けたらどうなるか。

『や・・・・・・っ! もぅ・・・・・・』

同じところを何度も叩かれたせいか、先行者の背中の装甲が凹み、クレーターができあがる。
傍からは鉱物同士がぶつかり合う音しか聞こえない。
しかし先行者内部では、装甲と通した音撃棒の衝撃が春香に襲い掛かっているのだ。

(こんなときは・・・・・・)

痛みに耐える彼女の脳裏に浮かぶのは、今の彼女の生活の一環となっている忠誠のポーズ。
背中を抑え付けられたが、まだ手足は動かせる。
春香は右腕を使って先行者を起こそうとする。

『は、ハイ・・・・・・グ痛っ!』

だがそれはまたもや尻に来る痛みによって中断される。
手足に力が入らない。 ディケイドを振り払えるだけの気力が湧いてこないのだ。

(ダメ・・・・・・こんなことじゃ・・・・・・)

拳を握りしめ、春香は両腕を広げる。

『ハイ・・・・・・グレっ!』

前のめりに倒れたままやるハイグレ。
胴が地面に密着してしまっているため、当然両腕は股に届くことなく腰の辺りで止まってしまっている。
おまけに踏ん張ることができないせいで、足は地面を擦っているだけだ。
なんとみっともないハイグレであろうか。

『痛ぅ・・・・・・ハイグレ!』

だが彼女はやめることはない。
例えまともにハイグレできなくても、春香はハイグレ人間なのだ。

『私・・・・・・負け・・・・・・ないハイグレ!!』

魂だけでも。
ならばせめて魂だけでもハイグレ人間であり続けようではないか。
痛みに悶えながらも放つ言葉は、彼女自身を励まし続ける。
己の叫びが魔王へ届くことを祈って、彼女はハイグレを唱えていく。

『ハイグレ! ハイグレ!! ハイグレ!!!』

どんなときでもハイグレを怠ることなく、一生涯魔王に尽くし続ける。
ハイグレ人間によってそれは真理であり、全てなのだ。

それが、ハイグレ魔王によって作り変えられてしまった心であるとは知らずに。

☆ ☆ ☆



「そろそろ決めるか」

音撃棒を打ち続けていたディケイド響鬼が呟く。
先行者の尻を叩くのを一旦止めて、気合を入れると、音撃棒・烈火の先端が紅く燃え上がっていく。

『ハイグ!?』

先ほどの連打をも上回る衝撃が春香を襲った。
炎を纏った音撃棒の打撃は、豪雨から火の雨となって怒涛のように先行者の背、
すなわち春香の尻を打ち付ける。


『ハイグ・・・・・・ハイ・・・・・・ハ・・・・・・』

春香の声が希薄になり、言葉を紡ぐこともできなくなる。
ディケイドの刻むビートは、一気呵成に彼女の気力を奪い尽くしていく。

(あれ・・・・・・私何を・・・・・・)

否、奪うものは言葉だけではない。
彼女の中に寄生する、概念そのものを打ち壊して破壊する。

「よし、終わりだ」
(え? ええっ!?)

春香の脳裏に過ぎるのは、食卓で談笑をしている姉妹の姿。
そこに乱入してきたおまるの集団に逃げ惑う自分達。
気がついたらハイレグレオタードで蟹股ポーズをとっている。
そして、今は仮面を被った"オカマ"の命令で幼児を捕らえようとしている自分がいる。
それから自分と姉妹が呪文のように発していた言葉は確か・・・・・・

(ハイ・・・・・・グレ?・・・・・・)


「その様子だとどうやら元に戻ったみたいだな」

ディケイドが春香に問いかける。
先行者の姿は消え、後に残ったのは学校の制服姿の彼女だけだ。
当の春香はディケイドの言葉が耳に入らず、俯いていた。

「い、い、い・・・・・・」

耳元まで真っ赤に染まっているのは、激しい運動をしていたからではあるまい。
そして己の羞恥を全て吐き出した。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



☆ ☆ ☆



「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ! おいカナ」
「ハイグレ! どうしたんだチアキ?」
「ハイグレ! ハルカ姉さまが遅いんだ。 そろそろ戻って来られてもいいはずなのに」
「ハイグレ! 確かに遅いな。 ハイグレ魔神ならあいつらなんか簡単にやっつけているというのに」

鉄の壁と精密機械に囲まれた一室に、ホイップが特徴的な少女とツインテールの少女がハイグレをしながら話す。
ハイグレ魔王を愚弄する不届き者の始末を姉に任せたのだが、未だに彼女の姿が見えないのだ。
本来ならば彼女達の姉、南春香とともに召喚したハイグレ魔神によって粛清された異端者が、
ハイグレ魔王に差し出されているはずである。

「まあハルカのことだから魔王様に引き渡す前に自分で調教しているんだろうよ」
「でも・・・・・・」

慰めの言葉をかける夏奈であったが、千秋の顔色は曇りが差している。
普段の春香は遅くとも5時過ぎには帰ってきており、夕食の支度をしている彼女を千秋達はハイグレをして待っている。
そして夕食後、姉妹三人でハイグレを行うのが彼女達の日課で、千秋の一日で最も楽しい一時なのだ。
しかし、部屋の時計は既に午後の6時を指していた。
万が一春香が任務に失敗していたとしたら。 千秋の脳裏に倒れた姉の姿がよぎる。
そう、ハイグレ人間ではない野蛮な民族は、相手を気持ちよくする方法を知らないのだ。

「でもじゃないだろ。 帰ってこないだから待つしかないんだ。
というかお前さっきから気合が入ってないぞ。 ハイグレっていうのはこうやるんだ。
ハイグレ!! ハイグレ!!」

そんな千秋の様子を伺うこともせず、夏奈は股間を強調してハイグレをし始めた。
部屋全体に響き渡る程の声量で、ハイレグレオタードが股に食い込むように深く腰を下ろす。

「ハイグレ!! ハイグレ!! どうした? やっぱり姉のハイグレには遠く及ばないか?」

鼻を鳴らした夏奈は、満面の笑みでハイグレをし始める。
だが、千秋の表情は笑顔の夏奈とは反比例に暗くなっていく。

「そうらハイグレハイグレ!!」
「ハイグレ、ハイグレ」

千秋にとって、夏奈とのハイグレは決して楽しくないわけではない。
むしろこんな単純なバカ野郎でも、千秋にとってはかけがえのない肉親の一人なのだ。
喧嘩こそよくするが、それ以上にともにハイグレをする方が多い。

「ハイグレ、ハイグレ」

だが満たされない。
南家は夏奈と千秋だけで成り立っているわけではない。
春香、夏奈、千秋、三人が合わさって初めて一つの家族として形を成す。
三人集まって初めて絶頂を超えるだけのハイグレを行える。 それこそ魔神を召喚したときのように。
三姉妹が揃った時のハイグレは、本家ハイグレ星人も目を見張るほど整ったハイグレである。
それに高いハイグレエナジーを見出したハイグレ魔王によって直属の部隊にされたほどなのだ。
もし一人でも欠けてしまったら二度とあの快楽を味わうことができなくなってしまう。

「ハイグレ、ハイグレ」

それが今二人でやっているよりももっと気持ちいいことだと知っている。
だから千秋は目の前の快楽に染まり切ることができない。

「チアキ・・・・・・」

俯いたままハイグレをする千秋に、夏奈の顔も曇っていく。
そして彼女にも千秋同様に『もっとも気持ちいいこと』が失われるビジョンが浮かんでくる。
もう二度と春香に会えなくなってしまうのか。
千秋の不安を受けた夏奈の心に植えつけられた、杞憂は危惧へと変わっていく。

「ハイ、グレ、ハイ、グレ」

やがて、夏奈のハイグレも、千秋同様声の張りを失い、鈍いものへと変わっていった。
最早そこに、明るくハイグレをしていた少女達の姿はいない。


「ハイグレ、ハイグレ」
「ハイ・・・・・・グレ、ハイ・・・・・・グレ」
「ダメだよそんなの!」
「「へ?」」

第三者の声に夏奈と千秋は目を丸くした。
二人は、姉が帰ってきたのかと声の主へと期待の眼差しを向けるが、
それはすぐに驚きのものに変わった。

「「ハイグレピーチ!?」」
「みんなでハイグレ、ゲットだよ!」

光のハイグレ戦士プリキュア。
ハイグレ魔王が近日侵略した世界の戦士の一人だ。
戦闘能力を持たない一般のハイグレ人間が変身していると噂されているが、
正体を知る者はハイグレ魔王含む数人しかいないとされる。

「は、ハイグレピーチがなんでこんなところにいるんだよ!?」
「バカ野郎! ハイグレピーチになんて口の聞き方しているんだ!」

プリキュアは今、ハイグレ魔王直属のハイグレ戦士である。
ハイグレ力だけなら普通のハイグレ人間でも努力を積み重ねれば高めることが可能だが、ハイグレ戦士は違う。
元々が高い戦闘能力を持っているため、ハイグレ力を高めなくても侵略活動において非常に優秀な戦果を上げられるのだ。
彼女らとの差を生めるため、ハイグレ人間は光線銃やハイグレ魔神を用いるのだが、
それでもハイグレ戦士と同等に戦えるとは言いがたい。

「いいんだよそんなこと気にしなくって」
「でもハイグレピーチ・・・・・・」

エリート戦士であるハイグレピーチが、今、千秋達の目の前にいる。
金髪のツインテールも、胴を覆うピンクのレオタードも、両足のブーツも何もかもが
千秋にとってはまぶしいものだ。
ピーチが千秋に笑顔を向けるが、思わず彼女は縮こまって下手になってしまう。

「ああもう仕方ないなぁ」

いつまでも暗い顔をしている千秋に痺れを切らしたピーチは、
蟹股になって両肘を斜め上に突き出すように腕を曲げる。

「ハイグレ!!」

両手が素早く空を切り、股間の前でとまってV字を作り出す。
同時に曲がった膝は、くの字ができる程度に留まっている。
腕が伸び切るタイミングと膝が曲がるタイミングは1秒の時差も出ず、
それでいて腰を落としすぎて品格を損なうなどということもない。

「すげー・・・・・・」
「流石です・・・・・・」

聖典に記されているように滑らかな動きのハイグレに、
千秋と夏奈はため息をつく。
感嘆を洩らしている彼女達に、ピーチは微笑んだ。

「ほら、二人とも一緒にやろっ。 ハイグレ!!」
「「ハイグレ!!」」
「その調子その調子、ハイグレ!!」
「「ハイグレ!!」」
「二人とも上手だよ、ハイグレ!!」
「「ハイグレ!!」」
「ハイグレ!!」
「「ハイグレ!!」」



☆ ☆ ☆



玉座と言うのは古来より、その土地の君主のシンボルとなるものである。
誰もが釘付けになる、真っ赤な生地に金の装飾が成された座椅子は、
座る者を高貴な存在へと見立てるであろう。
権力の象徴をこういった物で誇示することは、現在でも変わらず存在している。

「・・・・・・ということで野原しんのすけはまだ見つかっておりません」

鎮座する王の前にひれ伏すのはハイレグレオタードの少女だ。
その身体はガチガチに震えており、目線も地面に向いている。

「ありがとう、立っていいわよ、アツコ」
「は、はいぃぃぃぃ!!!?!?!?」

アツコと呼ばれた少女は、その言葉を聞いた途端に立ち上がり、
自らの王の姿を視線に捉える。
彼女にとって絶対である存在の王が、その場にいるのだ。
憧れであり信仰の対象でもある、神と呼んでも差し支えの無い男と対峙している。
そう考えただけで彼女の心臓は破裂せんとばかり脈動している。

「今日のことは別に気にしないでね」
「で、でも、良く考えてみればあの時野原しんのすけからNO.99のカードを捕っていれば、
魔王様の脅威は減っていたのに・・・・・・」
「別にいいわよあんなカード」
「でも・・・・・・」

自分の宿敵、アクション仮面を呼ぶための鍵の一つを捕り忘れたことに、
少女は酷く落胆している。
ハイグレ魔王としては、落ち込んだ少女をいつまでも目の前に置いておく気にはならない。

「ハイグレ」

だから彼は呟く。
自らを称えるための言葉を彼女に向かって。

「は、ハイグレ!」

その言葉とともに、アツコは、魔王に向かってハイグレを放つ。
彼女の豊満な乳房が、レオタードごしに揺れる。

「ハイグレ」
「ハイグレ!」
「そう、ハイグレ」
「ハイグレ!!」

魔王が囁くごとに乳房の揺れは大きくなり、
次第にもみくちゃにされたバレーボールみたいにアツコの胸で跳ね続ける。
そして彼女の表情も落胆から快楽へと変貌していく。

「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
「それでいいのよ」

ハイグレをし続けているアツコを見て、ハイグレ魔王の声色が明るくなる。
アツコは一般のハイグレ人間であり、本来はこのようなところに着てよい立場ではない。
報告させるだけなら、幹部や上位のハイグレ人間を通してやらせればいいだけである。

「やっぱり女の子のハイグレはいいわぁ。 今日は当たりね」

ハイグレ魔王の娯楽の一つ、それはハイグレ人間のハイグレを見ることである。
そのため、暇さえできれば侵略した世界の街に散歩することだってある。
しかし、侵略する世界が増えるごとにその暇も少なくなってきたのだ。
だからこうして、任務の報告にわざわざ一般のハイグレ人間を使用させて、ハイグレをさせているのだ。
自分に見られているという緊張の中で行われるハイグレは、気合が入っていて美しい。

「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」
(まあぶっちゃけNO.99のカードなんてどうでもいいのよね)

ハイグレを鑑賞しながら、懐から金色のカードを取り出す。
アクション仮面カードの幻のレアカードであるNO.99。
金色のアクション仮面が描かれたこのカードは、自分がかつて侵略し損ねた世界では、
アクション仮面が認めた子供ただ一人に渡されるものだった。

(中々現れないからもしやとは思ったけど、まさか本当にただのレアカードだったとは)

ハイグレ魔王の見立てでは、この世界は野原一家がアクション仮面に出会うはずの世界だった。
しかし、この世界は自分が戦った野原一家とは別の野原一家が存在するパラレルワールドであるらしく、
アクション仮面というものも本当にただの特撮番組だったのだ。

(びりっ、とね)

魔王は、アクション仮面が偽者だと言わんばかりに、NO.99のカードを破り捨てる。
この世界の郷剛太郎はあくまで俳優としての郷剛太郎。
野原しんのすけを従えた上でリベンジをしようかと思ったのだが、
ぶっちゃけ予想外すぎて呆れてしまっている。

(だけど・・・・・・)

玉座左脇にあるリモコンを操作し、天井からスクリーンを出す。
電源をつけて現れたのは、マゼンダの鎧が弾け、縞々模様のレオタードをきた男の姿だ。
足元には、地球でいう、女子高生の制服を纏った少女が顔を真っ赤にして叫んでいる。

「ようやく現れたわね、ディケイド」


ハイグレ魔王は、天井からぶら下がっているスクリーンに映る男の名を呟く。
仮面を纏うということは彼と同じだが、それ以外が全くの異質だ。
青い肌にハイレグレオタードにマントを羽織った姿は、彼が王と呼ぶ姿。
対して男が戦闘時に身につけるものは、全身を覆うマゼンダ色の鎧と剣、
その姿はさながら騎士と言ったところだろう。

「ハイグレ光線が効かないけどどうでもいいわね。 男はあんまり趣味じゃないし」

ディケイドと呼ばれる戦士はあらゆる世界の制約を破壊する、ということは、彼の存在と共に教えられた。
だから人をハイグレ人間という下僕に変えることもできないであろうということは想像できたのだ。
よって考えることは、隷属ではなく殲滅。

「とはいえ、ハイグレ魔神じゃ結局駄目だったわね」

ハイグレ魔神というなの巨大人型兵器ではディケイドを倒すことができなかった。
これでは語弊が生じるだろうか。 正確には歯が立たなかったのである。
一方的に殴られ、あまつさえ優秀なハイグレ人間一人を失うことになったのだ。

「あ〜あ、ハイグレ魔神呼べるハイグレ人間は貴重だっていうのに」

やれやれ、と両手を大げさに動かしたハイグレ魔王はため息をつく。
単純な戦力ならハイグレプリキュアを始めとする戦士達はまだ数多くいるのだ。
いっそのこと数の暴力で押してしまおうかとも考えたが、
実力がまだ未知数の相手に闇雲に刺客を送るのもあまり賢い選択ではない。

「あいつがアクション仮面のようなヒーローだとは、まだ思い切れないのよ」

自分の宿敵の姿を思い浮かべ、モニターの男と比較してみる。
その気になれば、ヒーローは相手を殺すことだってできる。
それをしないのは、ヒーローは人を守るために戦っているからであり、
彼らの目的自体と相反してしまうからなのだ。
だが生憎、ハイグレ魔王が聞くディケイドは破壊者。
仮面を剥がした彼の素顔は、殺人鬼のように血に餓えているのかも知れない。

「となると考えられるのは・・・・・・」

ハイグレ魔王は、玉座から身体を反らし、首を曲げ、そこにいる影を睨む。

「どうしたのかな?」
「どうもこうもないわ。 死神博士、貴方達が言っていたディケイドが来たの。
力を貸してくれない?」

死神博士と呼ばれた黒衣の老人は、ハイグレ魔王の玉座の横までやってくると、
彼に向かって微笑みを向けた。

「ハイグレ魔神が勝てなかったから・・・・・・なるべく強いやつがいいわ。
予め私が選んだハイグレ人間達に、あんたの怪人を入れてディケイドを倒して頂戴」
「よかろう」
「有難う。 貴方の怪人ならどうにかしてくれると信じているわ」

傍目から見て、仮面の裏でもその笑顔がわかるほどハイグレ魔王はうれしそうな声で返す。
だがその途端、死神博士の顔つきは険しいものになる。

「よくいうな。 自分の戦力を失いたくないからワシの怪人を噛ませ犬にするとは」
「否定するつもりはないわ。 気分を害したのならごめんなさい」

死神博士にとって、己の手で作り出した怪人は我が子も同然。
それを別の組織のもののため、それもただの様子見程度に使われたのならば怒りを覚えるのも当然である。
彼の態度の変化にハイグレ魔王は、軽く頭を下げ謝った。

「それに貴方達には本当に感謝しているわ。
私を封印から解いただけではなく、世界を超える技術まで与えてくれるなんて」
「その代わり、貴様も大ショッカーに協力してもらうぞ」

大ショッカー。
世界を牛耳るために、あらゆる次元の歴史の裏で暗躍している同盟の名である。
元は各世界でバラバラの組織だったものが、次元を介して団結したのだ。
彼らを束ねる首領を知る者は数少なく、その正体はハイグレ魔王でさえ知らされてない。

「わかっているわよ。 私のためは大ショッカーのため、大ショッカーのためは私のため。
ディケイドを倒したらそこらへんの教育も本格的にやっていくわ」
「ならばいい」

死神博士は、マントを翻すと出入り口から部屋の外に出て行った。



(今の人は誰だろう?)

アツコは思う。
ハイグレをしながらも、魔王と話していた老人について疑問に思っていたのだ。

(すごく失礼だったな)

最上位の権力を持つはずの魔王に向かって、まるで対等の立場であるような口の聞き方が尺に触る。
第一、蛮族が振舞う時に用いる白いタキシードなど着ること自体、今の彼女からすれば信じられないことであった。
おまけに、ドラキュラを彷彿とさせるマントを纏って自分を偉そうに見せようとしているのだ。
老人の姿に目を取られて、話の内容はほとんど聞き逃してしまったことが、今となっては口惜しい。

「どうしたのかしら?」
「は、ハイグレ!?」


玉座に肘をつき、頬杖を立てたハイグレ魔王がアツコを見つめる。
自分のハイグレのスピードが遅くなっていたことに気づいた彼女は、
顔を紅くして、ハイグレのペースを元に戻した。

「よろしい」
「ハイグレ! ハイグレ! ハイグレ!」

--------------------------------------------------

【2:そんなことよりハイグレしようぜ!】

「以上が、私の知っていることです」

光写真館となった野原家内、春香が士達に言い放った。
彼女が今まで話していた事は、自身が姉妹や知人達とともにハイグレ人間に変えられてしまったこと、
ハイグレ魔王によって見初められて、魔王直属の部隊の一つに入れられたこと、
そして、この世界の侵略の一環で障害となりうる野原家を狙っていたということだ。

「そうか」

春香と円形のテーブルを挟んで座っていた士は、
椅子から立ち上がりしんのすけの頭に手を置く。

「どうやらあいつらは最初から坊主達を狙っていたみたいだぞ」

語りかける士の表情は、明らかにしんのすけを疑っているものだ。
侵略の過程でたまたま逃げ延びていた野原しんのすけを追いかけていたのならまだいい。
しかし、南春香の話の中で、ハイグレ魔王は最初から野原しんのすけとその家族を狙っていたことがわかったのだ。

「オラ知らないゾ、ハイグレ魔王なんて」

しゃがんで目線を合わせている士の言葉をしんのすけは遠まわしに否定する。

「ならあんたは心当たりがあるのか?」

士は体勢を変えぬまま、顔だけを春香の方へ向けた。
一瞬驚いた春香は、目線を士から逸らし、首を横に傾けて考える。

「そういえばなんでその子がハイグレ魔王に狙われるんだろう・・・・・・」

しんのすけの方向に向きなおし、春香は士同様、彼に疑いの眼差しを向けた。
二人だけではない。 夏海や、ハイグレ人間から元に戻ったユウスケまでもがしんのすけを見つめている。
ただの五歳の幼稚園児にしか見えない少年の何処に、遥か宇宙からの侵略者との接点があるのだろうか。
今の士達がそう思うのは不思議ではない。


「そんなに見つめられるとオラ、照れるゾ」
「タイタ〜イ」

一方注目の的になっているしんのすけとその背に負ぶわれているひまわりは、
自分の頭を擦って喜んでいるだけだ。
すぐ傍でしっぽを振っていたシロも、その場の士達もため息をつく。

「それにそんなこと聞くならオラよりもこのおにいさんのほうがいいと思う」
「俺か?」

しんのすけが士を指差すと同時に彼への視線が士へのモノとなる。
門矢士は先ほどの春香達との戦闘で、明らかにハイグレ魔王のことを知っている素振りを見せた。
加えて今まで彼と旅を続けてきたユウスケや夏海から見ても、ハイグレ魔王なる存在など耳にしたこともないのだ。

「そうだよ士! なんで君がハイグレ人間のことを知っていたのさ!」
「そんなこと俺が聞きたいぐらいだ」

だが士は、大声を出すユウスケにそっけなく返す。
門矢士は、記憶を失っているが故に旅を続けている人間だ。
しかし、様々な仮面ライダーと呼ばれる戦士達に関する知識は頭の中に入っており、
その内の一人、仮面ライダークウガと対立する古代人の天敵の、
グロンギという怪人の言葉を解読し、話すことができる。
本来封印しかできない怪人を破壊する、生身でマ○オテニスができるetc・・・・・・
ならば、ハイグレ魔王としんのすけの関係について知っていてもおかしくない。

「自分のことなのにわからないのですか?」
「おぉ、おにいさんはアルツハイマーだったのか!」

士が記憶喪失であることを知らない春香としんのすけは、驚きの表情を浮かべる。
常に上から目線で物を言う彼からは、物語でよく見る記憶喪失の人間特有の悲壮感を見出すことができなかったのだ。
むしろ二人は、記憶喪失なのをいいことに好き勝手に人に命令している、という印象を新たに受けてしまった。

「ま、そんなこと一々気にしてても何も変わるわけじゃない」

しんのすけから離れた士は、室内のソファーに深く腰を下ろし大股を開いて、ソファーの背に手を回す。
すると、彼に視線を向けていた春香と夏海は目を逸らした。

「どうした?」
「その格好はちょっと・・・・・・」
「士君、早く着替えてください!」

今の士はマゼンダと黒の縞々という、非常に目立つハイレグレオタードしか身に着けていない。
大股を広げることで、彼の身体のラインの下半身の足と胴体が繋がる所と同じ高さ、
すなわち股間の膨らみが強調されている。
10代後半及び20代前半という、まだまだ女性として盛り始めたばかりの
二人が俯き、頬を染めるのも決しておかしいことではない。

「何を言っている? これからお前らも同じ格好になるんだ」
「「「「え?」」」」

夏海と春香ならず、その場にいた男二人(及び赤ん坊)も声を上げた。


☆ ☆ ☆



「ハイグレ。 今日もいいお天気ね」

昼下がりの商店街、買い物袋をぶら下げた主婦がハイグレポーズをする。
ちょうど彼女と向かい合った士も、ハイグレをやり返す。

「そうだな。 こんな日にはいい写真が取れそうだ」
「へぇ」

士は、首のかけてあるカメラを手に取って彼女に見せる。
主婦は、マゼンタ色の二眼レフカメラを物珍しそうに見つめた。

「あなた、カメラマンをやっているの?」
「ああ、写真館の専属カメラマンってとこだな」
「ほんとはヘタクソなくせに」

カメラを主婦に自慢げに見せ付けている士に、しんのすけはぼそりと嘆く。
野原家を離れる前に、士に集合写真を撮ってもらったのだ。
そのとき現像した写真が、今しんのすけの手に握られている。
写るしんのすけ達は、顔と胴体が写真から浮かび上がっているようになっており、
彼らの周囲の風景は、霧に包まれたみたいにぼやけてしまっている。
しかし、背中のひまわりはその中に映るユウスケをうっとりした表情で見つめていた。

「やれやれ、ひまはとんだおませさんだゾ。 でもこのおにいさんはすこしたよりそうにないからしんぱいだなぁ」

夏海と共に別行動をしているユウスケを思い出し、しんのすけは呟いた。
しんのすけ達は今、ハイグレ魔王に関する情報を集めるためにハイグレ人間の格好をしているのだ。
情報収集なので一つに固まっていては効率が悪い。
なので、ディケイドに変身できる士とクウガの力を持つユウスケ、戦闘能力のある彼らをリーダーとし、
そこからそれぞれに夏海、しんのすけ、ひまわり、春香を加えてチームを作ったのだ。

「こうなったらオラがついていってやれば・・・・・・いやそれじゃあハルカおねえさんがなぁ」

お姉さんがいる方がいい、ということでしんのすけは夏海か春香のいる方を選ぶ。
だが、しんのすけが付いていくことは、彼の背負っているひまわりが付いてくるのは必然的であり、
同時にそこで、ひまわりの好みによるチーム分けも発生する。
士とユウスケ、どちらもひまわりのストライクゾーンに入るイケメンであるが、
最初に助けられたためか、彼女は前者を気に入ってしまったのだ。
つまりはこのチーム分け、ほぼ完全に野原兄妹によって決められたといっても過言ではない。

「やっぱり最初からなつみおねえさんをこっちにつれていくべきだったんだゾ。
そうすれば・・・・・・」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

春香「ダメじゃない!チョコビ食べながら歩いたら」
夏海「そうですよしんのすけくん、だらしないですよ」
しんのすけ「え〜、でもオラお腹空いたー!」
春香「だからって食べながら歩いたらいけないわ」
しんのすけ「でも〜」
夏海「でもじゃないですよ。 それに今食べちゃうとお昼に何も食べられなくなっちゃいます」


夏海「はい、しんのすけくん、あーんしてください」
しんのすけ「あ〜〜〜ん」
春香「ふふ♪ しんのすけくんおいしい? 私の作った特製ハンバーグ」
しんのすけ「ナイフにていこうするほどパリパリにやけたひょうめんと、
せつだんめんからあふれるにくじるのコンビネーションッ!!・・・・・・これはたまりませんなぁ」


士「おいユウスケ。 そいつに飯やるからちょっとどいてろ」
ひまわり「ターイ」
ユウスケ「それはいいけど士、ちゃんとミルクの温度確認した? 体温計こんなところにあるじゃないか」
士「そんなもの俺には必要ない。 温度なんて触っただけで大体わかる」
ユウスケ「大体じゃダメなんだって! こういうのはちゃんと正確な温度を測らないと・・・・・・」
士「そんなこと俺の知ったことか。 おらちゃんと飲め」
ひまわり「ンマ、ンマ、ンマ」(ちゃぷちゃぷちゃぷ)
ユウスケ「あー飲んじゃった・・・・・・まあおいしそうに飲んでいるからいっか・・・・・・」


春香「素直においしいって言ってくれればいいのに。 しんのすけくんは家の千秋みたいにおませなんだね」
しんのすけ「おませじゃないゾ! オラだってもうオトナなんだゾ!」
夏海「いいえ、しんのすけくんはまだ子供です」
しんのすけ「むぅ、オラだってあと8ねんもすれば・・・・・・」
春香「ほら、子供じゃない」(むにゅ)
しんのすけ「ふぉっ!?」
夏海「子供でいいじゃないですか」(むにゅ)
しんのすけ「ふぉぉぉぉぉぉっ!!!」
春香「だから」
夏海「お姉さん達が」
夏海&春香「「可愛がってあ・げ・る♪」」(ちゅ)


ユウスケ「ひまわりちゃん高い高ーい」
ひまわり「タイターイ♪」
ユウスケ「面白いかいひまわりちゃん。 ん? 士どうしたんだい」
士「大体わかった。 貸せユウスケ、俺の方がもっとうまくできる」
ユウスケ「仕方ないなぁ士は。 じゃ、ひまわりちゃんちょっとごめんね」(ちゅ)
ひまわり「タ!?」
士「おい、抜け駆けすんな」(ちゅ)
ひまわり「タタタタ!?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うへへへへ、オラまだこどもでいいゾ。 ハルカおねえさんってばけっこうダ・イ・タ・ン♪
あぁん、なつみおねえさん。 そんなところさわっちゃいや〜ん」
「ターイ、タタイターイ♪」

それを知ってか知らずか、当の野原兄妹は、己の妄想に入っていた。

「しんのすけくん、ひまわりちゃん?」
「は!?」
「タ!?」

突如春香に声をかけられて、しんのすけとひまわりは目を見開き、軽く声を立てた。

「一体どうしたの? 顔赤いよ。 もしかしたら熱でもあるのかな」
「い、いえけっしてそういうわけでは・・・・・・」
「タイ」

春香が二人の顔を覗き込むことで、ハイレグビキニの隙間から二つのやわらかい桃がしんのすけ達の前に現れる。
手を伸ばせば届く距離にある果実を目にして、しんのすけの鼓動は妄想時よりも高鳴っている。

「ちょっとごめんね」
「ハ、ハルカおねえさん?」

次の瞬間、ハルカとしんのすけの額が重なった。
しんのすけの体温は更に上がり、耳まで赤く染まる。
そしてしんのすけから額を離し、今度はひまわりの額を自分のそれとくっつける。
ひまわりはしんのすけとは対照的に、赤ん坊特有の乳白色の肌に戻っていて、
特に何の病気も弔っていないことが一目でわかる。

「うーん熱ではないみたいね。 ともかく、体調が悪くなったら無理しないで言ってね」
「おう・・・・・・」
「タイ」

すると春香は立ち上がり、しんのすけ達の目に彼女の下半身が映る。
腰のくびれから足にかけて広がるカーブは、女性特有の子供を産むのに適した体の作りだ。
ハイレグレオタードで覆われているのは、腰から股間まで。
くびれからは彼女の肌がむき出しとなって、彼女の裸足を余すところ無く晒している。
太陽に照らされて湧き出した汗は、通常の男性にはもちろんのこと、齢5歳の童子にさえも刺激的であり、
しんのすけは、春香の足と腰が作るYの字のラインを食い入るように眺めていた。

「ふぅ・・・・・・やっぱりげんじつがいちばんだゾ」
「けっ」

一方で、彼を冷ややかな目で見つめる妹は、乳児でもやっぱり女であった。


「もうこんな時間だわ」

士と話していた主婦は時計を見て、針が既に5の値を示していたことに気づく。
一般的な家庭ならばそろそろ夕食の準備をしている頃である。

「そうか、まあいい。 あんたには色々と世話になった」
「大したこと教えられていないんだけど・・・・・・」
「いや助かった。 記憶を失っているせいか、昔のことには無頓着なんだ。 ありがとな」
「まぁ」

士のさわやかスマイルに主婦はもうメロメロである。
普通記憶を失っているなら昔に執着するはずだろ、と春香達が心の中で突っ込んでいる中、
主婦はハイグレポーズを放つ。
この世界では全ての挨拶はハイグレで統一されているので、彼女はここで士達と別れるつもりなのだ。

「ハイグレ」
「ハ、ハ、ハ・・・・・・」

士に続いてハイグレをしようとする春香であったが、ハ以上の言葉が続かない。
そして動きも、股でV字を描く直前で止まってしまっていた。
主婦は彼女を見ると、顎に手を置いて眉をひそめる。

「ハ、ハ、ハイグレ!」
「すまないな。 どうにもこいつは最近体調が悪いんだ。
だから今から病院にいくところだったんだ」
「まあお優しい」

春香の(羞恥心的な意味で)決死のハイグレを無視した主婦は、再び士にメロメロになる。
そしてしんのすけ達に目を向ける。

「じゃあしんのすけ、ひま、私は先に帰って夕食の仕度しているから、
士お兄さん達に迷惑かけないようにしなさい」
「うん」
「タイ」

井戸端会議を終え、買い物袋ぶら下げて足早に立ち去っていく主婦。
それは間違いなくしんのすけやひまわりの知る彼女の姿であるだろう。
ただ一つ、ハイレグレオタードしか纏っていないことと、自分達がいないことを除けば、
いつもの野原みさえの姿であるはずなのだ。

「母ちゃん・・・・・・」

さっきまで、しんのすけ達を守っていた時に見せた闘志は何処へいってしまったのだろうか。
しんのすけとひまわりは、去っていく母の背中を追うことはできず、また、手を伸ばすことさえ出来なかった。


☆ ☆ ☆

「あれは・・・・・・! 士さん止まってください!」
「どうした?」

みさえと別れた後も、士達は街中を探索していたところだった。
公園前を通りがかった時、春香が突然声を荒げたのだ。
足を止めた士は、春香が公園の人影を凝視していることに気づいた。

「なんだあいつは?」

春香が指した先には、駆け足で公園内を走っている大柄の男がいた。
何かから逃げるように全速力で走っている様子を見ると、
ジョギングをしているわけではないだろうと、士は思った。

「なになに美人のお姉さんでもいたの?」
「おいこら、勝手に上るな」

しんのすけも、士の肩の上に乗って公園を見渡す。
士達が見ていたのが男だと知ると、しんのすけは眉をひそめた。

「ハルカおねえさんあのおじさんだれ?」

そしてしんのすけは春香に彼の素性について質問する。

「あの人が、ハイグレ魔王の幹部のティーバック男爵です」
「そうか、なら話は早いな」
「どうすんの?」
「このままあいつを尾行する」

ティーバック男爵に見つからないように、士は春香達を連れて公園の奥の木陰に隠れる。
すると、全速力で走っていたティーバック男爵は公園のベンチの前で足を止めたのだ。

「おにいさんもしかしてそういうしゅみの人?」
「違う!」
「士さん、そんなに声を荒げては・・・・・・」

白い眼差しで自分を見つめるしんのすけを叱咤する士であったが、
春香に注意されて声を静める。

「・・・・・・そうだな。 このままやつを追っていけば、ハイグレ魔王の元にたどり着けるかも知れない」

幹部といえば、組織の中でも高い権力を持つ者である。
普段はアジトから部下を動かして作戦を実行させる立場であるが、
それが直々に現場に出てくるということは、通常よりも規模の大きい作戦を実行する可能性があるのだ。
それがなんなのかは士達には検討もつかないが、使い捨ての戦闘員とは違って幹部は組織を管理する大事な柱の一つである。
だから、倒されるわけにはいかない。 管理する者が倒れると、指示がなければ動けない下位の者達の統率を失ってしまう。

それに、現場以外でも幾多の部下を管理しているはずだ。 いつまでも外で指示をしているわけにはいかない。
必ずどこかで隙を見て帰る時が来るだろう。
士はそう判断し、ティーバック男爵を尾行することにしたのだ。



☆※☆※☆



川の流れが決して逆になることの無いように、時間というものは常に未来に向かって進んでいるものだ。
未来は現在となり、やがて過去となって流れていく。
その中で作られてきた人の記憶が歴史となって、今の世界を形作っているのだ。
そして今、砂漠の中を走っている電車も、決して後進することなく前に向かって線路の上を走り続けている。
白いボディを基調としているが、先頭車両は、昆虫の複眼のように二つに分かれた車窓になっており、
新幹線を彷彿とさせる形状をしている。

「むぅ」

そんな時の列車、デンライナーのオーナーは、渋い顔をしながら目の前の旗を睨んでいた。
旗を支えるのは、お椀をひっくり返してできたようなドーム上の炒飯で、
彼の両手には銀色に輝くスプーンが握られていた。

「こうやって・・・・・・」

両手のスプーンを使って、砂場に作られた山を削るように、炒飯の米を掬い取っていく。
それを口に含んで米粒を噛み砕きながら、目の前の旗を見つめる。
そしてニヤリと笑ったオーナーは、再び両手のスプーンを使って炒飯の山を削り取ろうと試みた。

「オーナー!」
「うおっと!?」

突然テーブルに振動が走り、炒飯の山が揺れる。
まだ立っている旗を見たオーナーは安堵し、顔を上げた。

「なんですかコハナさん」

コハナと呼ばれた少女は、テーブルに両の手のひらを叩き付けたままオーナーを真剣な眼差しで見つめている。
食事を中断したオーナーは、彼女に普段通りの紳士的な態度で答えた。

「やっぱり良太郎が心配です! 私も探しに行っていいでしょうか?」

良太郎というのは、つい最近までこのデンライナーの乗客となっていた青年の名前である。
しかし、かつて世界に起こっていた異変が解決して、デンライナーに居座る必要が無くなったため、
デンライナーから降りたのだ。

「良太郎君は、イマジンの皆さんが探してくれてるでしょう。
それよりも、この時代で起きている異変についてまだよく解っていません。
今は彼らの帰りを待ちましょう」
「その異変を解決するには電王の力が必要になります! だから早く良太郎を・・・・・・」

『電王』というのは、デンライナーに所属し、歴史を脅かす異変を解決するために戦う戦士のことだ。
イマジンと呼ばれる生命体の力を借りることで、そのイマジンごとの力を引き出す形態へと姿を変えて戦うことができる。
デンライナーに所属する、4体のイマジン、
彼らの力を同時にその身に宿し、電王の力を最大限に引き出すことができる人物が良太郎なのである。

「ハイグレ人間、と言いましたね。
噂を聞く限り、イマジンである彼らが影響を受けることはないでしょう・・・・・・多分」




街中の路上の茂みから、上半身だけ浮き出しになった三体の人影が現れる。
彼らは皆、砂で作った像のような体をしており、動くたびに全身から砂が漏れ続けている。
しかし、漏れても漏れても肉体は原型を保っており、消えてなくなることは無い。
彼らイマジンは、特定の条件を満たさないと実体を持てないエネルギー生命体であるため、
こうして不完全な形しか肉体を保つことができないのだ。

『困ったことになったなぁ』
『ほんまモモやつ何処行きおった』

小さな三本角が特徴的な影、ウラタロスが軟派な口調で嘆く。
熊みたいな大柄な体格をした影、キンタロスが同意する。
良太郎を探すという目的でデンライナーから飛び出した彼らだったが、
途中で仲間の一人とはぐれてしまったのだ。

『まーまーいいじゃん、どーせその内会えるよ。 それよりもアレ』

竜のような面を彷彿とさせる影、リュウタロスは子供っぽい口調で二体の肩を叩いた。
その後、リュウタロスは路上に向かって人差し指を指す。

『なになに?』
『どないしたんや?』

リュウタロスの指した方角には、談笑しながら歩いている主婦達がいた。


「きれいですねー秋子さん、年齢の方もさぞお若いのでは?」
「みさえさん程ではないですよー。 娘も高校生ですし・・・・・・」
「こ、高校生の娘持ちなのにその容姿!? ではみきさんの方は?」
「柊みき、17歳です♪」
「は?」
「冗談です・・・・・・私も高校生の娘持ちなんですよ。 多分この中では一番おばさんですねー」
「高校生の娘でその容姿・・・・・・何か美容の秘訣でも!?」
「そんな、特にありませんよ」
「そうですねー強いていえば若い心を忘れないことですかね?」
「若い心、ですか・・・・・・(にしても17歳はねーよ)」


『アレは中々・・・・・・』
『ただの女子やないか。 アレがどないしたんや?』
『いや、だってアレさぁ』

ウラタロスは三人の主婦に魅力を感じたようだが、キンタロスは興味無さそうだ。
しかし、リュウタロスは口を手で押さえながら主婦達の会話を聞いていた。
そして、主婦達の会話が止まり、三人はそれぞれの姿が見えるように円陣を組み両足を広げた。

「「「ハイグレ!!」」」

それが彼女達の挨拶だろうか、彼女達はそれぞれ別々の道を行ってしまった。
彼女達はハイグレ人間なのだ。 この街がハイグレ人間で埋め尽くされていることを、
ウラタロス達は良太郎を探す途中で否応無く知ることになった。

『ぷぷぷ・・・・・・ぷはははははは!!! やっぱり変だよここ!』

リュウタロスは腹を抱えて笑い出してしまった。
彼の反応を見て、キンタロスは呆れて首を横に振る。

『確かにそうやけど楽しんでるだろお前・・・・・・』
『だっておかしいもん』
『それにしてもあんな美しい女性達があんな下品なポーズをするなんて、
あれもある意味刺激的・・・・・・そのギャップがまた一つの魅力になるかも知れないけどね』
『お前の好みなんて聞いていないんや! 早くしないと良太郎まであないなことする羽目になってしまう』
『それはそれで面白いと思うけど』
『いいや! 俺は良太郎があないなことすんのは耐えられん、俺は行くで!』

キンタロスは腕を組み、良太郎を探すためにリュウタロス達に背を向ける。
そして十字路を渡ろうとした時だった。


「反逆者のスパイが見つかったらしいよ!」
「ハイグレ人間に成りすますなんて許せないわ! お兄様・・・・・・待っていて!」
「ボク達が頑張ればあにぃももっと出世できるね!」
「おにいちゃまのために花穂頑張るもん!」
「私を守ってくれた兄上様のために、体の弱い私を元気にしてくれた魔王様のために頑張ります!」
「アニキもだけど、メカ鈴凛完成を手伝ってくれた魔王様のために頑張らなきゃね」
「この任務が終わったら兄君さまと魔王様に・・・・・・ポッ」
「帰ったらにいさまと魔王様のためにおいしいお菓子を作ってあげるのですの」
「がんばったらおにいたまにナデナデしてもらえるかなー?」
「兄くんならしてくれるさ、きっと・・・・・・」
「にいやのためにアーリーアーもーがんばるー」
「亞里亞様、あまり無茶はしないでくださいね」
「さあ兄チャマ待っててくださいねー。 今こそ怪盗クローバーが事件をチェキして解決しちゃうのデスゥー!」


12人のハイグレ人間の少女達+メイドカチーシャをつけたハイグレ人間(女)によって、
キンタロスは踏み潰されて四散してしまったのだ。
彼女達はそんなキンタロスのことも知らず、一直線に路地へと消えていった。


『あーびっくりした!』
『復活早っ』
『当たり前や』

イマジンの肉体は、不完全故に壊れやすいのだが、だからと言って死ぬことはない。
そもそもこの状態は実体が無いも同然なので、いくら壊されようと何度でも元に戻ることができるのだ。

『それにしてもあの黒髪の女性は実に美しい・・・・・・ちょっと追いかけてみよう』
『おいおい亀公、ワイらは良太郎とモモのやつを探さなきゃあかん。
女の尻を追いかけたかったら一人でいっとけ』
『わからないのかなキンちゃん? 騒ぎがあるところに先輩が首を突っ込まないはずないでしょ。
もしかしたら良太郎が巻き込まれているかも知れないしね』
『それもそうやな』
『面白そうだから行ってみようよ』

マライダー
2010年05月23日(日) 03時30分07秒 公開
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■作者からのメッセージ
初めまして、マライダーと名乗っておきます。
ここの小説を読んで、ハイグレ魔王にパラレルワールドを航海すると聞いたので、例の世界の破壊者を混ぜてみました。

なお、クレヨンしんちゃんとディケイド以外にも登場作品はいくつかあります。

誠に恐縮ですが、不定期連載となります故、ご了承ください。 ただし、筆を投げ捨てて男坂ENDにするつもりは毛頭ありません。 全5章の予定です。